Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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原著
高齢者施設における宗教的な関わりの臨床的意義と課題─特別養護老人ホームの介護職員への調査を通して─
河村 諒中里 和弘
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電子付録

2020 年 15 巻 3 号 p. 175-183

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Abstract

【目的】介護職員の視点から,高齢者施設の宗教的な関わりの要素および宗教的な関わりが利用者,施設職員,利用者家族に及ぼす影響を整理し,宗教的な関わりの臨床的意義と課題を探索的に検討することを目的とした.【方法】特別養護老人ホームの介護職員12名を対象に質問紙調査および半構造化面接を行った.【結果】利用者では「非日常性」等の8つの要素が「日常場面におけるポジティブな精神的変化」等の5つの影響を,介護職員では「宗教の意識化」等の2つの要素が「自身の宗教観の変化」等の2つの影響を,利用者家族では「利用者を見送る行為の具現化」の要素が「利用者家族の精神的ケアの場」の影響をもたらすと考えられた.【結論】宗教的な関わりが利用者だけでなく施設職員や利用者家族にも有益である可能性が示唆された.

緒言

日本の介護保険制度では,高齢者施設での重度化対応加算および看取り介護加算の追加,ターミナルケア加算が認められ,今後さらに終末期ケアへの対応が求められるといえる.実際,死亡場所では2006年は介護老人保健施設が死亡者数全体の0.8%,老人ホームが2.3%であったのに対して,2016年ではそれぞれ2.3%,6.9%と増加傾向にある1)

終末期ケアでは身体的・心理的・社会的苦痛とともにスピリチュアルペインの緩和が求められる.スピリチュアルペインとは「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」であり,人間が死の接近により,他者との関係や自立と生産性を失うことで生じる2).高齢者施設の利用者のスピリチュアルペインの特徴は,施設入所による身内・知人との関係性の弱体化・断絶といった「関係存在の喪失」3),自身の人生や生活に関する「意味の喪失」,自身の存在価値への懐疑といった「実存的空虚感」4)等が挙げられている.

高齢者施設のスピリチュアルケアの実践は,利用者の心理的安定や生の充実といったQuality of Life(QOL)の向上の効果が報告されており5),宗教的な関わりが利用者のスピリチュアルペインの緩和に寄与する可能性が指摘されている4).宗教的な関わりの実践としては,利用者が宗教家(神父や僧侶)と交流する6),信仰する宗教の伝統行事に参加する7),部屋に仏壇を飾る8),仏壇で祈りをささげて故人との交流をはかる9),聖堂等の祈りの空間の提供10)等が報告されている.これらの宗教的な関わりの内容とその実施割合等は高齢者施設の経営母体が宗教法人かどうかで異なる可能性が考えられるものの,宗教や宗教行事の参加等に関しては施設の宗教的な背景の有無に関係なく利用者のスピリチュアルケアに寄与する可能性が報告されている10).このように宗教的な関わりの実践内容やその効果の可能性は事例報告や質的調査を中心に論じられており,宗教的な関わりが利用者に及ぼす影響に関する研究の蓄積が求められるといえる.また宗教的な関わりの影響に関しては,施設での利用者へのケアが施設職員や利用者家族に相互に関連する3)ものであり,利用者へのスピリチュアルケアを通して職員の宗教観や自己洞察が深まる可能性が指摘されている11).ただし,宗教的な関わりを介護職員や利用者家族への影響も含めた視点から検討している先行研究は限られている.

そこで本研究では介護職員への質的調査により,高齢者施設において実践されている宗教的な関わりの要素,および利用者,施設職員,利用者家族に及ぼす影響を整理し,高齢者施設の宗教的な関わりの臨床的意義と課題を探索的に検討することを目的とした.これにより,今後,高齢者施設で宗教的な関わりが展開されていく場合の限界点を踏まえたケアのあり方を議論する際の基礎的資料を示すことができると考えられる.

なお,先行研究を踏まえて,本研究では宗教的な関わりを「宗教行動,宗教行事への参加,宗教家との交流およびこれらの実践の場としての物理的環境があること.ただし,提供者および実施者が特定の宗教への信仰や信心を持っているとは限らない」と操作的に定義した.

