Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
総説
卵巣がん患者のセクシュアリティに関する研究の動向と今後の課題
松井 利江瀬戸 奈津子
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2021 年 16 巻 1 号 p. 3-12

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Abstract

【目的】卵巣がん患者のセクシュアリティに関する先行研究の動向と今後の課題を明らかにする.【方法】PubMed,CINAHL,医学中央雑誌Web版を用いて2000年以降に公表された文献を検討した.【結果】分析対象は30文献で,国内文献は含まれなかった.研究内容は「性機能障害の実態と影響要因」「性行為の実態と影響要因」「パートナーとの関係性と影響要因」「性的魅力・ボディイメージの変化と影響要因」「セクシュアリティに関する患者のニーズとケア」に分類された.【考察】卵巣がんは婦人科がんの一種とされ,独自性に焦点をあてた研究は十分でない.卵巣がん診断と治療によるセクシュアリティへの影響はあらゆる患者に長期的に生じる可能性があることから,セクシュアリティを包括的に捉えたケアの必要性が示唆された.今後は,日本の卵巣がん患者の現状を踏まえた看護援助の検討が必要である.

緒言

卵巣がんは,40~60歳代の壮年期に好発する婦人科悪性腫瘍である.2015年には10,438人が新たに診断されており,今後も増加が見込まれている1).卵巣がんは無症状に進行することから,約34%がIII期・IV期の進行がんで診断されており,婦人科がんのなかで最も予後が悪い2).それゆえに,たとえ初期であっても再発を避けるために卵巣と子宮の摘出,術後化学療法が標準治療である.これらの初回治療が奏功する確率は高いものの再発率は高く,再発後の治療目標は生存期間の延長とQuality of Life(QOL)の改善である3)

以上の病態から,卵巣がん患者のケアにおいては,生命の危機を回避することが最優先とされる.しかしながら,卵巣がんの診断と治療は性・生殖の機能を障害し,女性のライフサイクルや自己概念を揺るがす重大な問題引きを起こす可能性が高く,セクシュアリティに対するケアも重要である.セクシュアリティは,性行動に関わる心理と欲求,観念と意識,性的指向と対象選択,慣習と規範などの集合体として性に関わる現象を指し,自然と本能ではなく社会と歴史に属する4).また,性機能・性的自己概念・性的なパートナーとの親密性から成り,これらが互いに影響し合う,身体・心理社会的な側面を含む包括的な概念である5).看護師は,卵巣がん患者の性や生殖機能といった身体的な側面だけではなく,性に関する心理社会的な側面も包含するセクシュアリティに対するケアを提供することが求められる.Cancer Care Ontarioのガイドライン6)においても,診断時からすべてのがん患者に対し性的健康に関する問題を患者とパートナーに提起し,定期的に再評価し続けることが推奨され,患者のセクシュアリティに医療者が介入することの重要性が示されている.しかしながら日本では卵巣がん患者に対するセクシュアリティのケアの指標や支援の方法は確立されておらず,外来や病棟看護師が個々にケアを担っていることが多い現状があり,ケアの内容や質はさまざまであると推測される.

そこで本研究は,卵巣がん患者のセクシュアリティの特徴とケアの実態を明らかにするために文献検討を行うことを目的とする.さらに,得られた結果から卵巣がんのセクシュアリティに対する看護実践および今後の研究の課題を検討する.

用語の定義

本研究ではセクシュアリティを「性機能・性的存在としての自己概念・親密性を包含した概念であり,人間のQOLの一要素である」と定義する.

研究方法

文献検索方法

国外の文献検索にはPubMedとCINAHLを,国内の文献検索には医学中央雑誌Web版を用い,検索対象期間は,2000年から2020年2月までとした.「タイトル/title」または「抄録/abstract」を検索フィールドとし,表1に示す検索用語を用いて,「セクシュアリティ」の検索語どうしをorでつなぎ,「卵巣がん」の検索語とandで掛け合わせた.また,海外論文では対象を「Humans/人」,言語を「English/英語」とし,国内論文では対象を「人」「成人」,原著論文に限定した.

