Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
尿毒症性細小動脈石灰化症(カルシフィラキシス)の難治性皮膚潰瘍部疼痛に対して,ブプレノルフィンによる鎮痛が奏功した1例
野池 輝匡菊池 二郎柳田 卓也関 浩道塩原 麻衣三浦 篤史髙木 洋明
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電子付録

2018 年 13 巻 1 号 p. 63-68

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Abstract

【目的】主として透析療法中の末期腎不全患者における尿毒症性細小動脈石灰化症 (カルシフィラキシス)の発症頻度は低く,その発症機序や治療についての知見はまだ確立していない.また皮膚潰瘍部の極めて強い疼痛に対する標準的な治療方法も確立されておらず,鎮痛に難渋することも多い.今回,われわれは有痛性潰瘍の鎮痛にブプレノルフィンが著効した症例を経験したため報告する.【症例】75歳,男性.両下腿に強固な有痛性皮膚潰瘍を発症し入院した.非ステロイド性解熱鎮痛薬と持続的左大腿神経ブロックによっても改善しなかった疼痛に対して,慎重にオピオイドの適応を検討し,そのうえでブプレノルフィンを使用したところ,疼痛が著明に改善した.【結論】透析療法中の患者にも投与可能なオピオイドの一つであるブプレノルフィンが,尿毒症性細小動脈石灰化症による下肢皮膚潰瘍の難治性疼痛に対して有効であった1例を報告した.

緒言

Calcific uremic arteriolopathy(尿毒症性細小動脈石灰化症,以下CUA)は,calciphylaxis(カルシフィラキシス)ともよばれ,主に末期腎不全により透析療法を受けている患者に発症する,極めて強い疼痛を伴う難治性の皮膚潰瘍,黒色痂皮,壊死形成を主症状とする疾患である1).この病変の疼痛は鎮痛に難渋することが多く,極度に生活の質が障害されるため,CUAの患者にとって重大な問題で,適切な対応が求められる2).今回,われわれはCUAを原因とする下肢皮膚潰瘍病変部の難治性疼痛にブプレノルフィンが奏功した症例を経験したので報告する.

症例提示

【症 例】75歳,男性

【現病歴】2009年より薬剤性腎機能障害を原因とする末期腎不全のため,血液透析を受けていた.2017年3月,掻痒感から掻爬した左下腿に,有痛性の直径2 cm程度の皮膚びらんが出現した.皮膚びらんは潰瘍へと数日で増悪し,病変部分の疼痛がNumerical Rating Scale(NRS)10/10となる日もあった.蜂窩織炎として,抗菌薬内服と軟膏塗布が開始された.ロキソプロフェンナトリウム錠(1日最大量180 mg),アセトアミノフェン錠(1日最大量2400 mg)が処方されたが,効果は限定的であった.3月中旬,左下腿に静脈うっ滞の所見があり,背景に慢性炎症があるものと推測された.4日後,くるみ大の黒色壊死となり,不整形紅斑が左下腿,足縁に散在していた.うっ滞性皮膚炎と二次感染に加えて,リベド様の所見もみられ血管炎も疑われた.しかしながら皮膚生検では血管炎の所見は認められなかった.その後,とくに誘因なく右下腿にも同様の病変が出現した.4月下旬から両下腿の疼痛が急速に強くなり,皮膚潰瘍も悪化したため,12日後に入院した(表1図12).

【既往歴】慢性腎不全,脳出血(36,54歳),右不全麻痺(下肢装具使用)

【入院時血液検査】TP 6.1 g/dl, Alb 2.9 g/dl, AST 17 U/L, ALT 10 U/L, LDH 158 U/L, ALP 292 U/L, γ-GTP 20 U/L, BUN 53.8 mg/dl, UA 8.1 mg/dl, Cr 10.4 mg/dl, eGFR 4.34 ml/min/1.73 m2, CCr 5.36 ml/min, Na 138 mEq/L, K 5.2 mEq/L, Cl 102 mEq/L, Ca 8.4 mg/dl, IP 5.1 mg/dl, CRP 4.4 mg/dl, WBC 6950/mm3, Hb 11.4 g/dl, Ht 34.8%, Plt 202000/mm3, whole-PTH 72.0 pg/ml, PR3-ANCA 陰性,MPO-ANCA 陰性

【入院後経過】入院後,ジクロフェナク坐剤(1回50 mg),1日2回(100 mg/日)が開始された.皮膚組織灌流圧測定により皮膚の虚血が疑われたが,血管造影では両側下肢の末梢動脈血流が良好に描出され,肉眼的に確認できるサイズの動脈の重症虚血は否定された.5月中旬から左下腿疼痛に対して,2%ロピバカインによる持続的左大腿神経ブロック(自己調節鎮痛法併用)が開始された.疼痛は,最も強い時にはNRS 10/10,弱い時でも7/10だった.十分な鎮痛に至らなかったため,2週間後にジクロフェナク坐剤に替えてブプレノルフィン坐剤(1回0.2 mg),1日2回(0.4 mg/日)を開始した.その結果,疼痛はほぼNRS 0〜2/10の状態となった.CUAが疑われたため,皮膚生検が行われた.病理では,脂肪組織内の血管壁の中膜に高度の石灰化が認められ,周辺の血管は内膜肥厚を伴う内腔の狭小化や再疎通があり,また周囲結合組織は線維化し,同部の皮膚表層部に出血壊死が認められたことから,CUAと診断された(付録図1).その3日後,CUAの基本的治療の一つとされるsodium thiosulfate(チオ硫酸ナトリウム, 以下STS)の点滴静注が開始された.また潰瘍性病変の発症増悪への関与が疑われているカルシウム値とリン値の厳格な調整目的に,マキサカルシトール,炭酸カルシウムは中止された.翌日よりHyperbaric oxygen therapy(高気圧酸素治療,以下HBOT)が行われた(5回).4日後,坐剤に替えてブプレノルフィン貼付剤(5 mg/7日間)を開始した.ブプレノルフィン坐剤の追加投与は要しなかった.その後も,STS投与などの集学的治療が継続され,徐々に両下腿の潰瘍は縮小し,痂皮化した.炎症所見は改善し,疼痛は消失した.理学療法,作業療法が開始され,日常生活動作も急速に改善し,7月上旬に退院した.最終的に4日後の外来にてNRS 0/10を確認し,貼付剤を終了した.その後,疼痛の再燃はなかった(表1図1).

