Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
原著
化学療法実施中に低強度の運動療法を行った造血器悪性腫瘍患者の運動機能,倦怠感,精神症状の変化
中野 治郎石井 瞬福島 卓矢夏迫 歩美田中 浩二橋爪 可織上野 和美松浦 江美楠葉 洋子
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2017 年 12 巻 3 号 p. 277-284

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Abstract

【目的】本研究の目的は,化学療法実施中に低強度の運動療法を適用した造血器悪性腫瘍患者における運動機能,倦怠感,精神症状の状況を把握することである.【方法】対象は化学療法実施中に低強度の運動療法を適用した入院中の造血器悪性腫瘍患者 62名とし,運動療法の介入時と退院時の握力,膝伸展筋力,歩行速度,日常生活動作能力,全身状態,倦怠感,痛み,不安,抑うつを評価した.そして,各項目の介入時から退院時への推移を検討した.【結果】介入時と退院時を比較すると,膝伸展筋力は一部の患者では低下していたが,歩行速度,ADL能力,全身状態は9割以上の患者で維持・改善されていた.また,女性では倦怠感,不安,抑うつの改善傾向が認められたが,男性では認められなかった.【結論】化学療法実施中に低強度の運動療法を適用した造血器悪性腫瘍患者の運動機能は維持・改善しており,倦怠感,不安,抑うつの変化には性差が認められた.

緒言

がん患者に対する医療においては,がんの治癒,生存期間の延長,症状の緩和を目的に化学療法が頻繁に実施される.化学療法は,とくに造血器悪性腫瘍に対して感度がよく,根治が望める治療法として期待されている.その反面,患者に多様な副作用とそれに関連する身体・精神症状をもたらし,それが運動機能の低下に繋がるという問題点が存在するのも事実である1).そして,身体・精神症状や運動機能の低下のため身体活動量が低下すると廃用性症候群が進行し,それがさらに身体・精神症状を助長するという悪循環が生まれ,その結果,日常生活動作(activities of daily living: ADL)および生活の質が低下していく可能性があるとされている2).この状況を脱却するために,化学療法実施中のがん患者では薬物による支持療法と運動療法を併用するケースが多く,近年の支持療法は新規薬剤の開発や技術の進歩により好成績が得られている3).また,運動療法は倦怠感や不安・抑うつを改善させるという報告が多くなされており,とくに倦怠感に対する運動療法の効果はメタアナリシスを用いた研究でも確認されている4).ただ,がん患者の運動機能に関する先行研究を概観すると,研究対象は退院後の運動機能レベルが比較的高いがんサバイバーであり,行われた運動療法は高強度のレジスタンストレーニングや中強度の有酸素運動となっている.これに対して,院内の臨床場面では化学療法による重度の身体・精神症状や高齢のため高強度~中強度の運動療法を適用できないがん患者が多く存在する.そのようなケースには低強度の運動療法が適用されるもののその効果は明らかにされておらず,また,運動機能,身体・精神症状が入院期間中にどのように変化しているかも不明である.そこで本研究では,化学療法実施中に低強度の運動療法を適用した造血器悪性腫瘍患者の運動機能,身体・精神症状の状況を把握することを目的とし,調査を行ったので報告する.

方法

対象

調査期間は2012年8月から2015年12月とした.期間中に保存療法を受けることを目的に長崎大学病院に入院し,リハビリテーションが処方されたがん患者は424名で,この中で低強度の運動療法を適用しリハビリテーション介入時(以下,介入時)と退院時において後述する評価を行った造血器悪性腫瘍患者は120名であった.そして,他臓器に転移が認められた患者,放射線療法または骨髄移植を行った患者,意識レベルが低下している患者(Japan Coma ScaleでI-1以上),Mini-Mental State Examination 23点以下の認知症またはそれに相当するせん妄がある患者,継時的な運動療法の実施が困難であった患者,研究に協力を得られなかった患者,一部の評価が行えなかった患者を除外し,残りの62名(男性32名,女性30名,平均年齢63.2±15.8歳)を今回の解析対象とした.

運動療法の実施

今回の対象者に実施された運動療法は歩行,階段昇降,軽度の筋力トレーニングを含む低強度の運動療法である.1回の実施時間は20分,頻度は週5回,運動強度は修正ボルグスケールの「4,ややきつい」を目安とし,かつカルボーネン法により算出した上限心拍数の40%以下とした.プログラム内容は,最大限の歩行または階段昇降を1~2回,筋力トレーニングでは0~2 kg重錘負荷での股関節・膝関節・肘関節それぞれの屈伸運動10~20回を1セットとして1~2セット,起立動作またはつま先立ち5~20回を1セットとして1~2セット,スクワット5回を1セットとして1~2セット,低負荷でのエルゴメーターを5~10分とし,患者の運動機能と身体状況に応じて組み合わせと回数を調整した.

