Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
トラマドール塩酸塩によるセロトニン症候群に急性ジスキネジアを合併したがん疼痛患者の1症例
岩山 百華阿部 泰之国沢 卓之田﨑 嘉一
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2018 年 13 巻 1 号 p. 109-113

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Abstract

患者は68歳男性で,左甲状腺腫瘍未分化転化の診断でレンバチニブを内服中,左鎖骨周囲の腫脹,疼痛がありトラマドールを内服開始した.2日後から下痢,発汗,見当識障害,ミオクローヌスなどが認められたためセロトニン症候群と診断された.さらに手足が動く,体幹をくねらせるなどのジスキネジアがみられた.トラマドールを内服中止したところ,半日でミオクローヌスとジスキネジアは軽快し,翌日には消失した.有害事象発現時における薬剤の時間的関連性から原因はトラマドールであると考えられた.トラマドールはセロトニン再取り込み阻害作用を有するため,セロトニン症候群を引き起こす可能性はあるものの,報告は少なく,ジスキネジア合併の報告はない.トラマドール使用時には,ジスキネジア症状を含む,セロトニン症候群の出現に留意が必要である.

緒言

トラマドール塩酸塩(Tramadol hydrochloride: TRM)は,WHO方式3段階除痛ラダーの第2段階に位置づけられる非麻薬指定の中枢性鎮痛薬であり,非オピオイド鎮痛剤で治療困難な疼痛を伴う各種がん,慢性疼痛に使用される.オピオイド作用およびモノアミン増強作用(ノルアドレナリン再取り込み阻害作用,セロトニン再取り込み阻害作用)により鎮痛作用を示し,有害事象は悪心・嘔吐などの消化器症状が多くみられる.また,セロトニン再取り込み阻害作用を有するため,他のオピオイド鎮痛剤やモノアミン酸化酵素阻害剤を併用することでセロトニン症候群を含む中枢神経系,呼吸器系および心血管系の重篤な副作用が発現するとされている.

セロトニン症候群は抗うつ薬を中心としたセロトニン系の薬物を服用中に出現する副作用で,精神症状(錯乱,気分高揚,不眠など),自律神経症状(発熱,発汗,下痢など),神経学的症状(ミオクローヌス,振戦,筋強剛など)などがみられる.服薬開始数時間以内に症状が現れることが多く,服薬を中止すれば,通常は24時間以内に症状が消失するとされている1)

ジスキネジアは自分では止められない,止めてもすぐに出現する不随意運動であり,抗精神病薬を長期間使用している場合と抗パーキンソン病薬などのドパミン関連薬剤使用時に発現するとされている.一般的には,抗精神病薬を長期間使用している場合は遅発性とされており,長期的に遮断されていたドパミン受容体の感受性が過剰になることが原因とされている.パーキンソン病治療薬投与時には,ドパミン受容体の感受性の亢進や疾患によりドパミン含有細胞数が減少し,そこにドパミンを投与すると過剰なドパミンが作用することで起きると考えられている2)

今回,がん疼痛に対しTRMを服用後,セロトニン症候群を発症した患者において急性ジスキネジアを合併した症例を経験したので報告する.

症例提示

【症 例】68歳,男性

【既往歴】交通外傷による両下肢下腿欠損,腹腔鏡下胆囊摘出,脳梗塞,C型肝炎,冠攣縮性狭心症,糖尿病,高血圧症

【現病歴】2006年2月,左甲状腺腫瘍の診断にて定期的なエコー検査により経過観察されていた.2012年4月に腫瘍径増大なく終診となったが,2014年1月に嗄声を主訴に再診となり,左甲状腺がん,左頸部リンパ節転移と診断された.入院後,甲状腺全摘出術,左頸部リンパ節郭清術が施行され,術後に放射性ヨウ素内用療法を2回実施した.2016年5月リンパ節再発のため,頸部リンパ節郭清術を施行,未分化転化と診断され,レンバチニブメシル酸塩 24 mg/日が内服開始(Day 1)となった.

