【緒言】終末期がん患者に対して,痙攣発作の治療を目的とした抗痙攣薬の使用は臨床現場において稀でなく,経口および静脈投与不可能な症例への治療選択が求められることは少なくない.われわれは終末期がん患者で末梢血管の確保ができない症例に対してレベチラセタム(LEV)注を皮下注射した症例を3例経験したため報告する.【症例】3症例の年齢は83,75,82歳で,LEV皮下注射の投与時期は予後1カ月程度であった.3例ともLEVを点滴静脈から皮下へ投与経路変更した事例である.LEV皮下注射の実施後,痙攣の増悪や注射部位反応,その他の有害事象は確認できなかった.【考察】末梢血管確保の不可能な終末期がん患者においてLEVの皮下注射は痙攣発作の治療の選択肢の一つとなり得ると考える.
痙攣発作は進行がん患者で比較的多く発症し,原発性脳腫瘍の患者では20〜70%,転移性脳腫瘍のある患者では20〜35%の頻度でみられる1,2).進行がん患者の痙攣は脳血管障害の既往や原発性または転移性脳腫瘍,あるいは生化学的異常により引き起こされることが多く,続発性痙攣発作を引き起こすことがほとんどである3).進行がん患者では脳腫瘍などの発作の原因となる疾患を取り除くことは困難であることが多いため,痙攣再発予防を目的として初回発作後から抗痙攣薬の定期投与を行うことが推奨されている3,4).代表的な抗痙攣薬であるカルバマゼピン,フェノバルビタール,バルプロ酸などは薬物相互作用の多い薬剤としても知られており,注意が必要である.そのため,近年では鎮静作用が少なく同等の有効性があり,かつ薬物相互作用が少ないレベチラセタム(LEV)の使用頻度が増加している.また,LEVは腎機能障害の程度に応じた投与量設定で用量調節が可能な薬剤であり,血中濃度測定は一般的に不要とされているため,終末期がん患者の血液検査実施の負担軽減にも有用である.本邦で承認されているLEVの剤形は経口剤と注射剤であり,内服困難な症例に対しても投与が可能である.しかし,終末期がん患者では末梢血管確保が困難な患者も多く,皮下注射への変更を余儀なくされる患者も少なくない.LEV注射剤の本邦での適応は点滴静脈内投与のみであり,本邦でのLEV注の皮下注射に関する報告はない.LEV注の皮下注射についてLópez-Sacaらの症例報告5)以降,いくつかの観察研究6,7)が報告されており,皮下注射による注射部位反応や副作用の発現はほとんどみられず,長期間投与が可能であった症例が報告されている.皮下から薬剤投与を行う際にはpH,浸透圧,薬剤の刺激性を考慮する必要がある8).LEV注の浸透圧は生理食塩液100 mlにLEV注500 mg 1Vを溶解した条件下で317 mOsm/kgと生理食塩液(308 mOsm/kg)と同程度であることが報告されており9),pH(5-6),刺激性のなさから,LEV注は皮下注射が可能な薬剤と考えられる.われわれは終末期がん患者で末梢血管確保が困難となり,LEV注を皮下注射した3症例を経験したため,報告する.
対象患者の患者背景を表1に示す.各症例の詳細を下記に示す.小牧市民病院でのLEV注の皮下投与方法はいずれも,生理食塩液50 mlにLEV注500 mg 1Vを溶解し,60分で滴下した.LEVの副作用である傾眠についてはがん終末期の意識障害のために評価は困難であった.なお,本報告は臨床研究に関する倫理指針に従い,当院倫理委員会の承認を受けた(承認番号:201013).
【症例1】83歳,女性
【診 断】肝細胞がん,症候性てんかん(多発性脳出血後)
多発性脳出血後より症候性てんかんが出現し,LEV錠1日1000 mgを6年間内服していた(家族からも入院前の痙攣発作の頻度についての情報が得られず,詳細は不明).1年前に肝細胞がんを指摘され,放射線治療後は経過観察とされていたが,食欲低下,倦怠感悪化,意識状態悪化により自宅療養が困難となり,近隣病院へ入院後に当院緩和ケア病棟へ転院となった.入院時のPalliative Prognostic Index(PPI)は15点,入院時Japan coma scale(JCS)II-10,血清クレアチニン値0.96 mg/dl,経口摂取困難であり,入院後からLEVは点滴静脈注射へ変更した.腎機能値の悪化はなかったため,LEV注は内服量と同量の1日2回1回500 mgとし,60分で投与することとした.入院後4日目に全身浮腫が著明となり末梢血管確保が困難となったため,LEV注の皮下注射が検討された.主治医と担当薬剤師で協議し,家族の同意を得てLEV注の皮下注射(腹部)を開始した.LEV注の皮下注射は入院後20日目死亡時まで投与継続可能であり,注射部位反応(硬結・発赤)やその他の副作用は認めなかった.また入院期間中,痙攣発作(ミオクローヌス含む)は認めなかった.
