日本重症心身障害学会誌
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会長講演
高度医療と療育
岩崎 裕治
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2019 年 44 巻 1 号 p. 3-6

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抄録

Ⅰ.はじめに 近年、在宅において、また施設内において、重度の医療的な対応を必要とする利用児(者)が増加してきている1)。たとえば呼吸管理がその代表的なものであるが、呼吸管理一つとっても、侵襲的なものからマスクを使用しての管理がある。また様々な呼吸器の種類があり、またその設定も様々である。IPV、カフアシストなど呼吸の補助となる医療的な手段も多く導入されている。われわれはそのような医療の進歩に対して、新たな知識と技術を獲得し、適切な対応を求められている。感染症への対応、安全対策なども新規の医療の導入に伴い、今までの対応を修正するなど検討が必要となる。このような高度の知識や技術の獲得、また新規の器材などへの対応は、病院にかぎらず、地域の通所や、学校などの現場でも必要とされてきている。一方、療育施設は病院でもあり、また福祉や生活の施設でもある。病院と同様な医療的な対応を必要とされながらも、療育施設の役割である、生活を守り、福祉を充実させることが同時に必要とされる。 今回、本学術集会のテーマとして「高度医療と療育」を選んだのは、様々な療育施設や福祉現場で、このように高度な医療が導入されている現状があり、医療が必要な利用児(者)にそれぞれの現場で工夫をしながら生活の質を高めていく取り組みがされていると考え、その知識や経験を共有し、今の時代の療育を語り合えればという意図である。 Ⅱ.当センターの取り組み・課題 われわれの施設は2005年に開設されたが、当初から高度な医療に対応できるようにと考えられ運営されてきた。そのため、ハード面では個室対応・空調設備などの構造的な配慮、モニター類や呼吸器の整備など、ソフト面では看護師配置比率の増加などが配慮されている。また重度化に対応する専門職種の養成、多職種連携(呼吸ケアチーム、摂食ワーキンググループなど)を構築し日常的なケアに活かしている。 そのため、当初から他の施設に比べ、利用児(者)の重症度はかなり高いという現状があったが、年々さらに重度化している。図1は、当センターの契約入所、短期入所、医療入院の準・超重症児(者)の比率だが、年々高くなってきているのがわかる。図2は、短期入所での医療的ケアの推移であるが、ご覧のように気管切開や人工呼吸器管理などの呼吸に関連したケアが多くなってきている。 このような今まではあまり経験していなかった状況の中で、まずは命を守り、また生活を支えていかなければならない。これは施設だけでなく、日中活動の場や、学校、在宅などでも同様の状況がある。当センターの短期入所で持ち込まれた呼吸器の種類は15種類であり、多様な器材に対応しなければならない。新しい呼吸器やカフアシストなどの器材が持ち込まれる事前に勉強会を開いて準備を行っている。また、医師・看護師(慢性呼吸器疾患看護認定看護師)・MEなどを中心とする呼吸ケアチームが、重要な役割を担っている。このような、それぞれの職種の専門性、そしてチームアプローチが、高度医療に対応する際に必要となってくると考える。また特に在宅の患者の重症度があがってきており、訪問診療・訪問看護・訪問リハなどの介入が普通に行われるようになり、これらの事業所との連携も大切になっている。 Ⅲ.高度な医療とは 医学中央雑誌にて、重症心身障害をキーワードに、直近20年間の文献と、それ以前の文献の題を比較してみた。その中で増加していたり、新たに投稿されている項目を挙げてみると、呼吸器関連(呼吸リハ、呼吸器、IPV、カフアシストなど)、外科治療・検査(呼吸器外科、喉頭気管分離、腹腔鏡手術など)、新しい治療(新規抗てんかん薬、透析など)、遺伝子検査、歯科関連、人生の最終段階における医療などであった。高度な医療というのが何を意味するのか考えると、一つは、常にこのような生命を支える、新しい知識・技術の習得が必要である。また今回の学会でも取り上げた専門看護師のように各職種の専門性を高めていく、また呼吸ケアチームのように、専門家を中心とした多職種の連携により医療を進めていくことも必要である。さらに、現在は濃厚な医療を在宅で行いながら生活している重症児(者)も増加しており、これは今後さらに増加してくると思われ、地域との連携や支援がかかせない。 