Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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原著
PEACEを用いた緩和ケア研修会受講による臨床での取り組みかたの変化について
林 優美小早川 誠岡村 仁山脇 成人
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2016 年 11 巻 4 号 p. 234-240

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Abstract

がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会が,効果的であることを示す報告は多くない.受講者の知識や満足感に加え緩和ケアの実践に近い評価項目を用いた検討を行うため,広島県で1年間に行われた緩和ケア研修会(PEACEを利用)の受講者323名を対象とした調査を行った.研修会で扱う内容を踏まえ,緩和ケアの専門家ではなくても自分から実践しようとする姿勢に変化があるかを問う形式の質問票を作成した.26項目につき,「ほとんど自分で行う」から「ほとんど緩和ケアの専門家にまかせる」まで5段階のLikartスケールを用い,受講前後の変化について解析した.結果,有効回答を得た206名では,せん妄および気持ちのつらさに対する薬剤の調整をのぞき,ほとんどの項目について有意に緩和ケアの実践を自ら行う方向に傾向が移っていた.緩和ケア研修会は受講者の緩和ケア実践の姿勢についても良い変化を生じる可能性が示唆された.

緒言

2007年4月1日より施行されたがん対策基本法により,がん対策推進基本計画が策定され,がん医療において重点的に取り組まなければならない項目として緩和ケアの普及が挙げられた.この計画によりすべてのがん診療に携わる医師に緩和ケアの基本的な研修を実施することが国策としてすすめられることとなった.全国で規定の内容をふくんだがん緩和ケアに関する研修会を行うにあたり,日本緩和医療学会と日本サイコオンコロジー学会が協力し標準のプログラムを作成した.このプログラムはPalliative Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education(以下PEACE)と命名され,2008年よりこのプログラムを用いた研修会が全国で行われるようになった1,2).2日間からなる研修会で,緩和ケアの概論に始まり,がん性疼痛の評価と麻薬等の薬剤の使用方法や呼吸困難・消化器症状・精神症状,そして悪い知らせを伝えるコミュニケーション技術にいたるまで,講義と実習を通して習得する内容である.全国的な広まりとともにPEACEを用いた緩和ケア研修会の有効性についても報告されるようになってきた.これまでのところ,研修会開始前に行ったテストの正答率が,研修を受けた後に上昇することや受講者の満足度が高いといった報告はある3,4).また,研修会の受講後2カ月をすぎても有効性が継続したという報告もある5).しかし,テストの解答は研修会の中で解説しているため,設問の正答率を上げる効果はあったかもしれないが,実際の臨床でどの程度役に立つのかを評価するには十分ではない.緩和ケアでは知識とともに態度・姿勢が重要とされ,実際にNakazawaらの緩和ケアへの態度(palliative care self-reported practices scale: PCPS)の指標を用いて研修会の前後での変化について検討し,有効性を示した報告もある5,6).しかし,PCPSは緩和ケアをどの程度自分で行うか問う18の項目からなる質問紙であるが,必ずしもPEACEを用いた緩和ケア研修会に特化した項目ではない.緩和ケア研修会は知識を得るだけではなく,実践できることが目標になるため,研修会の内容を踏まえた実践に近い評価尺度での検討も必要である.

広島県では2008年11月に広島大学病院が初めて実施したのを皮切りに,年17~18回のペースでPEACEを用いた研修会が開催され,年間300~400名の医師が受講している7)

今回われわれは,がん診療に携わる医師が実際にどの程度緩和ケアを実践でき,全国の均一なプログラムであるPEACEを用いた緩和ケア研修会を受講することにより,どのような効果があるのか検証することを目的とし,研修会に参加する医師を対象に,研修会の前後で緩和ケア研修会に即した行動面の項目を抽出し比較検討を行うことを計画した.

方法

1 対象

広島県内でPEACEプロジェクトに基づいた緩和ケア研修会に参加した医師を対象にした.適格基準は,①対象期間中に本研究の施行に協力が得られた施設の緩和ケア研修会へ参加した医師,②本研究の目的を理解し研究のための調査に同意したもの,とした.除外基準は,①研修会の一部に不参加であったもの,②調査に協力したが,後に参加同意を撤回したもの,③十分な知識が伴っておらず臨床経験が浅い臨床研修医,とした.

2 調査方法

(予備調査)調査票の各項目は実際に研修会で扱かっている重要な項目を中心に抽出した.具体的には,疼痛,呼吸困難,嘔気,せん妄,不安・抑うつ,在宅診療について,緩和ケアの専門家にまかせるか,自分で行うか,5段階で評価する形式とした(1:ほとんど自分で行う,2:どちらかというと自分で行う,3:どちらでもない,4:どちらかというと緩和ケアの専門家にまかせる,5:ほとんど緩和ケアの専門家にまかせる).緩和ケアの専門家がいる診療施設において,緩和ケアの専門家に依頼するだけではなく,基本的緩和ケアをどの程度自分で行うのかその姿勢を評価するため,このような設問を行った.表面妥当性を確認する目的で,研修会に参加した20名に施行し,回答困難な項目および不適切項目を修正した.結果,26項目からなる調査票を作成した(表1).