【臨床経過】臨床経過を表1に示す.Day 2〜6は左肩の痛みにアセトアミノフェン400 mg/回を頓服していた.Day 7に緩和ケア科紹介となり,リンパ節転移に起因する神経障害性疼痛と診断され,プレガバリン50 mg/日を開始し,Day 8に100 mg/日へ増量となった.Day 9に左鎖骨周囲の腫脹,疼痛増強のため,TRM 100 mg/日,頓用12.5 mg/回を開始した.Day 10からTRM 200 mg/日,頓用25 mg/回に増量したところ,鎮痛効果は得られたものの,眠気,ふらつきの有害事象が発現したため,Day 12でTRM 100 mg/日へ減量となった.Day 11より下痢,Day 12で発汗を伴い,内服や検温をしたことを忘れる軽度の見当識障害がみられた.中等度の発熱を伴ったが,焦燥,腱反射亢進,振戦,眩暈はみられなかった.さらに,Day 13の朝よりミオクローヌスに加えて,全身に力が入る,勝手に手が動く,体幹をくねらせるような動きなどのジスキネジアが出現した.TRMの内服を中止したところ,同日夕方にはミオクローヌス,ジスキネジアは軽快,さらに翌日には消失した.その後,疼痛コントロールとしてコデインリン酸塩 30 mg/回を頓服していたが,効果不十分のため,オキシコドン塩酸塩水和物 2.5 mg/回へ切り替えたところ疼痛コントロールが良好となった.

表1 臨床経過

考察

本症例の原因薬剤がTRMによるものと判断した根拠を以下に示す.レンバチニブメシル酸塩には重大な副作用として痙攣,頭痛,錯乱,視覚障害などの中枢神経系症状を有する可逆性後白質脳症症候群が知られている.また,臨床試験において,ジスキネジアが1例報告されているが,市販後調査ではジスキネジアの報告はない.有害事象発現時には,レンバチニブメシル酸塩は左鎖骨下頸部郭清術を施行した部位の出血により休薬していた.消失半減期は2時間であることから,発現時において薬物は体内からほぼ消失していると考えられる.その他,降圧薬や糖尿病薬など併用していたが,有害事象消失時にも用量変更なく内服継続していたため,原因薬剤とは考えにくい.TRMおよびその活性代謝物(M1)の消失半減期はともに約6時間であり,TRMの休薬翌日には症状が消失していることから,本症例における有害事象との時間的関連性があると考えられる.

セロトニン症候群の診断はHegerlらの診断基準3)を用いた.この診断基準は煩雑であるものの,今回は入院中であり診察・観察の時間が十分であったことから選択した.本症例の症状をHegerlらの診断基準に適用すると合計9点となる.投与前からの発熱を除いても7点であり,セロトニン症候群の診断基準を満たす(表2).TRMが原因のセロトニン症候群の報告は少なく4),単剤での報告は極めて少ない5).さらに急性ジスキネジアを合併した症例は極めて稀である.

表2 セロトニン症候群Hegerlらの診断基準

TRMの代謝には遺伝子多型酵素であるCYP2D6が関与することから,CYP2D6酵素阻害作用を有する薬剤との併用で,セロトニン症候群を引き起こす可能性が増強される.しかし,本症例では,添付文書に記載されている併用禁忌薬剤やCYP2D6酵素阻害薬剤は含まれていなかった.

ジスキネジアには特異的な検査所見はなく,臨床経過で判断される.不随意運動を呈する他の疾患の除外が必要であるが,本症例において発現日の画像検査,脳波検査は行っていない.しかし,レンバチニブメシル酸塩内服開始前に脳転移がないことは造影CT検査で確認している.TRMのインタビューフォームによると,慢性疼痛におけるジスキネジアの発現頻度は0.3%とされているが,本症例のようながん疼痛患者におけるジスキネジアの発現については報告されていない.トラマドール塩酸塩を含有する薬剤として,ワントラムやトラムセットがあげられるが,両剤ともジスキネジアの報告はない6,7)

本症例におけるセロトニン症候群およびジスキネジアの発生機序を推測する.TRM 100 mg/日で開始したが,痛みが急激に増強したことで,TRMの頓用回数が多くなり,その結果,内服開始3日目に1日投与量として275 mgの内服となった経緯がある.TRM の1日投与上限量やレスキュードーズの1回投与量は添付文書の用法・用量に従っていた.しかし,TRMの反復投与は,肝初回通過効果の飽和により非線形を示すことが知られていることから,セロトニン再取り込み阻害作用が強く現れ,セロトニン症候群を引き起こしたと考えられる.

