Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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原著
終末期がん患者の感染症診療: 何が医療者の意向の差異に繫がるか?
森岡 慎一郎森 雅紀鈴木 知美横道 麻理佳森田 達也
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2016 年 11 巻 4 号 p. 241-247

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Abstract

終末期がん患者が発熱を呈した際,どのような検査や治療を重視するかという意向は医療者間で異なり,葛藤を引き起こしうる.本研究は,感染症診療に関する医療者間の意向の差異に繫がる要因や葛藤が生じる状況を同定することを目的に,終末期がん患者の診療に携わる医師,看護師20名を対象に半構造化面接を行った.意向の差異に繫がる要因としては,「予測される予後による」「検査・治療が患者の苦痛を伴うか否か」「医師の指示内容を受け入れられるか否か」などの要因のほか,「患者・家族が検査・治療を望んでいるか否か」「検査・治療による患者のメリットがあるか否か」などのカテゴリーが得られた.また,医師・看護師ともにお互いの認識のズレがある時や,相手の意図・指示が理解できない際に葛藤を感じていた.感染症診療に関する意向の差異がなぜ生じるのかを認識することで,終末期がん患者に対するチーム医療の質の向上に繫げられると考えられる.

緒言

感染症は終末期がん患者の約40%にみられ,死因の第一位を占めている1,2).重篤な症状をきたし,生活の質を著しく低下させる重要な問題だが,終末期がん患者を対象とした感染症診療に関しては質の高いエビデンスに基づいた指針はなく,経験に基づいた診療が行われているのが現状である35)

終末期がん患者における延命治療には,抗菌薬治療以外にも人工呼吸器,補液,酸素投与,胃管留置,血栓予防などがある.これまでの先行研究で,医師の専門科によりこれらの延命治療の実践に差異があることが報告されてきたが,感染症診療に関しては延命治療の一部として抗菌薬治療について簡単に触れられてきたに過ぎない4,6,7).医師の背景により終末期がん患者に対する血液検査,胸部単純X線写真,抗菌薬治療などの診療方針に差異があり4),看護師の感染症診療に関する意向は報告されていない.

このように,終末期がん患者が発熱を呈した際,どのような検査や治療を重視するかという意向は医療者間で異なり,医療者間の葛藤を引き起こしうる5,813).このことは患者の安全を脅かし,チーム医療の質を低下させ,医療費の増加や医療者のバーンアウトに繫がる可能性がある5,8,14)

本研究の主な目的は,終末期がん患者における感染症診療に関する職種間・医療者間の意向の差異に繫がる要因を同定することである.また,副次的な目的は,終末期がん患者が発熱した際,熱源検索や発熱に対する対応に関して葛藤が生じる状況についても探索することである.

方法

静岡県立静岡がんセンターおよび聖隷浜松病院に勤務し,終末期がん患者の診療に携わる医師10名,看護師10名を対象とした.2014年12月から2015年12月にかけて,研究者ら (SM, MM, TS) が1対1の半構造化面接によるインタビュー調査を行った.研究者らはそれぞれ感染症内科男性医師,緩和医療科男性医師,緩和ケア病棟女性看護師であり,インタビュー調査前より対象者と同施設に勤務していた.「終末期がん患者が発熱した際,熱源検索や発熱に対する対応を,どの程度行うか(医師),その対応にどの程度同意するか(看護師)」,「それらの意向に関する理由」,「どのようなときに最も葛藤があるか」に関する質問を行った.同時に,対象者の背景(年齢,性別,勤務場所など)に関する情報を得た.インタビュー時間は1人につき30分程度で,各人1回だけ行われた.インタビュー内容はICレコーダーで録音し,逐語録を作成した.記述の中で,各質問への回答に相当する記載を意味単位として抽出し,内容分析を行い,コード化と分類するプロセスを,1名の研究者が医師分と看護師分を別々に行った.

静岡県立静岡がんセンターおよび聖隷浜松病院の倫理委員会で承認を受けて実施し,対象者には文書で同意を得た.

結果

対象者の背景を表1に示す.平均年齢は医師で34.7歳,看護師で34.8歳であった.性別は,医師が男性8名,女性2名,看護師が男性1名,女性9名であった.医師の専門分野は,緩和医療科,感染症内科,呼吸器内科,消化器内科,婦人科であった.看護師は,一般病棟勤務,緩和病棟勤務,ともに5名ずつであった.また,医師,看護師ともに,緩和ケア研修や感染症研修の有無,過去1年間に担当した終末期がん患者数にばらつきが見られた.

