2019 年 14 巻 2 号 p. 139-144
本研究の目的は,がん患者とその家族の仕事とお金に関する相談内容の特徴を明らかにすることである.ファイナンシャルプランナーと社労士による「仕事とお金の個別相談」に参加したがん患者の個別相談の相談内容をテキストマイニングの手法を用いて分析した.相談件数は125件(4施設)で,患者の平均年齢は54±10.1歳,女性70名(56%)であった.相談者の属性は,患者本人80名(64%),配偶者と本人19名(15.2%),配偶者13名(10.4%)であった.分析の結果,[頻出語]の上位5つと関連する主な共起語は,[月](共起語:休職,年),[傷病手当金](受給,休職),[現在](受給,収入),[仕事](内容,続ける),[治療](生活,収入)であった.相談者は,がん治療に伴うお金や生活への影響などに不安を抱えながらも,復職や離職・就労の継続などの働き方,傷病手当金などの休職時に利用できる公的制度について相談していることが明らかとなった.
がん患者が抱える社会的苦痛の一つとして,経済的な問題がある.具体的には,がん患者は,非がん患者に比べ医療費が高額であること1,2)や,貯蓄が少ない患者は貯蓄が多い患者と比較して身体的な痛みが強い3)こと,がん罹患により減収や生活を切り詰めるなどの体験をしていること1)が報告されている.また,がん患者は,就労継続に伴う身体的・心理的苦痛を経験4)していることや,さまざまな理由から就労継続が困難になること5,6),離職の関連要因として,手術,サポートがない環境,肉体労働などが報告7~9)されている.こうした背景を鑑み,わが国では,がん患者の就労支援の取り組みを国策として進めている10).また,海外においても,就労支援の取り組みが報告されている11〜13).一方で,患者の病状などから必ずしも就労継続が可能とは限らないため,就労支援以外にも経済的問題を緩和するための対応が求められる.
このような経済的問題を解決するために,「特定非営利活動法人がんと暮らしを考える会」は,医療機関と連携し「仕事とお金の個別相談事業」を実施している(https://www.gankura.org/).患者・家族の資産や家計に関する相談は,医療従事者では難しい場合が多く,この相談会は,実務経験が豊富なファイナンシャルプランナー(以下,FP)と社会保険労務士(以下,社労士)がペアとなり相談に応じている.先行研究では,患者・家族の社会的苦痛に対する医療者の関わり方についての報告はあるが14〜16),お金の専門家が行う相談内容の実態は明らかになっていない.
経済的な悩みを抱えたがん患者とその家族に対する支援を検討するため,がん患者とその家族の仕事とお金に関する相談内容の特徴を明らかにする.
2015年5月から2016年5月に実施された,がんと暮らしを考える会の「仕事とお金」の個別相談に参加した延べ125件を対象とした.対象施設は,相談事業が行われた1都3県の計4施設で,がん診療連携拠点病院二つを含む.
データ収集方法および調査項目「仕事とお金」の個別相談は,1回/月,3件/日ですべての対象施設で開催された.相談会の開催は,院内研修や掲示にて告知された.事前予約は可能であるが,予約がなくても相談対応が可能な場合は相談に応じた.相談内容は,個別相談終了後に相談支援センターに従事する者と共有した.対象としたデータは,相談を担当したFPと社労士が作成した相談者の相談内容の要約で,相談レポートに患者背景と相談者の属性,相談内容を記録した.本研究では,この相談レポートに記録した情報を分析の対象とした.
本研究は,国立がん研究センター研究倫理審査委員会で承認を得て行った(承認番号:2016-093).相談者からは,相談内容の記録を研究目的で利用することについて事前に同意を得た.
分析方法患者背景と相談者の属性は,記述統計による単純集計を行った.相談レポートの内容は,相談者が抱える悩みの複雑な関係性を定量的に明らかにするため,テキストマイニングの手法を用いて分析した17,18).抽出された品詞を確認し,経済的な悩みと関連のある専門用語は複合語として指定した(例:品詞として「ハロー」と「ワーク」に分類されていたものを「ハローワーク」と指定).また,頻出した語(以下,頻出語)の上位5語と,それぞれと関連が強い共起語の抽出を行った.テキストマイニングにはフリーソフトウェア「KH coder Ver.2.00」19)を用いた.
患者の平均年齢・標準偏差は54±10.1歳であり,女性70名(56%)であった.相談者の属性は患者本人80名(64%),配偶者と本人19名(15.2%),配偶者13名(10.4%)の順に多かった(表1).
テキストマイニングを用いた相談内容の分析結果頻出語を[ ],各頻出語の共起語を〈 〉で示す.また,「 」は,相談員が要約した相談者の相談内容のうち,頻出語と共起語を含む具体例であり,斜体文字で表記する.総抽出語数は15,102語,語の重複や活用形をまとめ,分析に使用した品詞は1,321語であった.
相談レポートで出現回数の多い上位50語を抽出し(表2),頻出上位5語は[月]104回,[傷病手当金]93回,[現在]72回,[仕事]68回,[治療]62回であった.
頻出上位5語について抽出された共起語を表3に示した.