評価項目

1.基本情報

患者の基本情報として性別,年齢,Body Mass Index(BMI),疾患名,レジメンと処方された薬剤,血液検査データ(ヘモグロビン,総タンパク質,アルブミン,C反応性蛋白,リンパ球数)をカルテより記録した.

2.運動機能

筋力の評価として右側の握力と膝伸展筋力を測定した.膝伸展筋力に関しては,股関節・膝関節屈曲90度の端座位で等尺性筋力測定器(ミュータスF1,アニマ,東京)のセンサーを下腿前面下部に設置した後,最大努力で膝関節を伸展するよう指示した.測定値は体重で除し,体重比パーセントで表した.また,歩行能力の評価として10 m歩行テストを実施し,その結果を基に歩行速度を算出した.

ADL能力はFunctional Independence Measure(FIM)を用いて評価した. FIMは7段階の18項目からなり,点数が高いほど日常生活の自立度が高いことを意味する.今回は,運動関連の13項目(motor FIM: mFIM)の合計(91点)をADL能力の評価として採用した.

3.全身状態

全身状態はEastern Cooperative Oncology Group(ECOG)の Performance Status(PS)を用いて評価した.

4.倦怠感

倦怠感の評価にはCancer Fatigue Scale(CFS)を用いた.本スケールは15項目(60点)の質問で構成され,得点が高いほど倦怠感が強いことを示し,カットオフ値は19点とされている5).CFSには身体的,精神的,認知的倦怠感の下位項目もあるが,今回は総合スコアのみを用いた.

5.痛み

がん患者の痛みは多様であり,内臓痛,体性痛,神経障害性疼痛,化学療法誘発性の末梢神経障害性疼痛,その他の整形外科的疾患による痛みなどが含まれる.今回は痛みの性質と原因は問わず,安静時の痛みの程度をNumerical Rating Scale(NRS)を用いて評価した.

6.不安・抑うつ

不安・抑うつの評価はHospital Anxiety and Depression Scale(HADS)を用いて行った.HADSは不安・抑うつに関する各7項目(各21点)の質問で構成され,不安と抑うつを区別して評価することができる6).得点が高いほど不安・抑うつが強いことを示し,がん患者に対する精神的苦痛スクリーニングにおけるHADSのカットオフ値は総合点11点,下位尺度の不安・抑うつではそれぞれ8点,5点が推奨されている7).今回は下位尺度を用い,不安と抑うつを区別して解析した.

解析方法

すべての項目は男性・女性を分け,平均値±標準偏差および中央値で表した.また,運動機能,倦怠感,痛み,不安・抑うつに関しては,入院時から退院時への推移を見て改善,維持,悪化を判断した.具体的には,先行研究において握力の最小検知変化値は2.8 kgであることから8),今回は2.8 kg以上増加した場合を改善,低下した場合を悪化,変化しなかった場合を維持とした.同様に,等尺性筋力測定器を用いた膝伸展筋力の最小検知変化は4.9 kgf9),10 m歩行テストの最小検知変化値は0.9秒と報告されていることから10),それ以上変化した場合を改善または悪化,変化しなかった場合を維持とした.CFS,HADSは1点以上減少した場合を改善,1点以上増加した場合を悪化,同点であった場合を維持とした.加えて,CFSとHADSに関してはカットオフ値以上の人数をカウントした.

統計学的処理には統計解析ソフトIBM SPSS Ver.23.0を用い,対応のあるt検定を用いて各項目の介入時と退院時を比較した.また,CFSとHADSに関してはPearsonのカイ二乗検定を用いて介入時と退院時のカットオフ値以上の人数を比較した.なお,有意水準はすべて5%未満とした.

倫理的配慮

本研究はヘルシンキ宣言に沿って長崎大学病院の臨床研究倫理委員会で承認(承認番号12092419)を得て行った.なお,本施設でリハビリテーションを行ったすべての造血器悪性腫瘍患者には,リハビリテーションにおける評価の結果が本研究に用いられることとその目的および意義を介入時に文章で説明し,同意を得ている.

