【目的】終末期がん患者の呼吸困難に対する酸素吸入の実施頻度は高いが,臨床実態についての報告はほとんどない.今回,入院中の終末期がん患者に対する酸素吸入の実施頻度および有害事象について検討した.【方法】2016年1月から2018年6月に自施設の緩和ケア病棟を死亡退院した全例を対象とした後方視調査.入棟時すでに酸素使用していた症例は除外した.【結果】解析対象患者は257例,酸素吸入群が195例(76%).酸素吸入の死亡前の実施累積割合は7日前36%,3日前54%,1日前76%であった.有害事象は,束縛感64例(31%),せん妄症状悪化27例(14%),鼻腔・口腔出血25例(13%),乾燥5例(3%),自覚症状悪化4例(2%)であった.有害事象に伴う酸素吸入の中断は76例(39%)を認めた.【結論】死亡直前期の酸素吸入は死亡3日以内に半数で開始されていた.酸素吸入の有害事象として,束縛感やせん妄症状悪化を認める可能性がある.
終末期がん患者において呼吸困難は発生頻度が高く,強い苦痛を生じる症状である1,2).呼吸困難に対する治療はオピオイド投与が中心であるが,酸素吸入が併用されることも多い.酸素吸入の有効性に関する先行研究では,空気吸入との比較において低酸素血症を認める場合には,一定の症状緩和効果が確認されている3,4).しかし,低酸素血症を認めない場合には,効果が乏しいと報告されている5〜8).死亡直前期の患者(Chronic Obstructive Pulmonary Disease: COPD,心不全,がん)を対象とした酸素吸入の有効性に関する先行研究では,低酸素血症や苦痛を認めた患者を除いて,一律の酸素投与は推奨されないと結論している9).また,European society for medical oncology(ESMO)の進行がん患者の呼吸困難治療ガイドライン10)および日本緩和医療学会の「がん患者の呼吸器症状緩和に関するガイドライン」11)でも低酸素血症以外の呼吸困難感に対する酸素投与を推奨していない.
このように,死亡直前期のがん患者に対する酸素吸入の有効性は確立していないが,臨床現場では入院中の死亡直前期のがん患者に対して,酸素吸入が実施されることが多い.一方で,酸素吸入に伴う有害事象についての報告は乏しく,治療抵抗性の呼吸困難を有する患者への酸素吸入の有効性に関する無作為化試験において,研究期間内の有害事象に関して具体的な報告が存在するのみである7).その他の先行研究では,短時間の介入試験期間中に有害事象の発生がなかったと報告されている8,9,12).
死亡直前期のがん患者では,オピオイドや抗コリン薬の使用,経口摂取量の低下による唾液分泌量の減少や口腔内乾燥,終末期せん妄による意識障害や焦燥感など酸素吸入実施に伴う有害事象が発生しやすい状況となっている.しかし,これまで酸素吸入開始から死亡まで継続的に有害事象の発生を検討した報告はなく,死亡直前期のがん患者の呼吸困難に対する酸素吸入について,有害事象を明らかにしたうえで,使用方法を標準化していく必要がある.
本研究の目的は,死亡直前期のがん患者に対する酸素吸入の使用実態や発生する可能性がある有害事象について明らかにすることである.
2016年1月から2018年6月に小牧市民病院緩和ケア病棟を死亡退院した全がん患者.緩和ケア病棟入院時すでに酸素吸入を実施している患者は除外した.
研究デザイン単施設での診療記録による後方視研究.
評価方法1)死亡14日前から死亡日までに酸素吸入を開始した患者の累積頻度
2)酸素吸入を実施した症例での有害事象(束縛感,自覚的な乾燥症状の悪化,鼻・口腔出血,酸素吸入器具装着が誘因となった過活動型せん妄の焦燥症状の悪化,皮膚損傷,その他)頻度,中断理由
3)酸素吸入を実施した症例での開始前,開始後1時間以内での経皮的動脈血酸素飽和度(SPO2値)の変化,主観的および客観的症状の変化(Verbal Rating Scale:「全く苦しくない」, 「少し苦しい」, 「苦しい」, 「とても苦しい」の4段階評価,Support Team Assessment Schedule日本語版:STAS-J:0-4)13)
その他以下の項目を研究者が診療記録より抽出した.