なお本症例の報告,発表についてはご本人,ご家族の同意を得た.

表1 入院前後の所見,症状の経過と治療
図1 痛みの経過と鎮痛剤の使用状況
図2 黒色壊死を伴う皮膚潰瘍

考察

CUAは,主に末期腎不全により透析療法を受けている患者に発症する難治性の疾患である1).とくに誘因なく発症するか,もしくは本症例のように小外傷を契機として2),下腿,上肢,躯幹などに疼痛の強い皮膚病変(網状皮斑,網様紫斑,結節),潰瘍が初期症状として出現する.数日から数週で急激に皮膚潰瘍へと発展するのが顕著な特徴である3).潰瘍は多発性で,数週から数カ月を経てさらに広範に進展していく4)

CUAは末期腎不全,透析患者の1〜4%に認められるが5),透析患者では,1年に100人あたり4.5人以上が発症する6).発症要因として,副甲状腺機能亢進症,ビタミンD過剰投与,高カルシウム・高リン血症,血管の石灰化阻止因子欠乏,慢性炎症,虚血などが推定されている7).疼痛は侵害受容性以外に神経障害性の関与も疑われている810).基本的な治療としては,STS点滴静注やHBOTなどの集学的内科治療11),疼痛管理7),外科的創傷処置により全身感染や敗血症を防止すること12),などが行われる.

疼痛はCUA症例の89%以上に認められる13).ただし,疼痛は難治化することが多く,多種の薬剤が用いられるが,治療には難渋する7,9,14)

われわれは,欧州緩和ケア学会と欧州臨床腫瘍学会のがん疼痛治療に関するガイドライン15,16)に記載されている腎機能障害時におけるオピオイドの推奨を参考にして,鎮痛法を考察した.一方で非がん性慢性疼痛に対して,ブプレノルフィンよりも他の強オピオイドが有効とのエビデンスはないとされる17).そして非がん性慢性疼痛に対しては,オピオイドの適応は慎重に検討するべきであることを十分考慮したうえで,本症例にブプレノルフィン坐剤を投与した.

ブプレノルフィンは,わが国では術後疼痛,中等度から高度のがん疼痛,また変形性股関節症などの慢性疼痛の鎮痛に適応のあるオピオイドである.最近になって,慢性がん疼痛,非がん性疼痛,オピオイド依存症の治療における再評価が進んでいる18).ブプレノルフィンはμオピオイド受容体に対して作動薬として作用し,κオピオイド受容体に対しては拮抗作用を示す.モルヒネより25〜50倍強い効力を持ち19),μオピオイド受容体への親和性は,Ki値0.22 nMとモルヒネやオキシコドンより高い20).ブプレノルフィンは,他のオピオイドに比べ痛覚過敏や耐性を起こしにくく,免疫抑制作用は低く,易感染性患者において有用である21,22).また蛋白結合率は高く(96%)23),腎障害時には,蓄積せず,血液透析によって除去されず,鎮痛作用に影響しないため,透析患者に用いることができる18,2426)

しかしながら,一方でブプレノルフィンの,腎機能障害の症例に対する推奨においては,有効性,安全性について,今後さらに十分なエビデンスと経験の蓄積が必要であるとの報告があり,その適用には十分な注意を要する27,28).われわれが調べた限り過去にブプレノルフィンがCUAの疼痛に有用だったとする報告は1例のみであった9)

CUAの皮膚潰瘍難治性疼痛の1要因として混合性疼痛があるとすれば,ブプレノルフィンの神経障害性疼痛に対する効果も含め19,23,29),本症例では,STS投与,HBOTなどとともに,集学的に疼痛に対してブプレノルフィンが功を奏していた可能性が高い.しかしながら,CUAの頻度は高くないため,十分な考察は困難であった.

結論

CUAによる下肢潰瘍に伴う難治性疼痛に対してブプレノルフィンが奏功した症例を経験した.ブプレノルフィンの腎機能障害患者への投与に関しては,十分に注意する必要があるが,CUA疼痛鎮痛治療の選択肢の一つとして重要と思われる.CUAの疼痛鎮痛におけるブプレノルフィンのエビデンスを蓄積するため,今後さらなる研究が必要と考える.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

野池は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;菊池,柳田,関,塩原,三浦,髙木は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2018日本緩和医療学会
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