抄録
自動的な楽曲の生成という概念の歴史は古く,乱数の偶然性を利用したものでは18世紀のモーツァルトによる「音楽のサイコロ遊び」にまで遡る.これは,あらかじめ複数のフレーズを用意しておき,サイコロを転がすたびに出た目のフレーズを曲に付け加えていき,作曲をするものであった.現代においても,1957年イリノイ大学に導入された初期のコンピュータ「ILLIAC・I」を使った「弦楽四重奏のためのイリアック組曲」以降,様々な研究がなされ,多くの楽曲が作られてきた.しかしながら,人間の感性,特に各個人の感性を反映させた楽曲生成システムは未だ研究の途上にあり,様々な研究機関で開発が続けられている.代表的なものには,言葉の印象から楽曲構造を導き出し作曲するシステムや,対話型遺伝的アルゴリズムを利用したシステムが研究されている.本研究では人間の感性と楽曲構造の関係を可変化することによって各個人の感性に対応するシステムの構築を目指す.今回は,楽曲の印象を決定する曲全体の構造を数値化し,この楽曲構造要素と各個人の感性との関係をニューラルネットワークによってモデル化するという手法から,個人の感性を反映させた自動楽曲生成システムの構築を実現する.まず,楽曲の印象を決定する曲全体の構造を,「楽曲はリズム,メロディ,ハーモニーの三要素からなる」との考えをもとに,調,和声,旋律,音高,リズム,テンポなどの楽曲構造要素として数値化を行う.そして,楽曲と楽曲から感じられる印象との関係を,楽曲を数値的に表現した楽曲構造要素と印象をSD法により数値化した印象語対との関係に置き換えることで,ニューラルネットワークを用いて楽曲と楽曲から得られる曲印象との関係を学習する.次に,学習によって獲得された楽曲と曲印象との関係を利用し,逆方向,すなわち入力する印象の度合いに対応した楽曲構造要素を遺伝的アルゴリズムを用いて獲得する.これは楽曲構造要素を遺伝的アルゴリズムの個体とすることで学習済みニューラルネットワークの入力とし,入力楽曲の曲印象値が出力される.ここで得られた曲印象値と,作成したい曲印象値との差を評価関数として学習することで,印象に対応した楽曲が自動的に生成される.