日本重症心身障害学会誌
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Print ISSN : 1343-1439
シンポジウム3:重症心身障がい児者と家族の生活世界を広げる支援
子どもの代理意思決定をする親の苦悩
-手術の決断を迫られた親を間近で支えた家族の体験-
部谷 知佐恵
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2018 年 43 巻 1 号 p. 47-48

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抄録
子どもの疾患に関する治療の決断は、親にゆだねられることが多く、特に、子どもに障害がある親はその決断を迫られる場面に遭遇する機会が多数ある。子どもは成長発達をしているため、治療や手術には適切な時期が必要でその時期を逃すと、治療や手術の意味がなくなることもあるため、親はすぐに答えを出さなければいけない状況に立たされるのである。 私は家族として、医療者として甥航大の股関節の手術を決断する妹を支えてきた。その体験より感じたことを以下に述べる。 5人家族の長男で、特別支援学校に通う航大は低酸素性虚血性脳症で産まれ、脳性麻痺でてんかんの発作がある。1歳ごろより誤嚥性肺炎で入院することが年に何度かあった。下のきょうだいが生まれたころより食事がうまく取れず体重減少がみられ、検査で胃食道逆流症と診断されたため、4歳のときに腹腔鏡下噴門形成術、胃瘻造設術を受けている。小学校に上がるのを機に家族は、名古屋市から両親の実家のある岐阜県の山間部に引っ越した。自宅から、40分ほどかけて学校に通う新しい生活が始まり、主治医も変わった。前医よりいただいた紹介状を持って、初めて整形外科を受診したその日、医師より今すぐに股関節の手術をしなければいけないと言われた。股関節の状態や手術についての母親が理解できるような詳しい説明はなく、術後10歳ぐらいまで外転装具が必要であることが話された。そして、早急に手術の日程を決めて予約を入れるよう言われた。初めて受診をした日に急に手術のことを告げられて、母である妹は苦悩した。今までかかっていた整形外科では亜脱臼はしているが、定期的に状態を見ていけばいいと言われていた。初めて会う医師の診察、本人も母親も緊張する。そこで告げられた手術の宣告。脳性麻痺で、ひとりで座ることも寝返りもできないのに股関節の手術が必要なのだろうか。きょうだい3人、岐阜という新しい環境での生活が始まったばかりなのに今すぐ手術を受けないといけないのだろうか。手術をすれば治るのだろうか。様々な思いを抱えながら、時間だけが過ぎていき、家族は決断を迫られた。特別支援学校で看護講師として勤務していた私は、相談を受け、すぐに職場の教員や看護講師など障害のある子どもたちをたくさん見てきている人たちに相談した。また、看護学生時代の恩師や知り合いの看護師にも相談した。妹も、以前通っていた施設のスタッフ、現在通っている施設のスタッフ、動作法や静的弛緩誘導法といった学習会や患者会で出会う先輩ママさんたちに相談した。手術に関する意見は分かれ、なかなか決断することはできなかったが、様々な立場の人々に意見が聞けたことは有益であった。股関節の手術や入院生活、術後や将来のことについては小児専門看護師が丁寧に説明してくれた。説明を聞くことで、手術や入院生活がイメージでき、漠然とした不安が減少した。 手術や入院生活がイメージできるようになった私たち家族はセカンドオピニオンを受けることにした。セカンドオピニオンを受けるために受診した病院の医師からは、今の状態や今後起こりうる可能性のある股関節の痛みのことなど、なぜ今手術をしたほうが良いのかについて丁寧でわかりやすい説明があった。看護師など病院のスタッフも診察に同席し、診察後には温かい言葉をかけてくれた。そんな、医師や看護師、施設のスタッフに出会えたことで、私たち家族は手術を決断することができた。手術は無事に終了し、術後の経過も良好である。 私たち家族は、周りに相談できる環境があった。同じ思いを経験し悩みを聞いてくれる障害児をもつ母親たちや親身になってくれる専門職に出会えた。その結果、多くの情報や知識の中で自分たちが最良と思える方法として股関節の手術を受けるという決断をすることができた。 現在、子どもをもつ家族の中には、手術や治療の決断を迫られてもその意味や必要性が理解できず、手術や治療の選択ができない、結論が出せない家族がたくさんいると思う。また、専門的知識のある相談相手を探し出すことは家族だけでは難しい現状がある。そこで、治療や手術の決断の際、不安や心配を打ちあけることができる場として、看護師を含め受診に関わる多くの職種の方に相談できる体制があると家族は救われると思う。家族だけでは病気や障害について正しい知識を持ち合わせた支援者や理解者を見つけるのが難しい。子どもと家族が手術や治療を決断し、大変な時期を乗り越えていける力を持てるような支援の輪が広がってほしいものである。
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