Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
原因不明の腹痛に対してオピオイド鎮痛薬を使用していた乳がん患者において,オピオイド誘発性オッジ括約筋機能不全に伴う急性胆管炎を発症した1症例
熊倉 康友中嶌 絵美秋田 一樹中嶋 君枝石黒 浩毅飯嶋 哲也
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2020 年 15 巻 1 号 p. 29-33

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Abstract

【緒言】オピオイド誘発性オッジ括約筋機能不全の存在は知られているが,それに伴う急性胆管炎の報告はこれまでにない.今回,上記を強く疑う症例を経験したので報告する.【症例】75歳女性,乳がん術後の原因不明の下腹部痛に対してオキシコドン内服継続されていたが,誘因なく上腹部痛が出現.急性胆管炎として加療された.内視鏡的逆行性胆管膵管造影検査・胆道シンチグラフィーにてオッジ括約筋機能不全を強く疑う所見であり,内視鏡的十二指腸乳頭切開術を施行し症状改善が得られた.【考察】胆囊摘出後の患者におけるオピオイドによる胆道内圧上昇や胆汁うっ滞はさまざまな研究で示されているが,急性膵炎や急性胆管炎に対する影響については不明である.稀ではあるが,オピオイド使用中の胆管炎の原因としてオピオイド誘発性オッジ括約筋機能不全も常に念頭に置く必要があると考える.

緒言

近年,オピオイド鎮痛薬はがん性・非がん性疼痛において幅広く用いられている.オピオイドの副作用として,悪心嘔吐・便秘・眠気といった主要な副作用はよく知られているが,搔痒感,尿閉,性腺機能低下など比較的稀な副作用については見落とされることも多い.オピオイドによる十二指腸乳頭部のオッジ括約筋の収縮作用については各オピオイド鎮痛薬の添付文書上でも注意喚起されているが,胆囊摘出されていない患者におけるオピオイド誘発性のオッジ括約筋機能不全に伴う急性胆管胆囊炎・急性膵炎の報告はこれまでにない.今回,原因不明の下腹部痛に対するオキシコドン使用によるオッジ括約筋機能不全・急性胆管炎を疑う一症例について報告する.

症例提示

75歳女性.67歳時に左腋窩リンパ節腫大を指摘,精査にて乳がん・腋窩リンパ節転移と診断,左胸筋温存乳房切除・左腋窩リンパ節廓清術を施行された.術後病理学的検査にてductal carcinomaと確定診断され,術後補助化学療法としてドキソルビシン・シクロフォスファミドを4コース,パクリタキセルを12コース行ったのちに左胸部・腋窩部への放射線照射を施行した.その後トラスツズマブによる追加化学療法を約一年施行し,明らかな再発所見は認められず継続を検討していたが,胸部不快の訴えが強く本人希望にて治療中止となった.経過中,尿管結石による下腹部痛がみられ,結石破砕術も施行された.

その後も下腹部・左側腹部・右背部の痛みが時折出現,ロキソプロフェンやジクロフェナク坐剤の効果は乏しかった.腎結石はみられるも移動する所見もなく,疼痛の原因は不明であった.患者の強い訴えもあり,疼痛時オキシコドン速放製剤内服を開始された.オキシコドンは15~20 mg/日程度使用する状態であった.疼痛軽減は得られていたものの発作的な下腹部痛は持続し,その後もオキシコドンは継続することとなった.各種画像検査では腎結石以外の所見は認められず,画像的に明らかな所見はないものの中枢神経再発転移を疑い,化学療法を再開(トラスツズマブ・カペシタビン)となった.その後もオキシコドンは20~30 mg/日程度使用していたが徐々に下腹部痛は増悪し,徐々にオキシコドンの使用量は増えていく状態であった.

下腹部痛に対しては他院ペインクリニック外来を受診し,腹直筋由来の筋膜性疼痛症候群の慢性疼痛化と診断された.運動療法を主体にオキシコドンの漸減・中止を目指したものの,疼痛管理は困難であり,オキシコドンを中止することはできず他院外来受診も自主的に休止された.

