Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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総説
進行がん患者と家族の食に関する苦悩への緩和ケアと栄養サポート
天野 晃滋森田 達也
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2018 年 13 巻 2 号 p. 169-174

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Abstract

がん悪液質の病態に基づく患者と家族の食に関する苦悩への関わり方の解明は不十分だが,その要点は,1)患者と家族の食に関する苦悩に注意を向ける,2)がん悪液質の影響を抑制できれば患者と家族の食に関する苦悩は軽減できる,3)患者と家族の食に関する苦悩の主な原因はがん悪液質についての理解不足・体重増加の失敗体験・死の予兆としての認識,そして患者と家族の食に関する感情の衝突である,4)患者と家族にがん悪液質の病態と食に関する苦悩の要因を説明し付随する問題の対処についてアドバイスする,5)がんの進行にともない患者と家族の食に関する苦悩は増強するので個々の患者と家族にあった緩和ケアと栄養サポートを検討する,にまとめられる.がん悪液質に起因する食に関する苦悩には患者と家族で固有のものもあれば双方の関係で生じるものもある.それら苦悩の要因と過程をふまえた緩和ケアと栄養サポートが求められる.

緒言

近年になり,ようやくがん悪液質の病態の解明は進んできたものの十分とはいい難く13),がん悪液質による患者と家族の心理社会的苦悩,その中でも食に関する苦悩への緩和ケアと栄養サポートについての研究はまだまだこれからである413).これまでの欧米を中心とした質的研究から,進行がん患者の食欲不振・体重減少のようながん悪液質による症状は患者だけでなく彼らとともに生きる家族の苦悩も生じさせることが知られている.患者と家族の主な苦悩は食に関することであるが,それらの頻度やがんの経過における変化についての知見は乏しく,どの時期にどのような緩和ケアと栄養サポートを施したらよいのか確立されていない413)

本稿ではがん悪液質の病態に基づき,がん悪液質に起因する患者と家族の食に関する苦悩の要因をふまえ,それら苦悩への緩和ケアと栄養サポートについて考察する.

がん悪液質とは

がん悪液質は進行性の骨格筋の減少を特徴とする複合的な代謝障害で従来の栄養サポートでは改善が難しく様々な機能障害をもたらす.その病態は食欲不振と代謝障害の連動によって引き起こされるタンパク質異化かつエネルギー不均衡を特徴とする13).がん悪液質の進行度分類はpre-cachexia・cachexia・refractory cachexiaの3段階が考えられており,cachexiaの診断基準は「6カ月以内に5%以上(Body Mass Indexが20 kg/m2未満では2%以上)の体重減少あるいはサルコペニア(筋肉減少症)で2%以上の体重減少」とされ,refractory cachexiaはcachexiaの診断基準に加え「代謝の異化優位・治療抵抗性・World Health Organization performance status(WHO PS)3〜4・予後予測3カ月未満」とされる13)

また,がん悪液質の本態は全身性の慢性炎症と捉えてよく,そこで重要な役割を果たすのが炎症性サイトカインとC-reactive protein (CRP)である.Cachexia・refractory cachexiaとなれば炎症性サイトカインの影響が増強しCRPが産生され食欲不振・代謝障害が出現し栄養障害・体重減少・サルコペニア・倦怠感・activities of daily living(ADL)障害・Quality of Life(QOL)低下・予後不良に繋がる13,1416)

