Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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活動報告
ディグニティ個別音楽療法プログラム「あなたの大切なメロディー」の開発
坂下 美彦長島 律子藤里 正視
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2020 年 15 巻 2 号 p. 111-116

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Abstract

【緒言】スピリチュアルケアは緩和ケアの課題の一つであるが,構造化された介入法は限られている.スピリチュアルケアのためにディグニティセラピー(DT)の要素を取り入れたディグニティ個別音楽療法プログラム(DMT)を独自に開発したので報告する.【プログラム】DTの経験などをもとに,音楽療法士を含めた研究グループで開発した.【手順】最初に「あなたが人生で最も生き生きとしていたのはいつごろですか? そのころを思い出させてくれる曲は何かありますか?」などの質問をもとに患者が大切な曲を選ぶ.次にその曲を病室で音楽療法士が電子ピアノ演奏する(個別音楽会).演奏後に患者が思いや人生のエピソードなどを自由に語れるように促す.【考察】DMTを実施した患者からは大変好評を得ている.構造化されたプログラムであるため,いろいろな所で実施できる可能性がある.スピリチュアルケアとしての有用性および実施可能性を調査予定である.

緒言

がん終末期に「希望のなさ」や「生きる意味の喪失」などの苦痛を体験する患者は少なくない1).このような「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」はスピリチュアルペインと定義されている2).スピリチュアルペインは希死念慮3)や鎮静適用の検討4)につながるなど終末期のquality of life(QOL)に大きく影響するため,緩和ケアではスピリチュアルペインに対するケアや介入(スピリチュアルケア)が課題の一つである.

スピリチュアルケアに有用な構造化された介入法として,ディグニティセラピー(Dignity therapy: DT)5)が知られている.DTは人生で大切と思う事柄などについて質問リストに従いながらインタビューと録音を行い,それを逐語化編集後に大切な人への手紙として遺す介入法である.DTは海外の研究6)でspiritual well-beingを向上させるなどの有効性や患者と家族の高い満足度が得らえている.しかし,国内の研究7)ではDTへの参加を拒む患者が多かった(86%)ことから,DTは死を意識させるなどの点で日本の文化に向いていない可能性が考察されている.

一方,スピリチュアルケアを目的として終末期に音楽療法が行われることがある8).音楽療法の緩和ケアにおける有用性はほとんど明らかにされていないが9,10),国内の調査11)において音楽療法は緩和ケア施設で広く実施され,その目的の一つはスピリチュアルケアであった.しかし,音楽療法はライフレビューを促す効果などが示唆されている12)ものの,スピリチュアルケアとしての学術的研究はほとんど行われていない.

われわれは患者が参加しやすいスピリチュアルケアの介入法を開発するために,DTの要素を取り入れた音楽療法プログラムを開発した.このプログラムについて症例を挙げて報告する.

プログラム

プログラム開発の方法

本プログラムはDTの経験などをもとに,音楽療法士,緩和医療専門医,認定看護師を含む研究グループにおいて緩和ケア病棟などでの実施を想定して開発された.

DTの要素を個別音楽療法に組み込むようにしてプログラムを検討した.具体的には,DTの質問リストに似た選曲のための質問リストを作成した.この質問の内容はDTの背景にあるチョチノフの尊厳を守るケア(ディグニティモデル)13)を参考にした.また,演奏の後に患者の語りを促すための問いかけも,ディグニティモデルおよびDTのインタビューテクニックを取り入れた.

DTおよびディグニティモデルに関してはチョチノフの文献5,13,14)やディグニティセラピーワークショップ(一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会)への参加などにて学んだ.

本プログラムの名称をディグニティ個別音楽療法(Dignity individual Music Therapy: DMT)とし,患者へ紹介する際の名称を「あなたの大切なメロディー」とした.

