Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
悪性腸閉塞における消化器症状にアミドトリド酸ナトリウムメグルミン液(ガストログラフィン)服用が有用であった終末期卵巣癌患者の3例
熊野 晶文関本 剛福田 光輝松永 佳子安保 博文
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2017 年 12 巻 3 号 p. 541-545

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Abstract

腹膜播種による悪性腸閉塞に対しアミドトリド酸ナトリウムメグルミン液(以下,ガストログラフィン)が有効であった終末期卵巣癌患者3例を経験した.3症例とも悪心・嘔吐,腹痛や便秘等の消化器症状を有し,画像検査でニボー像や小腸の拡張像を認め腸閉塞と診断した.症状改善のためにオクトレオチド等の薬剤投与を行うも十分な効果が得られず,ガストログラフィンの服用を試みた.ガストログラフィン投与により,嘔気の軽減や排便効果を認め消化器症状は改善し経口摂取継続が可能となった.また,投与後24時間のX線検査によって大腸の描出が確認でき,不完全腸閉塞と診断した.全症例ともガストログラフィン服用による目立った副作用は認めず繰り返し使用可能であり,終末期卵巣癌患者の悪性腸閉塞に対し,腸閉塞の状態評価および症状改善のためにガストログラフィン服用が有用である可能性が示唆された.

緒言

悪性腫瘍が原因で発生する消化管閉塞は悪性腸閉塞と呼ばれており、内腔圧排が緩徐なため,しばしば部分閉塞の状態で発症し,閉塞部位に応じて様々な消化器症状が出現する1,2).悪性腸閉塞の有病率は,とくに婦人科癌と消化器癌で高く,卵巣癌患者では5.5〜42%と言われている1).悪性腸閉塞は,消化器症状の悪化などによって終末期患者のQOLを著しく低下させるため,完全閉塞に至る前に早期に対策を行うことが重要であるが,消化管蠕動亢進剤や下剤の安易な使用が腹痛増強の要因になり得ることもあり,薬剤選択に躊躇してしまうのが現状である.

今回,われわれは水溶性造影であるアミドトリド酸ナトリウムメグルミン液(以下,ガストログラフィン)が悪性腸閉塞の状態評価や消化器症状改善に有用である可能性に着目し,悪性腸閉塞を有する終末期卵巣癌患者にガストログラフィン服用を試みた3例を経験したので報告する.

本稿では,個人が同定できないように内容の記述に倫理的配慮を行った.

全症例とも投与前に腸閉塞の状態評価および消化器症状改善目的にガストログラフィンを使用することを説明し同意を得た.

症例提示

症例1

【症 例】58歳,女性

【現病歴】卵巣癌,腹膜播種のため2015年1月,腹痛,嘔吐を発症し近医入院となり,腸閉塞と診断されオクトレオチド,ブチルスコポラミン,ファモチジンによる加療を受けた.しかしながら消化器症状は徐々に増強し,同年4月,症状緩和目的にて当院入院となる.

【入院後の経過】腹部膨満感が強く,食思不振を認めていた.臨床症状とX線検査のニボー像から腸閉塞と診断した(図1).食事摂取は可能であり,毎日排便も認めていたため,不完全腸閉塞を疑い第1病日からオクトレオチド400 µgとメトクロプラミド20 mgによる持続皮下注射を開始した.腹痛の増強を認め,第5病日にメトクロプラミドを中止し,ファモチジン40 mgの静脈投与,第6病日にベタメタゾン8 mgの静脈投与を開始した.入院前から酸化マグネシウムとピコスルファートナトリウムで排便調整を行っていたが3日間の便秘があり,腸閉塞の状態評価および消化器症状の改善を期待して同日にガストログラフィン40 mlの内服を行った.第7病日,X線検査でガストログラフィンの大腸到達が確認でき(図2),また排便を認め腹部膨満は改善し,しばらく経口摂取が可能であった.第16病日に5日間の便秘,腹痛や嘔気症状の増悪を認めたため,再度ガストログラフィン40 mlの内服を行った.翌日に排便を認め腹部症状は軽減した.その後,病状進行し第29病日に永眠された.

図1 症例1の腹部レントゲン検査

ガストログラフィン服用前.

図2 症例1の腹部レントゲン検査

ガストログラフィン服用後24時間 大腸の造影が確認できる.

症例2

【症 例】65歳,女性

【現病歴】卵巣癌,腹膜播種と診断され,2014年12月より抗癌化学療法を開始するも腸閉塞をきたし治療中止となった.腸閉塞の手術適応はなく,オクトレオチドの単回投与が開始となった.2015年1月,症状緩和目的に当院入院となる.

【入院後経過】腹部膨満が強く,腹痛に対してフェンタニル貼付剤4.2 mgが使用されていた.臨床症状とX線検査所見から腸閉塞と診断した.本人の食思が強く,経口摂取を希望されていたため,症状改善目的に第1病日からオクトレオチド480 µgの持続皮下注射を開始,第2病日にガストログラフィン30 mlの内服を行った.第4病日には排便を認め,X線検査でガストログラフィンの大腸到達が確認でき,しばらく少量の経口摂取が可能であった.以降ピコスルファートナトリウムで排便調整を行っていたが,4日間の便秘となり嘔気が強くなったため,第23病日および第36病日にもガストログラフィン30 mlの内服を行った.いずれも数日以内に排便を認め腹部症状は軽減した.その後,病状進行し第83病日に永眠された.

症例3

【症 例】50歳,女性

【現病歴】卵巣癌,腹膜播種と診断され,2016年2月より腹痛が増強し,徐々にADLの低下を認めた.腹痛改善目的に多用した眠剤により傾眠となり,自宅療養が困難となって当院入院となる.