患者の食に関する苦悩へのがん悪液質の影響

1702例の進行がん患者の前向きコホート調査では食欲不振は75%,体重減少は67%が体験し,がん悪液質は様々な症状とADL障害を引き起こすことが示された16).2074例の遺族調査で78%が患者の食欲不振を経験し,23%が食欲不振による患者の苦悩を感じたと報告された17).また,サルコペニアをともなう体重減少はがん悪液質の典型的な症状の一つで,単に摂取カロリーを増やすだけでは改善が難しい13).進行がんの診断時にサルコペニアである頻度は55%で高齢・男性に多く,サルコペニアであれば有意にQOLは低く抑うつ状態であることが多いと報告された18).一方,栄養状態に影響を与える症状(nutrition impact symptom: NIS)として悪心・嘔吐・便秘・下痢・口腔内粘膜障害・呼吸困難・咳などの身体的症状や不眠・不安・抑うつ・せん妄などの精神的症状があげられ,体重減少を認めたがん患者はこれらのうち少なくとも3つ以上の緩和困難な症状を有したとの報告がある19).つまり,これまで述べたような厳しい現実での回復の困難さと患者の治療効果への期待のギャップが食に関する苦悩を含めた心理社会的苦悩を誘発すると考えられ413),患者の苦悩についての質的研究のシステマティックレビューでは「がん悪液質についての理解不足」「体重増加を試みた失敗体験」「死の予兆としての認識」は苦悩を増強させる要因といわれる6)

ところで,患者の苦悩は彼らのコーピング方略によって変わる.すなわち,がん悪液質による影響に抗う姿勢であれば苦悩は増強し,厳しい現実を受け入れ成り行きに任せるのなら減弱する6).実際に本邦の緩和ケア病棟での終末期がん患者37例のアンケート調査において,食に関する苦悩と体験についての19項目では,頻度の高い上位4項目はコーピング方略に属した11).また,同アンケート調査では76%が緩和ケア病棟の医療スタッフにがん悪液質への栄養療法についての専門的知識を有することを求め,そのうちの過半数が食に関する苦悩の傾聴と食欲不振・体重減少についての医学的説明を望んだ11).これらの患者のニーズはがん悪液質による影響に抗う姿勢から生じるものと思われ,満たされていない思いは彼らの苦悩に繋がるのだろう.

家族の食に関する苦悩へのがん悪液質の影響

がん悪液質は患者だけでなく彼らを支える家族へも影響を及ぼす.とくに患者の食欲不振が顕著になり体重減少が出現し始めた時期に家族の苦悩も増強する413).家族の苦悩についての質的研究のシステマティックレビューでは「家族の日常生活への影響」「患者の世話における責任」「医療スタッフへの要望」「患者との衝突」「否定的な感情」の5項目が抽出された13).そのような状況での家族のコーピング方略は「戻るように抗う」「成り行きに任せる」「どちらとも決めかね揺れ動く」の3群に分類できるとされる20,21).本邦の緩和ケア病棟でのがん患者の遺族702例のアンケート調査では,食に関する苦悩と体験についての19項目のうち頻度の高い上位5項目は「戻るように抗う」に属した12).このことから患者と同様に家族もがん悪液質による影響に抗う姿勢から彼らの苦悩が生まれるのだろう.また同アンケート調査では,73%が食事・栄養のことで医療スタッフのサポートを必要とし,41%が食欲不振・体重減少についての医学的説明を望んでいた12).これらのニーズも患者と共通し,患者と同様に満たされていない思いは家族の苦悩を増強すると思われる.次に,食に関する苦悩と体験の探索的因子分析では「死を避けるために患者に無理して食べさせたという思い」「患者に食べてもらうためにとても頑張ったという思い」「食に関することが患者との衝突の原因となったという思い」「正しい情報が十分でなかったという思い」が抽出された12).さらに遺族の背景因子・食に関する苦悩と体験と遺族のうつとの関連をみるための多重ロジスティック回帰分析で有意に関連のあった因子は「配偶者」「患者が入院中の自分の精神状態」「死を避けるために患者に無理して食べさせたという思い」「正しい情報が十分でなかったという思い」であった12).つまり,患者が闘病中の家族の苦悩への適切なアドバイスとケアの不足は,とくに精神状態が弱っている配偶者では,患者の死後における家族のうつと関連することが示唆された12).一方,スイスでの男性進行がん患者と女性配偶者での混合研究では,配偶者はとても患者を心配し食を促す努力を惜しまないが実際にはうまくいかず不甲斐なさを感じたと述べられている4).そして,がん悪液質による患者の衰弱は家庭での食事に影響を及ぼし家族の食生活を変え家族の関係を悪化させることもあり,配偶者が女性の場合はなおさら苦悩が深いといわれる4,8).これらの研究で得られた知見は,家族においてもがん悪液質についての理解不足・患者の体重増加を試みた失敗体験・患者の死の予兆としての認識が家族の苦悩を増強させるという指摘6)を支持する.