方法

対象および手続き

宗教法人が経営母体である特別養護老人ホーム5施設の介護職員9名,および宗教法人が経営母体ではない特別養護老人ホーム2施設の介護職員3名の合計12名(男性7名,女性5名,平均年齢34.6±11.5歳)を対象に,質問紙調査および半構造化面接を行った(平均時間29分).対象者の属性を表1に示す.調査実施期間は2016年9月~2017年1月であった.「宗教法人が経営母体である施設」は,浄土真宗本願寺派関係高齢者施設連絡協議会に参加する中部以西に位置する特別養護老人ホーム44施設のうち,機縁法によって5施設に調査依頼をした(近畿から2施設,中部,中国・四国,九州から各1施設).この5施設に対して同地域にある終末期ケアを実施しており宗教法人が経営母体ではない特別養護老人ホームの紹介を打診し,調査協力が得られた2施設を「宗教法人が経営母体ではない施設」の対象とした.調査対象者は各施設長に若手(経験年数5年以下を目安)・ベテラン(経験年数10年以上を目安)の介護職員各1名,もしくはいずれかの1名を選定してもらった.

宗教的背景の有無によって宗教的な関わりやスピリチュアルケアの実施内容や実施率に差があることがホスピス・緩和ケア病棟を対象とした調査で報告されており12),高齢者施設においても宗教的な関わりの実施内容や課題が異なることが考えられる.そのため,本研究ではまずは「宗教法人が経営母体である施設」と「宗教法人が経営母体でない施設」の両方から宗教的な関わりについての工夫点や課題点等を整理する.ただし,本研究の主眼は宗教法人が経営か否かに限らない宗教的関わりのあり方を論じることであり,宗教的な関わりの臨床的意義と課題はすべての施設の内容を合わせて総合的に検討した.

表1 調査対象者の基本属性

調査内容

対象者に質問紙を用いて,1)基本属性(性別,年齢,介護職・福祉職の経験年数,現在の施設の所属年数),2)施設で行っている利用者への宗教的な関わりを自由記述で尋ねた.その後,施設で行っている宗教的な関わりについて面接ガイド(表2)に従って半構造化面接を実施した.面接ガイドの内容は,「具体的な宗教的な関わりの内容(質問1)」「宗教的な関わりの実践に伴う工夫点・配慮点(質問2)」「宗教的な関わりの実践に伴う問題点・課題点(質問3)」「宗教的な関わりを通しての利用者および介護職員の様子や変化(質問4~質問5)」「宗教的な関わりの実践に関する考え(質問6)」であった.面接内容は録音の許可を得たうえでICレコーダーを用いて記録した.

表2 面接ガイド

倫理的配慮

調査依頼書にて,回答者への倫理的配慮に関する記載(回答は調査対象者の自由意志に基づくこと,途中で調査を辞めることが自由にできること,個人情報やデータの取り扱い等)を明記した.面接時には改めて調査目的を説明・調査協力の意思を確認したうえで,書面での同意を得た.本調査は尚絅大学・尚絅大学短期大学部の倫理委員会の承認を得て実施した.

分析方法

録音された面接データから逐語録を作成し,質問紙と逐語録から「具体的な宗教的な関わりの内容」について整理した(表3).続いて,佐藤による「質的データ分析方法」13)を用いた.具体的には発言内容からテーマに関する文章を抽出し,抽出した文章を端的に説明したコードを付け,コードおよび発言の前後の内容や文脈の意味を踏まえて各内容の類似点,相違点に基づきカテゴリー分類を行うものである.本研究ではこれに準拠して,「宗教的な関わりの実践に伴う工夫点・配慮点」「宗教的な関わりの実践に伴う問題点・課題点」「宗教的な関わりを通しての利用者および介護職員の様子や変化」「宗教的な関わりの実践に関する考え」に関連した文章を抽出し,コードを付け,カテゴリー分類を行った(付録表1~5).そして付録表1~5の発言内容から,利用者,介護職員,利用者家族への影響が推測される宗教的な関わりの要素に関連する発言内容を整理した(表4).分析過程は発言内容に立ち返りながらコードやカテゴリー間を繰り返し比較し,本研究者間の合意が得られるまで検討を行った.