表1 検索語

文献の選定方法

文献検索の結果,計292文献が抽出された.重複している22論文を除外した270文献の論文タイトルと抄録を確認した.小児・未成年者を対象としているもの12件,卵巣がん以外に,子宮がんや乳がんなど他のがん患者が対象者に含まれているもの50件,総説・解説19件,卵巣がんの診断や治療技術に関するものなど本研究のテーマと合致しないもの123件,さらに遺伝性乳がん卵巣がん症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer: HBOC)は診断や治療が異なるほか,遺伝性疾患ゆえの特異的な経験があると考えられるため,HBOC患者を対象としているもの41件を除き,合計245件の論文を除外した.残った25件と,その論文に引用されており本テーマに関連する論文5件を追加した30件を精読し,分析対象とした(図1表2).

図1 卵巣がん治療を受けた患者のセクシュアリティに関する文献検討のフローチャート
表2 分析対象論文

分析方法

30件の論文を発表年,調査を実施した国,研究目的,研究デザイン,対象者数と属性(年齢・病期など),調査方法,結果の項目で一覧表に整理した.次に,それぞれの研究内容を類似性に基づき分類した.一つの論文中に複数の内容が含まれる場合はそれぞれを1件とし,重複して集計を行った.

倫理的配慮

文献は著作権法を遵守し,出典を明記して使用した.著者の意図を損なわないように注意を払い,文献の内容を正確に読み取るよう努めた.

結果

対象とした30件の文献は,2010年以前が14件,2010年以降が16件であり,2000~2020年の20年間にほぼ毎年1~4件ずつ公表されていた.調査国はアメリカが17件(53.3%)で過半数を占めており,次いでイギリス・オーストラリアがそれぞれ2件,イタリア・カナダ・ドイツ・スウェーデン・クロアチア・ノルウェー・ポーランド・韓国がそれぞれ1件,アメリカとカナダの2カ国1件,英語圏12カ国で調査を実施したものが1件であり,日本の文献は含まれなかった.研究デザインは,量的研究が20件(66.6%),質的研究が8件(26.6%),ミックスメソッドと介入研究がそれぞれ1件であった.調査対象者数は5~483名であり,50名以下のものが11件(36.6%),51~100名が5件(16.6%),101~200名が9件(30.0%),201~300名以上が2件(6.6%),301名以上が3件(10.0%)であった.調査対象者の平均年齢は,文献中に明記されていた21件において30歳代が3件,40歳代が各1件,50歳代が13件,60歳代が4件であり,50歳以上で80.9%を占めた.

研究の内容は以下の5つに分類された.「性機能障害の実態と影響要因」11件(25%),「性行為の実態と影響要因」8件(18.1%),「パートナーとの関係性と影響要因」7件(16%),「性的魅力・ボディイメージの変化と影響要因」11件(25%),「セクシュアリティに関するニーズとケア」7件(16%)であった(図2).

図2 対象文献で扱われている内容(重複集計)

「性機能障害の実態と影響要因」は,卵巣がん治療によって生じた性行為に伴う困難とそれに影響する要因であり,ミックスメソッド1件を除きすべてが量的研究であった.これらの文献では,卵巣がん治療後の患者が複数の性機能障害を経験していることが明らかにされていた.卵巣がん患者の性機能は,同年代の健康な女性と比較しても有意に悪く7,8),Carmack et al9)が卵巣がん女性232名(診断後年数の中央値4.3年,範囲0~29.8年)に行った調査では,過去1カ月間に性行為を行った人のうち80%が膣の乾燥,62%が性交時の痛みまたは不快感を自覚しており,Hopkins et al10)の調査も類似した結果であった.その他に性的欲求の低下,オルガスムの達成困難7,9,11)があり,長期サバイバーを対象とした調査12,13)において,30%前後の人はこれらの症状が持続していることが報告されている.化学療法を受けた人14,15),そして,ファーストラインの化学療法を受けた人よりも,セカンドライン・サードラインの化学療法を受けた人の方が,性機能が有意に悪いことも明らかにされている16).性機能を悪化させる要因は,不安や再発の恐れ13),ネガティブなボディイメージ15)があり,良好にする要因は,治療後の身体症状が少ないこと17)であった.