Ⅳ.高度な医療に対応する療育とは このような高度な医療が増加することで当然医療的なケアに時間がかかっていると考えていたが、しかし昨年度の当センターでの調査によれば、超重症児(者)が増加して、医療的なケアにももちろん時間がかかっているが、入浴や清拭などの生活行為にもより時間をとられるようになっている。そのため、多くのマンパワーや時間が必要になり、このままの体制では最低限の生活の保障ができなくなってしまうのではとも危惧している。ましてや、社会参加や、レクリエーションなどへの参加も制限されかねない。しかし命を守り支えていくことが崩れてしまうとそれも問題である。このような状況の変化に伴い、医療や生活を支える基盤の体制を見直していく必要があると考えている。さらに、短期入所は、在宅生活を支える上でかかすことのできないサービスであるが、短期利用児(者)は長期入所者に比べ体調変化が著しく大きく、ケアに時間やマンパワー、細心の注意が必要である。このような重度化への対応や在宅支援の取り組みなどのため、医療的ケアの複雑さが増し時間がかかるだけではなく、一般の生活関連のケアにも時間がかかっている。高度な医療が拡がることで今まで治療できなかった方にも治療を提供できるようになったことは大いに評価できるが、生活とのバランスへの配慮など検討が必要となってきている。 このような高度な医療を必要とする超重症児(者)に対して、各施設や教育機関で様々な取り組みがなされている。医学中央雑誌で、過去20年間で発表された超重症児に関する文献を検索すると292題の原著論文、症例報告がみられた。この中で目立つのは、個別活動・グループ活動などの実践的な取り組みや、感覚刺激やタッチングなどを用い表出などを促したコミュニケーションを主体とした取り組み、離床などの環境調整、学習支援、生理学的・脳科学的な評価方法などの検討などである(表1)。重症度が高くなり、意思や感情の表出が乏しい患者に対して、感覚刺激などの介入を行い、その評価を臨床的なものだけでなく、科学的な方法を用いて評価していくということが、様々な施設や教育系の先生方から報告されている。 Ⅴ.重症者の自立、意思決定支援、アドバンス・ケア・プランニング 療育を最初に提唱された高松は、現代のあらゆる科学文明を駆使して総動員して、自由度の拡大、可能性を追求するものと療育を定義された。さらにその目的として、自活の途の立つよう育成することとされた。岡田は、障害が重度であると自活ということが困難であるが、他人の手を借りても地域で主体的に暮らせれば、それが自立として考えてもよいのではとしている2)。また選択の主体性を追求することが自立につながるとしている。 厚労省も、2017年に障害福祉サービスの利用等にあたっての意思決定支援のガイドラインを発表した。それによると、事業者は、ガイドラインの内容を踏まえ、各事業者の実情は個々の障害の態様に応じて不断に意思決定支援に関する創意工夫を図り、質の向上に努めなければならないとされている。 このように、これまで以上に本人の意思や意向を個別支援計画などに反映しようという取り組みが始まっている。今回公開講座でもとりあげているアドバンス・ケア・プランニングもそのうちの一つである。われわれの施設でも意思決定支援ワーキンググループを立ち上げ、検討を始めているが、重度化している利用児(者)の意思や意向をどのように把握するかは大きな課題である。厚労省の研究班で作成した「重症心身障害児(者)等コーディネーター育成研修テキスト」によると、意思の表出が困難な重症児(者)のコーディネーターは、まず生活の各領域におけるアセスメントを行い、ニーズを把握していくことが重要であるとされている。さらに、本人の意思確認を最大限の努力で行うこと(コミュニケーション支援)、また、その本人に関わる多くの人から情報(様々な場面での表情、感情、行動など)を集め、根拠を明確にしながら、本人の最善の利益の観点から意思決定支援をすすめるとされている。本人の意思を表出し、表現できるように支援すること、それを支援者がどう捉えていくのか、仮説やこれまでの経験をもとに本人の意向をていねいに理解し、代弁するという困難な課題の解決が求められている。 Ⅵ.まとめ 医療の進歩とともに、療育の現場にも、新たな医療行為や医療的ケアが必要とされてきているが課題も多い。そのうち特に重要と考えているいくつかの課題につき論じた。本学術集会をとおして、これらの課題につき議論を深めていければ幸甚である。

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