1)入院時,死亡7日前,3日前,1日前および酸素吸入開始時
年齢,性別,喫煙歴,原発,転移部位(肺転移,脳転移),全身合併症(慢性閉塞性肺疾患,間質性肺炎,慢性心不全),呼吸困難主観的評価およびSTAS-J, Eastern Cooperative Oncology Group Performance Status(ECOG PS),Palliative Performance Scale(PPS),せん妄(The Confusion Assessment Method:CAMにて緩和ケア医が診断),浮腫,気道分泌(Backスコア1以上)14),胸水,腹水,バイタルサイン(脈拍,呼吸数,酸素飽和度,体温),意識レベル,酸素投与の有無および使用量・投与方法,24時間以内の併存治療(オピオイド量,抗精神病薬,抗コリン薬,抗菌薬),24時間以内の1日平均輸液量,1日平均経口摂取量(数口以下,半分程度,全量),酸素使用量・投与方法(カヌラ,マスク),酸素吸入決定者(患者,家族,医療者),酸素吸入開始から死亡までの期間,持続鎮静,鎮静理由
2)酸素吸入開始前と1時間後評価
呼吸困難主観的評価およびSTAS-J, vital signs(脈拍,呼吸数,経皮的酸素飽和度,体温)
評価項目の定義・束縛感:診療記録にて,酸素吸入器具の装着後に,患者自身が器具の装着に関して「つながれている」「しばられている」「動けなくなってしまった」というような訴えの記載があり,酸素吸入の一時的な中断を必要とした場合を「束縛感あり」とした.
・自覚的な乾燥症状の悪化:診療記録にて患者自身が酸素吸入開始後に口腔内乾燥を訴えて酸素吸入の中断を必要とした場合を乾燥ありとした(口腔内観察および清潔・保湿ケアは1日3回看護師が実施).
・酸素吸入器具装着が誘因となった過活動型せん妄の焦燥症状の悪化:診療記録にて,せん妄を認めている患者が,酸素吸入器具の装着を契機として焦燥症状が悪化した場合に「悪化あり」とした(例:酸素マスクやカニュラを装着後,意識障害で酸素吸入の必要性が判断できない状況で,頻回に酸素吸入器具を外したり,易怒性が高まった記載がある場合).
・せん妄による酸素吸入の中断:診療記録にて,過活動型せん妄により酸素吸入器具の装着が維持困難と判断され中断した記載がある場合に,「中断あり」とした.
・酸素吸入開始決定者:[患者]患者が希望した場合,[家族]患者は意思決定できず,家族が希望した場合,[医療者]患者や家族の意思決定がなくても,医療者が決定した場合として診療記録より判断した.
統計解析2群間の平均値の比較は,t検定またはMann-Whitney U検定で実施した.2群間の頻度の比較は,Fisher’s exact testで検定し,P<0.05を統計学的有意差ありとした.統計解析ソフトウェアにはEZR(Easy R)を使用した.EZRはRおよびRコマンダーの機能を拡張した統計ソフトウェアであり.自治医科大学附属さいたま医療センターのホームページで無償配布されている15).
倫理的配慮本研究はヘルシンキ宣言と現行の倫理規定を順守し,施設の臨床研究倫理審査委員会の承認を得ている(小牧市民病院臨床研究倫理審査委員会承認番号181020).
解析対象は257例,緩和ケア病棟入院後に酸素吸入が開始された症例(O2+)が195例(76%),死亡まで酸素吸入を実施しなかった症例(O2−)が62例(24%)であった(図1).患者背景は酸素吸入群で平均年齢が高くなっていた(表1).酸素吸入実施について死亡前14日間の累積頻度は14日前19%,7日前36%,3日前54%,1日前76%であった(図2).酸素吸入開始時に呼吸不全を認めた症例は195例中161例(83%)で,主観的評価(VRS4段階評価)可能な89例中39例で症状改善(1段階以上)を認めた.また酸素吸入群195例中85例(44%)は主観的な呼吸困難評価が困難で,76例(39%)は客観的評価(STAS-J)も困難であった.酸素吸入開始前後の変化として,平均脈拍数は吸入前99.3±17.7/分;後99.1±16.9/分(P=0.901),平均呼吸回数は吸入前16.5±5.7/分;後16.9±6.5/分(P=0.18),平均SPO2値は吸入前83.9±5.9;後92.6±3.6%(P<0.001)であった.酸素吸入群の治療背景として,最大酸素使用量中央値は3 l/分で,患者や家族の意思表示がなく医療者が開始を決定した症例が130例(67%)であった(表2).吸入の主な有害事象は,束縛感64例(31%),過活動型せん妄の焦燥症状の悪化27例(14%),鼻腔・口腔出血25例(13%),自覚的な乾燥症状の悪化5例(3%),呼吸困難感の悪化4例(2%)であった(表3).有害事象に伴う酸素吸入の一時的な中断は76例(39%),一時的な中断後に死亡まで酸素吸入を再開しなかった症例を5例(3%)認めた.また,せん妄による酸素吸入拒否38例中7例(18%)で抗精神病薬が使用された.
