2020 年 15 巻 3 号 p. 233-237
【背景】悪性骨軟部腫瘍肺転移の終末期には,腫瘍増大や癌性リンパ管症による呼吸困難に対する症状緩和が必要となる場合が多い.緩和医療として経鼻的持続陽圧呼吸(以下,nasal CPAP)が有効であった症例を経験したので報告する.【症例】66歳男性.左大腿軟部肉腫の診断のもと広範切除術を施行.術後経過観察中,肺門部リンパ節転移,多発骨転移,および癌性リンパ管症をきたし,呼吸状態増悪のため入院となった.呼吸困難に対しnasal CPAPを開始することで症状改善が得られ,亡くなる直前まで会話などの意思疎通が可能であった.【考察】終末期の呼吸器症状に対しては,多くの場合モルヒネやステロイド薬の使用といった薬物療法で症状緩和を目指すことが多いものの,十分な症状改善が得られないことも多い.nasal CPAPは非侵襲的で着脱も可能であることから本症例のような一般的な薬物療法にて改善が得られない呼吸困難に対して有用な可能性がある.
軟部肉腫の終末期には,転移性肺腫瘍増大や癌性リンパ管症などによる呼吸困難に対する症状緩和が必要となる場合が多い.今回われわれは,緩和医療として経鼻的持続陽圧呼吸(nasal continuous positive airway pressure,以下,nasal CPAP)が有効であった症例を経験したため報告する.
【症 例】66歳,男性
【主 訴】呼吸困難
【家族歴】妻:がんの終末期
【既往歴】特記すべきことなし
【現病歴】左大腿軟部肉腫(類上皮血管内皮腫)に対して2013年8月に広範切除術を施行した.2017年5月に肺門部リンパ節および多発骨転移,多発筋転移が出現し,Eribulin(Halaven®)による外来化学療法を予定していたが,癌性リンパ管症による呼吸困難の急激な増悪を認め入院となった(図1,図2).
【入院後経過(図3)】入院時,咳嗽,血痰を認め,体動時および入眠時の呼吸困難が強く,SpO2は88%(room air)であった.また,右大腿骨や腰椎などの多発骨転移に伴う癌性疼痛の訴えがあり,積極的緩和医療の方針となった.第1病日より低酸素血症呼吸に対し酸素3 L/分(経鼻カニューレ)投与を,さらに癌性リンパ管症による呼吸困難と疼痛コントロールの目的にオピオイド(オキシコンチン10 mg/day,経口)やステロイド剤(プレドニゾロン1 mg/day/kg)を開始した.オピオイド導入後,疼痛緩和は速やかに得られたが,オキシコンチンの呼吸困難に対する効果が十分ではなく,徐々に呼吸困難の悪化を認めたため,塩酸モルヒネ持続静脈注射へ変更した.マスクによる酸素投与への変更を試みるもSpO2は87~89%と改善が乏しく口渇感と圧迫感の訴えが強かった.経鼻カニューレに戻すも,呼吸困難の悪化のため会話不能に至った.気管内挿管による人工呼吸器管理は希望されなかったが,残された時間で仕事の引継ぎなどやるべきことを済ませたいという強い希望があり第4病日よりnasal CPAP[S/Tモード,inspiratory positive airway pressure(IPAP) 13 cmH2O,expiratory positive airway pressure(EPAP) 6 cmH2O,吸入気酸素濃度(FiO2) 60%]を導入した.その後,SpO2は90%以上を維持できるようになり徐々に呼吸困難の改善が得られ,第7病日には少量の食事の経口摂取や会話が可能となり,死亡前日までの症状緩和に成功し,結果として約2週間の質のよい時間を得ることが可能であった.とくに,息子との自営業を営んでいた患者にとって,会話が可能となり,一定の期間が得られたことにより,最も患者の心配事であった仕事の引継ぎが可能となった.さらには,自らもがんの終末期で他院にて入院加療中であった妻が安心して付き添いができるように,患者の隣の病室を確保しいつでも体を休めるような環境を整えたことで,妻も体調に無理のない範囲で面会でき,看取り前の最期の二日間を患者と一緒に穏やかに過ごす時間を作り出すことができた.患者本人は「呼吸困難を楽にしてくれたおかげでたくさんの人と面会でき,仕事の引継ぎなどができてもう悔いはない」,また妻や息子からはそれぞれ「自分もがんの終末期の辛さはよく知っているため症状を緩和してくれてうれしい」,「父との会話が十分にでき,家のことや仕事のことをしっかり引継ぎできて感謝している」といった感想を伺うことができ,本人および家族にとって満足度の高い時間を提供できたと考えられた.最終的には,徐々に症状が増悪し癌性リンパ管症による呼吸不全悪化のため第15病日に永眠された.
両肺ともびまん性に透過性の低下を認める.
両肺の肺野全体にわたりすりガラス影が出現し,一部小葉間隔壁の肥厚を認める.
