Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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活動報告
DNARの意思表示をしているがん終末期のCPA患者の搬送に対する救急活動を行う消防職員の真意
宮林 真沙代中村 千香子
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2019 年 14 巻 2 号 p. 67-72

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Abstract

【背景】Do not attempt resuscitation(DNAR)の意思表示のあるがん終末期のCardiopulmonary arrest(CPA)患者の搬送は,現行消防法では全例蘇生を行いながら搬送される.現場で救急活動を行う消防職員(以下,消防職員)の気持ちを調査検討した.【方法】当地域の消防職員103名に,DNAR提示をしているがん終末期CPA患者を搬送したことがあるか,またその活動内容,および消防法がなかった場合の活動内容に対し,無記名式アンケートを行った.【結果】DNARの意思表示をしていても,消防法に従わざるを得ない現実があった.消防法がないと仮定しても,救命処置を行うと約半数が回答したが,その約半数は搬送を拒否したいとした.【考察】消防職員にとって蘇生行為は使命であり,搬送と意味の違いがあった.救急搬送に対する患者および家族の知識不足や事前の話し合いのなさが,DNAR患者搬送の大きな原因と考えられ,患者の意思を尊重するためにもACPの浸透と地域住民への教育が必要である.

緒言

がんは終末期を迎えるまでに自分のことを考える時間を持つことができるため,療養場所の検討や,自身の最期を意思表示できる特有な疾患である.しかし,do not attempt resuscitation(DNAR)を意思表示しているがん終末期患者がCardiopulmonary arrest(CPA)となった場合,現在は全例蘇生処置を行って搬送される.救急活動を行う消防職員(以下,消防職員)から,消防法での活動を疑問視する声を聞くことが多くあり,調査を行った.

目的

DNARの意思表示をしているがん終末期の患者がCPAとなり,救急要請した場合の消防職員の真意を知る.

方法

研究デザインは量的記述的研究で,質問紙調査を行った.

本研究では患者関係者から口頭または書面で,救急搬送中にDNARの意思表示を行ったがん終末期患者を「DNARの意思表示をしているがん終末期患者」とし,がんの終末期を「積極的治療ができなくなった患者」と定義した.

知多中部広域事務組合に所属する消防職員103名に研修依頼を行い,承諾を得られたため,全員に調査を行った.有効回収率は100%であった.

調査内容は,DNARの意思表示をしているがん終末期のCPA患者を搬送したことがあるか,その意思表示の方法,また,意思表示をされた場合どのような活動を行ったか,さらに,現行消防法1)が「DNARの意思表示をしているがん終末期患者のCPA搬送中の処理について,消防職員の判断による」と改定された場合,救急活動に変化は生じるかとした.

調査は平成29年1月に施行し,日本臨床救急医学会による「人生の最終段階にある傷病者の意思に沿った救急現場での心肺蘇生のあり方に関する提言」2)より以前に行った.

本研究は半田市立半田病院の倫理委員会で承認を得た.

結果

本調査対象の内訳は表1であり,各調査結果は表2に示す.

DNARの意思表示をしているがん終末期患者のCPA搬送をしたことのある者は63人であった.がん終末期の患者がDNARか否かは,家人や施設職員からの申し出が最多で,全体の95.2%であった.消防職員側から患者関係者に確認し,患者側が気付いた例が41.3%であった.その他の認識方法は,病院到着後に発覚した例が7.9%,消防職員が直接かかりつけ医に確認した例が3.2%であった.

意思表示方法は患者関係者からの口頭での申し出がほとんどであり,事前指示書の提示があったものは17.5%で,全例施設からの搬送であった.

がん終末期のCPA患者が,DNARの意思表示があっても救命処置を行った消防職員は97.0%であり,その50.8%は消防法をその理由にあげた.また,家族が蘇生を望んで救急要請を行ったと判断して処置を行ったものが34.9%であった.行わなかった理由はドクターカーの医師の指示であった.

これらの結果から,DNARの意思表示をしている,がん終末期のCPA患者の搬送依頼でも,多くは救命処置を施されており,その理由の一つが消防法であった.「DNARの意思表示をしているCPA患者の搬送中の処置について,救急隊の判断による」とされた場合,どのような活動を行うか引き続き調査をした.

消防法を変更した場合,対象患者に救命処置を行うと回答した消防職員は全体の66.0%で,家人の希望という意見が大半であった(表2).行わない理由は,患者や家族の意思を尊重したいという理由が61.2%と最も多く,C署とE署はその比率が高かった.

救急搬送を行うと回答した者は28.2%であった.理由は,無処置への苦情を避けたいために,蘇生行為をすると回答した者が14.6%と最も多かった.未施行者の最多理由は,かかりつけ医に対応をして欲しいというものであった.

表1 各消防署の内訳(単位:人)
表2 アンケート結果(単位:人,括弧内百分率 有効回答者数103名)

考察

消防法を変更した場合,対象患者に救命行為を行うか否かを部署別に見たとき,C署は他部署よりも少なかった(表2).C地区では在宅医が病院職員や救急隊員へ緊急時の対応の教育を行っており,E署も,C地区と同じような教育を行う総合病院への搬送が普段から多いという共通点があった.介護施設職への教育体制や,介護施設における看取りや終末期看護を充実させる必要性を鈴木が訴えている3)が,教育もその一つと考えられる.救急要請の意味と内容を市民に理解してもらい,救急要請が尊厳を損ねる状態に帰結してしまう患者が少なからず生じるという事態4)を避けるためにも,教育は重要であると思われる.