がん悪液質の影響により患者と家族の間で生じる食に関する苦悩

患者と家族での食変化における捉え方の差異はしばしば衝突の原因となる.がん悪液質の影響や治療の副作用でこれまでのように食べられなくなった患者の食生活は,患者の体調を気にかける家族の影響を大きく受ける.それと同時に家族の食生活も変化し,ついには患者と家族の関係が悪化することもあり,両者の苦悩を助長する.患者は自分が食べたいから食べるのではなく家族を安心させるために無理して食べ,家族との衝突を避けるため食に関する話や食事をともにしないように嘘をつくことまである.一方で家族は患者に食事を断わられると拒否されたと感じ患者が食べられないことを非難してしまい自責の念にかられることもある7,8,13,17,22,23).患者と家族の衝突の原因の一つとして,患者と家族のがん悪液質による食欲不振・体重減少が不可避であることの認識不足があげられる.とくに食欲不振はがん終末期に最も悩まされる症状の一つであるが,家族はそこまでの認識をしていないことも多い.また,患者の苦悩を家族が共感できていないこともあり,患者は家族の思いにこたえられない自分に落胆し,家族は無意識に患者に精神的苦悩を与えてしまう.結果として,家族の意図に反して患者は食に関する家族の干渉を防ぐようになり感情の対立が生じる7,8,13,17,22,23).男性進行がん患者と女性配偶者では,配偶者は患者自身より患者の体重の変化に敏感で,患者は配偶者の自覚している以上に食に関する圧力を感じる4)

本邦の緩和ケア病棟での終末期がん患者のアンケート調査では,食に関する患者と家族の衝突の体験は6%と最も頻度が低く,それに対する医療スタッフのサポートのニーズは18%であった11).それに対し遺族のアンケート調査では,食に関する患者と家族の衝突の体験は患者と同様に8%と最も低くかったが,それに対する医療スタッフのサポートのニーズは28%と患者に比べ高かった12).緩和ケア病棟では患者と家族の表面化する衝突は起こりにくいようだが,双方とも,とくに家族の方が,気持ちを抑えている可能性がうかがえる.

進行がん患者と家族の食に関する苦悩の評価

これまで述べたように進行がん患者と家族の食に関する苦悩は大きな問題であるが,それらの頻度やがんの経過における変化についての知見は乏しく,どの時期にどのような緩和ケアと栄養サポートを施したらよいのか未確立である413).ここで患者と家族の苦悩を評価することが重要となるが,現時点ではそれらの苦悩を評価するために検証されたツールはない.そこで筆者らが質的研究410,13)の知見を基に2つの量的研究11,12)での頻度をふまえ臨床で重要であろうと思われる項目で作成した評価表を提示する(表1, 2).しかし近い将来,検証されたツールの開発が強く望まれる.

表1 進行がん患者の食に関する苦悩の調査票
表2 進行がん患者の家族の食に関する苦悩の調査票

進行がん患者と家族の食に関する苦悩への緩和ケアと栄養サポート

進行がん患者では診断時よりがん悪液質の影響が強くでていることも珍しくなく18),早期よりがん悪液質の影響を緩和するためのケアと抑制するための治療の一環としての栄養サポートを開始し,患者のQOL向上と予後延長を目指すことが重要である.また,がんの進行にともないがん悪液質の影響は強まり患者と家族の心理社会的苦悩は変化するので,それぞれの患者と家族の状況に応じた緩和ケアと栄養サポートが望ましい.

