2017 年 12 巻 3 号 p. 251-256
【目的】積極的治療終了後の腫瘍内科患者における,Palliative Prognostic Index(PPI)による予後予測精度を明らかにする.【方法】2015年5月から2016年6月に当科に入院したがん患者を対象としてPPI評価を行った.【結果】解析対象患者は45名であった.PPIによって3群に分類すると,リスクに従って生存曲線が分かれる傾向を認めた.高リスク群 (PPI6.5以上) と低リスク群 (PPI4.0以下) 間では有意な生存期間の差を認めた(生存期間中央値11 vs. 39日,p=0.0048, HR 2.75, 95%CI1.32-5.84).PPIが6.5以上の予後予測精度は他の報告と遜色ない結果であった.薬物療法からPPI評価までの期間によって予後予測精度に差はなく,薬物療法がPPI評価に与える影響は少ないことが示唆された.【考察】腫瘍内科患者の予後予測にPPIを用いることが妥当であることが明らかとなった.
終末期医療において,がん患者の生命予後を予測することはQOLを高めるうえで重要な要素である.残された時間を患者,家族に知らせることは,患者や家族が治療の選択に参加でき,残された時間の目標設定について考える機会となり得る1).また,医療者が予後を把握することは患者の状態を理解することに繋がり,薬物療法の適応の可否や今後の治療選択のための判断指標となる2).しかし,医師の予後予測と実際の患者の予後は強く相関しているとされているものの,薬物療法を受けているかどうかにかかわらず緩和ケアが提供されている患者の予後を予測する時,医師は実際の生命予後より長く見積もる傾向があることが示されている3,4).
これまで生命予後を予測する複数の予後予測法が開発・報告されており,その中でもPalliative Prognostic Score(PaP Score)やPalliative Prognostic Index(PPI)が代表的である5,6).これらの予後予測法の開発やその後の妥当性の検証は,主に緩和医療学領域が中心となって行われていることから,対象とする患者群のがん腫は様々であるものの,ホスピス・緩和ケア病棟に入院中または緩和ケアサービスが提供されている外来通院中の患者が主となっており,調査フィールドも専門的緩和ケアを提供している場に限られている.また,終末期のがん患者を対象としていることが多く,薬物療法を含む積極的な治療を継続している患者やそれらの治療の終了または中断が明確に決定していない患者については,除外されていることが多い7).腫瘍内科の患者は,最終の薬物療法からの日数が短い患者やがんの進行が早く緩和医療科・ホスピス病棟への移行に時間的猶予がない患者も含まれており,そのような患者に対してもPPIを用いた予後予測が妥当であるかどうかについて,これまで十分に検証されているとは言えない.そのため,本研究は腫瘍内科で診療しているがん患者での,PPIによる生命予後の予測精度を明らかにすることを目的とした.
2015年5月から2016年6月の間に当科対象病棟に入院した固形がん患者のうち,原疾患に対する積極的治療が終了した患者,あるいは入院時または入院中に状態に変化があり積極的治療が終了する可能性が高い患者をPPI評価対象とした.そのうち,2017年1月31日までに死亡しており,死亡日の確認がとれた患者を解析対象とした.
調査方法PPIはPPS(Palliative Performance Scale),安静時呼吸困難,経口摂取量,浮腫,せん妄の各点数を合算し評価した.各項目の点数は,PPS 10〜20%:4.0,30〜50%:2.5,≥60%:0,安静時呼吸困難あり:3.5,なし:0,経口摂取量著明に減少(数口以下):2.5,中程度減少(減少しているが数口よりは多い):1.0,正常:0,浮腫 あり:1.0,なし:0,せん妄あり:4.0,なし:0とした8).
対象患者に対して入院から1週間以内にPPI評価を行い,積極的治療の終了またはDo Not Attempt Resuscitation(DNAR)合意確認などの状況の変化に応じてPPIを再評価した.PPIは看護師が評価・記録を行った.
解析方法複数回PPI評価を行っている症例については,初回のPPI評価の結果を採用した.PPIの結果に応じて予後予測期間を規定し,6.5以上(高リスク群)で21日以内,6.0~4.5(中リスク群)で22~42日,4.0以下(低リスク群)で43日以降の3群に分類した.各群の生存期間中央値とその95%信頼区間を算出し,生存曲線をカプランマイヤー法で作成した.各群間の生存曲線の比較にはログランク検定を用いた.生存期間はPPI評価日から死亡日までの期間とした.PPIが6.5以上と4.0以下の場合の予後予測精度の評価のため,感度,特異度,陽性反応的中率,陰性反応的中率と正確度を算出した.正確度は真陽性と真陰性の和を総数で除することで算出した.またROC曲線(Receiver Operatorating Characteristic curve)を作成しAUC(area under the curve)を算出した.
