がんの早期診断や治療法の発達により,がんと診断された後の長期生存者は増加しており,彼らの慢性疼痛が問題となっている.とくに慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬の長期使用は,乱用・依存などが問題となるため注意を要する.今回,痛みの原因となった腫瘍消失後も遷延する痛みをもつ患者に,鎮痛以外の目的でオピオイド鎮痛薬を使用する薬物関連異常行動を認めた悪性リンパ腫の1例を経験した.鎮痛目的ではなく,精神的な苦痛に対してオピオイド鎮痛薬を使用することはケミカルコーピングと定義され,乱用や依存の前段階と考えられている.オピオイド鎮痛薬の内服が長期にわたると見込まれる患者には,オピオイド治療を安全に管理するために,慢性疼痛治療に準じた薬物療法の知識と適切な患者評価が重要である.
がんの早期診断や治療法の発達により,がんと診断された後のがん長期生存者は年々増加している1).がん長期生存者の抱える問題の一つである痛みは,がん自体によるものやがん治療によるもの,その他の原因によるものがあり,慢性疼痛として16~50%に存在する2)といわれている.がん患者の痛みにはオピオイド鎮痛薬が処方されることが多いが,がん患者の0~7.7%にオピオイド鎮痛薬依存が認められたとの報告3)もあり,がん長期生存者のオピオイド鎮痛薬長期使用は,乱用や依存の点から問題視されている4).また,本邦においては,がん患者の非がん性慢性疼痛におけるオピオイド鎮痛薬依存が報告されており5),痛みの原因を正しく鑑別し鎮痛薬を処方する重要性が強調されている.
痛みの原因となった腫瘍が画像上消失後も遷延する痛みをもつ患者に,鎮痛以外の目的でオピオイド鎮痛薬を使用する薬物関連異常行動を認めた悪性リンパ腫の1例を経験した.がん自体が原因となった痛みであっても,痛みの種類によっては長期遷延することを予測し,オピオイド治療を安全に管理するために慢性疼痛治療に準じた薬物治療と適切な患者評価が,痛み治療の初期から重要であると考え,ここに報告する.
なお報告において個人が特定されないよう,日本外科学会「症例報告を含む医学論文及び学会研究会発表における患者プライバシー保護に関する指針」に従い,十分な倫理的配慮を行った.
【症 例】63歳,男性
【現病歴】2年前,左腸骨周囲骨盤内腫瘍(図1)と多発骨病変を伴うびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の診断を受けた.発症当時から左腰下肢痛があり当科紹介され,がん疼痛としてオキシコドン製剤の処方を開始した. 化学療法1カ月後に画像上骨盤内腫瘍が消失(図2)した後も左足底のしびれと痛みは残存し,看護師の勧めに従い次第にオキシコドン速放製剤の使用が1日5回まで増加した.また,この時期に患者は病気に対する不安や,化学療法による副作用の辛さを訴えていた.オキシコドン徐放剤を増量しても速放製剤の要求は変わらず,「オキシコドン速放製剤を内服すると気分がすーっと落ち着くから,もらっておきたい」という発言があり,鎮痛以外の目的でオキシコドン速放製剤を使用する薬物関連異常行動と判断した.
左腸骨を中心に腸骨筋や殿筋に浸潤する巨大腫瘤は,内側方向には左仙椎椎間孔内にも浸潤していた.
治療前に認められた骨盤内腫瘍は,初回治療後の1カ月後には画像上消失した.
【嗜好歴】喫煙歴:40本/日×40年間,飲酒歴:日本酒2合/日
【内 服】オキシコドン徐放製剤60 mg/日,オキシコドン速放製剤10 mg/回
【経 過】痛みは,発症時腫瘍によるがん疼痛(体性痛+神経障害性疼痛)であったが,原因となる腫瘍が消失した後に,仙骨神経叢の障害による神経障害性疼痛のみが遷延したものと判断した.今後も痛みは非がん性神経障害性慢性疼痛として長期遷延するものと考え,オピオイド治療を安全に管理するために非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン6)に則った治療を行った.オキシコドン速放製剤の使用を勧めていた看護師にWHO方式がん疼痛治療法に基づいたレスキューとしてのオピオイド鎮痛薬速放製剤の使用は推奨されないことを指導し,患者にはオキシコドン速放製剤は強い痛みに対してのみ使用すること,痛みは神経障害性慢性疼痛として長期遷延することが予測されその場合レスキューは推奨されないことを指導したことで,オキシコドン速放製剤の使用は1日1回に減少した.さらに,鎮痛補助薬としてアミトリプチリン25 mgを併用して鎮痛を図り,オキシコドン速放製剤の使用はなくなった.その後薬物関連異常行動を起こすことはなく,長期にわたりオピオイド治療を安全に管理することができた.徐々に左足底の痛みは緩和され,発症から2年後,オピオイド鎮痛薬を含むすべての鎮痛薬の内服は中止となった.
