2017 年 12 巻 1 号 p. 506-510
【緒言】転移性肝がんに伴う閉塞性黄疸による掻痒症患者に,選択的κ受容体作動薬のナルフラフィン塩酸塩(以下,ナルフラフィン)を投与し,改善を認めた症例を経験したので報告する.【症例】70歳,女性.S状結腸がん術後,転移性肝腫瘍による黄疸に伴い,掻痒症が出現.抗ヒスタミン薬やSSRIでは改善しなかった.中枢性掻痒と考えてナルフラフィンを投与し,掻痒はNRSで 9から 3まで改善した.【考察】蕁麻疹,アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患に比べて,慢性腎不全,肝疾患などの全身性疾患に伴う掻痒症は,既存の治療薬が奏功しないことが多い.慢性肝疾患に伴う掻痒は難治性かつ中枢性であるがナルフラフィンに止痒効果が確認されている.本症例では中枢性および末梢性の機序による掻痒が混在したが,中枢性掻痒が優位と考えられた.閉塞性黄疸に伴う掻痒症に対してナルフラフィンは有効な治療薬になりうると考えられた.
一般的な内服薬に対して抵抗性を示す難治性掻痒は,がん患者の生活の質を低下させる身体症状の一つである.今回,転移性肝がんによる閉塞性黄疸をきたし,掻痒となった患者に対して選択的κ受容体作動薬のナルフラフィン塩酸塩(以下,ナルフラフィン)を5週間投与し,その症状の改善を認めた症例を経験したので報告する.痒みの定量評価の方法はVAS(Visual Analogue Scale)が頻用される1)が,本症例においてはすでに併存するがん疼痛の評価法として患者はNRS (Numerical Rating Scale)を理解できており,混乱を避けるためにこれを用いた.
報告にあたり,ナルフラフィン処方患者のプライバシー保護に配慮し,患者およびご家族から口頭にて同意を得た.また,本剤の保険適応外の使用について患者およびご家族から口頭にて同意を得た.
【症 例】70歳,女性
【病 名】S状結腸がん,肺転移,肝転移
【主 訴】食思不振および倦怠感
【家族歴・既往歴】特記すべきことなし
【現病歴】2010年7月,S状結腸がんに対して腹腔鏡補助下S状結腸切除術施行.その後,化学療法を行ったが,肝転移が出現.2014年6月肝右葉切除,同年12月肝S2部分切除術施行.その後も肝転移や肺転移の増大を認めたが,抗がん剤治療を希望されなかった.2015年12月より黄疸が出現し,2016年1月に食思不振および倦怠感の増悪を認め,在宅医より紹介され緩和ケア病棟へ入院した.
【入院時所見】身長155 cm,体重55.5 kg.意識レベルは清明にて会話も良好.るいそう軽度.全身黄染著明.頸部リンパ節腫脹なし.肺野にラ音なし,腹部に正中と右季肋部に術創痕あり,右季肋部に皮下の円形腫瘤の膨隆があり,約10 cm大で硬く,圧痛軽度あり.四肢の浮腫はない.
【入院時検査成績】入院時血液検査では,Hb 13.5 g/dlで貧血もなく血算に異常はないが,ALB 2.6 g/dlとやや栄養障害あり.T.B. 17.4 mg/dl, D.B. 13.5 mg/dl, AST 59 IU/L, ALT 159 IU/L, ALP 1500 IU/L, BUN 9.2 mg/dl, Crea 0.49 mg/dl, K 4.1 mEq/L, Ca 9.0(補正Ca 10.4) mg/dlと高度黄疸と肝機能異常あるも,腎機能,電解質に異常はなかった.入院時CT検査所見:肺野に多数の小結節の転移があり,右肺門リンパ節腫大あり.肝は全体に腫大し,淡い低吸収域を呈する転移巣を多数認めた.肝門部には転移性肝がんを認め,総肝管が閉塞し左右両葉の肝内胆管が拡張していた(図1).左恥骨に硬化性変化,右恥骨に骨溶解性の転移を認めた.
【入院後経過】以上から閉塞性黄疸と診断されたが,減黄のための胆道ドレナージ術などは希望されなかった.黄疸による全身の痒みを訴えており,在宅医よりパロキセチン5 mg/日,ヒドロキシジン塩酸塩25 mg/日を投与されていたが効果はなかった.掻痒部位に紅斑,膨疹,紅暈は認めなかった.全身掻痒はNRS 9であった.痒みを改善する目的で,入院当日よりナルフラフィン2.5 μg/日を投与した.副作用はなく,入院第3病日(投与開始から2日後)に全身掻痒はNRS 4まで改善したが,夜間に掻痒で覚醒することもあった.入院第10病日より5 μg/日へ増量したところ,入院第14病日(増量から4日後)に全身掻痒はNRS 3まで改善し,夜間の掻痒にはヒドロキシジン塩酸塩25 mg頓用を併用し患者の満足感を得ることができた.また入院時より右季肋部痛を強く訴えていた.肝転移による被膜伸展痛と考えられ,内臓痛でNRS 5のため,タペンタドール50 mg/日を開始し,NRS 2と改善した.その後,肝転移の増大に伴う十二指腸狭窄が原因と思われる嘔気・嘔吐が出現し,入院第44病日より,食事摂取困難,内服困難となり,ナルフラフィンは中止.タペンタドールは,塩酸モルヒネ10 mg/日の持続皮下注に変更.その後,黄疸著明となり入院第48病日永眠された.
ナルフラフィンは慢性腎疾患における掻痒症の改善に有効なことが示されており,血液透析患者において既存治療で効果が不十分な場合に限り,掻痒症を改善する効能を2009年1月に承認され,慢性肝疾患においても2015年5月に追加承認されたκ受容体作動薬である.近年,原発性胆汁性肝硬変症患者での著効例も報告されている2).
