Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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原著
進行がん患者の静脈血栓塞栓症の治療における直接経口抗凝固薬
親川 拓也村岡 直穂飯田 圭楠原 正俊
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2017 年 12 巻 2 号 p. 175-182

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Abstract

【背景/目的】日本人進行がん患者の静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)の治療での直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant: DOAC)の報告はこれまでない.【方法】エドキサバン(E群),アピキサバン(A群)で治療を開始した患者をそれぞれワルファリン(W群)で治療した患者と後向きに比較,検討した.【結果】E群とW群の比較では,非大出血はE群で17%,W群で27%(p=0.39),全ての出血はE群で30%,W群で57%(p=0.03),再発はE群が8%,W群で16%であった(p=0.43).A群とW群の比較では,非大出血はA群で10%,W群で27%(p=0.18),全ての出血はA群で26%,W群で57%(p=0.02),再発はA群が3%,W群は16%であった(p=0.17).【結語】DOACはW群と比較し,非大出血および再発が少ない傾向であった.全ての出血はDOACで有意に少なかった.日本人進行がん患者のVTEの治療にもDOACは有用である可能性がある.

緒言

がんは血栓症の危険因子であり,がん患者は非がん患者と比較し,静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)の発症率が4~8倍高い1,2).また,日本人のVTEの最も多い原因は,がんと報告されている3).がん患者の死因をみると,9%のがん患者は血栓塞栓症で亡くなっており,VTEはがん患者の死亡の一因となっている4).VTEの治療として抗凝固療法が行われる.これまでの標準治療であるワルファリンでの治療では,がん患者は非がん患者と比較し,VTEの再発率が3倍高いと報告されている5,6).また,VTEの治療における出血の出現率をがんの有無で比較すると,がん患者群で25.3%,非がん患者群で9.9%であり7),他の報告でもがん患者群で12.4%,非がん患者群で4.9%と報告されており(ハザード比:2.2, 95%信頼区間:1.2-4.1)6),がん患者では出血を合併する割合も高い.これまで日本では,経口でのVTEの治療薬で保険が適応になるのはワルファリンのみであったが,2014年9月,VTEの治療に対し,直接Xa因子阻害薬であるエドキサバンが認可された8).エドキサバンの海外での第III相試験であるHokusai-VTE試験では,VTEの再発率はワルファリンと差を認めなかったが,出血の出現率はエドキサバン群で有意に低かったと報告されている7).また,2015年12月には,アピキサバンもVTEの治療に保険が適応となった.アピキサバンの海外の第III相試験でもVTEの再発率はワルファリンと差を認めなかったが,出血の出現率はアピキサバンで有意に少なかった9).このため,これらの直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant: DOAC)は,出血率の高い進行がん患者のVTEの治療に有用である可能性がある.しかし,日本人の進行がん患者のVTEの治療におけるDOACの安全性,有効性の報告はこれまでない.このため,本検討で日本人の進行がん患者におけるDOACの安全性と有効性を確認した.

方法

1 対象

当院において2014年1月から2016年6月までに,新規でVTEと診断された進行がん患者に対し,エドキサバン,アピキサバン,ワルファリンで治療を開始した患者とした.エドキサバンおよびアピキサバンで治療した患者を,それぞれワルファリンで治療を行った患者と比較した.VTEは肺血栓塞栓症または中枢型の深部静脈血栓症,またはその両方を有する場合とし,末梢型の深部静脈血栓症のみの患者は除外した.超音波検査,造影CT(computed tomography)のいずれかで血栓を認めた場合にVTEと診断した.中枢型の深部静脈血栓症は,総腸骨静脈,内腸骨静脈,外腸骨静脈,総大腿静脈,深大腿静脈,浅大腿静脈,膝窩静脈のいずれかに血栓を認める場合とした.進行がん患者は,活動性がん患者とし,切除術や根治が不能ながん患者で,病理学的にがんと診断されている場合とした10).がん患者でも周術期にVTEを発症した患者は除外した.

