Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
原著
医療用麻薬導入前後での療養病棟におけるがん緩和ケアの実態調査
村上 真基大石 恵子荒井 進島田 宗洋
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2016 年 11 巻 1 号 p. 109-115

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Abstract

【目的】療養病棟でがん患者の緩和ケアを行った成績を検討した.【方法】2010年4月~2014年12月に当院医療療養病棟へ入院した194名について,医療用麻薬(麻薬)不使用期(2012年3月まで:前期)と麻薬使用期(2012年4月以降:後期)の2群に分け,患者背景,入院期間,転帰,麻薬投与,苦痛緩和等について後方視調査した.比較のため緩和ケア病棟(PCU)の入院動態を調査した.【結果】前期74名中がん患者は16名(22%),後期120名中がん患者は79名(66%)と後期でがん患者の割合が3倍に増えた(p<0.01).後期の入院期間は1/2(144日)に短縮(p<0.01),死亡退院率(78%)は増えた(p<0.05).後期はがん患者の半数以上(57%)に麻薬を投与し,疼痛緩和は良好であった.後期の期間はPCU入院患者も増加した.【結語】療養病棟はPCUと連携してがん緩和ケアを行える可能性が示唆された.

緒言

わが国の病院におけるがん緩和ケアは,緩和ケア病棟入院料や緩和ケア診療加算など診療報酬の裏付けとともに緩和ケア病棟(以下,PCU)と一般病棟では確立されてきた.一方で,全国の病院病床数の約20%を占め,30万床を超える療養病床においても5.5〜8.7%はがん患者が占めているが,療養病床における緩和ケアの実態は明らかではない13)

われわれは,療養病棟へ医療用麻薬(以下,麻薬)保管庫を設置し,緩和ケア医とPCU経験看護師も配置して,積極的にがん患者受け入れを始めた.本研究論文の目的は,当院で行われた療養病棟におけるがん緩和ケアについて検証し,療養病床がPCUと連携して緩和ケアを担う可能性について検討することである.

方法

救世軍清瀬病院は緩和ケア病棟1棟25床,療養病棟3棟(医療療養型74床,介護療養型43床),総病床数142床を有し,そのうち医療療養病棟(31床;以下,当病棟)へ2010年4月〜2014年12月に新規入院した患者を対象とした.当病棟は看護職員数25:1,介護職員数25:1を標榜している.

当病棟へ麻薬保管庫を導入して麻薬を使用できる体制が整った2012年4月を境として,麻薬不使用期(2010年4月〜2012年3月)と麻薬使用期(2012年4月〜2014年12月)の2群に分けて,当病棟新規入院患者の診療録の後ろ向き調査を行った.がん患者の入院病棟振り分けは,紹介元施設からの方針,患者・家族の希望に加えて,病名病状告知の問題,麻薬・高額薬剤使用の有無,病状の安定性や見通し,生命予後予測の長短などを総合的に評価し,複数の医師と看護師,医療相談員の判定会議を経て行った.麻薬不使用期は,すでに麻薬を使用している患者,麻薬投与を含めた専門的な緩和医療を要する可能性がある患者などが療養病棟から除外され,使用期にはこれらの患者も療養病棟の対象として加えられた.

調査内容は,患者背景,入院期間,主病名,認知症の有無,2015年3月末現在の転帰とした.両群のがん患者について,入院時主訴,入院目的・経緯,身体症状の有無(疼痛,呼吸困難,嘔気嘔吐),精神・心理症状の有無(不眠,せん妄,スピリチュアルペイン),医療処置(鎮痛剤,麻薬,睡眠薬,水分・栄養補給目的の輸液,小型ポンプ使用による薬剤持続注射,酸素)などについて調査した.麻薬については製剤と投与経路を調査した.また,両群のがん患者とそれ以外の(非がん)患者について,生存解析を行った.

入院経過中の身体症状は,原則としてSupport Team Assessment Schedule日本語版(STAS-J)4,5)症状版を用いて経時的に評価・記録しており,STAS-J:1点以上を症状ありとした.精神・心理症状は,診療録に各症状の記載がある場合を症状ありと診断した.疼痛と呼吸困難については,最も症状の強かった時と治療後の最も改善した時の変化を調べ,STAS-Jの前後値について比較した.