表1 調査票

(本調査)予備調査を経て修正した調査票を用い,緩和ケア研修会の開始時と終了時に受講者に配布し記入してもらった.緩和ケア研修会は土曜日と日曜日など週末の休みに連日で行う場合と,日曜日と次の日曜日など1週間あけて2日間行う場合があり,研修会によって調査を行う間隔は1日から8日と違いがあった.背景として臨床経験年数や診療科,勤務している病院の種別などについても調査した.また調査票の再現性を確認するため,緩和ケア研修会を受けていない医師に対し,3日から8日間あけて2回の調査票への記入をしてもらい,カッパ係数を測定した8).広島県全体で年間300名の参加者があり,うち,協力の得られる研修会を6割,研修医等の不適格を3割と見積もると,126名となる.調査票のカッパ係数を算出するにあたり,評価者内の一致度を確認するためのサンプル数は全体の最低10%が推奨され9),本研究では13名以上が必要となる.カッパ係数は0.40未満で低い一致,0.40以上0.61未満で中等度の一致,0.61以上で高い一致を示す10)

3 解析

研修会開始前と終了後で項目毎に得られた5段階の回答(1〜5)を前後で比較した.データは連続変量ではなく,正規分布が仮定できないとし,統計解析にはWilcoxonの符号順位検定を用いた.対象者全数の各項目の平均を前後で比較し,0.5以上の有意な減少がある,すなわち緩和ケアの実践を緩和ケアの専門家より自分で行うほうにふれていた場合に,十分な効果があったと評価した.また,Wilcoxonの符号順位検定より算出したZ値をサンプル数の平方根で除した値(r値)を評価のための効果量とした.r値が0.30以上で中等度,0.50以上で大きな効果があると評価できる11).統計ソフトはSPSS21.0Jを用いた.なお有意水準は両側検定でp<0.05とした.

4 倫理的配慮について

本研究についての倫理的妥当性に関して広島大学の倫理審査委員会にて承認を得た.同意取得については本調査に記名し回答した時点で同意が得られたものとした.なお,調査に先立ち,案内用紙を用いて調査の目的と利点,解析には個人を特定できるデータを用いないこと,同意の取り下げのための問い合わせ先を記載した.データの管理者とは別の解析者が,個人名を完全に削除され匿名化された後のデータのみ扱い解析を行った.

結果

2011年7月から2012年7月までの1年間に15カ所の施設で計19回の研修会が開催され,323名の医師が研修会を修了した(表2).そのうち,本研究に参加したのは206名であった.参加者の背景は,男性161名,女性45名,がん診療連携拠点病院の医師110名,拠点病院以外の総合病院の医師48名,診療所の医師33名,その他15名であった.医師経験年数は10年以上の医師が138名,5〜9年の医師が41名,2〜4年の医師が27名であった.診療科別では内科医が84名,外科医が46名,麻酔科医が13名,歯科医が13名,泌尿器科医が9名,産婦人科医が7名,精神科医6名,皮膚科医5名,その他23名であった.

表2 緩和ケア研修会の開催日および施設

質問紙調査の結果,緩和ケア研修会受講の前後でほとんどの項目について有意に自分で行う方向に回答が推移していた.オピオイドの開始,オピオイドの量の変更,オピオイドの種類の変更,鎮痛補助薬の開始,嘔気にステロイドを処方,呼吸困難にモルヒネを開始,せん妄で抗精神病薬を開始,せん妄について家族に説明の項目は,研修会前後で平均の差が0.5以上あった.これらの項目のうち,呼吸困難にモルヒネを開始することは効果量も大きかったが,他は効果量が0.3〜0.5の間で中等度の効果であった.一方で,抗うつ薬の変更およびせん妄での抗精神病薬の変更については有意な差はなかった(表3).

表3 研修会前後での比較

調査票の再現性の確認のため,緩和ケア研修会を未受講でかつ,すぐには受講の予定がない医師16名に対して2回の調査を行った.各項目のカッパ係数は0.169〜0.922であった.一般に中等度の一致を示す0.40〜0.60までの項目は,緩和ケア病棟の説明(0.596),オピオイドの種類の変更(0.568),嘔気にステロイドを処方(0.527),介護保険の説明(0.500),オピオイドの副作用を説明(0.440),せん妄につき家族へ説明(0.423)であった.低い一致を示す0.40未満の項目は,訪問看護依頼書を作成(0.398),在宅療養の説明(0.395),オピオイド導入を説明(0.354),家族の不安への支援(0.169)であった.その他は高い一致を示す0.61以上であった.

考察

本研究によりPEACEを用いた緩和ケア研修会の受講前後で患者の症状緩和に対する医師の姿勢が変化し,対応可能な範囲が広がる可能性が示唆された.Yamamotoらの報告でも,PEACEを用いた研修会の受講前後で知識を問う質問(Palliative care knowledge ques­tionnaire for PEACE: PEACEQ)の点数がすべての領域で上がり,緩和ケアに関する態度も良好になっていることを示している4,5).今回のわれわれの結果は直接知識を扱ったものではないが,学習により自信につながり,自らできそう,やってみようと感じられた結果と考えられた.