DMTプログラムの手順

1.患者への導入

「あなたの大切なメロディー」紹介用紙を患者に渡してプログラムを紹介する.その際に紹介用紙に載せた選曲のための質問(表1)を読み,患者に大切な曲を考えてもらう.

2.大切な曲の選曲

患者に大切な曲を挙げてもらう(3曲以内).その曲を選んだ理由についても簡単に伺う.

3.個別音楽会(図1

後日,病室(個室)において個別音楽会を開催する.患者(および家族)・音楽療法士・進行役(医師あるいは看護師)が参加する.

1)進行役が患者の大切な曲とその理由を参加者に紹介し,印刷した歌詞(図2)を参加者に配布する.

2)音楽療法士が曲を電子ピアノで演奏し,患者に合わせてみんなで歌詞を口ずさむ.

3)演奏後,患者に曲にまつわる思いや人生のエピソードを自由に語ってもらう.患者が自分自身の内面を語れるよう支持的対応(傾聴,共感,支持,肯定など)をこころがける.さらに患者の語りを促すために,適宜進行役が患者に「問いかけ」を行う.

4)上記1~3)を曲ごとに繰り返す(3曲程度とし,30分程度で終了).

演奏後の「問いかけ」例

1.今,どんなお気持ちでしょうか?

2.曲を聴いて,何か思い出されたエピソードや浮かんだ光景はありますか? どんな光景でしょうか? いつ,どこで,誰が一緒に居ますか?

3.あなたが人生で最も生き生きしていたのはいつごろでしょうか?

4.曲の中でとくに好きな歌詞やフレーズはありますか? なぜそこが好きなのでしょうか?

5.あなたが人生で大切だと思うことは何でしょうか?

6.あなたが人生で誇りに思うことは何かありますか?

7.ご家族や友人に伝えたいメッセージは何かありますか?

表1 選曲のための質問
図1 個別音楽会の様子

病室において患者(家族),音楽療法士,進行役(医師あるいは看護師)が参加.音楽療法士が患者の大切な曲を電子ピアノで演奏し,参加者が一緒に口ずさむ.

図2 個別音楽会で使用する歌詞

患者の大切な曲の歌詞をA4紙に印刷し参加者に配布する.

(「糸」 作詞・作曲:中島みゆきⒸ1992 by Yamaha Music Entertainment Holdings, Inc. All Rights Reserved. International Copy right Secured.)

症例1

66歳,女性,大腸がん.消化管閉塞にてIVH管理および経鼻胃管によるドレナージがされていてPerformance Status(PS)は 3であった.患者はキャリアウーマンで生涯独身だった.身内は皆他界しているため,面会に来るのは親しい友人のみであった.

選曲は「トップオブザワールド」(カーペンターズ)と「愛はきらめきの中に」(ビージーズ)であった.「トップオブザワールド」は患者が昔海外に赴任し働いていたころによく聴いていた曲であり,「愛はきらめきの中に」はよく通ったディスコで流れていた曲であった.

音楽会では電子ピアノの演奏に合わせて患者は涙を流しながら一緒に歌詞を口ずさんだ.演奏後に仕事で活躍されていたころの思い出を生き生きと語られ,「これらの曲は,私の青春そのものでした」と話された.

終了後,患者からは「何もできないこんな体になってしまった自分にとって,音楽会は本当にすばらしい時間でした.一瞬ですが若かったあのころに戻れたような気がします」と感謝された.患者は約3週後に逝去した.

症例2

57歳,女性,乳がん.痛みは塩酸モルヒネ持続皮下注射でコントロールされていたが,胸部に広範囲の自壊創があり,臭気や出血などのケアを必要とした.PSは 4であった.