1 治療

エドキサバンでの治療は添付文書に従い,体重60 kg以上の場合は1日60 mg,体重60 kg以下の場合は1日30 mg,また腎機能に応じて1日30 mgに減量した8).アピキサバンの治療は添付文書に従い,治療開始から7日間は1日20 mg,8日目以降は1日10 mgで行った11).ワルファリンの治療は,INR(国際標準化比)が1.6〜3.0を治療域とし,測定されたINRの平均が治療域である患者を対象とした.未分画ヘパリンまたはフォンダパリヌクスの先行治療は,エドキサバン群は7日以内までとし,ワルファリン群はINRが治療域に達するまでとした.血栓溶解療法が行われた患者,抗凝固療法が必要なVTE以外の疾患を有する患者は除外した.

これらの規準を満たしたエドキサバン群47例,アピキサバン群31例,ワルファリン群30例について後向きに検討した.

3 評価期間と効果判定

治療開始日から3カ月後までの出血の有無と出現率を確認した.有効性は治療開始から3カ月後(±14日)までのVTEの再発率で評価した.また,3カ月以内に抗凝固治療が中止となった場合,治療を中止した日までの出血を評価した.3カ月以内に経過の追跡ができなくなった場合,最終の確認日までにおける出血を評価した.3カ月後(±14日)に造影CTまたは超音波検査で血栓の評価が行われていない場合は評価困難とし,有効性の解析から除外した.

4 結果の解析

出血の評価は,出血が発生した患者数および患者割合を算出した.有効性は,VTEが再発した患者数および患者割合を求めた.エドキサバン群およびアピキサバン群と,ワルファリン群の比較はFisherの直接確率法で行い,リスク比(RR)と95%信頼区間(95%CI)を求めた.出血は非大出血,大出血,その他の出血に分類した.患者背景の差はWilcoxonの順位和検定またはFisherの直接確率法を用いた.入院期間の各群の比較はWilcoxonの順位和検定で行った.解析はJMP9 (SAS, Institute Inc, Cary, NC, USA)で行った.出血およびVTEの再発の定義を以下に示した.

大出血の定義:可視可能な出血,出血の徴候,超音波検査やCT,MRI(magnetic resonance imaging)で確認できる明らかな出血を認め,さらに以下の条件の1つを満たす場合を大出血と定義する(ヘモグロビンが2.0 g/dl以上低下する出血,2単位以上の赤血球輸血が必要な出血,頭蓋内出血,髄腔内出血,眼内出血,心外膜腔出血,関節内出血,コンパートメント症候群を伴う筋肉内出血,後腹膜出血,死亡に至る出血)12)

非大出血の定義:血行動態に影響を与える出血,入院が必要な出血,25 cm2以上の皮下血腫または100 cm2以上の外傷性皮下血腫,超音波検査で確認できる筋肉内血腫,5分以上続く鼻出血(24時間で2回以上)や治療が必要な鼻出血,自然に出現する歯肉出血(食事や歯磨きによらない)または5分以上の歯肉出血,自然に出現する肉眼的血尿や尿カテーテル挿入後に24時間以上続く血尿,消化管出血,下血,吐血,直腸出血(トイレットペーパーに複数のスポット状の出血),喀血,その他(医学的介入を要する出血,出血による患者の予定外の受診や電話連絡,エドキサバンの予定外の中断,痛みや機能障害など日常生活の行動に影響を与える出血)13)

その他の出血の定義:大出血や非大出血以外の臨床的には問題とならない出血.

VTEの再発の定義:客観的に画像検査などで確認された肺血栓塞栓症,深部静脈血栓症の再発,または肺血栓塞栓症による死亡と定義する.肺血栓塞栓症の再発の診断は造影CTで肺血管内に新たな造影欠損が出現した場合とする.深部静脈血栓症の再発は,超音波検査で新規の圧迫されない静脈の出現,または指摘されていた血栓が完全圧迫時の直径で4 mm以上増大した場合とする13)

結果

新規のVTEを診断した時点のエドキサバン群とワルファリン群の患者背景を表1に,アピキサバン群とワルファリン群の患者背景を表2に示した.エドキサバン群とワルファリン群,およびアピキサバン群とワルファリン群のいずれも患者背景に有意な差はみられなかった.評価期間の3カ月を満たさなかった症例は,エドキサバン群が6例で,がんによる死亡が2例,他の病死が1例,転院により経過が不明な症例が3例であった.アピキサバン群は1例でがんによる死亡であった.ワルファリン群は2例で,がんによる死亡であった.これらの評価期間を満たさなかった患者数は,各群で差はみられなかった.