当院ペインクリニックでも,末梢神経ブロックやモルヒネへのオピオイドスイッチ,漢方薬投与など各種治療を行うも効果乏しく,オピオイド鎮痛薬は中止することが困難であった.

乳がん診断時より11年後,オピオイド開始より8年後,オキシコドンは症状発症前1年前ごろより漸増し,オキシコドン徐放製剤を40 mg/日,オキシコドン速報製剤5 mgを10回/日程度服用していた.発症1カ月前より右背部痛・右季肋部痛を認めていたが,外来受診時に38.0℃の発熱あり,腹部CT検査にて総胆管・膵管の拡張,血液生化学検査では炎症反応高値かつ肝胆道系酵素・肝逸脱酵素の上昇を認め(図1),急性胆管炎として抗菌薬(スルバクタム/セフォペラゾン)による保存的加療を行った.

内視鏡的逆行性胆管膵管造影検査では,胆管~十二指腸乳頭部に腫瘤性病変を認めず,胆管内へのカテーテル挿入困難もあり,オッジ括約筋機能不全を強く疑う所見であった(図2).そのため,入院後第6・9病日に内視鏡的十二指腸乳頭切開術を施行.右背部・右季肋部の疼痛は改善あり,血液生化学検査所見も改善を認めた(図1).しかしながら下腹部痛は残存するためオキシコドンは減量困難でありオキシコドン徐放製剤40 mg/日,オキシコドン速放製剤は徐々に増加し,5 mgを10回/日程度服用していた.

処置後8カ月経過したところで再度発熱・右背部・右季肋部痛が出現.血液生化学検査では軽度の炎症反応上昇のみで肝逸脱酵素の上昇は認めず,画像検査でも胆道系の拡張は目立たなかったが,胆道シンチグラフィーでは軽度の胆管拡張・胆汁排泄遅延が認められた(図3).その後追加で内視鏡的十二指腸乳頭切開術を施行され,疼痛の改善が得られたため退院となった.

図1 経過表
図2 内視鏡的逆行性胆管膵管造影
図3 胆道シンチグラフィー

考察

胆囊摘出を行っていない患者でのオピオイド誘発性オッジ括約筋機能不全に伴う急性胆管炎の報告は筆者らが調べうる限りにおいてこれまでに存在せず,本報告が最初の報告である.器質的には胆管炎を引き起こす病変を認めず,先天的な構造的異常もみられなかったため,オピオイド誘発性のオッジ括約筋機能不全とそれに伴う急性胆管炎が強く疑われた.

オッジ括約筋機能不全は胆汁・膵液流出障害により,胆管炎や膵炎をきたす疾患であり,乳頭狭窄と乳頭括約筋型ジスキネジーに分類される.このうち,後者はオッジ括約筋の間歇的な攣縮による機能異常と考えられている.診断には内視鏡的十二指腸乳頭括約筋内圧測定(sphincter of Oddi manometry)や胆道シンチグラフィーが有用とされる.臨床的診断基準の一つにRome IV分類1)があり,胆囊機能不全(Functional gallbladder disorder),胆管括約筋機能不全(Functional biliary sphincter disorder),膵管括約筋機能不全(Functional pancreatic sphincter disorder)の三つのサブタイプが存在する.このうち胆管括約筋機能不全では,胆管痛(biliary pain)が存在し,かつ胆道結石や他の構造的奇形がなく,肝酵素の上昇や胆道拡張がみられるものとされる.本症例では胆管痛を示唆する繰り返す心窩部痛や救急外来受診歴が存在し,画像所見上胆道結石や奇形などは認めず,胆道シンチグラフィーにて胆管拡張・胆汁排泄遅延を認めたため,オッジ括約筋機能不全に伴う胆管括約筋機能不全と診断された.