長瀬3)によればナルフラフィンは世界で初めて薬物依存性が分離されたオピオイドである.モルヒネから薬物依存性を分離して,より強力な鎮痛薬を創出するために,オピオイドκ受容体タイプの作動薬を設計・合成する試みの結果,合成された.術後疼痛を適用にして行われた臨床第2相試験では,用量依存的にモルヒネと同等の鎮痛作用を認めたが,同時に強い鎮静作用が発現したため安全域が狭すぎ,実用化は困難とされた.一方で,モルヒネ等のμ受容体作動薬の副作用として強い掻痒が引き起こされる場合があるが,ナルフラフィンの治験では掻痒を訴える患者がなかったことなどから,止痒薬としての開発が発案された3).
皮膚掻痒症(以下,掻痒症)とは皮膚病変が認められない(但し,掻破により二次的に掻破痕や色素沈着を生じることがある)にもかかわらず,掻痒を生じる疾患とされる.痒みはその伝達経路により,末梢性と中枢性に分類される.臨床的には,皮疹を伴い抗ヒスタミン薬が効きやすいのが末梢性で,皮疹を認めず抗ヒスタミン薬が効きにくいのが中枢性で難治性であることが多い4,5).中枢性の痒みの場合,通常は神経組織のμ受容体とκ受容体の活性が平衡し,痒みのない状態だが,内因性オピオイドであるβ-エンドルフィンがμ受容体に結合して活性化されると,痒み誘導系が優位となり掻痒が発生する.それに対し,κ受容体が活性化されると,痒み誘導系は抑制されると考えられている6).
Togashiらの報告によると,マウスを用いた引っ掻き行動抑制試験においてナルフラフィンは,抗ヒスタミン薬が有効な末梢性の痒みに対して抗ヒスタミン薬の数百分の一の投与量で止痒作用を発揮するのみならず,抗ヒスタミン薬が無効な末梢性の痒みに対しても止痒作用を有する可能性が示唆された7).さらに,マウスの小脳延髄槽へのモルヒネ投与で誘発された引っ掻き行動回数が,ナルフラフィンの皮下投与により用量依存的に減少したとの報告8)や,サルへ静脈内または脊髄内投与されたモルヒネにより誘発された引っ掻き行動回数が,ナルフラフィンの静脈内あるいは筋肉内投与により減少したとの報告9,10)がある.ナルフラフィンは抗ヒスタミン薬が無効な中枢性のμ受容体活性化による痒みに対しても,止痒作用を有する可能性が示唆された.その他,マウスでの自己免疫疾患やラットでの胆汁うっ滞性肝疾患においても引っ掻き行動を抑制することが報告11)されている.薬物依存性については,ラットでの退薬症候スコアを用いた依存性試験においてモルヒネと比較し,ナルフラフィンの身体依存性は極めて弱く,精神依存性はないと考えられている12,13).
一般に蕁麻疹,アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患に比べて,慢性腎不全,肝疾患,内分泌疾患などの全身性疾患に伴う掻痒症は,既存の治療薬が奏功しないことが多いと言われている.慢性肝疾患に伴う掻痒は難治性かつ中枢性であり,オピオイドκ受容体作動薬のナルフラフィンが追加承認された.
胆汁うっ滞に続発する掻痒症を和らげる最も効果的な方法は閉塞を軽減することであり,胆管ステント,手術や化学療法,高容量のデキサメサゾンを用いた原疾患への治療が考えられる14).その他,古くはコレスチラミンが用いられたがエビデンスに乏しい15).機序は明らかではないがリファンピシンに搔痒軽減効果があると示されたが,肝障害が問題となった16,17).SSRIのセルトラリンは小規模な二重盲検試験で有用とされ18),本邦ではパロキセチン19)やミルタザピン20)が有効であった症例も報告されている.抗ヒスタミン薬は有用ではなく,5-HT3拮抗薬は初期のエビデンスが支持されたものの,近年では有用でないことが明らかとなった21〜24).ガバペンチンは二重盲検プラセボ試験で有用でないと示された25)が,プレガバリンが有効であったとの報告26)もある.
本症例では,転移性肝腫瘍による閉塞性黄疸をきたしたが,減黄処置を希望せず,抗ヒスタミン薬やSSRIでは改善しない掻痒を認めた.中枢性掻痒と考えてナルフラフィンを投与し,全身掻痒はNRS 9からNRS 3まで改善した.夜間の掻痒にはヒドロキシジンの併用が奏効した.本例における掻痒症では,中枢性および末梢性の機序による掻痒が混在しているものの,中枢性掻痒が優位に作用していたと考えられた.
また,がん疼痛のため,強オピオイドの内服併用が必要であった.ナルフラフィンの代謝はCYP3A4であり,肝障害もあるので,薬剤相互作用を避けるため,グルクロン酸抱合による代謝を受ける塩酸モルヒネやタペンタドールの使用を考えた.塩酸モルヒネ自体も掻痒感をきたすことがあり,消化器症状の少ないとされるタペンタドールを使用した.
今回,閉塞性黄疸の掻痒感の改善にナルフラフィンを用い著効したが,肝障害があることが多いので,薬剤相互作用に留意することが必要であった.
進行がん患者においても難治性の掻痒は不眠の原因ともなり,緩和したい症状の一つである.本症例のように閉塞性黄疸に伴う難治性掻痒に対しても,ナルフラフィンは有効な治療薬になりうると考えられた.
本論文の要旨は,第40回日本死の臨床研究会(2016年10月,札幌市)で発表した.