2017 年 12 巻 1 号 p. 906-910
死亡診断時の医師の立ち居振る舞いは,その後の遺族の悲嘆に大きく影響を及ぼすと考えられているが,現在の医学教育プログラムのなかには,死亡診断時についての教育内容はほとんど含まれていない.われわれは遺族アンケートを基に「地域の多職種でつくった死亡診断時の医師の立ち振る舞いについてのガイドブック」(以下ガイドブック)を作成した.本ガイドブックを用い,横浜市立大学医学部4年次生に対し授業を行い,授業前後で死亡診断時の困難感,自己実践の可能性を評価するアンケート調査を行い解析した.有効回答を得た39名において死亡確認についての困難感についての項目は,「死亡確認の具体的な方法」が最も高く,89.5%であった.しかし,授業前後では,死亡診断時における自己実践を評価する項目で有意な改善がみられた.死亡診断時の医師の立ち居振る舞いについての卒前教育にわれわれが作成したガイドブックは有効な可能性が示唆された.
死亡診断時の医師の立ち居振る舞いは,遺族の悲嘆に大きく影響を及ぼすと考えられている1〜3).死亡診断の場は,医師によるグリーフケアを施すチャンスでもあるが,文部科学省作成の医学教育モデル・コア・カリュキュラム4),また医師の臨床研修にかかわる指導医講習会の開催指針5)にも死亡診断についての記載はなく,医学教育プログラムのなかには,この内容はほとんど含まれない.このことは,グリーフケアを意識して死亡診断を行う医師は少ないことを予想させる.
主治医が死亡診断に立ち会えば,遺族への声かけは自然と行われる.主治医が,その患者の臨終に立ち会うことは家族の悲嘆にとって好ましい影響を与えることが示唆されているが6),現実は,病院,在宅を問わず当直医や当番医が死亡診断を行うケースも多く,遺族への声かけは十分には行われていないことが予想される7).患者や家族が望む医師や看護師の対応,コミュニケーションについては,専門家の意見や経験的記述がほとんどである8).看取り前の時期に冊子を用い,家族に今後起きうることを説明することで,家族の精神的な安定が得られることを示唆した研究があるが9),実際の看取りの場面での医師の具体的な立ち居振る舞いを評価した研究はなかった.そこで,われわれは遺族アンケートを基にした「地域の多職種でつくった死亡診断時の医師の立ち振る舞いについてのガイドブック」(以下ガイドブック)を作成し,2014年9月に公表した10,11).このガイドブックは死亡診断の場面での医師の立ち居振る舞いに焦点を絞った実践的な教材である.
本研究の目的は,このガイドブックを使った医学生への講義による経験を報告し,医学生の死亡診断時の意識の変化を調査することである.
2016年1月,横浜市立大学医学部医学科4年次生(1学年90名)に対して総合診療学の系統講義の一環として,終末期医療に関する教育を行った(90分授業 1コマ).死亡診断について相応しい教育の時期については,初期研修医など異なる集団もありうるが,今回は臨床科目講義がほぼ終了している時期の医学生を対象とした.
2 調査手順授業の中で,自宅で亡くなる間際の模擬症例を提示した後,ガイドブックに沿って,理想と考えられる死亡診断時の医師の立ち居振る舞いについて解説した.講義の前後で任意でアンケートを行った.アンケートは無記名式であり授業の出席とは独立したものである.アンケートは封筒に入れた状態で回収した.
3 ガイドブックについての解説地域の在宅医8人,訪問看護師10人のインタビューならびに在宅療養支援診療所で自宅看取りを行った遺族へのアンケート結果(対象99名)を基に作成した.
在宅での死亡診断の具体的なプロセスを記している.要点を示す.
(1)家族から呼吸停止の電話連絡があった時の確認事項
急な容態変化でないこと,蘇生術の希望がないこと,訪問看護師への連絡
(2)自宅へ向かう前の確認事項
カルテ内容,必要物品,直前の様子(看護師より),身だしなみ
(3)到着してからのこと
自己紹介,落ち着いた雰囲気をつくること,患者の容体を主治医からよく聞いていたということを伝えること
(4)死亡診断時
事務的に見えないような配慮,診察方法,死亡宣告の言葉
(5)死亡診断後
経過および死亡原因の説明,家族への声掛け,家族が話しやすい雰囲気つくり,傾聴,死亡診断書の記載,ルート類の取り外し,他職種への配慮
あくまでも,記載通りに行うことを強く薦めるものではなく,各医師の死亡診断時の立ち居振る舞いについての意識づけを促す意味でのガイドブックとして作成した.
4 質問紙まず医学生の背景について質問を設定した.年齢,性別,これまでの医学教育のなかで死亡確認の行い方の学習経験の有無,死亡確認の場面への立ち会い経験の有無,本ガイドブックを読んだことの有無である.
