日本重症心身障害学会誌
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公開セミナー:これからの治療・ケアに関する話し合い~アドバンス・ケア・プランニング~について考える
これからの治療・ケアに関する話し合い
〜アドバンス・ケア・プランニング(ACP)〜について考える
余谷 暢之
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2019 年 44 巻 1 号 p. 115-119

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抄録

Ⅰ.アドバンス・ケア・プランニングとは アドバンス・ケア・プランニング(ACP)とは「今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセスである」とされている。ACPの目標は、重篤な疾患ならびに慢性疾患において、患者と家族の価値や目標、選好を実際に受ける医療に反映させることにある。ACPには、①病状の認識を確認すること ②療養や生活に関する不安や疑問を尋ねること ③療養や生活で大切にしたいことを尋ねること ④治療の選好を尋ね最善の選択を支援すること ⑤代理意思決定者を決めてその裁量の余地について話し合うことなどが含まれる。DNAR(Do not attempt resuscitation:患者が心停止ないし呼吸停止に陥った際に心肺蘇生の処置を行わないことを前もって指示しておくこと)やリビングウイル(生前意思)のように希望を紙に記載し結果を共有するだけでなく、そのプロセスを共有することで、その背景や理由、価値観を共有することができる点に違いがある。 Ⅱ.なぜアドバンス・ケア・プランニングが重要なのか Temelらは転移性非小細胞肺がんの患者に対して早期に緩和ケアが介入することで、QOLの向上、不安抑うつの低下につながることを報告した1)。また同時に、早期緩和ケア介入群では予後が2.7か月延長するとの結果を示し、大きな反響を巻き起こした。その後の追研究でTemelらは、早期緩和ケア介入群においては、患者自身が自分の正確な予後を知っているために、化学療法を受ける割合が低く(9% vs 50% p=0.02)それが予後の延長につながっているのではないかと報告した2)。こういった背景から、緩和ケアの重要な要素としてACPが位置づけられるようになり、欧米各国において、ACPが保健医療政策において重要な位置づけを持つようになってきている。 ACPを導入する際は、これまでの病状経過を振り返りながら、ゆっくりと患者、家族が現状をどのようにとらえているかを確認した上で、今後の意向について尋ねていくと導入しやすいことがある。こういった話し合いを予め行っておくことで、直面する複雑な医療状況の中で、何を大切にして考えていくかについての目安とすることができる。小児領域においてもACPを行うことで、終末期における決断において十分な情報を事前に知ることができる、患者家族が医療従事者とよりよいコミュニケーションがとれたと感じる、望まない心肺蘇生など本人にとって利益の少ない積極的治療の制限を行う割合が高くなるなど有用性を示す報告がある3)4)。しかし実際は、予後がはっきりしないことや、医療者と患者家族の病状認識にギャップがあること、希望を失ってしまうのではないかという医療者自身の不安などが障壁となり、医療者自身がACPを行うことにためらいを感じることが多いと報告されている5)6)。 Ⅲ.アドバンス・ケア・プランニングを切り出すタイミング ではどのようなタイミングでACPを始めたらよいのだろうか?ACPは早すぎても遅すぎても効果的でないとされている。いわゆる「自分事」になる前のタイミングで行うACPはあくまで仮の決定になり、実際の選択する際に違う選択をすることが多いとされている。一方で、生命の危機に直面するような場面では、話し合いが行われても行われる医療行為をするかしないかに限られてしまい、その背景にある価値観や目標が探索されないという問題が出てくる。 ACPを切り出すタイミングとして、Surprising questionという考え方がある。これは、「この患者さんが1年以内に亡くなったら驚きますか?」と患者に関わる様々な職種間で検討をし、もし驚かないのであれば緩和ケア・ACPを開始するほうがよいという考え方である。成人領域では非がん患者においてもこのようなツールが利用されており7)、小児においても有効性が検証されている8)。様々な職種が関わる場面においてはこういったツールを使いながら見通しを共有し関わることが特に終末期においては大変重要になる。 Ⅳ.神経疾患におけるアドバンス・ケア・プランニング 神経疾患における緩和ケアは特有の難しさがあるとされている。 がんは、進行しても比較的全般的機能が保たれており、死亡前1、2か月で急速に全般的機能の低下が見られることが多い。