表1 対象者の背景

インタビューの内容分析結果を表2, 3に示す.終末期がん患者が発熱した際,熱源検索や発熱に対する対応に関して,医師と看護師のそれぞれにおける「意向に繫がる要因(表2)」,「葛藤を感じる要因(表3)」についてのカテゴリーとサブカテゴリーが抽出された.

表2 「終末期がん患者が発熱した際,熱源検索や発熱に対する対応を,医師がどの程度行うか/看護師がどの程度同意するか」に関する理由: カテゴリー一覧
表3 「終末期がん患者が発熱した際,熱源検索や発熱に対する対応に関して,医師と看護師が感じる葛藤」: カテゴリー一覧

医師の意向に繫がる要因としては,患者・家族が検査・治療を望んでいるか否か,医療環境による,検査・治療が実行可能か,検査・治療が患者の苦痛を伴うか否か,予測される予後による,検査・治療による患者のメリットがあるか否か,標準的な感染症治療として検査・治療する,といったカテゴリーが得られた.具体的な意見としては,「緩和ケアの主体は患者本人なので,残された人生をどういうふうに生きたいか患者の意思決定を尊重して検査・治療する」,「検査をどこまでするかは主治医・看護師に確認する」,「患者や家族が苦痛に思っていなくてもスタッフが何もしないことをつらいと思いクーリングすることがある」,「点滴がとれるか否かにより検査・治療をするかを決める」,「予後が日単位か週単位か月単位かにより熱源精査する」,「症状が緩和できるのであれば,治療する」,「腎機能や意識レベルが低下した患者で検査して問題がわかっても抗生剤も投与せずに鎮静するしかない患者では,検査しても意味がないから検査しない」,「感染症診療は基本的に終末期患者に限らず同様に行う」などであった.

看護師の意向に繫がる要因としては,患者・家族が検査・治療を望んでいるか否か,感染症による症状が患者にどれだけ影響しているか,患者の残された時間(予後)による,検査・治療することにメリットがあるか否か,検査・治療の効果を得られるか否か,検査・治療が(身体的・精神的・経済的)苦痛を伴うか,個人的な価値観による,医師の指示内容を受け入れられるか否か,検査・治療が可能な身体状況であるとアセスメントされるか否か,といったカテゴリーが得られた.具体的な意見としては,「採血をする際に本人が嫌がったり,家族が疑問を持つ場合には医師に再度確認する」,「患者にとって(感染症による)熱がどれだけ負担になり苦痛に感じているかにより検査・治療に同意する」,「検査・治療をやってどうなるか,患者にとってどんなメリットがあるかを考えて検査・治療に同意する」,「延命のために抗生剤治療することは同意しない」,「医師の意図がわかれば検査に同意する」,「明らかにCV感染だとアセスメントしているのに血培やレントゲン,採尿の指示があると同意できない」,「医師も患者のために考えて治療しているので,状態や方針の説明を看護師にしてくれると検査・治療に同意する」,「医師が本当に患者のことを考えてやっているのか不信に思う時は同意しない」,「血液を採りにくい患者の採血指示は同意できない」などであった.

医師の葛藤を感じる要因としては,最終的には主治医の判断に委ねなくてはならない,主治医ではないため患者(家族)理解が難しい,主治医,看護師,コンサルテーション医の認識にズレがあること,看護師に医師の意図に対する理解が得られない,家族の思いが強くて検査・治療をせざるを得ない,患者本人の意思確認ができない,検査・治療のために患者に負担をかけてしまうこと,指示する検査・治療に確信が持てない,というカテゴリーが得られた.具体的な意見としては,「主治医と意向が合わなくても長い期間診てきた主治医の判断に委ねる」,「血培を採った方がいいと判断しても,看護師にいらないと言われる」,「医療行為は患者の同意があってのものなので,家族の理解を得られていても本人の理解を得られない場合は葛藤する」などであった.

看護師の葛藤を感じる要因としては,医師との協働の難しさ,患者–家族間の気持ちのズレ,臨床判断への戸惑い,というカテゴリーが得られた.具体的な意見としては,「コミュニケーション量の少ない医師の指示は患者のことをちゃんと診てくれているのか不安になる」,「医師によってはコミュニケーションがとりづらく,患者にとって必要な採血かどうか確認しづらい」,「薬剤や治療を決定するのは医師の専門なので,知識がない状況で発言してはいけないと思う」,「抗生剤の必要性について感染症内科の医師に確認したいが,自分の中で根拠が明確でなく,言ってはいけない気がしてそのまま投与する」,「異なる専門の医師により痛みや発熱の考え方が違う」などであった.