表1 患者背景(エドキサバン群とワルファリン群)
表2 患者背景(アピキサバン群とワルファリン群)

ワルファリン群のINRをみると,各患者のINR値の平均値,各患者のINR値の最大値,および各患者のINR値の最小値のそれぞれの全体平均(標準偏差)は2.11±0.42,2.91±1.12,1.32±0.21であった.また,評価期間におけるINRの測定回数の中央値(範囲)は5.5(3-16)回であった.

安全性に関しては,エドキサバンとワルファリンの比較では,非大出血はエドキサバン群で17%,ワルファリン群で27%であり,エドキサバン群で出現率が低い傾向であった(RR: 0.64, 95%CI: 0.27-1.52, p=0.39).大出血は両群ともみられなかった.全ての出血はエドキサバン群で30%,ワルファリン群で57%であり,エドキサバン群で有意に少なかった(RR: 0.53, 95%CI: 0.31-0.90, p=0.03)(表3).

表3 出血

アピキサバンとワルファリンの比較では,非大出血はアピキサバン群で10%,ワルファリン群で27%(RR: 0.38, 95%CI: 0.11-1.28, p=0.18)であり,アピキサバン群で出血は少ない傾向があった.大出血は両群ともにみられなかった.全ての出血はアピキサバン群で26%,ワルファリン群で57%であり,アピキサバン群で有意に低かった(RR: 0.46, 95%CI: 0.23-0.89, p=0.02)(表3).各抗凝固薬の出血の内容を表4に示した.

表4 出血の内容(重複あり)

有効性は,画像診断が行われていないために評価が不能であったエドキサバン群11例,アピキサバン群2例,ワルファリン群の5例を除くそれぞれ36例,29例,25例で評価が行われた.評価が不能であった症例数は各群で差を認めなかった.VTEの再発率はエドキサバン群で8%,ワルファリン群で16%であった(RR: 0.52, 95%CI: 0.18-2.18, p=0.43).また,アピキサバン群は3%であった(RR: 0.22, 95%CI: 0.03-1.80, p=0.17)(表5).再発はすべて深部静脈血栓症の増大であり,肺血栓塞栓症の増悪はなかった.

表5 静脈血栓塞栓症の再発

考察

本検討の結果は,臨床的に問題となる出血の出現率はエドキサバン群では17%,アピキサバンが10%であり,これまでの標準治療であるワルファリン群の27%と比較し出血率は低い傾向であった(表4).VTEの再発率についてもエドキサバン群で8%,アピキサバン群で3%であり,これまでの標準治療であるワルファリン群の16%と比較し,再発率は低い傾向であった(表5).エドキサバンのHokusai-VTE試験における活動性のがん患者のサブグループ解析では,再発率はエドキサバン群が4%,ワルファリン群が7%であり(HR: 0.55, 95%CI: 0.16-1.85),出血率はエドキサバン群が18%,ワルファリン群が25%(HR: 0.72, 95%CI: 0.40-1.30)と,エドキサバン群でともに割合が低い傾向であった14).アピキサバンのAMPLFY試験における活動性がん患者のサブグループ解析でも,VTEの再発率はアピキサバン群で4%,ワルファリン群で6%(HR: 0.56, 95%CI: 0.13-2.37),出血はアピキサバン群で13%,ワルファリン群で23%であり(HR: 0.57, 95%CI: 0.29-1.12),アピキサバン群で割合が低い傾向であった15).本検討の結果は,これらの海外における結果と同じであり,日本人のがん患者でもDOACは有用である可能性が示唆された.本検討で行った,全ての出血の出現率の評価では,エドキサバンおよびアピキサバン群はワルファリン群と比較し有意に出血が少なかった.全ての出血には,臨床的には問題にならないその他の出血が含まれている.その他の出血には,皮下出血,非大出血の定義に含まれない鼻出血や歯肉出血,血痰,結膜出血等がある.これらの出血は臨床的には問題にならない出血と分類されているが,患者にとっては不快感や不安を伴うものと考えられる.進行がん患者のVTEの治療では,出血のリスクによらず,抗凝固療法を継続していくことが推奨されている16,17).がん患者では出血を合併する割合が高いため7),長期間の投与でも出血のリスクが低いDOACを使用することが有用であると考えられている16,18).このため,全ての出血が有意に少ないDOACは日本人のがん患者にも有用である可能性がある.