また,当院PCUの入院患者数,平均在院日数,死亡退院率,病床稼働状況について,2005年度から2014年度まで医事課記録より検索した.

診療録調査は,複数のスタッフにより行った.数値表記は平均値±標準偏差とし,統計学的処理はt検定(年齢,入院期間,治療前STAS-J比較),Wilcoxon符号付順位検定(疼痛と呼吸困難の治療前後STAS-J比較),カイ二乗検定(性別,主病名,認知症有無,転帰,苦痛症状・医療処置の頻度)を用いた.生存解析はKaplan-Meier法で行い,Logrank検定で生存率を比較した.いずれの解析もp<0.05を統計学的に有意とした.統計解析ソフトにはStatcel-3を用いた.

なお,本研究は当院倫理委員会の承認を得ており,患者個人が特定されないように配慮して行った.

結果

全患者数は194名で,麻薬不使用期群74名,麻薬使用期群120名であった.2群の比較を表1に示す.性別,年齢に有意差は認めなかった.がん患者の割合は麻薬不使用期22%(16名)に対して麻薬使用期66%(79名)が有意に高く,麻薬使用期では死亡退院の割合が有意に増え,入院期間も有意に短縮した.認知症合併は麻薬不使用期62%(46名),麻薬使用期53%(64名)で2群間に差を認めなかった(p=0.23).がん患者の認知症合併は麻薬不使用期56%(9名),麻薬使用期56%(44名)であった.

表1 患者背景と転帰

両群それぞれのがん患者,非がん患者の生存曲線を図1へ示す.がん患者と非がん患者の間には生存率に差を認めたが(p<0.001),がん患者,非がん患者それぞれの群間に生存率の差は認めなかった(がん患者の2群間比較p=0.25,非がん患者の2群間比較p=0.82).

図1 麻薬不使用期使用期別・がん非がん別の生存曲線

がん患者と非がん患者の生存率には有意差あり(不使用期p<0.001,使用期p<0.001,Log-rank検定)

麻薬不使用期がん患者16名の入院時主訴は,ADL低下・歩行困難5名(31%),在宅介護困難3名(19%),疼痛3名(19%),食欲低下2名(13%),呼吸困難0名であった.麻薬使用期がん患者79名の主訴は,疼痛25名(32%),食欲低下11名(14%),呼吸困難7名(9%),在宅介護困難14名(18%),ADL低下・歩行困難5名(6%)であり,麻薬使用期群は身体的苦痛の頻度が高い傾向であった.入院経緯は,当院の入院患者全例が他院からの紹介であり,前医の意向はPCUへの紹介であったが当院の判断で当病棟へ変更となった患者は,麻薬不使用期10名(がん患者の63%),麻薬使用期48名(同61%)であった.PCUから当病棟へ変更となった理由は,診療録には記載のない症例が多数であった.

がん患者の平均在院日数は,麻薬不使用期84.1±87.7日,麻薬使用期82.7±100.5日で両群間に差は認めなかった(p=0.96).がん患者の死亡退院率は麻薬不使用期63%(10名)に対して麻薬使用期は92%(73名)であったが,この他に麻薬不使用期4名(25%)と麻薬使用期3名(4%)はPCUへ転棟して死亡退院となった.麻薬不使用期のPCU転棟理由は,苦痛症状増悪に伴う麻薬投与目的2名,患者家族の転棟希望2名であり,この他に苦痛増悪により転棟を予定したものの転棟前に当病棟で死亡1名も認めた.麻薬使用期のPCU転棟理由は,入院時からPCUを希望して空床待ち2名,病状増悪後の転棟希望1名であった.入院中に生じたおもな症状と診療内容を表2に示す.各症状とも麻薬使用期の頻度が高い傾向であったが有意差は認めなかった.診療行為では,麻薬使用と持続注射が麻薬使用期で有意に増えた.麻薬使用期の麻薬使用45名の投与薬剤は,モルヒネ32名,オキシコドン22名,フェンタニル14名,ケタミン1名,投与経路では持続注射33名,内服20名,貼付剤14名,坐薬10名であった(複数薬剤,複数経路あり).

