2018 年 13 巻 2 号 p. 147-152
強オピオイドは癌性疼痛に有用であり,副作用は悪心・嘔吐,眠気,便秘等が知られ,過量投与では呼吸抑制や意識障害をきたす.今回,強オピオイド開始直後に悪心と羞明,少量で意識障害と縮瞳をきたした症例を経験した.79歳男性が肝細胞癌stage IVBで肋骨転移あり,癌性疼痛を認めた.除痛のための強オピオイド開始直後に強い悪心と羞明を認めた.オキシコドン塩酸塩水和物は強い悪心で中止し,モルヒネ硫酸塩水和物は羞明で中止した.フェンタニル貼付製剤は1 mgで一過性の健忘,2 mgで縮瞳と意識障害を認め,中止した.呼吸抑制は認めなかった.強オピオイドは羞明もきたしうる.少量でも縮瞳や意識障害をきたす症例もある.強オピオイド開始時に強い副作用や羞明を認めた場合には,少量でも縮瞳や意識障害をきたす可能性があり,注意した観察が必要である.
オピオイドの癌性疼痛への有用性が知られている1〜4).わが国では,強オピオイドにモルヒネ,オキシコドン,フェンタニル,タペンタドール,ヒドロモルフォン,メサドンがある5).代表的な副作用には,悪心,傾眠,便秘がある6).オピオイドは過量投与で呼吸抑制を生じる危険性がある7).今回,強オピオイド導入直後に強い悪心と羞明を認め,少量で縮瞳と意識障害をきたした症例を経験した.
79歳男性,身長158 cm,体重47.4 kg.居酒屋経営者.肝細胞癌に対し手術,塞栓術,ラジオ波焼灼術,放射線治療,全身化学療法を施行したが,多発肺転移と右肋骨転移を認め,肋骨部に癌性疼痛を認めた.トラマドール塩酸塩37.5 mgとアセトアミノフェン 325 mg 2錠/日が処方されたが,強い癌性疼痛で,オキシコドン塩酸塩水和物(OXC: Oxycodone hydrochloride hydrate) 5 mg 1日2回とプロクラルペラジン 5 mg 1日3回にオピオイドスイッチングした(図1).5日後にOXC 10 mg 1日2回に増量したが,強い悪心あり,翌日にOXC中止した.Numerical Rating Scale(NRS)6/10程度の持続痛と体動時にNRS 7/10程度に増強する突出痛を認め,疼痛コントロール目的に緩和ケアチーム(PCT: Palliative Care Team)に紹介となった.NRS 1/10程度への持続痛の改善希望あり,再度OXC 5 mg 1日2回を開始し,プロクラルペラジン5 mg 1日3回とオランザピン5 mgの夕方内服も併用した.強い悪心で2日後にOXC中止した.トラマドール塩酸塩37.5 mgとアセトアミノフェン 325 mg 2錠/日の使用を再開するも,NRS 6/10程度の持続痛と咳で誘発されるNRS 7/10程度の突出痛で夜間の睡眠障害を認めた.オピオイドスイッチングとしてモルヒネ硫酸塩水和物(MOR)10 mg の1日1回内服を開始したが,強い悪心を認めた.病室は窓側であり,通常では感じない程度の日光で患者はまぶしく感じ,羞明でサングラスを使用する状態であった.その際の眼所見はとっておらず,縮瞳や散瞳の有無は不明であった.中枢神経に作用する薬剤は,ゾピクロン7.5 mg 就寝前,プロクラルペラジン5 mg 1日3回,オランザピン5 mg 就寝前,ラメルテオン8 mg 就寝前を使用していたが,いずれも羞明出現以前より使用していた.体温上昇や頭痛,痙攣や麻痺,認知機能障害などは認めず,急激な頭蓋内疾患の出現による羞明の可能性は低く,直近に使用したMORの影響が高いと考え,2日後に中止した.中止後は速やかに悪心と羞明は改善した.トラマドール塩酸塩37.5 mgとアセトアミノフェン 325 mg 6錠/日でNRS 4/10程度に持続痛は改善を認め,退院となった.この間,Performance Status(PS)1~2を保ち,原疾患に対し5-FU 500 mg 5日間,シスプラチン 5 mg 5日間(low-dose FP療法)を施行した.化学療法の悪心対策で,グラニセトロン塩酸塩の点滴,アプレピタントを使用した.脳転移なく,頭部への放射線治療などは行っていなかった.
2カ月後に肺炎とNRS 6/10程度の持続痛で入院した.これ以上の原疾患に対する積極的加療の希望なく,抗生剤加療と疼痛コントロールでフェンタニル貼付製剤1 mgにオピオイドスイッチングした(図2).これまで健忘症状が出現したことはなかったが,オピオイドスイッチングの2日後に「朝食摂取したことを忘れる」一過性の健忘が出現したものの,見当識障害は認めず,悪心や羞明も認めなかった.NRS 4/10程度の持続痛継続し,同薬2 mgへ増量した.持続痛はNRS 2/10程度に落ち着いたが,7日後より傾眠傾向認め,意識レベルはJapan Coma Scale(JCS)II-1と低下した.両側瞳孔は2/2 mmと縮瞳を認めた.呼吸回数(RR: respiratory rate)は12回/分と低下なく,呼びかけに容易に開眼した.同薬1 mgへ減量し,8日後にJCS I-3と見当識障害を認めたが,自発開眼した.RR 16回/分と低下なく,両側瞳孔2/2 mmと縮瞳継続した.9日目にRR 11回/分であったが,JCS II-2と悪化し,縮瞳継続し,同薬中止した.橋出血除外で,頭部CTを撮影したが異常なく,アンモニア値も正常であった(表1).10日目には縮瞳継続したが,JCS I-2に改善した.加療継続目的に転院となった.フェンタニル血中濃度は,LSIメディエンス(株)に依頼して行い,貼付製剤導入前0.1 ng/ml未満,7日目(フェンタニル貼付製剤2 mg)0.8 ng/ml,9日目1.1 ng/mlであった.転院先で,再度OXC 5 mg 1日2回導入し,持続痛はNRS 3/10程度であり,羞明,縮瞳や意識障害は生じず経過している.