薬物療法とPPIの予後予測精度の関連を明らかにするため,PPI評価前に薬物療法が施行されている症例を,最終の薬物療法からPPI評価日までの日数で2群に分け(1カ月以内,1カ月以上),PPIによる予後予測と実際の予後が一致する割合に差があるかどうかをフィッシャー正確確率検定で解析した.解析統計には,JMP® pro 13.0.0(SAS Institute Inc.)を用いた.
対象期間に対象病棟に入院した固形がん患者は311例であり,49例(15.8%)に対してPPI評価を行った.そのうち,死亡日の確認がとれた解析対象患者は45例であった.
患者背景解析対象患者の背景を表1に示す.男女比は男30名,女15名,年齢の中央値は70歳(範囲27〜82歳)であった.原発臓器は結腸直腸癌が最も多く(26.7%),次いで胃癌,膵癌,食道癌と続いており,消化器癌が全体の82.2%(37/45)を占めていた.入院時のECOG Performance Scale(PS)はPS0〜1が33.3%(15/45),PS2が28.9%(13/45),PS3以上の患者が37.8%(17/45)含まれており,93.3%(42/45)の患者が緊急入院していた.PPI評価前に薬物療法が施行されていた患者は93.3%(42/45)であり,そのうち38.1%(16/42)が1次薬物療法中,26.2%(11/42)が2次薬物療法中,35.7%(15/42)が3次薬物療法以降であった.積極的治療が終了した患者,あるいは終了する可能性が高い患者を対象にしていたものの,45.2%(19/42)の患者は最終レジメンとして多剤併用療法を受けており,そのうち9例が1次薬物療法,他10例が2次薬物療法以降であった(付録表1).最終薬物療法からPPI評価までの期間の中央値は34.4日(範囲1〜527日)であり,19例でPPI評価の1カ月以内に薬物療法が施行されていた.
予後予測精度PPIにより分類した3群(高リスク群,中リスク群,低リスク群)の生存曲線を図1に示す.リスクに従って生存曲線が分かれる傾向が認められた.多くの群間では統計学的な有意差は認めなかったものの,高リスク群と低リスク群の比較では,有意に高リスク群で予後が悪かった(生存期間中央値11 vs. 39日,p=0.0048, HR 2.75, 95%CI1.32-5.84).
PPIの点数区分別の生存曲線.リスクに従って有意に生存曲線が分かれていた (p=0.013).各生存期間中央値は低リスク群が39日,中リスク群が22日,高リスク群が11日であった.各群間の比較では,低リスク群と中リスク群 (p=0.29, HR 0.81, 95%CI0.38−1.75),中リスク群と高リスク群 (p=0.074, HR0.50, 95%CI0.22−1.08),高リスク群と低リスク群(p=0.0048, HR2.75, 95%CI1.32-5.84) であった.
PPIが6.5以上,4.0以下における予後21日以内,予後43日以降の予後予測の感度,特異度,陽性反応的中度,陰性反応的中度,正確度を表2に示す.PPIが6.5以上(予後21日以内)の特異度,陽性反応的中度,正確度は70~80%程度の値を示していたが,感度と陰性反応的中度は50~60%程度であった.一方,PPIが4.0以下(予後43日以降)では,特異度,陰性反応的中度,正確度は60~70%程度,感度,陽性反応的中度は40~50%程度であった.またROC曲線によるAUCでは,予後21日以内の予後予測が0.82,予後43日以降の予後予測が0.43であり(図2),PPI6.5以上の予後21日以内の予後予測精度の方が,PPI4.0以下の予後43日以降の予後予測精度よりも優れていることが明らかとなった.
予後21日以内と予後43日以降の予後予測におけるROC曲線による予後予測精度の評価.各AUCは予後21日以内の予後予測が0.82,予後43日以降の予後予測が0.43であった.
最終薬物療法からPPI評価までの期間が1カ月以内の群では19例中9例(47.4%)で,PPI評価までの期間が1カ月以上の群では23例中12例(52.2%)で予後予測と一致していた(表3).そのため,薬物療法によるPPIの予後予測精度への影響は低いと思われた(p=0.50).