ワルファリンは抗凝固の効果を確認するためにINR値を確認する必要がある.このため,ワルファリン群では凝固能を確認するための採血が中央値で5.5回行われていた.一方で,エドキサバンやアピキサバンの治療ではINRやAPTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)は効果の指標とはならないため,効果を確認するための凝固の採血は行われていない.DOACによる治療は,採血の回数を減らすことができる.通常,ワルファリンによる治療では,ワルファリンの効果が得られるまでヘパリンまたはフォンダパリヌクスを併用するため,入院で治療が行われる.VTEの新規治療の導入のための入院期間は,ワルファリン群が平均で7.6日であるのに対し,エドキサバン群は2.7日(p<0.01),アピキサバン群は1.8日(p<0.01)と有意にDOACで治療を行った群で入院期間が短かった.DOACでの治療は,入院期間を短縮することが期待できる.

エドキサバンによるVTEの治療は,体重により用量が異なり,体重60 kgを超える場合はエドキサバン60 mg/日で,60 kg以下の場合は30 mg/日で投与される.Hokusai-VTEでは,エドキサバンを減量して治療を開始した患者が18%であり7),東アジア人でのサブグループ解析では,減量での投与は41.1%であった19).本検討では,進行がん患者は体重が少ないため減量規定に当てはまり,エドキサバン群は74%で減量して治療が開始されていた.本検討の進行がん患者は,エドキサバンを減量して投与される割合が高いものの,VTEの再発率はワルファリンよりも低い傾向であり,再発の抑制効果は得られていた.

進行がん患者は化学療法が行われるが,本検討でもVTEの診断時に54%の症例で化学療法が行われていた.テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤は,大腸癌,胃癌,非小細胞肺癌,膵癌,乳癌などで使用されている20).テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤とワルファリンの相互作用として,INRが上昇することが報告されている21).テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤は代謝され5-FUが産生されるが,5-FUは代謝酵素の cytochrome P450 2C9 (CYP2C9) の活性を抑制することが報告されている22).ワルファリンはCYP2C9による代謝が行われるため,併用することでINRが延長する可能性がある22).一方でエドキサバンやアピキサバンはCYP2C9による代謝はほとんど行われていない8,11).また,カペシタビンもワルファリンとの相互作用でINR値が上昇することが報告されている23).VTEを合併するがん患者で化学療法が行われる場合,抗凝固療法はDOACを使用するほうが出血の有害事象が少ない可能性がある.その他,がん患者で使用することが多い抗生剤もINRを延長することが報告されている24).抗がん剤による食欲不振や,がんの進行による食事摂取量の低下によるビタミンKの摂取量の低下もワルファリンのINRの延長に影響していると思われる.出血のリスクが高くなるため,進行がん患者にワルファリンを併用する場合,頻回の凝固検査とワルファリンの用量調整が必要となる.

これまでのVTEの有用性の報告は,主に治療開始から6カ月後または12カ月後におけるVTEの再発率,出血率で評価が行われている.進行がん患者での検討では予後が短いため,3カ月後までにおけるVTEの再発率,出血率での評価となった.有効性に関しては,後向きの検討のため,3カ月後に画像評価が行われていない症例が複数みられた.しかし,各群で除外された症例数に差はみられなかった.また,日本人におけるVTEの治療の有効性を確認する直接経口抗凝固薬の比較試験は,各群それぞれ19~55例ほどの患者で比較されている25,26).本検討の症例数は同程度と考えられるが,より多くの症例数での検討が必要である.本研究は観察期間が短いこと,対象患者数が少ないことより探索的研究である.また,本研究は探索的研究のため,検定の多重性について厳密な対応はしていない.さらに,症例数の少ない探索的研究のため,交絡要因を考慮した解析も行っていない.海外では,がん患者のVTEの治療におけるDOACの第III相試験が行われている.日本においても,がん患者におけるDOACの有用性を確認する試験が必要と思われる.

結論

日本人進行がん患者のVTEの治療において,DOACはこれまでの標準治療であるワルファリンと比較し,重要な出血の出現率およびVTEの再発率が低い傾向であった.全ての出血はDOACで有意に少なかった.日本人の進行がん患者におけるVTEの治療にもDOACは有用である可能性がある.

References
 
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