表3 具体的な宗教的な関わり
表4 宗教的な関わりの要素と影響

結果

具体的な宗教的な関わり

質問紙および発言内容から,宗教法人が経営母体である施設とそうではない施設ごとに具体的な宗教的な関わりを分類した(表3).「初詣,お盆,お彼岸といった一般的な宗教行事」は宗教法人の有無にかかわらずすべての施設で実践されていた.それ以外の宗教的な関わりでは,宗教法人が経営母体である施設で「広間に仏壇を設置」が5施設に共有していたものの,その他の実施有無は施設によって異なっていた.

宗教的な関わりの実践に伴う工夫点・配慮点

宗教的な関わりの実践に伴う工夫点・配慮点を反映した発言内容は18個得られ,大カテゴリー[参加しやすいはたらきかけ][抵抗感をなくす実践内容][実践後のフォロー][日常場面での対応]に分類された(付録表1).

宗教的な関わりの実践に伴う問題点・課題点

宗教的な関わりの実践に伴う問題点・課題点を反映した発言内容は9個得られた.宗教法人が経営母体である施設では大カテゴリー[利用者の障害][職員の意識][すべての宗教への不対応]に,宗教法人が経営母体ではない施設では[利用者の意思表示][すべての宗教への不対応]に分類された(付録表2).

宗教的な関わりを通しての利用者の様子や変化

宗教的な関わりを通しての利用者の様子や変化を反映した発言内容は20個得られ,大カテゴリー[日常場面での精神的変化][故人や過去の想起][自身の死生の受け止め][職員への信頼感][宗教行動の希望]に分類された(付録表3).

宗教的な関わりを通しての介護職員の様子や変化

宗教的な関わりを通しての介護職員の様子や変化を反映した発言内容は8個得られ,大カテゴリー[介護の実践の変化][職員自身の宗教観の変化][利用者への意識の変化]に分類された(付録表4).

宗教的な関わりの実践に関する考え

宗教的な関わりの実践に関する考えを反映した発言内容は16個得られた.宗教法人が経営母体である施設では大カテゴリー[利用者面での肯定的評価][職員面での肯定的評価][利用者家族面での肯定的評価]に,宗教法人が経営母体ではない施設では[利用者面での肯定的評価][利用者面での否定的評価][施設面での否定的評価]に分類された(付録表5).

宗教的な関わりの要素と影響

付録表1~5の発言内容をもとに,介護職員の視点から捉えた利用者,介護職員,利用者家族ごとの宗教的な関わりの要素と影響を整理した.利用者では8つの要素が挙げられ,「①非日常性」「②宗教性」が日常場面におけるポジティブな精神的変化,「③故人(家族・友人)の想起」「④故人(利用者)の想起」「⑤死後の対応を見せる場」が死に関する場面でのポジティブな精神的変化,「⑥利用者の宗教観を介護職員が受容」が実存的空虚感の緩和,「⑦生活習慣としての宗教行動」が意味の喪失の緩和,「⑧利用者同士の交流」が関係存在の喪失の緩和をもたらすと考えられた.介護職員では2つの要素が挙げられ,「⑨宗教の意識化」が自身の宗教観の変化(自身の成長),「⑩利用者にとっての宗教の大切さを感じる」が利用者に対する関わり方の意識変化をもたらすと考えられた.利用者家族では1つの要素が挙げられ,「⑪家族が利用者を見送る行為の具現化」が利用者家族の精神的ケアの場をもたらすと考えられた(表4).

考察

本研究は,介護職員の視点から,宗教的関わりが利用者,介護職員,利用者家族の三者に及ぼす可能性のある要素や影響を整理した結果,整理された宗教的な関わりの要素や影響の数は,利用者の側面が介護職員や利用者家族の側面よりも多かった.宗教的な関わりの臨床的意義に関しては,利用者を核にしながら,介護職員や利用者家族の側面も含めた検討が有益であると考えられる.以下,利用者,介護職員,利用者家族ごとに宗教的な関わりの臨床的意義を論じる.