選曲は「糸」(中島みゆき)と「時の流れに身をまかせ」(テレサテン)であった.音楽会では電子ピアノの演奏に合わせて患者は「糸」を口ずさんだ.目からは涙が流れていた.「糸」で最も好きなフレーズは「縦の糸はあなた 横の糸は私」15)と話された.「私は九州で一人暮らしをしていたけれど,病気になってそれが難しくなった.そうしたら独身の息子が自分と一緒に暮らそうと言ってくれた.以前息子とは複雑な関係だったけれど,こんな状態の自分を受け入れてくれた息子の優しさに今とても感謝している.これからも息子との関係を大切にしたい」と話された.また,患者は看護師として働きながら1人で2人の息子さんを育てたこと,認知症のご両親の介護をして最期まで看取られたことなどを語られた.

約2週後の逝去時に患者が語った息子さんへの思いを息子さんに伝えた.

症例3 

71歳,女性,子宮がん.髄膜播種が原因と考えられる四肢麻痺があり,PSは 4であった.認知機能障害は明らかではなかった.

選曲は「世界に一つだけの花」(SMAP)と「川の流れのように」(美空ひばり)であった.

音楽会で患者は涙を流しながら曲を一緒に口ずさんだ.「世界に一つだけの花」で一番好きなところは「No.1にならなくていい もともと特別なonly one」16)だと話された.患者は「私はこんな病気になってしまって今は手足も動かせなくなってしまったけれど悔しくはない.他人と比べてもしかたがないと思う」と語られた.また,「私には小学生の孫が1人いて,将来プロ棋士になろうと今一生懸命がんばっている.がんばって欲しいけど,でも一番にならなくてもいいと思う」とお孫さんへのメッセージを語られた.さらに,「川の流れのように」では人生のいくつかのエピソードを生き生きと語られた.

患者と娘さんは音楽会をとても喜ばれ,音楽会で渡した「世界に一つだけの花」の歌詞をベッドサイドに最期まで大切に飾られていた.約3週後の逝去時に娘さんは歌詞を大切にしますと話された.

考察

本報告はわれわれの知る限り,スピリチュアルケアを目的として構造化された音楽療法プログラムの最初の報告である.

本プログラムの一番の特徴は「選曲のための質問」や「問いかけ」を音楽療法に組み込んだ点にある.各症例において患者の思いやライフレビューが引き出されたのは,これらによる効果があったものと思われる.また,これらの質問や問いかけはディグニティモデルを参考としているため,チョチノフによると,それらを行うこと自体が患者の尊厳を守るケアにつながる可能性がある13)

次に重要な点は,本プログラムはDTとは違い,音楽(曲)による介入を主としていることである.音楽の効果は十分明らかにはされていないが,言語化できない思いや感情もメロディーや歌詞を通して表現されたり,参加者が共有できる可能性がある.

さらに注目すべきは,DTでは手紙を遺すこと(世代継承性)が大きな特徴であるが,本プログラムではそれがない点である.国内の研究7)で,DTの手紙として遺すことが死を意識させることにつながった可能性および日本人における望ましい死17)の中で世代継承性の概念はあまり強くないことなどを考えると,本プログラムは患者に受け入れられやすい可能性がある.

本プログラムは構造化されたシンプルな介入法であり,いろいろな場所で実施できる可能性がある.しかし,患者や家族からは大変好評を得ているが,スピリチュアルケアとしての有効性は不明である.また,このような介入を好まない患者や実施不可能な患者は存在すると思われる.さらに,音楽療法士や医療者の技量や患者との関係性などもその効果や実施可能性に影響を与える可能性も否定できない.

結論

スピリチュアルケアを目的に構造化された個別音楽療法プログラムを開発した.本プログラムは患者や家族からは大変好評を得ている.今後,本プログラムのスピリチュアルケアとしての有用性および実施可能性について調査を予定している.

研究資金

本プログラムの開発はNPO医療福祉ネットワーク千葉の助成を受けている.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

坂下は研究の構想,データの収集,分析,解釈,原稿の起草に貢献;長島は研究の構想,データの収集分析,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;藤里は研究の構想,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2020日本緩和医療学会
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