表2 がん患者の症状と診療行為

がん患者の疼痛と呼吸困難について,最も症状の強かった時とその緩和治療後の変化について評価可能であったのは,麻薬不使用期15名と麻薬使用期78名であった.全経過にわたり意識障害のため評価不能であった各群1名は除外した.対象患者の疼痛治療前のSTAS-Jスコア平均値は麻薬不使用期1.5±1.1に対して麻薬使用期は2.0±1.3と高値であり,呼吸困難治療前スコアも麻薬不使用期0.8±1.1に対して麻薬使用期1.1±1.4と高値であった(疼痛:p=0.11,呼吸困難:p=0.41).疼痛スコアの治療前後比較では,麻薬不使用期がSTAS-J:1.5±1.1から0.9±0.7へ改善(p=0.018),麻薬使用期は2.0±1.3から1.1±0.7へ改善(p<0.001)した(図2).呼吸困難スコアの治療前後比較では,麻薬不使用期がSTAS-J:0.8±1.1から0.5±0.6へ改善(p=0.068),麻薬使用期は1.1±1.4から0.8±1.1へ改善(p<0.001)した(図3).麻薬使用期の呼吸困難では,STAS-J:4点あるいは3点のまま改善されなかった患者を6名認め,これらの患者は5名が麻薬等による持続注射で症状緩和を行い1名は認知症のために注射や内服薬の投与が困難となったが,3名が持続鎮静へ移行して3名は死亡数日前の発症であったため改善を認めないまま看取りを迎えた.

図2 疼痛に対する緩和治療効果

STAS-Jを用いて疼痛治療前後の評価をした.点線は麻薬不使用期,実線は麻薬使用期.

図3 呼吸困難に対する緩和治療効果

STAS-Jを用いて呼吸困難治療前後の評価をした.点線は麻薬不使用期,実線は麻薬使用期.

持続鎮静を受けた麻薬使用期5名の主たる鎮静開始理由は,3名が呼吸困難,2名がせん妄であった.いずれも標準治療に抵抗性であったため,ガイドライン6)に準じて鎮静を開始し,死亡により治療を終了した.

当院PCUの稼働状況をみると,2005〜2010年度は新規入院数106〜120名/年,1日平均患者数(稼動数)は実働23床(標榜25床のうち2床は休床)に対して11.0〜17.8名であった.2011年度から2014年度にかけては,新規入院数が123名,143名,174名,147名,1日平均患者数は18.7〜18.9名で推移した.年度ごとの平均在院日数は36.1〜58.8日,死亡退院率は85〜97%であった.

考察

われわれは療養病棟にがん患者を積極的に受け入れた結果,がん患者数は増え,個々の臨床症状も増える傾向であった.半数以上のがん患者に麻薬投与を要し,疼痛緩和は概ね良好であった.呼吸困難に関しては緩和不十分な患者もみられた.また,病棟全体として死亡退院が増え,平均在院日数は短縮し,業務量は増える結果となった. PCU併設施設の療養病床における緩和ケアについて詳細に報告したものは,われわれが調べ得た範囲では初めてと考えられた.

国民の約半数ががんに罹患する現状にPCUの役割は重要であるが,PCUを希望した患者がすべて入院できるわけではない.当院でも2011年度からPCUの病床稼働率を上げて患者数増加に対応してきたが,待機中死亡など,入院に至らない患者を多数経験する状態であった.これに対して,2012年度から療養病棟へがん患者を受け入れたことにより,緩和ケアを希望する患者の入院を約2割増やすことができた.

療養病床で死亡するがん患者は,病床数(約32万床),死亡率(100床あたり55名/年)と疾患割合(死因のうち悪性腫瘍の割合15.1%)から推計すると,年間2万人台と考えられる1,7).この数値はPCUで死亡する患者数と同程度である8).一方で,療養病床での麻薬使用実態をみると,麻薬を使用しづらい環境や,緩和ケアに不慣れな施設も多い9).療養病床のがん患者全員に濃厚な緩和ケアが必要とは言えないが,PCU併設施設であれば,麻薬投与や専門的な緩和ケアに関する問題点を解決しやすいと考えられる.われわれは当病棟内に麻薬保管庫を設置してPCU経験看護師も配置し,麻薬投与に関する事故もなく,PCUと同じ麻薬管理ができたと思われる.

