Palliative Care Research
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症例報告
下咽頭がんによる重篤な唾液の嚥下困難の苦痛がステロイドで速やかに軽減し効果を維持できた1例
澤田 憲朗吉本 鉄介水元 弥生熊澤 尚美長谷川 和美郷治 久美
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電子付録

2017 年 12 巻 4 号 p. 565-569

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Abstract

【緒言】咽頭・頸部食道のがん性狭窄による唾液の嚥下困難は流涎の原因として重要で,貯留唾液の吐出を常時強いられ患者にとって著しい苦痛である.【症例】87歳,女性.下咽頭がん放射線治療後再発.「痰がひっきりなしに出て眠れない」と訴え,唾液を吐出する動作を終日繰り返していた.ベタメタゾン8 mg/日の静脈投与により症状は投与翌日までに改善した.唾液の嚥下困難はSTAS-Jスコアでは治療開始日4から治療開始2日後には1まで改善し,1週後ベタメタゾン2 mg/日まで漸減したが症状緩和は維持された.ベタメタゾン中止までの約2カ月の投与期間に症状再燃は認めなかった.【考察】がん性狭窄に対し,ベタメタゾンの抗炎症効果が速やかに著効し月単位で維持できる可能性をSTAS-Jを用いて示しえた.【結論】唾液の嚥下困難に関わる苦痛が強い時,高用量ステロイド投与で症状が緩和できる可能性がある.

緒言

摂食嚥下障害臨床的重症度分類1)上の最重症型である唾液誤嚥では,常時流涎や唾液吐出2,3)などの苦痛を強いられる状態となり,その原因として頭頸部や食道の悪性腫瘍は重要である4,5)

化学放射線療法や病状進行による唾液分泌低下・口腔乾燥に関する報告はみられるが,がん性狭窄による唾液の嚥下困難・流涎は本邦での先行報告は限定的2,3)で,海外の先行レビュー4)でもあまり認識されていない症状とされている.本症状への治療報告としてスコポラミン臭化水素酸塩水和物(以下スコポラミン)2,6),ステロイド3)がある.病態アプローチとしてステロイドが選択肢の一つであり79),とくに頭頸部がんでは急速な症状改善がありうる9).しかし,短時間での著効と効果維持を定量的に追跡した報告はわれわれの知るかぎり過去になく,われわれは,がん性狭窄の唾液の嚥下困難に対しステロイドで迅速かつ著明な症状緩和が得られた1自験例を提示する.なお本稿では,個人が同定できないように内容の記述に倫理的配慮を行った.

症例提示

【症 例】87歳,女性.140 cm,38 kg

【主 訴】流涎,持続的な唾液吐出

【社会歴】喫煙歴なし,飲酒歴なし

【既往歴】高血圧・高脂血症,白内障手術.糖尿病・消化性潰瘍の既往なし

【現病歴】嚥下困難(水分~食物誤嚥)および体重減少を主訴に2012年11月当院を受診し,下咽頭がんcT3N0M0 stage III,扁平上皮がんと診断された.腫瘍は全長約6 cm,第4頸椎下端から第8頸椎上半に至り下咽頭ほぼ全域を占め,下咽頭腔を前方に圧排しほぼ完全に閉塞していた(付録図1A).また下咽頭がんとは別に頸部食道がんcT3N0M0 stage IIAも認めた.同病変は2型病変で食道の半周を占めていたが,内視鏡の通過は容易であった.本人および家族の希望にて,化学療法は施行せず姑息的に放射線治療を行う方針とした.栄養投与経路として経皮内視鏡的に胃瘻を造設した.放射線治療は下咽頭癌・頸部食道癌を標的病変とし,2012年11月〜2013年1月までの期間に,計66 Gy,33分割で行った.治療後評価で下咽頭病変は30%以上縮小し効果判定は部分奏効(付録図1B),食道病変はほぼ瘢痕化した.嚥下困難は改善し経口摂取も可能となり退院となった.しかし放射線治療終了の約4カ月後より嚥下困難が再発し,頸部CTでも下咽頭病変の再燃を認めた.増悪する嚥下困難に対応するため2013年7月当院に再入院となった.

