抄録
本稿では、エスニック・ネットワークの中で生きるタイ系シングルマザー家族を対象に、第一世代の教育戦略と第二世
代のエスニック・アイデンティティについて検討する。同時期に来日したフィリピン系移民女性に比べ、タイ系移民女性たちは学歴や使用言語、在留資格の側面で社会構造上不利な立場におかれやすい。しかし、彼女たちは来日後築き上げたエスニック・ネットワークを利用しながら、生活の安定を図ったり、子育てを行ったりしていた。教育戦略を行うにあたってもエスニック・ネットワークは重要であり、母親たちはエスニック・ネットワークのメンバーと共に子どもの教育に関わる様々な選択を行っていた。特に、タイ文化を子どもに継承させるにあたっては、エスニック・ネットワークが非常に有効に機能していた。一方、親からタイ語やタイ文化を継承しているにもかかわらず、タイ系シングルマザーのもとで育つ第二世代たちのタイ系としてのエスニック・アイデンティティは希薄であった。エスニック・ネットワークからもたらされる情報や同胞同士のつながり、相互扶助を求め、対象者たちが暮らす地域には移民が集まるが、タイから来た新規移民との違いによって、第二世代たちは自身のエスニック・アイデンティティを弱める傾向にあったのである。