またがんは、原発巣や種類が違っても、症状や臨床経過において一定の共通性、法則性が認められ、その共通性や法則性は終末期になればなるほど顕在化するという特徴がある。 一方で、神経疾患においては、がんと比較し長期にわたり変化しやすい特徴がある(図1)。またもともとの疾患の軌跡に共通性がほとんどなく、終末期を正確に把握することが難しい。また小児神経疾患の場合、きちんとした診断がつくまでに、数か月から年余にわたることがあり、きちんとした診断がつかないままになっていることも珍しくない。また同じ疾患であっても症状や重症度に幅があるため、共通性、法則性を持って対応することは難しく、緩和的な対応が必要かどうかの判断は疾患によるというよりもその子が必要かどうかで判断せざるを得ない。 状態が変化しやすい神経疾患においては、予防的対応、治療的対応、緩和的対応が混在して必要となる場合が多い。したがって普段から、突然の状態悪化時も含めてこれからどのように過ごしたいかについての話し合いを行っておくこと、アドバンス・ケア・プランニングがとても大切になる。急変による状態悪化が起こりやすい神経領域においては、急変時のDNARや緊急時の気管内挿管を行うか行わないかについての話し合いはがん領域に比較して行われている頻度が高いのに対して、病状についての話し合いや、病状理解の確認などの話し合いががん領域に比べて行われない傾向がある6)。日常診療の中で患者家族と現在の病状の共有とこれからの見通しを意識して話し合うことが大切といえる。 Ⅴ.アドバンス・ケア・プランニングの進め方 厚生労働省は「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を制定し、意思決定支援や方針決定の流れを図のように示している(図2)。小児領域における意思決定の話し合いにおいては、①本人の意思が確認できない場合にどのように対応するか ②本人の意向をどこまで尊重し対応するかという大きな二つの課題がある。 1.本人の意向が確認できない場合 本人の意思が確認できない場合は、現在/過去の直接的、間接的表現の情報を集めて本人の意思を推測する必要がある。自分で意思表示ができない乳幼児や発達に問題がある児の場合は、本人の直接的な表現がないため、間接的な意思表示を踏まえて推定する必要がある。たとえば、侵襲的なケアを反復して拒否するなどはそれに該当することがある。ただ、その拒否にも他の要素の影響がある場合もあり、判断に悩むことが多い。その場合、家族の声が患者の推定意思に関する強い根拠となり得る。 家族の声には、2つの役割があるとされている。一つは、「患者の声を代弁するものとしての家族の声」であり、もう一つは「患者のことを大切に感じ、世話をするものとしての意向を表現するものの声」である。家族自身は自分が話している言葉が家族自身としての言葉か、それとも患者の代弁者としての言葉か意識していることはないことが通常であるため、医療者はその違いに注意する必要がある。「この子ならどのように考えますか?」などと問いかけることで、患者自身の意向を代弁する言葉として聞くことができるかもしれない。一方で、患者自身の代弁者ではなく、家族自身の意向や意見も意思決定において重要な根拠となり得ることも事実である。その際に、家族は介護負担や経済的負担、他のきょうだいの利益保護などの点において、患者との間に利益相反関係にある可能性がある視点も忘れてはいけない。必ずしも家族の意向を聞くことが患者の利益につながらない可能性も想定しておくことが重要である。  2.本人の意向をどこまで尊重し対応するか 思春期の患者や、意思決定能力が十分でない患者の意向を、実際の医療やケアの意思決定にどこまで尊重するかも大きな課題である。子どもの権利条約では、子どもが持つ権利として12条で自己の意見を表明する権利を、13条では知る権利を謳っており、子どもであることを理由に意思決定に参画しないことは避けるべきである。一方で、医療における意思決定について法律上何歳以上で意思決定できるとみなすかについての規定はない。意思決定能力の判断基準としては、①理解 ②認識 ③論理的思考 ④表明の要素が満たされることとする考え方がある9)。また、介入の性質と本人の意向によって異なった意思決定能力を判断する基準を採用するSliding scaleという考え方もある10)。日本における思春期患者診療においては、ACPを本人と行うことはまだまだ少なく、多くは家族と行っていることが多いという現状がある5)6)。一方で、思春期患者の96%が自分自身の病気の予後について正しくすべて知っておきたいと話したとの報告もある11)。前述した意思決定能力の判断基準に当てはめながら、意思決定能力について評価し、本人の意向を実際の医療に反映させる努力が必要であるといえる。 (以降はPDFを参照ください)

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