また,両群の身体症状をSTAS-Jスコア,症状出現頻度,入院時主訴で評価すると,有意差は見られないものの麻薬使用期の疼痛・呼吸困難は頻度・程度ともに高く,麻薬を必要とする患者を多く受け入れた裏付けと考えられる.また,麻薬使用期の疼痛スコア,呼吸困難スコアはともに有意に改善しており,全般的には適切に治療が行われたと思われる.ただし,一部の患者で呼吸困難緩和不十分であったことから,まだ苦痛緩和についての課題は残されていると思われる.

看護師配置数が少ない病棟で,入退院が多く,使用薬剤やケアが複雑となることは,看護師のみならず介護スタッフの負担を大きくしており,今後の重要な課題でもある7).また診療報酬の面では,最も高い療養病棟入院基本料(1,810点)ですら緩和ケア病棟入院料の最も低い設定(3,384点)よりも低い10).がん患者への麻薬使用は包括医療外で医療区分も上がるためメリットは大きいが10),麻薬以外の高額な薬品投与や処置は包括医療での採算性を考慮すると行いづらく,当病棟でも高額な薬剤を継続使用していないことが入院条件のひとつに含まれている.今回の調査では,個々の紹介患者をPCUと当病棟へどのように振り分けたのか確認できなかったが,緩和ケア希望の患者の中でも,病状の重症度,各種苦痛症状の有無とその程度,生命予後の長短などが異なることは知られている11).「病状が不安定で,手厚いケアが必要」ならば,がんに特化したケアを提供できるPCUへ,「病状が安定し,予後も長く見込まれる」ときは,入院料に入院期間の制約がない療養病床へ,入院中に病状が変わったら転棟も可能というような,PCUと療養病棟の連携は今後ますます必要になってくるものと思われた10).その一方で当病棟の成績は,転棟症例数が多いとは言えない.急変や急速な病状変化のために転棟手続きができなかったか,患者・家族が同じ病棟で最後まで診療を受けたいと希望したか,あるいはその両方が転棟の少なかった理由であるが,診療録に経緯が記録されていない患者が多く,本研究では転棟の判断について明確な方向性を示すには至らなかった.

われわれは,療養病棟とPCUが併存する環境で,両病棟の長所を生かすことができたと考えている.PCUを持たない施設の療養病棟で同様の緩和ケアを行うためには,麻薬各種とその投与経路を揃えることは当病棟の成績からも望まれることで,これに緩和ケア医と熟練した看護師がいることが理想であると思われる.また,われわれの経験から,自施設あるいは他施設であっても専門的な医師・看護師と相談できる体制を作ること,ある程度のがん患者数制限を設けてスタッフの負担を増やさないことも必要であると思われた.

PCUの病床数が少ない現状で,行き場のないがん患者に対して療養病棟で十分な緩和ケアを提供できれば,恩恵を受ける患者は多いと思われる.そのためには,PCUでさえも不足している緩和ケア医が増えること,多くの看護職・介護職がPCUや緩和ケアを経験することが必要であると考えられ,今後,検証を進めたい.

本研究論文の限界としては,(1)一施設の報告である,(2)麻薬使用に関連する評価は行ったが,他の苦痛緩和については検証していない,(3)患者家族の満足度は調査していない,(4)療養病棟における緩和ケアを一般化するための考察を自施設の成績のみから導いている,(5)医療費の問題は机上で検討したものの実際の成績を論じていない,などが挙げられる.今後は多施設の実態を調査し,緩和ケアの質について検証すること,医療費問題に関しては専門家の意見を仰ぐこと,などが必要であると考えられた.

結語

PCU入院患者の2割に相当するがん患者を療養病床へ受け入れて緩和ケアを行った.積極的に麻薬を投与して苦痛緩和を行い,PCUと連携して緩和ケア機能を果たすことが示唆された.

謝辞

本論文執筆にあたり,当院の笠原嘉子さん,高橋敬子さん,植竹真佐美さん,三和史明さん,小嶋淳子さん,佐久本宏美さんをはじめとしたスタッフに指導をいただいた.ご指導をいただいた方々に感謝いたします.

References
 
© 2016 日本緩和医療学会
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