腫瘍内科患者を対象としたPPI評価の結果とその予後予測精度について報告した.本研究によって,積極的治療終了後の腫瘍内科患者に対してもPPIによって予後が分類可能であることが明らかとなった.PPIの予後予測精度については報告によってばらつきがあるものの,感度,特異度,陽性反応的中率,陰性反応的中率,正確度の各値を70~80%程度,AUCを0.7~0.8程度と報告していることが多い6,9,10).今回の結果は,PPIが4.0以下と6.5以上で予測精度に差が認められ,PPIが6.5以上の予測精度は,これら先行研究の結果とほぼ同等であった.
薬物療法中の患者を対象とした予後予測法の精度を検証した研究は少なく,Babaらが報告したPPIを含む様々な予後予測マーカーの精度を検証した大規模前向きコホート研究では,1カ月以内に薬物療法を受けた患者に絞ってPPIによる予後予測の精度を明らかにしている.それによると,PPIが6.5以上(予後21日以内)の時の各値は,感度53.0%,特異度88.1%,陽性反応的中率61.2%,陰性反応的中率84.1%,正確度78.9%,AUC0.839であり,PPIが4.0以下(予後43日以降)の時の各値は,感度82.3%,特異度71.7%,陽性反応的中率79.0%,陰性反応的中率75.8%,正確度77.7%,AUC0.846と報告しており,薬物療法中の患者でも薬物療法を受けていない患者と同じように予後の推定が可能であり,終末期がん患者と同程度の精度が担保できることが明らかとなった10).この先行研究と比較すると,本研究におけるPPIが6.5以上(予後21日以内)の予測精度は,陽性反応的中度は優れているが,陰性反応的中度は劣っているなどの差は認められるものの,ほぼ同等の精度であり,薬物療法中の患者を含む腫瘍内科患者に対してもPPIを用いた予後21日以内の予後予測は妥当であると思われる.一方,PPIが4.0以下(予後43日以降)の予測精度については,陰性反応的中度以外の全ての項目で劣っており,とくに感度,陽性反応的中度,AUCは大きく劣る結果であった.これは当科におけるがん患者の中には,がんの進行により全身状態が悪化している患者だけでなく,薬物療法や肺炎・胆管炎などの感染症により一時的に状態が悪化しており,且つそれらの病態に対する治療の反応性が高い患者も含まれていたからではないかと推測される.それはとくに感度が低いことからも示唆され,PPI評価の時点で予後を42日以内と予測しても,その後の治療により状態が改善し,予後が延長し長期生存となる患者が一定数含まれていたからではないかと考えられる.
腫瘍内科患者におけるPPIを用いた予後予測の妥当性についての検証は不十分であり,今回積極的治療が終了した腫瘍内科患者の予後予測におけるPPIの適用可能性を示すことができたことが本研究の強みと考える.しかしながら,今回の研究にはいくつかの限界がある.単施設における少数例を対象とした後向き観察研究であること,また症例の大部分を消化器癌が占めていることやPPI評価の対象患者の選択に曖昧な部分があることから,必ずしも腫瘍内科入院患者を代表とする集団を対象としていないことに留意する必要がある.本研究の結果をもって,全ての腫瘍内科患者に対してPPIによる予後予測が妥当であると判断することはできない.さらに,看護師がPPIを評価・記録しており,項目の一つであるせん妄の評価において,DSM-IVなどの診断基準に則って同定しておらず,せん妄の診断の正確性やPPI評価の質が保たれていたがどうかも検討する必要がある.それでもなお,これまで同様の研究はなく,がん患者の予後予測を緩和医療科以外の幅広い診療科に普及させていくためにも,本研究の意義は高いと考える.
緩和医療科・緩和ケアチームによる専門的緩和ケアサービスが提供されていない積極的治療が終了した腫瘍内科患者に対しても,PPIによる予後予測が有用であることが明らかとなった.PPIは,日常の臨床現場での実施可能性が高い.薬物療法などの積極的治療を継続するか否かの選択や退院時期の判断など,がん患者の重要な治療方針の決定において予後予測が果たす役割は大きい.予後予測を緩和医療分野だけでなく,がん診療に携わる多くの診療科に普及させることで,がん診療の質の向上に繋げていく必要がある.