「性行為の実態と影響要因」は,性行為を行う頻度や満足感・態度とそれに影響する要因であり,すべてが量的研究であった.対象者の平均年齢が40歳代後半~50歳代である調査9,10,18)では,治療後にパートナーと性行為がある人の割合はいずれも約半数であった.性行為の頻度は,卵巣がんのステージにかかわらず約40%の人が健康時と比較して減少しており13),満足感が低下する傾向があった10,19).性行為に対する重要性の認識は,予後がよく若年齢に多い境界悪性腫瘍の患者を対象とした研究20)において81.5%に上っていたが,比較的高年齢の患者170人(平均年齢61.8歳)を対象にしたPisu et al21)の調査ではわずか25%であり,65歳以上の人はそれ以下の人よりも重要性の認識が低かった.性行為が活発な人は,そうでない人よりもQOLが高いことが明らかにされており18),56歳未満,治療が完了していること,診断後の経過年数が長いこと,既婚であること9),パートナーから日常的にケアを受けていること15)が性行為の活発さと関連していた.性行為が活発でないことには,パートナーがいない,性的な関心がない,疲労があることが関連しており,アメリカのCarmack et al9)とイギリスのHopkins et al10)の両者でほぼ一致した結果であった.

「パートナーとの関係性と影響要因」は,卵巣がんの診断や治療によって生じたパートナーとの関係の変化とそれに影響する要因であり,量的研究4件と質的研究3件であった.クロアチアのBukovic et al14)が行った調査によると,治療後にパートナーと性的な問題について話し合ったのは約50%であった.健康時よりもパートナーとの関係が強固で支持的になったという結果は,3件11,19,22)であったが,なかでも予後が良く,若年に好発する胚細胞性腫瘍を経験した卵巣がんサバイバーと健康な同世代の女性を比較したGershenson et al19)の調査では,サバイバーの方がよりパートナーとの結束感およびカップル間の満足度が有意に高いことが明らかにされていた.それに対し,関係の希薄化あるいは破綻を示す結果11,22)もあり,若年患者(中央値35.9歳)を対象としたSwenson et al23)の質的調査では,親密になりたいと願う相手に性機能障害について話すことが怖いという心情が明らかにされていた.パートナーとの関係性の悪化に影響する要因は二つの質的調査によって探求されており,性行為に伴う苦痛24)や夫婦の死に対する恐れと身体的な変化25)が示されていた.

「性的魅力・ボディイメージの変化と影響要因」は,女性である自分自身の魅力や身体像に対する捉え方の変化とそれに影響する要因であり,量的研究7件と質的研究4件であった.卵巣がん患者28名に対するTetteh26)の質的調査では,約40%が外観や女性のボディイメージを含む性的な自己概念の変化を体験していることが報告されていた.ボディイメージの変化の原因には,生殖性の喪失23,27)のほか,手術の傷跡24,28),埋め込み式ポート24),脱毛24,27,28),体重変化23,24),神経障害27)であった.年齢によるボディイメージの捉え方の違いについて,年齢が若いほうがボディイメージはネガティブに転じやすいことが報告されているが,カットオフ値は48歳29),55歳30)および65歳21)と差があった.質的研究においても,高齢や閉経後の患者は,治療による身体の変化を気にしていない傾向が示されており26),量的研究に類似した結果であった.治療との関係は,手術のみあるいは補助療法(化学療法・放射線療法)の有無といった治療法の違いによってボディイメージに有意差はない14)ことや,初回手術を受けた患者のほうが2回以上の手術を受けた患者よりもボディイメージが悪い29)という結果が報告されていた.その他,卵巣がん女性の約半数が健康時と比べて女性としての魅力が低下したと評価している31)実態や,胚細胞性腫瘍の卵巣がん患者では,出産や結婚を経験できないと認識し,女性としての自信を喪失していることが明らかにされていた23).Champion et al17)の調査では,自己効力感の高さは,ポジティブな性的自己概念の予測因子であった.