[月]の上位共起語は〈休職〉〈年〉〈傷病手当金〉〈予定〉〈受給〉であった.「受給中の傷病手当金が〇月で終了し休職時の収入が途絶えてしまうため不安」「傷病手当金を受給しているが月額○万円では経済的な不安がある」
[傷病手当金]の上位共起語は〈受給〉〈休職〉〈申請〉〈月〉〈支給〉であった.「会社を休職し傷病手当金を受給する予定のため,詳しく教えてほしい」「これから休職し傷病手当金を申請するが,スケジュールや額の目安を知りたい」
[現在]の上位共起語は〈受給〉〈収入〉〈傷病手当金〉〈休職〉〈治療〉であった.「収入の減少に加え治療費などの支出があり,現在傷病手当金を受給しても生活が厳しい」「現在休職中であるが,傷病手当金を受給できず貯金を切り崩している」
[仕事]の上位共起語は〈内容〉〈続ける〉〈モニタリング〉〈復帰〉〈現在〉であった.「現在の仕事内容が肉体労働のため,仕事を続けることができるか心配」「現在,がんであることを会社に相談していないが,治療と仕事の両立に向けアドバイスがほしい」
[治療]の上位共起語は〈生活〉〈収入〉〈不安〉〈お金〉〈年金〉であった.「収入がなくなり治療費や生活費に対する不安がある」「年金収入と預貯金を切り崩して治療費,生活費を捻出しており,将来への漠然としたお金の不安がある」
対象となったがん患者は,40歳代が最も多く,60歳未満が6割以上で,多くが働く世代のがん患者であった.
まず,相談者は,休職に伴う傷病手当金の受給など活用できる社会制度に関して,今後の見通しを[月]単位で相談している状況にあった.先行研究では,がん治療により就労状況に変化が生じ,就労者の約6割が就労継続に不安を抱えている20)ことが報告されている.このことから,休職を含めた今後の見通しを鑑み,申請できる社会制度を考えている状況が存在すると考えた.
次に,相談者は,休職した状況で申請できる[傷病手当金]の受給や支給,申請について相談している状況にあった.がん治療に対する経済的支援の一つとして,公的制度による傷病手当金がある.公的制度は全て自分で申請しなければならず,制度を知っているか否かで経済的負担が変わる.そのため,相談者自身が活用できる公的制度を相談していることが推測された.
また,相談者は,がん治療や休職,公的制度である傷病手当金など,[現在]自身が置かれている状況に対し相談している状況にあった.先行研究では,がん治療により仕事を含めた生活全般において大きな影響を及ぼし苦悩していること21)が報告されており,本研究結果もこれと類似していた.
そして,相談者は,[仕事]に関する内容や復職,離職,継続などの働き方に関して相談している状況にあった.また,働き方を検討し,両立したいという思いも伺えた.この結果は,治療を続けながら仕事を調整したいというニーズがある22)一方で,仕事と治療等の両立は難しいと感じている23)という先行研究と同様であった.
最後に,相談者は,がん[治療]に伴うお金や収入などの家計や生活に及ぼす影響に関して不安を抱え相談している状況にあった.この結果は,がん患者は医療費が高額であり1,2),がんによる身体症状や後遺症が今まで果たしていた役割遂行に影響する24,25)という先行研究と同様であった.
FPや社労士は,就労や公的制度,個人の資産の相談に対応できる専門家であり,本結果では,とくに病状と就労状況を踏まえた申請可能な公的制度に関して相談している特徴がみられた.このことは,公的制度に関する理解が普及していないことや,相談者自身が理解を確認したいというニーズ26)を裏付けるものである.また,単に仕事やお金の相談だけではなく,がん治療による影響を考慮しながら働き方を相談している特徴がみられた.FPや社労士は,必ずしも医療の知識が十分ではなく,医療従事者もまた,仕事やお金の悩みに対する知識は十分ではない.このことから,がん患者の経済的問題を緩和するためには,各種専門家との連携が重要と考えた.
本研究の限界の一つ目は,分析で用いたデータは, 相談員であるFPと社労士が相談内容を要約したものであり,相談者自身の語りではないことである.そのため,患者とその家族の経済的な悩みを直接的に表現されていない可能性がある.今後は,相談者自身の語りをデータとして収集する必要がある.二つ目は,今回のデータは,限られた医療機関で実施された相談会のものであり,本結果の一般化可能性はさらなる検討が必要である.最後に,本研究では,性・年代など対象者の背景別の分析は行わなかった.今後は,より大規模なデータをもとに,対象者の背景により相談内容の特徴や傾向に違いがあるか,分析を行う必要がある.
本研究の結果,お金と仕事の相談会に参加した相談者は,がん治療に伴うお金や生活への影響などに不安を抱えながらも,自身の置かれている状況を見つめ,復職・離職・就労継続などの働き方,傷病手当金などの休職時に申請できる公的制度について相談していることが明らかとなった.
友滝 愛:社会連携講座(東京大学大学院医学系研究科 医療品質評価学講座客員研究員,連携企業名:一般社団法人 National Clinical Database,ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社,ニプロ株式会社)その他:該当なし
小林は研究の構想,研究デザイン,データ加工,原稿の想起に貢献;賢見は研究の構想,研究デザイン,データ収集に貢献;池原はデータ加工・分析に貢献;友滝はデータ加工に貢献した.すべての著者は,研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲,投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.