再入院時CTでは下咽頭病変は増大し咽頭腔を前方へ圧排していた(図1,付録図1C).軟性内視鏡検査では下咽頭後壁に隆起性病変の再燃を認めた(付録図2A).両側梨状陥凹には泡沫状の唾液の著明な貯留を認め,これらは嚥下動作で消失しなかった(図2,付録図2B).

図1 再入院時頸部CT

放射線治療により縮小していた下咽頭病変は再度増大し,治療前と同様下咽頭腔を前方に圧排していた.

図2 再入院時軟性内視鏡

両側梨状陥凹を中心とし著明な唾液の貯留を認める.嚥下動作によっても唾液は消失しなかった.

【緩和ケアチーム介入による治療経過】再入院と同時に緩和ケアチームの介入を開始した.緩和ケアチーム初回診察時患者は「痰がひっきりなしに出て夜も眠れない」と訴え,唾液をティッシュでとる,ガーグルべースンに吐き出す等の動作を絶え間なく反復していた.仰臥位では症状が増悪するため,常に側臥位で臥床していた.患者の苦痛評価にはSupport Team Assessment Schedule 日本語版(以下,STAS-J)症状版スコア10)を用いた.唾液の嚥下困難に伴う苦痛は,STAS-J item 2  「痛み以外の症状コントロール: 痛み以外の症状が患者に及ぼす影響」(症状名;唾液の嚥下困難)で4と重篤であった.

入院時血液検査ではeGRF 48.2 ml/min/1.73 m2と中等度の腎機能低下を認めたが,肝機能や電解質は正常範囲内で,TP 7.4 g/dl,Alb 3.8 g/dl,Hb 11.7 g/dlと低栄養や貧血は認めず,血糖は108 mg/dlであった.CRPは9.3 mg/mlと軽度高値であったが,白血球は5200/µlと正常範囲内で,発熱はなく,CT画像,内視鏡画像とも明らかな感染巣は認めなかった.以上から抗菌薬は非併用下に腫瘍性狭窄の再疎通を目的としたステロイド投与の方針とした.なお,この時点での予後予測としては局所再発のため1~2年の可能性も考えられた.ベタメタゾン注の投与を8 mg/日から開始し,STAS-Jスコアに基づき慎重に漸減した(図3).ベタメタゾン開始翌日には患者が「昨夜は痰が減りよく眠れた」と話しており,唾液吐出の量・回数ともに減少,仰臥位保持も可能となり,睡眠障害も改善した.唾液の嚥下困難に伴う苦痛はSTAS-Jの評価でベタメタゾン開始翌日は2,2日後には1となり著明に改善した.ベタメタゾンは3日ごとに50%ずつ減量し,最終的には2 mg/日を維持量とした.唾液吐出は残存したが量・頻度とも改善し,明らかな症状再燃はみられなかった(図3).ベタメタゾンによる明らかな有害事象は認めず,入院29日目に自宅退院した.退院直前の血液検査では,CRP 0.45 mg/ml,WBC 4.9/µl,Hb 12.3 g/dl,TP 5.7 g/dl,Alb 3.2 g/dl,血糖117 mg/dlであり,ステロイド開始前と比較し軽度の低栄養を認めるのみであった.

図3 緩和ケアチーム介入開始後のベタメタゾン投与および唾液嚥下困難STAS-Jスコアの経過.

ベタメタゾン開始2カ月後の外来歯科口腔外科の診察でも,口腔内にステロイド使用に伴う有害事象は認めなかった.

その後,2013年9月胃瘻カテーテル逸脱のため再入院となった際,ベタメタゾンは中止となった.約2カ月のベタメタゾン投与期間に症状再燃は認めなかった.入院後全身状態が徐々に悪化し,入院1.5カ月後に永眠した.ベタメタゾン中止後死亡までの1.5カ月間に嚥下困難の明らかな再燃は認めなかった.