救急要請があれば,患者がDNARの意思表示をしているCPA患者でも蘇生を行うと回答した.家族は患者のDNARに心では納得をしていないときや,無処置への葛藤で救急要請を行ってしまうと推測される.佐藤5)によると,家族には苦痛を感じさせたくないが,どんな形でも生きていて欲しい逆の気持ちが入り混じった複雑な思いがあるという.また栗秋ら6)によると,臨死期の意思決定は,医師が患者より家族と話し合う傾向があり,患者が意思決定をしているのは少数例だったとある.半田市は,2016年に事前指示書を作成した7)が,浸透率は低く現時点でも書面を持って来る患者はおらず,多くは口頭での申し出である.

意思表示は,医療者と患者,家族と行うものであり,定期的に見直され,内容をしっかり理解し実行できるものにする必要がある.そのため,アドバンスケアプランニング(advance care planning: ACP)8)がより重要である.結果のみではなぜその決定を行ったのかがわからず,十分な意思が伝わりにくい.患者がいかに真剣に自身の最期に向き合ったかはACPから読み取ることができる.

続いて,蘇生はするが搬送はしないと答えた点である.その背景として,病院搬送後,家族は自然な最期を希望し,蘇生中止を切望することが多いためと推測できる.また,救急活動を否定されると考える者も少なくない.今回の調査はかかりつけ医がいて,家族が同居もしくは近隣しているという背景を想像させる設問もあった.また,「消防法の改訂」という点でも,多くのバイアスが含まれている可能性は否定できない.しかし,家族が患者を尊重して自然な最期を望んだ時点で,自宅や施設で最期を迎えて欲しいという思いは共感できる.また,主治医が当院であるか,在宅でかかりつけ医を持っているかによっても,活動が変わる可能性が高い.当院がかかりつけの場合,患者家族は救急搬送を行うしかない場合もある.そのため,当院ではドクターカーで死亡確認を行う方法を模索中である.在宅でかかりつけ医がある場合,ACPをより綿密に行えると推測できる.しかし,がん死ではなく,予想されない急変,例えば窒息などの場合,非医療関係者に患者の病態ががん死であるか否かの判断は難しく,救急要請をしてしまうのは仕方がない.今回の調査結果から,消防職員は自分で蘇生判断をするのではなく,かかりつけ医の指示,判断での対応を望んでいると推測できる.救急要請をしない教育をすることも必要であるが,救急隊活動のプロトコル変更にも意義があると考える.

消防職員には地域包括ケアシステム教育がなされておらず,その中に自身が組み込まれていることを理解していない9)ことが多い.当院では,救急隊を含む多職種によるがんの終末期患者への救急医療の提供を考える場をつくった.また,救急救命士を対象としたACP教育を行い,患者の意思表示の大切さを伝え,その教育結果は今後CPA搬送の実態を調査し行う予定である.

最後に,日本臨床救急医学会の提言による影響である.この標準的活動プロトコルは,かかりつけ医にも地域医療にも密着している.今回の調査はこれ以前に行われたため,より消防職員の素直な意見と推測できる.

広島県メディカルコントロール協議会(以下,MC協議会)では,救急現場において救命処置を希望しないという本人の意思を家族から伝えられた場合,条件によっては救命処置を中止するとされた10).埼玉県西部第一地域MC協議会でもDNAR傷病者の搬送事例の対応策として「救急隊員が行う応急処置に関する要望書」を作成した11).また,松戸市では救急医療と在宅医療が有機的に連携するモデルの構築と,その有効性の検証,通称「ふくろうプロジェクト」に取り組んでいる12).知多地区MCでもこのような例を参考に,早期に提言の取り組みを試みている.

患者の意思表示を尊重した搬送が第一であるが,救急救命士が現在のプロトコルを変更することへ,どのような意見を持っているのかを調査し,搬送中の責任を担う救急救命士を守ることのできるプロトコルを作成する必要がある.独居生活の患者,病院へ行くことすらできない患者など,現代社会の多くの問題が重なってくると予想されるが,知多地区MCは狭管轄であり,統括が行いやすいと予想できる.それを中心部へ広めるためには,プロトコルを変更した結果を再調査し再考していく必要がある.

結語

今回,DNARの意思表示をしているがん終末期患者のCPA搬送に対する救急活動を行う消防職員の真意を聞いた.家族や施設職員が救急要請を行うことが多く,その知識不足がDNARを意思表示しているCPA患者搬送の大きな要因であった.そして,消防職員は患者や家族の意思を尊重した救急処理を行いたいと考え,救急搬送の中止は医師の判断で行うことを望んでいることが示唆された.患者の意思を尊重するためにも,往診医の決定や事前指示書の作成などを含めたACPの浸透と,地域住民への教育が必要であるとともに,そのシステムの構築も急務である.

謝辞

知多中部消防本部職員,ならびに本研究に協力,助言していただいたすべての方々に,心より感謝申し上げます.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

宮林および中村は研究の構想およびデザイン,原稿の起草,研究データの収集,分析,解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2019日本緩和医療学会
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