【症例2】75歳,女性
【診 断】小細胞肺がん,脳転移
小細胞肺がん,転移性脳腫瘍に対して抗がん剤治療目的で入院加療していたが,全身状態の悪化から抗がん剤治療は中止となった.中止後7日目ごろより意識障害(JCS I-3)が出現し,20日目にはJCS III-100と意識レベルはさらに低下して両上肢,顔面に痙攣が出現したためLEV注を点滴静脈注射で開始した.LEV注の開始用量は20日目の採血結果で血清クレアチニン値0.34 mg/dlと明らかな腎機能障害はみられないことから,1日2回1回500 mgとした.投与開始後は時折みられる微弱な痙攣のみで安定していた(微弱な痙攣は自然消失するため追加治療はなし).37日目にLEV注の血管外漏出を確認し,再度末梢血管確保を試みるも困難であり,LEV注の皮下投与について担当薬剤師に相談があった.主治医と協議し,家族の同意を得てLEV注の皮下注射を開始した.穿刺部位は腹部とし,投与量は点滴静脈注射と同量で投与した.皮下注射へ変更後,死亡(60日目)まで痙攣の増悪はなく,注射部位反応(硬結・発赤),その他の副作用は認められなかった.
【症例3】82歳,男性
【診 断】胃がん,肝転移,症候性てんかん
症候性てんかんに対してカルバマゼピン100 mg/日を内服していたが,服薬コンプライアンス不良から度々痙攣発作がみられていた.胃がん,肝転移と診断された後,抗がん治療は行わない方針となり,当院緩和ケア病棟に入院.入院時のPPIは9点.入院後よりカルバマゼピンの内服は中止し,LEV注を点滴静脈注射で開始した.LEV注の開始用量は高用量のカルバマゼピン使用ではなかったこと,血清クレアチニン値 0.68 mg/dlと明らかな腎機能障害はみられなかったことから,1日2回1回500 mgとした.入院2日目に末梢血管確保が困難と判断され,皮下注射へ変更することが検討された.家族の同意を得て点滴静脈注射と同量のLEV注の皮下注射(腹部)が開始となった.入院15日目まで痙攣発作は出現せず,LEV注の皮下注射時に注射部位反応(硬結・発赤)は認めなかったが,15日目にLEVとの関連が完全に否定できない胸部から腹部に皮疹を認めた.クロルフェニラミン注5 mg皮下投与ならびにジフルブレドナート軟膏塗布を開始するも改善みられなかったため,16日目に全身状態も考慮してLEV注の投与は終了とし(皮下注射部位には硬結・発赤は認めず),中止後翌日に皮疹は改善した.その後死亡時(24日目)まで痙攣発作は認めなかった.
本結果では3症例ともLEV注の点滴静脈注射から皮下注射への変更を行い,1例にLEV注との因果関係を否定できない皮疹を認めたが皮下硬結などの注射部位反応や痙攣発作の増悪は無く治療を継続することが可能であった.既報5〜7)でもLEV注の皮下注射による注射部位反応の発現は報告されておらず,LEVの皮下注射は安全に投与できる可能性がある.末梢血管確保が困難な終末期がん患者やせん妄により静脈留置針を頻繁に自己抜去される場合などに,LEV注の皮下からの薬剤投与が検討できると考える.
本症例ではLEVの血中濃度測定は実施していないが,LEVは有効性の指標となる血中濃度域が明確ではなく測定の有用性は限定的または未確定と位置づけられている10,11)ことにより,終末期がん患者に対する侵襲を減らすために実施しなかった.終末期がん患者に対するLEVの皮下注射の薬物動態についてPapaらはLEV注の皮下注射を施行した7例中6例が有効血中濃度(12〜46 µg/ml)であり(残りの1例はLEV注3000 mg/日の投与で74.8 µg/mlと高値),1000 mg/日投与患者の平均血中濃度は14.4 µg/mlであったことを報告している9).また,既存の報告5〜7)や本結果でもLEV注の皮下注射へ変更後,痙攣発作の増悪はみられていないことから,有効性の面においてもLEV注の皮下注射は有用な選択肢となり得ることを示唆している.今後,LEV注の皮下注射が静脈点滴投与以外の代替投与経路となり得るか確認するための前向きの観察研究,さらには薬物動態の解析が必要である.
痙攣を合併した終末期がん患者に対して,経口や経静脈投与が不可能な場合に限り,LEV注の皮下投与が選択肢となる可能性がある.一方で終末期がん患者において,抗痙攣薬の予防投与の必要性については慎重に検討する必要がある.
著者の申告すべき利益相反なし
山本は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,解釈,原稿の起草に貢献;渡邊は研究の構想およびデザイン,分析,解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;櫻井,近藤は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;浅井,木原,小田切は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.