提示した症例のように,がん自体が原因となる痛みが神経障害性疼痛であった場合,がん自体が消失した後も遷延する可能性がある.がん患者の神経障害性疼痛は侵害受容性疼痛より身体的また社会機能の面でQuality of life(以下QOL)を低下させ,より多くの鎮痛薬を必要とするコントロールの難しい痛み7)である.がん長期生存者が増加している昨今,この痛みに対して適切な治療方針を見出すこと,オピオイド治療を安全に行うことは重要な課題である.オピオイド鎮痛薬長期内服で問題となる乱用や依存に関する定義に統一されたものはないが,本症例報告では,処方されたオピオイド鎮痛薬の乱用を「薬物を治療以外の目的で使用すること」,依存を「遺伝的要因,心理社会的要因,環境的要因によって影響された原発性慢性神経生物学的疾患.薬物使用に対する管理障害,強迫的な薬物使用,有害作用にもかかわらず欲求に基づいて薬物を継続的に使用すること」と定義した8,9).一方,薬物関連異常行動は「薬物治療に関連して,治療計画から逸脱するもの」であり8),依存を強く思わせる行動からあまり思わせない行動まで含まれる10).薬物関連異常行動を認めた際の鑑別診断として,①依存,②鎮痛が不十分である場合の偽依存,③ケミカルコーピング,④パーソナリティー障害,抑うつなどが挙げられており11),オピオイド治療における患者評価として薬物関連異常行動の発見は重要である.
オピオイド鎮痛薬が大脳辺縁系に作用して鎮痛効果を得るだけでなく報酬系により抗不安作用や幸福感を得る12)ことを利用し,純粋な鎮痛目的ではなく精神的苦痛を緩和する目的で薬剤を使用することをケミカルコーピングと呼ぶ11).ケミカルコーピングは乱用や依存の初期段階であると考えられ,その注意深い観察は重要である13).がん患者は治療に対する不安,再発に対する不安,経済的な不安など悩みは多く,がん長期生存者の43%に不安や抑うつなど併存精神疾患を抱えていることが報告されている14,15).このような問題に対処するためにケミカルコーピングが引き起こされることが考えられ,本邦においてもがん長期生存者のオピオイド鎮痛薬のケミカルコーピングは大きな問題となる可能性がある.
提示した症例において患者は病気に対する不安を持っており,これに対処するためにオピオイド鎮痛薬を使用し始めたと考えられる.これはすなわちケミカルコーピングに相当する.オピオイド鎮痛薬徐放製剤を増量したにもかかわらず速放製剤の使用が止まなかったことは,純粋な鎮痛目的でなく不安に対処するためにオピオイド鎮痛薬を使用していたことを疑わせた.さらに看護師がWHO方式がん疼痛治療法に則りレスキューとしてのオピオイド速放製剤の使用を積極的に勧めたことは,薬物関連異常行動を助長させた可能性があり反省すべき点である.しかし当科介入中であり早期に薬物関連異常行動を発見し対応したことで,その後の長期オピオイド治療を安全に管理し得たと考える.
がん患者に起こる痛みの原因は,①がん自体によるもの,②がん治療によるもの,③がんとは関係のないもの,の3つに分類される.山代ら16)は,がん自体が原因となる痛みについてはWHO方式がん疼痛治療法を,がん治療が原因となる痛みやその他の原因による痛みについては非がん性慢性疼痛としての対応を推奨している.これに加え,提示した症例のようにがん自体が原因となった痛みであっても,その痛みが神経障害性疼痛であった場合は慢性化しやすく治療抵抗性であることが多いため,長期生存が見込まれる場合には神経障害性慢性疼痛としての対応が必要となる場合がある.とくに,オピオイド鎮痛薬の内服が長期にわたり必要と予測される患者には,オピオイド治療を安全に管理するために,非がん性慢性疼痛に対するオピオイド治療法を念頭に置き治療にあたるべきである6).非がん性慢性疼痛に対するオピオイド治療法において重要な点は,①治療目的を一般的な生活を営むためのQOL改善とする,②血中濃度の急激な上昇を引き起こすオピオイド速放製剤は乱用に好まれやすいためその使用を認めない,③長期内服となることを前提にした患者選択,の3点である.さらにオピオイド治療法が開始された後は,①Analgesia:鎮痛,②Activities of daily living:日常生活動作,③Adverse effects:有害事象,④Aberrant behavior:異常行動の4項目を診察のたびに評価することが必要である17).
患者のQOLを損なわないためには,医療従事者は痛みの原因を正しく鑑別し,オピオイド鎮痛薬の特性を十分理解した上で,各々の対応方法を確実に実践することが重要である.
痛みの原因となった腫瘍消失後も遷延する痛みをもつ患者に,鎮痛以外の目的でオピオイド鎮痛薬を使用する薬物関連異常行動を認めた症例を経験した.オピオイド鎮痛薬の内服が長期にわたると見込まれる患者には,オピオイド治療を安全に管理するために,慢性疼痛治療に準じた薬物療法の知識と適切な患者評価が重要である.