結果

基本属性

対象者の基本属性を表1に示す.男性に多かった年齢は61~70歳で,40歳以下の患者が3名(9.4%)含まれていた.一方,女性に多いのは71~80歳で,81歳以上の患者が5名(16.7%)含まれていた.BMIの平均値は標準値(男性22.0,女性20.0)に近い値であった.在院日数および入院から介入までの日数は様々であるが,男性20名(62.5%),女性22名(73.3%)は入院から2週間以内にリハビリテーションが開始されていた.また,介入~退院すなわちリハビリテーション実施期間も様々で,中には長期間にわたり実施した対象者もあり,男性11名(34.4%),女性5名(16.7%)は2カ月以上に及んだ.なお,具体的な疾患名と処方されたレジメンおよび薬剤は表2に示す通りである.

表1 対象者背景-1
表2 対象者背景-2

血液検査データ

男性・女性のヘモグロビン,総タンパク質,アルブミン,C反応性蛋白,リンパ球数を介入時と退院時で比較すると,すべて有意差は認められなかった(表3).

表3 血液検査データの変化

運動機能とADL能力

介入時と退院時の握力を比較すると男性・女性とも平均値に有意差は認められず,大きな変化は認められなかった.膝伸展筋力は男性・女性とも介入時と退院時の間に平均値の有意差は認められないものの,個々の推移にはバラツキがあり,改善,維持,悪化した対象者がそれぞれ約3~4割ずつ認められた.一方,介入時と退院時の歩行速度を比較すると,男性・女性とも介入時に比べ退院時の方が有意に速かった.推移の割合をみても遅くなったすなわち悪化したのは男性1名(3.1%),女性3名(10.0%)のみで,その他では維持または改善していた.また,mFIMの結果でも同様な傾向が認められ,悪化したのは男性2名(6.3%),女性1名(3.3%)のみであった(表4).

表4 運動機能,ADL能力,全身状態の変化

全身状態

介入時のPSで最も多かったのは,男性はPS 2,女性はPS 3であり,平均値を比較すると男性・女性とも介入時に比べ退院時が有意に低値を示した.介入時から退院時への推移をみると,男性13名(40.6%),女性13名(43.3%)が改善しており,悪化したのはわずか男性1名(3.1%),女性2名(6.7%)であった(表4).

倦怠感

男性のCFSでは,15名(46.9%)に改善が認められたものの,12名(37.5%)は悪化しており,介入時と退院時の平均値に有意差は認められなかった.また,カットオフ値以上の人数を比較しても有意差は認められなかった.一方,女性では19名(63.3%)が改善し,平均値は介入時に比べ退院時が有意に低値を示した.また,カットオフ値以上の人数を比較すると,介入時は14名(46.7%)であったのに対して退院時は4名(13.3%)と減少しており,有意差が認められた(表5).

表5 倦怠感,痛み,不安,抑うつの変化

痛み

介入時においてNRS 1以上の痛みが認められたのは男性17名(53.1%),女性16名(53.3%)であった.その痛みは,平均値および中央値からわかるように比較的軽度であり,男性・女性とも介入時と退院時の間に有意差は認められなかった(表5).

不安・抑うつ

HADS(不安)は男性・女性それぞれ17名(53.1%),16名(53.3%)で改善が認められたが,平均値で比較すると介入時に比べ退院時が有意に低値を示したのは女性のみであった.カットオフ値以上であった人数をみると,介入時は男性7名(21.9%),女性8名(26.7%),退院時のそれは男性6名(18.8%),女性5名(16.7%)であり,男性・女性とも介入時と退院時の間に有意差は認められなかった.一方,介入時のHADS(抑うつ)がカットオフ値以上であった人数は男性21名(65.6%),女性20名(66.7%)と多かった.その推移はHADS(不安)と同じ傾向が認められ,平均値の比較において女性のみ介入時に比べ退院時が有意に低値を示した(表5).

考察

本研究では,化学療法実施中に低強度の運動療法を適用した造血器悪性腫瘍患者における運動機能,身体・精神症状の状況を調査した.その対象者は,表1からわかるように年齢,在院日数,リハビリテーションの実施期間とも多様であり,定量的解析のみから対象者の変化を捉えることは困難と考えた.そこで,今回の解析においては各項目の平均値の比較に加え,介入時から退院時への値の推移から改善,維持,悪化を判断し,その割合からも検討した.