宗教的な関わりの臨床的意義

1.利用者面からみた宗教的な関わりの臨床的意義

参拝等の普段行っていない宗教行動,お盆やお彼岸といった時節柄の宗教行事,外出を伴う初詣等への参加は「①非日常性」の要素を持つといえる.介護老人福祉施設および介護老人保健施設の利用者の83.6%が四季折々の行事を楽しみにしているとの報告があり14),利用者にとって非日常性の要素のある物事への参加は気分転換の手段として捉えられている可能性が考えられた.「②宗教性」は,宗教行動や宗教行事への参加は利用者の宗教を大切とする思いに沿うものとなっていた.利用者は仏や先祖等の超越的存在に日常の出来事を語りかけたり,自身が生かされていることに感謝を表する手段として祈りを挙げている10).この祈りに通じた宗教的な関わりは生きる支えや心の拠りどころとなると考えられた.

また,宗教的な関わりが死に関する場面でのポジティブな精神変化をもたらす可能性が示唆された.お盆やお彼岸等の宗教行事や仏壇は「③故人(家族・友人)の想起」の場となっていた.故人との思い出や時間を大切する利用者にとって,宗教的な関わりは故人とのつながりを感じる貴重な場といえる.他の利用者の葬儀は「④故人(利用者)の想起」させ悲しみの感情を出す場とともに「⑤死後の対応を見せる場」になっていた.施設での葬儀は,亡くなった利用者と交流のあった利用者や職員全員に対して過度の悲嘆を引き起こさない精神的支えとなること15),利用者の尊厳を大切にした死後のケアを実践する介護職の姿勢が他の利用者に伝わることで,自身の死のときも同様に扱われるという安心感につながる16)とされている.

そして本研究でも先行研究と同様に利用者のスピリチュアルペインの緩和につながる可能性を示す発言がみられた.生や死の考え方や故人への思いを含めて「⑥利用者の宗教観を介護職員が受容」することで,利用者は自分自身を受け入れてくれるように感じるようになっていた.ホスピス・緩和ケア病棟では患者が宗教家へ死や死後のことを問い,応えてもらうことを通して相互の関係性が構築されることが指摘されている17).高齢者施設においても介護職員が利用者の宗教観,死生観を受容し傾聴することで介護職員への信頼感につながり,自分は大事にしてもらえるといった認識が実存的空虚感の緩和へつながる可能性が考えられる.仏壇に手を合わせるといった「⑦生活習慣としての宗教行動」を持つ利用者にとって,宗教行動を実践する機会や場があることがその人らしさの継続につながることがうかがわれた.利用者の生活習慣の情報を生かしたケアはその人らしさを継続するために有効である8).高齢者施設で利用者が生活習慣となっている宗教行事や宗教行動を実践することは利用者のその人らしさを支え,意味の喪失の緩和につながると考えられる.「⑧利用者同士の交流」では,宗教的な関わりを通して利用者同士が交流し関係性が強まっていた.施設内での宗教行事に利用者が集まって参加することで連帯感が生まれ,利用者同士の結びつきが深まる効果がある10).それまで親しくしていた身内や知人と異なる人間関係が構築され,仲が深まることで関係存在の喪失の緩和につながると考えられる.

2.介護職員面からみた宗教的な関わりの臨床的意義

介護職員が宗教的な関わりを通して宗教に対する利用者の態度や死に臨む姿を目の当たりにすることで「⑨宗教の意識化」や「⑩利用者にとっての宗教の大切さを感じる」ようになることがうかがわれた.介護職員は看取りに携わることで,それまで他人事としていた死を身近に感じることができ,死生観に変化が生じるといえる18).またホスピス・緩和ケア病棟のスタッフが死生観や宗教観に関心を深めることで,患者のスピリチュアル面のニーズに気づき,よりよいスピリチュアルケアの実践につながるとの指摘がある12).宗教的な関わりが介護職員の内面に影響を与え宗教観を醸成するとともに,介護職の利用者への関わり方に対する意識の変化をもたらすと考えられる.

3.利用者家族面からみた宗教的な関わりの臨床的意義

利用者家族の利用者の見送りに寄り添う介護職員の姿勢は,家族が利用者の死を受容するための支援につながる16).また,利用者家族が利用者の看取る際に側にいることは,家族が過度の悲嘆を引き起こさない精神的支えとなるケアでもある15).施設での葬儀や法要等を通じた利用者家族と介護職員の交流による「⑪家族が利用者を見送る行為の具現化」は,利用者家族の精神的ケアの場を提供し,グリーフケアの役割を果たすと考えられる.