「セクシュアリティに関するニーズとケアの実態」はセクシュアリティに対するケアニーズと医療者から提供されているケアの実態を表し,量的研究5件,質的研究1件,介入研究1件であった.アメリカとカナダで合計200名を対象に行われた調査30)では,治療による性機能障害や,それによってパートナーとの関係性に悪影響が生じること,がん治療で魅力が損なわれること,5%と少ない割合ではあるが性交でがんが悪化することに懸念していることが報告されている.性機能障害に対する心配は,治療前,治療終了3カ月後,6カ月後で次第に軽減するという結果32)および,セクシュアリティに関するニーズはその他の身体的徴候や心理社会的なニーズに比べて低く,治療終了1年後には殆どなくなるという結果33)がある.その一方で,Frey et al34)は,治癒目的,寛解目的,維持目的のいずれの治療の時期でも半数近い人が性機能障害に耐えがたさを感じており,性機能の維持に対するニーズは治療時期によって有意差がないことを報告している.これらの調査はいずれも50歳代を中心とした対象者に対する量的調査でありながら,相反する結果であった.アメリカのWilmoth et al24)の質的調査では,参加者の8名全員がセクシュアリティに関して,術前および化学療法後半に医療者から議論をもちかけられることを望んでいた.また,イギリスのStead et al35)の調査では,紙面による情報提供を希望しており,自分以外の卵巣がん患者も同様の悩みを抱えていることを知りたいと望んでいた.同調査では医師16名と看護師27名のケアに対する認識と実際の支援内容を報告しており,対象者の98%がセクシュアリティについて話し合うべきだと認識しながらも,それを実行しているのは21%のみであった.話し合わない理由は,性に関する話題を話しかけることへの当惑やケアに関する知識や技術・経験の不足,時間の制約があること,介入するうえでのサポート体制の欠如,そしてセクシュアリティよりも優先すべきケアがあるという認識や,患者はセクシュアリティを重視しない年齢であるという判断が明らかにされていた.介入研究はアメリカのBober et al36)によるもので,治療後の性機能障害に悩む卵巣がん経験者46名(平均年齢55.8歳)を対象にした,性機能障害への手段的教育とマインドフルネスを基盤とした心理的介入であった.この介入の前後では,性機能障害の症状が有意に改善され,参加者の高い満足度が得られたと報告されていた.

考察

研究の動向

卵巣がん患者のセクシュアリティに関する文献は2000~2020年の20年間,毎年数本ずつ公表されているものの顕著な増加はみられなかった.卵巣がんは,世界的にみても他のがんと比較して罹患者数が少なく明らかな増加がない37)ために,注目されにくい傾向があると考えられる.また,文献選択の過程で卵巣がん以外,つまり子宮がんや乳がんも対象に含むものが50件と多く除外となったことから,卵巣がんは婦人科がんの一種と捉えられ,その独自性にはあまり焦点が当てられてこなかったように思われる.近年,mRNAの解析による卵巣がんの診断技術が開発されており38),早期治療ひいては予後の延長への貢献が期待されている.このことが契機となり,今後は卵巣がん患者のセクシュアリティに関する研究が増加する可能性もある.