がん患者においては,筋力が強いほど余命が長いと報告されていることから11),筋力の維持・向上はがんリハビリテーションの重要な目的の一つとされている.一般的には筋力の増強には1RM(Repetition Maximum)の60~70%,維持するには25%の負荷量でのレジスタンストレーニングが必要とされている12).しかし,化学療法実施中の造血器悪性腫瘍患者では負荷量を設定したレジスタンストレーニングの実施が困難な場合がある.そのような場合には今回の対象者に行ったような低強度の運動療法が適用され,離床および身体活動量の向上が主な目的となる.しかし,低強度の運動療法を行ったとしても筋力および運動機能が維持できているのかどうかの懸念があり,それを確認することが今回の調査の目的の一つであった.その結果,介入時と退院時を比較すると,握力は男性・女性とも比較的多くの患者において維持・改善できていたものの,膝伸展筋力が維持・改善したのはあわせて対象者の6割程度にとどまり,残りの約4割では悪化すなわち筋力低下が認められた.年齢やがん悪液質,末梢神経障害,罹患期間などの影響を無視することはできないが,造血器悪性腫瘍患者の一部では低強度の運動療法を行っても筋力が維持できていなかったことは事実である.それに対して,歩行速度が遅くなったすなわち悪化したのは男性1名(3.1%),女性3名(10.0%)と少なかった.また,mFIMでも同様な傾向が認められ,ADL能力が低下したのは男性2名(6.3%),女性1名(3.3%)のみであり,対象者の9割以上は歩行速度,ADL能力が維持・改善できていた(表4).一般的には膝伸展筋力と歩行速度およびADL能力は強い相関関係にあるとされている13).それにかかわらず膝伸展筋力と歩行速度およびADL能力の推移が異なった今回の結果は興味深い.その原因は不明であるが,PSの結果が歩行速度およびADL能力と類似していることに着目すると,化学療法実施中の造血器悪性腫瘍患者では筋力よりもPSの方が歩行速度やADL能力に影響したのかもしれない.今回行った低強度の運動療法がPSの維持・改善に貢献したかどうかを論ずることはできないが,少なくとも化学療法実施中に低強度の運動療法を行った造血器悪性腫瘍患者の歩行速度,ADL能力,PSは悪化していないことが明らかとなった.

一方,低強度の運動療法の目的は運動機能・ADL能力の維持・改善だけでなく,身体・精神症状の軽減もある.Changら14)の報告によれば,化学療法実施中の白血病患者に対して低強度の運動療法を1日12分,週5回,3週間実施すると倦怠感が改善したとされている.今回のCFSの結果では,女性において介入時に比べ退院時が有意に低値を示し,19名(63.3%)に改善が認められ,またカットオフ値を上回った人数は14名(46.7%)から4名(13.3%)と有意に減少した(表4).これに対して,男性では明らかな改善傾向は認められなかった.また,HADSで評価した不安,抑うつに関しては,介入時と退院時のカットオフ値以上の人数は変わらなかったものの,平均値で比較すると女性のみ介入時に比べ退院時が有意に低値を示し,若干ながら改善傾向が伺える.がん患者の倦怠感は不安,抑うつのほか,ヘモグロビン,アルブミン,C反応性蛋白,痛み等,多くの要因と関連することが報告されている15,16).しかし,今回の血液検査データや痛みの変化からは,女性でのみ倦怠感,不安,抑うつが改善した理由を見出すことができなかった.先行研究を概観しても,がん患者の倦怠感や精神的症状は男性に比べ女性の方が強いとする報告は散見されるものの17),化学療法実施中の倦怠感の変化に性差があるとした報告はみあたらない.加えて,がんの進行や化学療法に伴う身体症状には性差はないとされている18).一方,角田ら19)の報告によれば,気分不良が認められる成人に対して有酸素運動プログラムを3カ月行うと,女性には倦怠感,不安,抑うつの改善が認められたが,男性では認められなかったとされている.また,心疾患を対象とした研究でも同様な結果が認められており20),倦怠感,不安,抑うつに対する運動効果は男性より女性の方が得られやすいと考えられている21).これを参考にすると,今回の結果は,低強度の運動療法が女性の倦怠感,不安,抑うつの改善に好影響をおよぼした可能性が考えられる.しかしながら,この点に関しては推測の域を脱せず,今後検討を加える必要がある.

結論

本研究の結果,化学療法実施中に低強度の運動療法を適用した造血器悪性腫瘍患者では,9割以上において歩行速度,ADL能力,全身状態が維持・改善されていた.また,女性においては倦怠感の改善が認められた.ただし,今回は対照群が設定できていないため,上記の成績が低強度の運動療法による効果とは言い切れない.また,倦怠感や不安,抑うつの性差に関しては不明な点が残された.今後はデータをさらに蓄積し,詳細な解析を実施するとともに,多重解析等を利用して低強度の運動療法の効果を明らかにしていきたい.

謝辞

本研究は科学研究費補助金(基盤研究B,保存療法を行うがん患者向けのリハビリテーションプログラムの開発に関する段階的研究,課題番号26282156)の助成を受けて行われた.

References
 
© 2017日本緩和医療学会
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