死亡当日を0日として日として14日前までの酸素吸入累積実施割合を実施患者÷対象患者x100(%)で算出した.
本研究は,死亡直前期のがん患者に対する酸素吸入の実施頻度および有害事象発生頻度を明らかにした初めての報告である.
最初に,死亡直前期の酸素吸入実施頻度について,半数が死亡前3日以内に開始となり,開始時に8割の患者で呼吸不全を認めたが,2割は呼吸不全の有無にかかわらず酸素吸入が実施されていることが明らかとなった.これは,各ガイドラインの酸素吸入に関する推奨と実際の臨床が乖離している部分があることを示唆している.
次に,酸素吸入の開始時には,4割が主観的および客観的呼吸困難評価も困難な状態で,吸入開始の判断の6割以上を医療者が単独で行っており,酸素吸入開始の判断は呼吸不全の発症が契機となっていることが予想される.在宅酸素療法の実施に関する先行研究では,介護者がいる患者と比較して介護者がいない患者で酸素処方率が低かったと報告されており16),患者の症状以外にも周囲の状況によって酸素吸入の実施率が変化することが示唆されている.Karnofsky performance status 40-50で平均30日以内の生存期間であるがん患者を対象とした観察研究では,呼吸困難強度は呼吸不全の存在とは関連しなかったとする報告もあるが17),実際の臨床現場では,呼吸不全の出現を契機として,患者や家族の意向にかかわらず,医療者は酸素吸入の適応と判断して,積極的に実施している可能性がある.
さらに,本研究で死亡直前期の酸素吸入の有害事象として酸素吸入器具の装着による不快感としての束縛感や酸素吸入器具装着を誘因とした過活動型せん妄の焦燥症状の悪化の出現を高頻度に認めた.有害事象に関する先行研究には,呼吸不全のない呼吸困難を伴う慢性疾患患者(COPD 64%,がん16%)を対象として,酸素吸入と空気吸入の安静時呼吸困難の症状緩和効果を7日間で比較した無作為化比較試験がある7).この研究では,酸素吸入群の有害事象として眠気12%,鼻不快感18%,鼻出血76%,不安27%を認めたと報告されている.また心不全,COPD, がん患者を対象とした系統的レビューでは,酸素吸入に伴う問題として束縛感,外出制限,コミュニケーション障害,精神的依存,火災,酸素離脱困難,加湿必要性,コストの問題が述べられている18).本研究は,単施設での診療記録に基づく後方視的研究であり,患者自身の主観的な訴えや行動に関する観察記録での評価は患者の感じている苦痛を過少評価したり,過活動型せん妄の焦燥症状を過大評価している可能性があり,そのまま一般化するべきではない.しかしこれまで死亡直前期の酸素吸入による有害事象を評価した先行研究は乏しいため,今後前向き観察研究を実施する際の評価項目を決定する指標となりうる.一方で客観的な評価項目である出血は先行研究よりも発生頻度が低くなっていた(本研究13%,先行研究76%7)).本研究と同じようなPPS30以下の終末期がん患者を対象とした先行研究では,鼻出血は報告されておらず9).本研究では,7日間吸入を実施した先行研究と比較して酸素吸入期間が短かったことが影響している可能性が考えられた.また,酸素吸入開始後の不快感による一時的な中断を39%の患者で認めた.患者や家族の意向でなく,呼吸不全の出現を契機に医療者の決定により開始されることが多い酸素吸入自体が患者のQuality of Life(QOL)を下げる要因となりうることは,治療開始を判断するうえで重要である.今後,死亡直前期の酸素吸入について医療者がどのような理由で実施判断を行っているのか確認する質的研究や,有害事象発生頻度を一般化するための多施設前向き観察研究が必要である.
本研究の限界本研究の限界として,一つ目に単施設の後ろ向き観察研究であり,発生する可能性がある有害事象の探索を目的としており,発生頻度の一般化はできない.二つ目に緩和ケア病棟入棟時に酸素吸入を実施していた患者は対象から除外しており,長期的に酸素吸入を実施していた場合の有害事象頻度は評価できていない.しかし死亡直前期の酸素吸入による有害事象を探索して今後の前向き観察研究における評価項目を決定する指針とするためには適切であったと考える.
死亡直前期のがん患者の酸素吸入は,束縛感や酸素吸入器具装着を誘因とする過活動型せん妄の焦燥症状悪化などQOLを低下させる有害事象が存在する可能性がある.
著者の開示すべき利益相反なし
渡邊および佐藤は研究の構想およびデザイン,原稿の起草,研究データの収集,分析,研究データの解釈に貢献: 山本,谷口は研究データの収集,分析に貢献: 小田切,浅井は原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.