本症例で,以下2点が示された.①強オピオイドで羞明をきたすこと,②少量で意識障害と縮瞳を認めることがあり,呼吸抑制にも注意を要すること.
強オピオイドで羞明をきたすことがある.強オピオイドの副作用は,便秘,悪心,傾眠,呼吸困難,せん妄などがある8).わが国の2004年4月〜2013年11月までの副作用データ解析の報告の中に羞明は認めていない6).医中誌で「オピオイド」・「副作用」・「羞明」の検索で,フェンタニル貼付製剤で羞明感が出現した症例報告の会議録1例のみであった9).Pub medで「opioid」・「side effect」・「photophobia」の検索で報告は認めなかった.オピオイドは大部分がμ受容体作動薬である10).μ受容体は,体性感覚経路である脊髄後角や脳幹,視床,大脳知覚領で高発現が認められている11〜13).非オピオイド使用者では,片頭痛患者で羞明をきたすことがあり,視床と網膜からの光刺激と視床皮質経路の関係性が言われている14,15).μ受容体は視床にも分布し,μ受容体作動薬であるオピオイドが羞明をきたす可能性は十分にあると考えられる.本症例では,モルヒネ導入直後に羞明をきたし,中止後は速やかに症状改善した.中枢神経に作用する薬剤の使用もあり,薬物相互作用を示した可能性はあると考えられる.本症例は,モルヒネで羞明をきたした第1例である.
強オピオイドは少量で意識障害と縮瞳を認めることがあり,呼吸抑制にも注意が必要である.腎不全患者や透析患者では,20 mg/日程度のモルヒネ投与で意識障害や呼吸抑制を生じた症例はあるが16),本症例では腎不全はなかった.腎不全がない患者では,フェンタニル口腔粘膜吸収剤100 μgの投与6時間後に意識障害を認めた症例はあるが17),われわれが検索した範囲内で腎機能正常の患者で少量の強オピオイドで意識障害をきたした報告は認めなかった.オピオイドは瞳孔括約筋を活性化し,縮瞳を引き起こす18).中毒量のμ作動薬投与後では,縮瞳が著明であり,点状瞳孔pinpoint pupilが特徴的である19).少量のオピオイドによる縮瞳は報告されていない.本症例では,フェンタニル貼付製剤1 mgで一過性健忘が生じ,2 mgで縮瞳と意識障害が生じた.1 mgに減量後も縮瞳と意識障害が遷延し,経口モルヒネ換算30 mg/日程度の少量のフェンタニルで縮瞳と意識障害をきたした第1例である.しかし,フェンタニルの血中への以降が急峻であり少量でも意識障害や縮瞳が生じた可能性も考え,血中濃度測定を行った.貼付製剤2 mg導入7日目に0.8 ng/mlと高値は認めず,7日目に同薬2 mgから1 mgへ減量したが,9日目の血中濃度は1.1 ng/mlと上昇を認め,フェンタニル製剤が体内に遷延している可能性は考えられた.
オピオイドによる呼吸抑制は,用量依存的な延髄の呼吸中枢への直接作用による20).呼吸抑制を生じる症例は,オピオイド過量投与によると考えられる.オピオイドで呼吸抑制をきたした症例では縮瞳を伴っていたという報告があり18),本症例では呼吸抑制は認めていないが,縮瞳を認める際には,呼吸抑制にも十分な注意が必要である.
本症例では,モルヒネで羞明をきたし,フェンタニルで縮瞳と意識障害を認めた症例だが,いずれも少量の強オピオイド量であった.また,強オピオイド導入時に強い悪心が出現し,制吐薬使用したがコントロール困難であり,強オピオイドに対する感受性が高い可能性は考えられた.
オピオイドの過量投与で有害事象を生じる文献は認めるが21),少量での報告は認めない.本症例では経口モルヒネ換算45 mg/日の弱オピオイドであるトラマドール塩酸塩では副作用は認めず,NRS 2/10程度の持続痛を認めており,強オピオイドの相対的な過量投与が副作用出現の原因の可能性は低いと考えられる.また,モルヒネ・フェンタニルの強オピオイドで羞明や縮瞳の視神経障害を生じており,視床に分布するμ受容体への個人的な特異性がある可能性も示唆される.しかし,オキシコドンでは羞明や縮瞳は認めておらず,その作用機序には疑問点も多い.
強オピオイドで羞明をきたし,少量投与で意識障害と縮瞳を示し得ることがわかった.少量の強オピオイドで強い副作用や羞明を認めた際には,意識障害や縮瞳を示すことがあり,呼吸抑制にも注意した観察が必要である.ただし,本所見は1例から得られた示唆であり,今後羞明や意識障害,縮瞳を示す症例を集積し,どのような症例において特異的な副作用が強く出現するのかの特徴づけも重要だ.
強オピオイドで羞明・意識障害・縮瞳を認めた症例を経験した.過量投与で意識障害や呼吸抑制をきたすことがあるが,本症例では少量投与で羞明・意識障害・縮瞳を認めている.特異的な副作用出現時には,呼吸抑制にも注意した観察が必要である.
著者の申告すべき利益相反なし
谷川および片山は,研究の構想もしくはデザイン,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;谷川は,研究データの収集,分析,研究データの解釈,原稿の起草に貢献した.全ての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.