【入院後経過】経口摂取は可能も間欠的な腹痛や嘔吐を認め,疼痛に対してフェンタニル貼付剤2.1 mgが使用されていた.臨床症状とX線検査所見から腸閉塞と診断した.症状改善のため,第1病日にオクトレオチド200 µgとベタメタゾン1 mgの投与を開始した.排便調整をピコスルファートナトリウムで行うも奏効せず,4日間の便秘のため第13病日にガストログラフィン30 mlの内服を行った.翌日のX線検査でガストログラフィンの大腸到達が確認でき,また排便も認め,腹部症状は改善した.第27病日および第35病日にも5日間の便秘がありガストログラフィン50 mlの内服を行った.いずれも2日以内に排便を認め,腹部症状の改善を認めた.その後,病状進行し第53病日に永眠された.

考察

卵巣癌は,女性性器悪性腫瘍のなかで最も死亡数の多い疾患であり,近年増加傾向にある3).卵巣が腹腔内臓器であることから,進行性卵巣癌では腹膜播種から小腸の狭窄と蠕動低下によって悪性腸閉塞をきたすことが多く4).その程度や部位によって便秘・腹痛・悪心・嘔吐などの症状が出現する.悪性腸閉塞の症状改善対策としてオクトレオチド,ステロイドやファモチジンなどが使用されるが5),効果が十分とは言い難く経過とともに嘔吐や便秘等の消化器症状に難渋することが少なくない.また,早期に悪性腸閉塞をきたした場合は食思が保たれていることが多く,食べられないという状況が精神的苦痛を与える可能性も考えられる6)

今回われわれはガストログラフィンを使用することにより,不完全腸閉塞を確認できるとともに,過度な腹痛の増強なしに排便を促すことで腹部症状を軽減し,経口摂取継続を維持することができた終末期卵巣癌の3症例を経験した.

小腸の不完全閉塞に伴う便秘に対しては,浸透圧性下剤は腸管内溶液を増加して腹痛を増悪させる可能性があり使用し難く,大腸刺激性下剤は小腸閉塞の改善は期待できず,かつ耐性形成のため単剤ではコントロール困難となることが多い.また病状進行とともに完全腸閉塞に移行する場合もあり,下剤の使用判断に苦慮することもある.

ガストログラフィンはX線透過性が低い経口消化管造影剤であり,腸管到達部位によって腸閉塞の程度を評価することができ,完全腸閉塞であってもバリウムに比し安全に使用可能と考えられている.また,高浸透圧であるため腸管壁から内腔への水分移動による腸管浮腫の軽減効果があり,さらに腸管蠕動を緩く刺激する作用も擁しているため,腸閉塞による症状を改善させる効果が期待できる7,8).実際,ガストログラフィンは服用後24時間以内に大腸に到達しているかどうかで腸閉塞の治療法が選択され9,10),また不完全腸閉塞に対しては治療的効果もあることが報告されており10,11),早期にメトクロプラミド,オクトレオチドおよびデキサメサゾンと組み合わせて使用することにより悪性腸閉塞の再開通が期待できるとする報告もある12).しかしながら,病期的に手術適応のない不完全な悪性腸閉塞のケースにおけるガストログラフィンの有効性と安全性は確立されていない.

症例1は腹部膨満感が主症状であった.前医ですでにオクトレオチド,ブチルスコポラミン,ファモチジン等の初期治療は行われており,また本人の希望から麻薬性鎮痛薬の使用は困難な状況であったため,ガストログラフィンの使用を検討した.ガストログラフィンの使用と同時にベタメタゾン投与も開始しており,後者の効果により腸閉塞が改善した可能性も否定はできないが,ガストログラフィン2回目の投与でも腹部症状の緩和を認めており,ガストログラフィンが腹部症状改善に寄与している可能性が考えられた.次に症例2は食べることへの執着が非常に強く,患者の希望を叶えるためにも腸閉塞の改善は重要であった.前医ですでにオクトレオチドとフェンタニル貼付剤が開始されておりこれ以上の効果が期待できなかったこと,夜間不眠とせん妄がありステロイドが使用し難い状況であったこと,経口摂取継続のために完全腸閉塞かどうかの判断は必要であったことなどからガストログラフィンの少量使用を検討した.最後の症例3は強固な便秘があり,患者が家族との食事を楽しみにしていることから便秘により増強する嘔吐と腹痛が問題点であった.患者が持続的な皮下や静脈投与を希望されず,ガストログラフィンの使用を検討した.ガストログラフィンを服用した3回とも,排便および腹部症状改善の効果を認め,経口摂取継続が可能であった.

今回の症例では,ADLや生命予後を考慮すると手術的治療の適応はないと判断した.ガストログラフィンはこれら終末期症例においても腸閉塞の程度を評価するのに有用であっただけでなく,不快な疝痛を引き起こすことなく消化器症状を改善し,さらに患者のQOL改善にも寄与したと考えられた.しかしながら,発症頻度は少ないもののガストログラフィン服用による下痢症状の悪化,ショック,誤嚥による肺水腫等の有害事象は報告されており13),これらには十分な注意が必要である.また,ガストログラフィンの使用量として,50 ml内服で治療効果を認めた報告はある12)が一定の見解は得られていない.本症例では体格に合わせて30〜50 mlの間で用量調節を行い,目立った有害事象をきたすことなく悪性腸閉塞の改善効果を期待できたが,3例のみの経験であり投与量については今後さらなる検討が必要と考える.

結語

ガストログラフィン服用は手術適応のない終末期卵巣癌による悪性腸閉塞において安全に使用可能であり,消化器症状の緩和および腸閉塞の状態評価に有用である可能性が示唆された.今後更なる症例を蓄積し,検討していくことが必要である.

References
 
© 2017日本緩和医療学会
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