本研究で変化の大きかった項目はオピオイドの開始と変更および副作用の説明,鎮痛補助薬の開始,嘔気へのステロイド処方,呼吸困難にモルヒネを開始,せん妄への抗精神病薬の開始および家族への説明の項目であり,専門家にまかせるというより自分から行うほうに傾向が移っていた.これらは研修会を受けるまではあまり知られていなかったことや,系統だって講義をされたことのない内容であったものが,講義により知識が得られたため,態度でも変化がみとめられたものと考える.とくにオピオイドの開始や変更,副作用についての説明は研修会ではロールプレイで実践的な体験をともないながら学習することができ,自分から行えるという自信にもつながった可能性も考えられる.研修会を受講していない医師に数日間あけて行った2回の調査では,オピオイドの導入や副作用の説明についての項目で,カッパ係数は高くはなく,再現性の問題はあるが,それでも専門家にまかせるのではなく自分から対応するほうに姿勢が移っていたことは研修会の有用性を示唆するものと考える.

精神症状ではせん妄の説明を家族に行うことについては有意な変化をみとめた.せん妄はがん患者がなくなるときに高頻度でみとめられることがわかっており12),がん医療に携わる医師であればほとんどが患者のせん妄を経験したことがあると推測される.しかし,臨死期に医師が家族に説明することは治療経過や蘇生処置をふくめた治療方針の確認であり,実際には患者がなくなる過程でのせん妄という視点で,医師から家族の気持ちへのケアを意識した対応はあまりされていなかったのかもしれない.一方で,一般的に死を前にした家族とのやりとりは丁寧に慎重に行われており,死への経過の症状として動揺する家族の気持ちも考えながらせん妄を伝えていくことが大事であるという講義の内容が受講者には理解しやすいものであったと推察される.Yamamotoらの報告では態度を扱かったPCPSのせん妄の項目で有意に改善を示している5).PCPSは当初看護師を対象に作成された評価法であり,薬物療法のことは扱かっていないが6),せん妄について家族の気がかりに対応する項目がふくまれており,その点でわれわれの研究でも同様の結果を示していたものと考える.

気持ちのつらさやせん妄の精神症状への薬物開始については有意に変化を示していたが,抗うつ薬および抗精神病薬の変更については変化が少なく,効果は十分ではないという結果であった.Yamamotoらの報告ではPEACEQで確認した精神症状の正答率が研修会後有意に上昇している4).PEACEQでは薬の使用までは扱い,変更・調整までは扱っていないため単純に比較はできないが,今回の結果は参加した医師が向精神薬の必要性を認識していても,細かな調整について苦手意識を持っていることを示唆する結果なのかもしれない.参加者が精神科を専門としない一般の医師であるため,普段うつ病やせん妄は精神科等に紹介し,自身で明確に診断を行い治療する経験は乏しかった可能性が考えられる.緩和ケア病棟やがん診療連携拠点病院に勤務し,緩和ケアを専門として3年以内の医師112名を対象として行われた調査13)では,神経ブロックの適応を判断できることと同様に,うつの評価と治療および向精神薬の使用に関して必要性を感じながらも自分で行うことに自信が持てないとするものが多いという結果であった.したがって緩和ケア研修会を受講した多くの緩和ケアを専門としない医師にとってはこの傾向はより強くなることが想定され,今回の結果を支持するものと考える.山本らも指摘しているように,PEACEプログラムは厚生労働省の示した開催指針に沿って構成されており,時間も限られる中で基本的緩和ケアを網羅することはできていない2).もともとなじみのない領域については,より時間をかけて工夫をした研修内容を考えるか,その領域の専門家に相談しやすい環境を整えることが必要と考える.

本研究には以下のような限界があり,結論を導くにはさらなる研究が必要である.緩和ケア研修会が始まって3年目から4年目の期間であり,比較的緩和ケアに興味を持ち,緩和ケア研修会に積極的に参加しようとする医師が参加していた可能性がある.したがってすべてのがん診療に携わる医師にはあてはめることはできない可能性をふくんでいる.指標についての再現性が十分ではない項目があり,効果の継続性についても確認できていない.また,研修会参加前後での受講者の態度・姿勢の変化が,その後の処方行動,ひいてはエンドユーザーである患者の利益にどの程度結びつくかは不明であり,明らかにするためにはがん診療連携拠点病院の緩和ケアチーム依頼内容の変化を評価する等,別の研究が必要である.なお,本研究を実施したときに行われたPEACEを用いた緩和ケア研修会は2015年度に大幅改訂される以前のモジュールを用いている.

結論

本研究によりPEACEを用いた緩和ケア研修会は知識だけではなく,行動や態度の点でも受講者によい変化をもたらす可能性が示唆された.一方,精神科領域の症状については,この研修会だけで十分実践できるまでに至らない可能性が考えられた.

謝辞

本研究にあたり広島県内のがん診療連携拠点病院で緩和ケア研修会を企画運営された諸先生方に多大なご協力をいただきました.そして多くの緩和ケア研修会受講者のかたにご協力いただきました.皆様に心より感謝とお礼を申し上げます.

References
 
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