ジスキネジアのような不随意運動は中枢のドパミン神経が主要な役割を果たしている.中枢神経系の5-HT2A受容体は,黒質線条体のドパミン作動性神経のシナプス前膜に存在しており,ドパミンの神経終末からの遊離を抑制していることが知られている8)が,セロトニン症候群により,セロトニンとドパミンの関係に影響を与えた可能性が考えられる.また,TRMはオピオイド受容体との結合により,ドパミンを遊離させるため,ドパミン受容体刺激によるパーキンソン病治療薬のジスキネジアの発生機序と類似する.しかし,TRM中止後に他のオピオイドに変更後,同様の有害事象はみられなかった.TRMは他のオピオイドと異なり,ノルアドレナリンやセロトニンなどのモノアミン再取り込み阻害作用だけでなく,ドパミン再取り込み阻害作用も有する9)ことが影響した可能性は考えられる.

結語

TRMによるセロトニン症候群に急性ジスキネジアを合併した1例を経験した.TRM使用時には,セロトニン症候群の出現に留意が必要であるが,下痢や発汗,発熱といった非特異的な症状が多く診断が遅れることが多い.ジスキネジアはその特有な動きから気づかれやすい症状であり,セロトニン症候群の有用な指標となり得る.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

岩山は研究の構想,デザイン,研究データの収集・分析・解釈,原稿の起草および原稿の重要な知的内容に関わる批判的推敲に貢献;阿部は研究の構想,デザイン,研究データの解釈,原稿の起草および原稿の重要な知的内容に関わる批判的推敲に貢献;国沢は研究データの解釈,原稿の起草および原稿の重要な知的内容に関わる批判的推敲に貢献;田﨑は研究データの収集・分析・解釈,原稿の起草および原稿の重要な知的内容に関わる批判的推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
  • 1)  厚生労働省.重篤副作用疾患別対応マニュアル: セロトニン症候群.2010; 6. http://www.pmda.go.jp/files/000144659.pdf (2017年11月16日アクセス).
  • 2)  厚生労働省.重篤副作用疾患別対応マニュアル: ジスキネジア.2009; 13-4. http://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1c21.pdf (2017年11月16日アクセス).
  • 3)  Hegerl U, Bottlender R, Gallinat J, et al. The serotonin syndrome scale: first results on validity. Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci 1998; 248: 96-103.
  • 4)  Takeshita J, Litzinger MH. Serotonin syndrome associated with tramadol. Prim Care Companion J Clin Psychiatry 2009; 11: 273.
  • 5)  山本兼二,間宮敬子,原田修人,他.トラマドール投与後にセロトニン症候群を発症した1症例.ペインクリニック2015; 36: 495-8.
  • 6)  Hsu SK, Yeh CC, Lin CJ, et al. An open label trial of the effects and safety profile of extended-release tramadol in the management of chronic pain. Acta Anaesthesiol Taiwan 2012; 50: 101-5.
  • 7)  Yoshizawa K, Kawai K, Fujie M, et al. Overall safety profile and effectiveness of tramadol hydrochloride/acetaminophen in patients with chronic noncancer pain in Japanese real-world practice. Curr Med Res Opin 2015; 31: 2119-29.
  • 8)  Kapur S, Remington G. Serotonin-dopamine interaction and its relevance to schizophrenia. Am J Psychiatry 1996; 153: 466-76.
  • 9)  中川貴之.トラマドールおよび新規オピオイド系鎮痛薬タペンタドールの鎮痛作用機序とその比較.日本緩和医療薬学雑誌 2013; 6: 11-22.
 
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