軟部肉腫の発生割合は悪性腫瘍全体の1%未満であり非常に稀な疾患である1).その組織型は多彩でその治療戦略は外科的切除が第一となるが,化学療法や放射線療法への反応性の違いもあり,それぞれの組織型で予後も多彩である.再発形式としては局所再発は稀(10%以下)で多くが遠隔転移である.軟部肉腫の最も予後に影響を与える因子は遠隔転移の有無であり,その好発部位は主に肺(85%),次いで骨(10%)である.とくに肺転移が生命予後を決定し,軟部肉腫の終末期医療には呼吸器症状の緩和が必要となる場合が多いが,それに対する症状緩和は十分に満足できる状況とならないことが多く経験される.今回われわれが導入した経鼻的持続陽圧換気(nasal continuous positive airway pressure: nasal CPAP)は鼻マスクを用いてPEEP(呼気終末陽圧換気)下に吸気および呼気を行うものであり,非侵襲的陽圧換気(non-invasive positive pressure ventilation: NPPV)の一つである2).nasal CPAPにはさまざまな機種や呼吸器モードがあり,持続的に一定の陽圧をかけるCPAPや二相性の陽圧換気が行えるBiphasic positive airway pressure(BIPAP)モードを搭載した機器がある.NPPVが終末期医療において酸素投与のみと比較し呼吸困難の速やかな改善やモルヒネの必要量の減少に有効であったという報告もあり,気管内挿管を希望しない呼吸不全患者において,侵襲的人工呼吸の代用や治療の上限として使用される場面もでてきている3〜6).NPPVは持続的に陽圧を肺・気道に加えることで機能的残気量を保つ効果があり呼気時の肺胞の虚脱を防ぐと考えられている.終末期の患者は呼吸筋疲労を呈している場合も多く,BIPAPモードでプレッシャーサポートの吸気補助により呼吸筋の負荷を軽減できることや一回換気量の増加が期待できることから,終末期医療における呼吸困難の改善に有益であると考えられる.本法を侵襲的人工呼吸や酸素療法と比較すると,nasal CPAPでは気管内挿管が不要でありそれに伴うリスクや苦痛が回避できること,鎮静薬を必要とせず少量であれば食事の経口摂取や会話が可能となりQuality of Life(QOL)が維持できる可能性があること,さらに病状が許せば希望に応じて着脱が可能であるという利点がある.一方で,カニューレの固定や陽圧換気によって圧迫感が強くなり,かえって呼吸困難が増強する場合や,気道に陽圧がかかるため気胸や胸腔内圧上昇に伴う低血圧,胃膨満からの嘔吐による誤嚥性肺炎,カニューレのバンドによる褥瘡発生などのリスクがある7〜9).また,着脱可能とはいえ緩和医療においては病状の進行により離脱できないことも多く緩和ケア病棟やホスピスなどへの転院に支障をきたす危険性もある.このため終末期においてnasal CPAPも延命行為であり,治療の上限をいかにするかといった問題点など,適応については慎重に検討する必要があると考えられている10).また近年,通常の酸素療法では改善しない呼吸困難に対して経鼻高流量酸素療法(HFNC)の使用についての報告も散見されるようになっている.HFNCは通常の酸素療法に比べて安定した高流量(最大60 L/分)の吸入酸素濃度を供給でき,NPPVと比較して使用時の不快感が少なく忍容性とQOLについてメリットがあり,緩和医療領域においても選択肢の一つとなり得る11).ただし,HFNCについても終末期においてはNPPV同様に病状の進行により離脱できないことも多く,高流量酸素配管のある環境でなければ使用不能であり在宅医療への移行は困難であるといった設備の問題は残る.本症例においては,通常の酸素療法では改善が得られなかった呼吸困難に対し,NPPVのプレッシャーサポートによる換気補助が可能で呼吸筋の仕事量軽減が期待できること,歴史が古く豊富なエビデンスが確立されており日本呼吸器学会NPPVガイドライン12)で終末期の呼吸不全についてもある程度有効性が示唆されていること,また院内の設備の事情ではあるが当時HFNCの台数に限りがあり集中治療室以外の一般病棟ではHFNCの管理が困難であったという背景からNPPVを選択した.
今回息子への仕事の引継ぎといった希望を叶える目的で導入を検討したが,本症例ではnasal CPAPの装着による不快感が比較的少なく,本人の意思疎通への希望が強く装着に耐えることができたことがポイントであったと考えられた.気管内挿管は行わず,本法により非侵襲的な呼吸困難の改善が得られ,亡くなる前日まで意思疎通が可能であったことは,本人・家族ともに満足度の高い治療であったと考えられた.nasal CPAPを施行する際には,本人・家族へリスクやその適応についての説明が不可欠であるが,呼吸困難に対する一般的な薬物治療・非薬物治療の効果が十分でない症例においては,同意が得られたうえで,緩和医療として試みるべき治療であると考えられた.
軟部肉腫の急速に進行する終末期の呼吸困難に対して,nasal CPAPは症状緩和療法の一つとなると考えられる.
著者の申告すべき利益相反なし
福岡は研究の構想およびデザイン,原稿の起草に貢献;辻,山上,西村,中條,村上,山本は研究のデータの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.