調査実施国については大半がアメリカを中心とした欧米であり,アジア圏は韓国1件のみで日本の論文は含まれなかった.これには,その国における一般的な性に対する態度が反映していると思われ,性に対して自由で開放的であるほど,そして性行為が日常的な営みとして捉えられているほど治療による性機能障害に対する問題意識は高いと考えられる.日本では,がん患者のセクシュアリティについて医療者の認識や実践を調査する研究39,40)が増えつつあるが欧米には及ばす,患者を対象とした研究は少ない.NHKが初めて国民2,103人を対象に行った性行動と性意識に対する調査41)では,性的なことに対して全体の41%が自由である,59%が保守的であると回答しており,男性より女性,さらに40歳以上の中高年の方が保守的であった.また,セックスを行う理由は64%が愛情表現,44%がコミュニケーションの手段であると回答しており,その頻度は月に1~3回が全体の40%で最も多かった.これらの結果は,日本人が性に対するタブー視や消極的な傾向をもつことを示しており,セクシュアリティに関する研究が発展しにくい要因と考えらえる.

今回分析対象となった文献の70%以上は量的研究であった.これは,女性の性機能を評価する尺度42)や性的活動を評価する尺度43)のほか,卵巣がん患者に特異的なQOL尺度44)などが開発されていること,加えて性に対する内容を対象者から直接語ってもらうことの困難さといった研究遂行上の課題も研究デザインの選定に影響していると考えられる.

卵巣がん患者のセクシュアリティの特徴

卵巣がんの診断と治療が卵巣がん患者のセクシュアリティに及ぼす影響は,性機能および性行為,パートナーとの関係,ボディイメージや性的魅力の側面があり,その影響は生殖可能な年齢や閉経前の比較的若年の患者に顕著であるものの,いかなる年齢の患者にも長期にわたり継続しうることが示された.

数々の婦人科がん患者を対象とした先行研究では,治療後の子宮がん患者と卵巣がん患者は類似した性機能障害を引き起こすことが明らかにされている4547)が,これは初回治療の術式や化学療法のレジメンの類似性によるものと考えられる.子宮頸部を含む拡大手術や放射線療法が行われる進行した子宮頸がん患者は,性交時の出血や疼痛などの苦痛は非常に大きい46).それにもかかわらず,婦人科がんサバイバーを対象とした調査によると,性生活の質は,がんの種類によって有意差がないと報告されている48).卵巣がんの性機能障害は,卵巣の摘出や化学療法によるエストロゲンの分泌量低下に起因しており,主な症状は膣の萎縮や潤滑の低下,性的関心の低下である49).本結果においても性行為がある卵巣がん患者の80%と高頻度に膣の乾燥が生じること7)や,性欲の低下が起こりやすい7,9,11)こと明らかとなっており,これらが性生活の質の低下に直結する主要な問題といえる.

加えて,進行した卵巣がんの治療では,他の婦人科がんとは異なり生命予後の好転を目的に,腫瘍量の減少を目指した複数回の手術や化学療法を繰り返すことが一般的である3).それゆえに,治療を幾度も繰り返すことによるセクシュアリティへの影響に注目することは不可欠といえる.本結果では,性機能はファーストラインの化学療法を受けた患者よりも,セカンドライン・サードラインの化学療法を受けた患者の方が悪く16),ボディイメージは初回手術後の患者よりも2回目以降の手術を受けた患者の方がよい29)ことが明らかにされた.つまり,性機能の悪化とボディイメージの悪化は必ずしも相関するのではなく,他の関連要因があることを示している.卵巣がん患者は抑うつ症状や不安がコミュニティの基準よりも有意に高いと報告されており50),卵巣がんの予後の悪さや成り行きの不明確さといった疾患特性が関連している可能性がある.本結果でも卵巣がん患者の再発に対する不安が性機能のみならずパートナーとの関係にネガティブな影響を与えていることが示唆されており13,25),疾患に対する認識および,それによって引き起こされる心理状態が卵巣がん患者のセクシュアリティの各側面を変化させる一つの要因になっている可能性が高い.