死亡診断時についての困難感,自己実践の可能性の評価をするために妥当性が確認された調査方法はないため,新たに作成した.まず現時点の死亡診断における困難感について尋ねた.死亡診断時に生じる困難感の原因を想定し,合計5項目について5件法で回答するものである.また講義の前後で,死亡診断における自己実践の可能性の評価について尋ねた.自己実践の可能性とは,ハンドブックで推奨されている行為それぞれ合計15項目について3件法で回答するものである.教育の評価として自己実践や困難感の測定はしばしば行われている12,13).今回は予備的な検討のため,因子分析に基づいた下位尺度の作成や合計点は算出せず,単項目の得点として扱う.
5 評価・解析の方法医学生の背景について年齢は平均値±標準偏差を求めた.自己実践の評価についてはアンケート前後で標準偏差をとり,解析は前後の対応のあるt検定を行い,効果量を計算した.効果量はCohenの基準にならい0.4が中程度の変化,0.8が大きい変化とした.検定は全てp<0.05を統計学的に有意とした.
授業への出席者71名中39名(54.9%)がアンケートに回答した.
回答者の背景は,年齢平均22.8歳,男性が15名,女性23名であった.これまで医学教育の中で死亡確認の行い方を学んだことがあるのは27名,本ガイドブックを読んだことがあるのは1名であった.これまで医学教育の中で死亡確認の場面に立ち会ったことがある者はなかった.
2 死亡確認についての困難感(図1)死亡確認についての困難感を有している割合は,「死亡確認の具体的な方法」が最も高く,89.5%であった.次いで,「死亡確認したことの家族への伝え方」が86.9%,「死亡確認後の家族への声のかけ方」が81.6%と困難感が高かった.また,「死亡診断書の記入の仕方について学ぶ機会がない」と思う割合は,73.6%であった.「死亡確認を行うことについて学ぶ機会がない」と思う割合は,44.7%であった.
講義の前後で,死亡確認の方法・態度,家族への配慮について,自己実践度の変化を評価した.家族への付加的な説明(死亡したことを明瞭な言葉を用いて説明すること,死因や病状を説明すること,要点をまとめること,剖検について説明すること)や家族への配慮(死亡確認前に主要な家族が揃っているかを確認する,家族が落ち着いてから死亡確認する,家族へ質問・心配を尋ねる,家族へ慰めや励ましの言葉をかける)を行うことについては,講義後,有意に上昇した.なかでも行う姿勢が講義後に非常に強まったもの(効果量が0.9以上)として,死因や病状を説明すること,家族が落ち着いてから死亡確認することがあがった.
一方,自己紹介,患者の名前確認,ペンライトや聴診器を使用した診察など通常の診察技法については,有意な改善は得られなかった.
背景から,これまで死亡確認の方法を学んだことはあるが,死亡確認に立ち会った経験は皆無で,学ぶ機会がない,具体的な診察方法,家族への配慮がわからないと感じている医学部学生を対象にした講義であったと言える.
実際に講義を受けた前後において,死亡確認に関する通常の診察技法(瞳孔,心音,呼吸音の診察)に付加したかかわりに対し意識が変わったことが示された.具体的には,家族への死亡確認の伝え方,伝えた後の医師としての実践,家族への配慮などである.有意に改善した診察方法(明瞭な言葉で死亡確認したことを伝えること,死因や病状を説明すること,大事な要点をまとめ家族の理解を促すこと)からは,死亡確認や死因解明についてはっきりと述べるためらいが,講義を通じて払拭された可能性が考えられた.家族への配慮(主要な家族が揃っていることを確認すること,家族が落ち着いてから死亡確認すること,家族に心配に思うことはないか聞くこと,家族に慰めや励ましの言葉をかけること),については全ての項目で有意に改善がみられた.このことから,患者が死亡した際には,機械的にすぐに死亡確認しないといけないと考えていたが,講義を通じて,状況にあわせてタイミングをはかろうと感じるようになった可能性が考えられた.また,死亡確認の場で,医師が家族の感情面に対する言葉かけ,配慮を積極的に行ってもよいと思えるようになった可能性も示された.これらの結果より講義の理解や共感度が高く,ガイドブックを用いた授業が実践的であると感じられていたことが示唆された.死亡診断時に求められる医師の立ち居振る舞いについて,書かれた文献は少なく11),医師の死亡診断時における教育についての調査報告は見当たらない.他の教育方法との比較検討は難しいが,死亡診断時の意識付けを目的とした何らかの医学教育は必要であろう.
本研究の限界として,任意のアンケートであるが,積極協力者バイアスが生じた可能性がある.また今後は死亡診断時の立ち居振る舞いについて,より有効な教育を行う時期についても検討の必要があると考える.教育による影響として評価するのであれば,実際の医師の行動の変化,家族の評価の変化を今後調査する必要がある.
現時点では,当学医学部4年次生に死亡診断についての教育は行われておらず,死亡診断およびその際の対応方法に困難を強く感じていたが,ガイドブックを用いた授業後,死亡診断に対する自己実践の可能性の評価が有意に改善した.死亡診断時の医師の立ち居振る舞いについての卒前教育にわれわれが作成したガイドブックは有用である可能性が示唆された.
本研究は,2015年度笹川保健記念財団よりホスピス緩和ケア助成を受けて実施したものである.