考察

われわれは,放射線治療後に再発した高齢下咽頭がんの重度の嚥下困難による著しい流涎や唾液を吐き出し続ける苦痛に対して,高用量ステロイドにより投与開始翌日に速やかな症状改善とステロイド漸減後の効果保持を得て,これを医療者の定量評価STAS-Jにて観察できた.

ステロイドはがん性嚥下困難の治療選択肢の一つであり7,8),感染のない完全閉塞症例において抗浮腫作用による嚥下障害の改善が期待される9).とくに頭頸部がんでは短時間にステロイドへ反応する可能性がある9).われわれは内視鏡,CTなどの所見から狭窄への腫瘍の浮腫性変化の影響を推定した.ステロイド使用の実際としては,デキサメタゾンの開始用量8 mg/日での導入が推奨されている9).これを参考として,自験例ではベタメタゾンを8 mg /日の用量で導入した.

またCarterら11)は頭頸部扁平上皮癌の神経周囲浸潤に着目した検討から,明らかな閉塞を認めない症例においてもステロイドが嚥下障害の改善に有効な咽頭がん症例を報告した.即ちステロイドは神経への作用によっても嚥下障害を改善することが示唆される.腫瘍浸潤や放射線治療による咽頭の神経支配の傷害も嚥下障害の原因となるため5),ステロイドの神経支配への作用も重要である.

ステロイドは種々の有害事象をもたらす可能性があるが,その長期投与に伴う有害事象に関する緩和ケア領域の前向き研究の報告はない.やや短期の投与での検討となるが,Hardyらは106名の緩和ケア患者〔投与開始からの生存期間中央値 40.5日(1〜398日)〕へのステロイド投与〔投与期間の中央値21.5日(1〜89日)〕の前向き研究から,主な有害事象は口腔カンジダ症と近位筋のミオパチーと述べている12).長南らはステロイド投与を受けた終末期がん患者55名の後向き調査から,副作用発現群の投与期間は85.1±67.8日であり,非発現群の46.6±56.1日に比較し有意に長いと報告した13).以上から,ステロイド長期投与における投与量・漸減すべき期間の明確なエビデンスはないが,有害事象への十分な配慮が必要といえる.またHardyらはステロイドの最小有効量での使用,無効時・効果減衰時の投与中止の重要性を強調しており12),とくに長期投与となる場合には適切な用量調節が望ましい.

過去の報告ではステロイド以外の薬物療法には,唾液分泌抑制を目的とするスコポラミンを含む抗コリン薬2,68,14),ボツリヌス毒素1517),グリコピロニウム臭化物18)がある.また非薬物療法にはがん病変または唾液腺への放射線治療,消化管ステント,内視鏡的拡張術などがあるが7,8),自験例は放射線治療後再発症例であり,ステント留置は下咽頭狭窄例では適応に乏しいと判断した.

頭頸部がん患者の嚥下障害を含む唾液の過多症状の報告は十分ではない5).したがって唾液の嚥下困難の苦痛が必ずしも適切に把握され,対応されていない可能性がある.頭頸部がんでは嚥下障害の頻度が高く,著しくQOLが損なわれる19).MDアンダーソンがんセンターでは,この対応としてスクリーニングツールを開発した19).本症例でもスクリーニング実施により,嚥下困難の早期発見と迅速な治療介入が得られた可能性があった.頭頸部がん患者の嚥下困難におけるスクリーニングの有用性が期待され,その導入も考慮したい.

結論

唾液の嚥下困難に関わる苦痛が強い時,高用量ステロイド投与で症状が緩和できる可能性がある.

謝辞

本稿の作成にあたりアドバイスをいただきました,しばはらクリニック柴原弘明先生に深謝いたします.

付記

本報告は,第19回日本緩和医療学会学術大会(2014年6月,神戸)において発表した2症例のうち1症例である.

References
 
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