宗教的な関わりの課題

1.利用者面からみた宗教的な関わりの課題

利用者が宗教的な関わりに参加しやすくする工夫点・配慮点として[参加しやすいはたらきかけ][抵抗感をなくす実践内容][実践後のフォロー][日常場面での対応](付録表1)が示された.利用者に参加を声かけながらも利用者の意思や様子を重視して強制参加にしないことが,利用者が不満や強制を感じない参加へとつながると考えられた.また,宗教的な関わりによっては利用者が死を連想する場合もあり,実践後に利用者の反応の様子をうかがい,精神的なフォローを行うことが必要といえる.

一方で,宗教的な関わりの実践の問題点・課題点として[利用者の障害](付録表2)が示された.利用者が参加しやすいように利用者の障害への対応もなされているが,障害の種類や施設の設備環境によって対応に限界があるといえる.また,[利用者の意思表示](付録表2)および[利用者面での否定的評価](付録表5)で示されるように,とくに認知症の利用者では宗教に対する意思表示の難しさが挙げられる.他方で認知症の利用者も実存的苦悩を抱いており,仏壇での故人とのやり取りや教会の司祭の訪問を通して自分らしさを回復していったとする事例が報告されており,9,19)利用者の障害に配慮した宗教的な関わり方を考える必要があるといえる.

2.介護職員面からみた宗教的な関わりの課題

介護職員面からみた宗教的な関わりの課題では[職員の意識](付録表2)が示された.認知症の利用者では生活歴を把握した介護が重要としながらも,介護職員が最も把握していない生活歴は宗教であるとする報告20)がある.また高齢者施設においてスピリチュアルケアは身体的・心理的・社会的ケアと比較して概念的に理解しづらいため教育ニーズも比較的低いとする報告21)がある.介護職員の宗教やスピリチュアルケア対する関心が高くないことがうかがわれるため,宗教的な関わりに対して介護職員間での意思の統一や意義の共通理解を図ることが必要といえる.

3.施設面からみた宗教的な関わりの課題

施設面からみた宗教的な関わりの課題では[すべての宗教への不対応](付録表2)[施設面での否定的評価](付録表5)が示された.全般的にお盆等の一般的な宗教行事を行う,他宗教を容認する等の配慮がなされているが,とくに宗教法人が経営母体ではない高齢者施設では特定の宗教に準じる宗教的関わりを実践するのは困難な現状がうかがえた.利用者の希望と施設方針との調整の困難さも指摘されており15),個々の利用者の宗教的なニーズに施設としてどこまで対応できるかを検討する必要があるといえる.

本研究の限界

本研究の限界としては調査対象のサンプリングが挙げられる.対象者は機縁法を用いた特定地域の単一の宗教・宗派の「宗教法人が経営母体である特別養護老人ホーム」および「宗教法人が経営母体ではない特別養護老人ホーム」の介護職員であった.また職員の宗教的背景に関する回答は得ていない.今後は,各宗教・宗派における宗教的関わりの違いを整理するとともに,対象者の宗教的背景を考慮したうえで,他地域で比較可能な対象者を確保した調査を実施することで,カテゴリーの妥当性および本研究結果の一般可能性を検討することが求められる.また,本研究で示された利用者や利用者家族への宗教的な関わりの要素や影響は,介護職員の視点から捉えた内容である.宗教的な関わりの実践性を考察するうえでは,利用者や利用者家族を対象とした調査を行うことで介護職員の評価との一致を検討する必要がある.

結論

高齢者施設における宗教的な関わりの要素と影響について利用者面,介護職員面,利用者家族面ごとに整理し,利用者を核に介護職員や利用者家族の臨床的意義を含めて議論することが有益と考えられた.一方で利用者,介護職員,施設の各側面から宗教的な関わりの困難さや課題が挙げられた.利用者,介護職員,施設の総合的な視点から宗教的な関わり方の工夫を図ることが重要と考えられた.

研究資金

本研究は,平成28年度日本私立学校振興・共済事業団,学術研究振興資金(若手研究者奨励金)の助成を受けて取り組んだものである.

利益相反

著者の申請すべき利益相反なし

著者貢献

河村は研究の構想およびデザイン,分析,データ解釈,原稿の起草,原稿の知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;中里は研究の構想およびデザイン,分析,データ解釈,原稿の知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認および研究の説明責任に同意した.

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