抄録
歯の再生は歯科医学研究者の永遠のテーマであるが,現状ではエナメル質,象牙質,セメント質の3つの硬組織を有し,かつ適切な形態を維持した歯の再生はまだ行われていない.我々はエナメル質形成に必須の分子であると考えられているエナメルマトリックスに着目し,その分子メカニズムの解明を試みた.その結果,エナメルマトリックスの一つであるアメロブラスチンは,エナメルマトリックスを分泌するエナメル芽細胞の分化の制御および維持に重要な役割を演じていることが明らかとなった.具体的には,アメロブラスチンは,エナメル芽細胞の細胞極性の維持,細胞増殖の停止に関与し,アメロジェニンの分泌を誘導すること,さらにこれらの分化制御はエナメル芽細胞の分泌期に生じる基底膜の消失とともにおこなわれることが明らかとなった.また本分子を欠損したマウスでは,人の遺伝性エナメル質形成不全症に類似した表現系を示し,エナメル質をほとんど欠損してしまうこと.しかしながら象牙質の形成には何ら影響を及ぼさないこと,さらに加齢に伴って顎骨内に歯原性腫瘍を生じることが明らかとなった.以上の結果から,アメロブラスチンが,エナメル質形成不全症の原因遺伝子の可能性,さらには口腔腫瘍の抑制分子として重要な機能を有していることが示唆された.