現時点では進行がん患者と家族の食に関する苦悩への緩和ケアについてのランダム化比較試験はないが,数編のレビューによると傾聴・共感・支持を基本としたケアと適切な情報提供はがん悪液質による患者と家族の苦悩を軽減する59,13).本邦の緩和ケア病棟での終末期がん患者と遺族のアンケート調査では,それぞれががん悪液質の影響についての適切な説明を求めていること,そしてそれぞれの栄養サポートのニーズは高いことが判明した11,12).また,cachexia・refractory cachexiaに移行すれば栄養サポートのニーズ(栄養カウンセリング・食事の工夫・栄養補助食品・点滴での栄養水分補給など)は高まることがうかがえる24).イギリスでの混合研究は,適切な情報提供・不安の除去・自己管理の支援は進行がん患者の家族へよい効果がある,すなわち患者の体重や食に関する家族の苦悩を軽減することを示唆した25).これらの結果は前述のレビューの考察を裏付ける.

食に関する患者と家族の衝突は,本邦の緩和ケア病棟では表面化しにくいようだが11,12),欧米の研究では現実的で深刻な問題だと重要視している7,8,13,17,22,23).医療スタッフはこれまでに経験した患者と家族の上手な対処方法から学び,それらを次の患者と家族へ伝達することで彼らの苦悩を緩和することができる8).つまり医療スタッフは食に関する苦悩を抱えた患者と家族の間における感情の対立に注意を向け,双方に適切な説明と助言をすることで彼らの関係の悪化を防ぐことができると考えられる.

がん悪液質は複合的症候群であるので,その治療としては栄養療法を含む栄養サポート・運動療法・薬物療法の組み合わせた集学的治療が必要である13).これらの治療が進行がん患者のがん悪液質を抑制することができれば,患者と家族の食に関する苦悩を含めた心理社会的苦悩の軽減に繋がるだろう.このような治療の適応があるのなら慢性炎症を抑制し,栄養障害を改善し,骨格筋を増強することを目的とした集学的治療を実施し,血中のアルブミンとCRPの数値の推移に目を光らせる3).しかし,がんの進行にともない患者と家族の食に関する苦悩は増強し,refractory cachexiaにまで至れば治療の適応はもはやなく,彼らの苦悩は最大になるだろう.ゆえに個々の患者と家族の状況にあった緩和ケアと栄養サポートを検討することが必要となる.

以上から進行がん患者と家族の食に関する苦悩への関わり方の要点は以下の5項目にまとめられる.

1)がん悪液質の影響による患者の身体的苦痛だけでなく,患者と家族への心理社会的苦悩,とくに食に関する苦悩に注意を向ける

2)集学的治療でがん悪液質の影響を抑制できれば患者と家族の食に関する苦悩は軽減できる可能性がある

3)患者と家族の食に関する苦悩の主な原因は,がん悪液質についての理解不足・体重増加の失敗体験・死の予兆としての認識,そして患者と家族の食に関する感情の衝突である

4)患者と家族にがん悪液質の病態と食に関する苦悩の要因をわかりやすく説明し,食に関する苦悩に付随する問題の対処方法について適切に助言する

5)がんの進行にともない患者と家族の食に関する苦悩は変化し増強するので,個々の患者と家族の状況にあった緩和ケアと栄養サポートを検討する

これらをふまえた緩和ケアと栄養サポートは進行がん患者と家族の食に関する苦悩の軽減に有用だと思われる.

結論

がん悪液質に起因する食に関する苦悩には患者と家族で固有のものもあれば,双方の関係で生じるものもある.それぞれの苦悩の生まれる要因と増強する過程をふまえ,患者と家族の状況にあった緩和ケアと栄養サポートが求められる.しかし,この領域の知見はまだまだ十分ではなく今後のさらなる研究に期待する.

利益相反

森田達也:講演料(塩野義製薬株式会社,協和発酵キリン株式会社)その他:該当なし

著者貢献

天野は研究の構想およびデザイン,研究データの収集および分析,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;森田は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2018日本緩和医療学会
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