考察

本研究の特徴は,終末期における延命治療の中でも感染症診療に特化し,職種間・医療者間の意向の差異に繫がる要因を見出した点である.本研究の最も重要な結果は,職種間・医療者間の意向の差異に繫がる要因に関して,先行研究では指摘されていなかったカテゴリーが得られたことである.

これまでの報告では,予後の問題,疼痛管理,コミュニケーション不足,協調性の欠如,リーダーシップの欠如が,これらの要因として挙げられてきた9,15).本研究においても「予測される予後による」,「検査・治療が患者の苦痛を伴うか否か」,「医師の指示内容を受け入れられるか否か」といった共通した要因を得ることができた.これらに加え,「患者・家族が検査・治療を望んでいるか否か」,「検査・治療が可能な身体状況であるとアセスメントされるか否か」,「検査・治療による患者のメリットがあるか否か」といった患者・家族に関する,医療者のbeliefsが得られた.また,感染症診療に特化した本研究では,「標準的な感染症治療として検査・治療する」というカテゴリーを得た.これまでの報告では,緩和ケアセッティングでの感染症に対する治療適応の判断は複雑であり,個別のアプローチが必要であるとされていた3).また,他の先行研究やガイドラインにおいても,終末期患者が発熱した際の「標準的な感染症治療」の明確な推奨はなかった.今回のインタビューにおける「標準的な感染症治療として検査・治療する」という意見は感染症内科医師だけでなく,2名の緩和医療科医師からも得られた.この意見形成には,専門科やこれまでの経験以外にも,幾つかの要素が関係しているのではないかと考えられた.これは,どこまで検査・治療するかに関する明確なガイドラインのない終末期の感染症診療において,大変興味深い点であった.

これまでの先行研究では,終末期の延命治療における,職種間・医療者間の意向の差異に関しては,ICUでの報告が大多数であった.がん患者を対象とした,もしくは緩和ケア病棟における報告は少なく,意向の差異に繫がる要因を同定した研究はほとんど見られなかった.終末期がん患者の感染症診療には明確な指針がなく,医療者間の葛藤を生じることがある.本研究では,医師と看護師の双方が感じる葛藤を同定することにより,その葛藤がどのように患者ケアに影響するかを予想することができた.医師と看護師がお互いの葛藤を共有することにより,より良い医療者間でのコミュニケーションが期待される.

本研究の限界を3点挙げる.1点目は対象者とインタビュー者の関係である.対象者の中には,インタビュー者とともに勤務した経験を持つ者がおり,インタビュー前よりインタビュー者の所属や研究目的を知っており,そのことがインタビュー中の返答内容に影響を与えた可能性があった.2点目は,1名の対象者につき1回しかインタビューを行っておらず,対象者の意見の再確認を行っていない点である.3点目は,患者に主治医として関わるか,コンサルタントとして関わるかといった立場の違いにより,意向や葛藤に差異が生じる可能性があることである.医師の葛藤に関して,「主治医に委ねなければならない」「主治医でないので患者家族理解ができない」というサブカテゴリーを得た.これらはコンサルタントとして関わる緩和医療科医と感染症内科医からの意見であった.本研究では医師をひとまとめにして結果を報告したが,医師の専門科や立場により意向や葛藤に差異が生じる可能性がある.

本研究の結果より,医療者の背景因子だけでなく,緩和ケア分野での経験年数などの因子によっても,意向や葛藤に差異があると推測された.しかし,本質的研究だけではこれらの差異を明確に表すことはできない.よって,今後は質問紙による全国調査を行い,医療者の背景因子と,終末期がん患者における感染症診療に関する職種間・医療者間の意向の差異,意向の差異に繫がる要因との関係を明確にする予定である.それにより,異なる医療者がどのような要素を大切にしているかを客観的に認識することができる.結果的に,職種間・医療者間でのより円滑なコミュニケーションが可能となり,感染症をきたした終末期がん患者に対するチーム医療の質の向上と患者ケアの改善に繫がると考えられる.

結論

本研究により,終末期がん患者の感染症診療に関する,職種間・医療者間の意向の差異に繫がる要因や葛藤を感じる要因を同定することができた.このことは,医療者間でのコミュニケーションやチーム医療の向上に繫がると考えられる.

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