オッジ括約筋機能不全の分類にMilwaukee分類がある.これは①腹痛に関連した肝機能障害(肝逸脱酵素の上限の2倍以上が2回以上存在),②総胆管径の拡張(腹部超音波で≥10 mm,内視鏡的胆管造影にて≥12 mm),③胆管造影検査で45分を超える排泄遅延,の三つのうち,すべてを満たすものをtype 1,一つ~二つを満たすものをtype 2,すべて満たさないものをtype 3としている.オッジ括約筋機能不全に対する治療としては,薬物による保存的治療と内視鏡的処置を含む外科的治療に大別される.薬物療法としてはカルシウムチャネル拮抗薬や硝酸薬などの平滑筋弛緩作用を有する薬剤を用いるが,奏効率は50%程度であり,長期間の管理は不十分であることが多い.オッジ括約筋の狭窄を伴うと考えられるMilwaukee分類type 1と2に対しては内視鏡的十二指腸乳頭切開術が推奨されている2).本症例は①,②の基準を満たし,③は測定されていないためtype1ないし2と考えられ,内視鏡的十二指腸乳頭切開術が施行され改善が得られた.

オピオイド鎮痛薬によるオッジ括約筋への影響について,Coelhoら3)は動物実験にて,胆囊の存在下ではモルヒネ・ペンタゾシン・メペリジンによる胆管内圧の有意な変化は生じず,胆囊摘出後でモルヒネ・ペンタゾシン・メペリジンいずれも胆管内圧の有意な上昇があることを示した.またJoehlら4)は健常人においてHepatoiminodiacetic acid (HIDA) スキャンを用いて,モルヒネ・メペリジン・ブトルファノール・ナルブフィンの投与により胆汁排泄が停滞することを示した.この点から,オピオイド鎮痛薬投与により胆汁排泄能が低下し,胆囊摘出後では胆管内圧の上昇も起こす可能性がある.

しかしながら,オッジ括約筋の活動を直接的に調べるマノメトリー法では,オピオイド投与による乳頭部基礎圧の上昇はみられず,相性の収縮頻度は増加する報告が多く,またモルヒネ・メペリジン双方で収縮頻度の増加がみられている5,6)

Goffら7)は,オッジ括約筋の収縮について,乳頭部では筋収縮・弛緩により蠕動運動が生じ,胆汁や膵液の排出に寄与している可能性に言及し,括約筋が弛緩する際に胆汁が流入し,オピオイドによる収縮頻度の増加により胆汁流入を阻害,結果として胆管内圧が上昇するという仮説を提唱している.オピオイド間でのオッジ括約筋への影響については,Wuら8)はモルヒネ・ペチジン・トラマドール使用群でのマノメトリー法による比較試験を行い,乳頭部基礎圧・収縮頻度はモルヒネで有意に上昇するがペチジン・トラマドールでは上昇しないことを示している.以上からオピオイドの種類により胆管・膵管圧の変化に違いが生じ,オピオイドスイッチングによる症状改善が起こる可能性はある.しかし現時点では各オピオイドによる急性胆管炎・急性膵炎の臨床的アウトカムの変化や,正常時と急性胆管炎・急性膵炎発症時におけるオッジ括約筋機能の変化についてはわかっていない9)

本症例では胆囊摘出がなされておらず,胆汁排泄能の低下・胆管内圧の上昇は不明だが,臨床経過からオキシコドンによるオッジ括約筋機能不全が急性胆管炎・急性胆囊炎に関与していた可能性は高いと考えられた.

がん・非がんにかかわらず,難治性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬の使用は患者に多大な利益をもたらすものであり,本報告をもって使用を制限すべきではないと考える.しかしながら,オピオイド鎮痛薬を使用している際に原因不明の季肋部痛・上腹部痛,急性胆囊胆管炎・膵炎を認める場合にオピオイド誘発性オッジ括約筋機能不全を疑い,内視鏡的処置やオピオイドの減量・変更などを検討する価値はあると考える.

結語

乳がん治療後の患者の持続する疼痛に対し,オピオイドを長期使用し,オピオイドの副作用と考えられるオッジ括約筋機能不全による急性胆管炎を経験した.胆囊摘出後の患者ではなくとも,オピオイド使用中の稀な副作用としてオッジ括約筋機能不全による急性胆管・胆囊炎,急性膵炎にも十分に留意すべきである.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

熊倉,中嶌,飯嶋は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;秋田,中嶋,石黒は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,研究の説明責任に同意した.

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© 2020日本緩和医療学会
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