看護実践への示唆・今後の研究の課題

本結果では,卵巣がん患者のセクシュアリティに関する数々の懸念やケアニーズが明らかとなった.しかしながら,セクシュアリティの問題はその他の身体的・心理社会的問題に比べてケアニーズが低いという結果32)があり,卵巣がん・子宮がん患者83名を対象としたアメリカのHay et al51)の研究では,医療者のケアが必要だと感じているのは27%のみであったと報告している.極めてプライバシーが守られるべきセクシュアリティについて他者の介入を望まない傾向があることは事実であるが,表面化しにくいゆえに卵巣がん患者のセクシュアリティに関するニーズは軽視され,医療者の介入をより妨げている危険性がある.加えて卵巣がんの病状の深刻さが介入のタイミングをより難しくさせている可能性もある.今回,卵巣がん患者に対するセクシュアリティのケアの必要性は,患者本人ではなく医療者によって判断されていることが示唆されたが,婦人科病棟や外来で勤務する看護師を対象とした中国や日本の先行研究40,52)でも同様の結果であった.これは,わが国に限らず諸外国でも患者のニーズを反映した介入はほとんどされていないことを表している.医療者の中でも同性の看護師は,セクシュアリティのケアに携わることを期待されており53,54),それぞれの患者の背景やニーズに応じたきめ細やかなケアの提供が必要がある.そのためには,看護師自らが持つ患者のセクシュアリティに対する偏見に気づくことや,性機能という一側面のみではなく,自己概念や親密性も含めたセクシュアリティを包括的な概念として認識したうえで,個々の患者のニーズを捉え,必要なケアを検討することが重要と考える.卵巣がんの診断や治療によってセクシュアリティが変化しやすい若年患者にはもちろんのこと,すべての患者のニーズを把握するための体制が求められる.

また,確定診断前の卵巣がん患者は,がんかもしれないという不確定な診断を受け止めようと努め,子宮・卵巣を喪うことへの抵抗感を感じながら術前を過ごしていることが明らかにされている55).卵巣がんが疑われる段階である術前患者の場合,セクシュアリティに関するケアは治療の意思決定や治療に臨む準備にも関与する喫緊の課題である.どのような術前の支援がその後の患者のセクシュアリティに影響を与えるのか,そして繰り返される治療の過程のなかで,セクシュアリティのそれぞれの側面が何に影響を受けながら変化していくのかを長期的な視座から明らかにし,看護援助の指標やガイドラインを開発することが必要と考える.

しかしながら,すでに述べたように本研究結果のほとんどが欧米の調査によるもので日本の調査結果は含まれておらず,本結果を根拠にわが国における支援について検討するには極めて限界がある.前出のNHKによる調査41)で明らかにされた性に対する態度に加え,日本人の中年夫婦は対等で共感的な言語的コミュニケーションが少ないとされており56),パートナーとの関係における愛情表現の仕方は欧米とかなり異なると推測される.したがって,今後は日本における卵巣がん女性のセクシュアリティの特徴を明らかにし,日本人女性に根付く文化や価値観を反映した看護援助を探究する必要がある.

結論

2000~2020年の20年間に欧米を中心とした卵巣がん患者のセクシュアリティに関する先行研究から,卵巣がんの診断と治療が性機能や性行為,パートナーとの関係性,ボディイメージや性的魅力に影響を及ぼすことが明らかにされた.またこれらの影響は若年ほど顕著であるものの,あらゆる病期や年代の女性に長期的に生じうるものであることが示された.看護師は,あらゆる年齢や病期にある卵巣がん患者の性機能という一側面のみでなく,自己概念や親密性も含めたニーズを捉え,繰り返される治療の過程においてそれぞれの患者に応じたケアを提供する必要がある.

付記

本研究は,JSPS科研費(課題番号19K10920)の助成を受けて実施した.

利益相反

著者の報告すべき利益相反なし

著者貢献

松井は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析および解釈,原稿の起草および原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;瀬戸は研究データの分析および解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
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