Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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原著
新指針に基づいた緩和ケア研修会前後での他職種も含めた緩和ケアの知識・困難感の変化
山本 亮木澤 義之永山 淳上村 恵一下山 理史
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2021 年 16 巻 1 号 p. 73-78

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Abstract

【目的】がん対策推進基本計画の改定で緩和ケア研修会の開催方法が変更され,対象が医師以外にも拡大された.本研究の目的は,新指針緩和ケア研修会の教育効果を受講生の自己評価により検証することである.【方法】2018年度に新指針緩和ケア研修会を修了したすべての受講生を対象とし,研修開始時と修了時の緩和ケアの知識(PEACE-Q)および緩和ケアの困難感(PCDS)のスコアを比較した.【結果】11,124名が研修会を修了した.研修開始時と修了時を比較すると,PEACE-Qは24.1から30.0と上昇(p<0.0001),PCDSは45.2から39.2へと低下した(p<0.0001).職種ごとの解析でも同様の結果であった.【結論】新指針緩和ケア研修会でも,研修会修了時に緩和ケアの知識は向上し,困難感は低下していた.職種ごとの解析でも同様の結果であり,本研修会の教育効果は職種によらず認められることが示唆された.

緒言

2006年にがん対策基本法が成立し,それに基づくがん対策推進基本計画において,「すべてのがん診療に携わる医師が研修等により,緩和ケアについての基本的な知識を習得する」ことが目標として定められた.この計画に基づき,厚生労働省から委託を受けた日本緩和医療学会が日本サイコオンコロジー学会と協力し,基本的緩和ケア教育プロジェクトであるPEACE(Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education)プロジェクトを立ち上げ,研修会のパッケージを作成し,これを用いた研修会が全国の診療連携拠点病院を中心に開催されることとなった.

緩和ケア研修会を受講したことによる変化を質的に評価した研究1)では,緩和ケア研修会を受講することは緩和ケアを系統的に学ぶことができ,他の医師の実践を知ったり,ネットワークの構築に役立つ可能性があることが示唆された.223名の医師を対象とした研修会前後での緩和ケアの知識や緩和ケアに関する困難感を調査した研究2)では研修会後に緩和ケアの知識が向上し,その効果は2カ月後も持続し,緩和ケアに関する困難感も2カ月後には有意に改善していた.さらに,研修会前後での緩和ケアの実践の変化をみた質問紙調査3)では,研修会受講により緩和ケアの実践を専門家に任せるのではなく,自ら実践を行う方向に傾向が移っていた.

また,がん対策基本法施行直後である2008年と2015年に全国の医師を対象として実施された緩和ケアに関する知識,困難感に関する大規模な質問紙調査4)では,この7年間で医師の緩和ケアの知識は有意に改善し,困難感は減少した.また,傾向スコアマッチングを用いた解析で,研修会を受講した医師は,受講していない医師に比べて有意に緩和ケアに関する知識が多く,困難感が低かった.このように,医師の自己評価ではあるものの,緩和ケア研修会には一定の効果があることが間接的に示唆されてきた.

2017年にはがん対策推進基本計画の見直しが行われ,受講率向上に向けて研修形式を医師が受講しやすく,かつ病院の開催負担も軽減させるため,12時間の講義とグループワークで構成された従来の緩和ケア研修会が,e-learningとグループワークのための集合研修を組み合わせた形で行われることとなり,さらに従来は医師を対象とした研修会であったものが,チーム医療の観点から対象者を看護師や薬剤師等の医療従事者も受講可能となるよう,緩和ケア研修会の開催指針が変更になった.PEACEプロジェクトでは,新しい指針に合致するよう,研修会のパッケージを変更した.すなわちe-learningシステムを構築・稼働させ,新指針に合致した1日の集合研修のプログラムを作成した.e-learning部分は,これまでの講義内容を元に内容の見直しを行い,看護師や薬剤師の視点についての内容を追加した.集合研修における事例検討やロールプレイは,事例を新しくした以外にはとくに改変を行わなかった.なお,新しいシステムを構築する際に,研修開始時と全ての研修が修了したときに受講生がそれぞれテストを行い,前後比較が可能となるよう設計が行われ,2018年4月よりe-learningシステムが稼働し,新形式による研修会が開始された.

そこで今回われわれは,新指針に準拠した緩和ケア研修会によって,研修会受講者の緩和ケアの知識が改善し,緩和ケアに対する困難感が軽減するかどうかを,全国すべての受講生を対象として検証することを主目的に本調査を行った.さらに研修会の参加者が医師以外にも広げられたことから,職種別の本研修会の教育効果についても副次目的として評価することとした.

方法

対象

2018年度に新指針に基づく緩和ケア研修会を修了したすべての研修会受講者を対象とした.

調査方法と調査項目

新指針に基づく研修会では,研修会受講者がe-learning登録時(学習開始時)にe-learningシステム内にあるプレテストとプレアンケートに回答し,集合研修を含めたすべてのプログラムを修了した時点でシステム内のポストテストとポストアンケートに回答することになっている.そこで,2018年度(2018年7月1日〜2019年3月31日)にe-learningと集合研修会を修了し,緩和ケア研修会の受講を修了したすべての受講者の,プレテスト・プレアンケート,ポストテスト・ポストアンケートの結果を抽出し,プレテスト,ポストテストの合計点数の比較,プレアンケート,ポストアンケートにおける緩和ケアの困難感尺度(PCDS)の合計点および各ドメインの比較を行った.データの抽出は緩和医療学会委託事業担当の事務職員が行い,データベースから必要な項目のみを選択してcsvファイルとして抽出した.このため抽出データには最初から個人情報は含まれていない.

プレテストとポストテストには,基本的緩和ケアの知識を測定するためにPEACEプロジェクトで開発し,信頼性・妥当性を評価した評価尺度であるPEACE-Q5)が用いられている.PEACE-Qは9領域33問の正誤問題から構成され,その総得点数は,すべて不正解の0点からすべて正解の33点までに分布し,点数が高いほど基本的緩和ケアの知識が高いことを示す.また,緩和ケアの困難感尺度であるPCDS6)は,わが国において信頼性・妥当性が検証済みの評価尺度であり,症状緩和,専門家の支援,医療者間のコミュニケーション,患者・家族とのコミュニケーション,地域連携の5領域計15問の質問から構成され,それぞれの質問は「非常によく思う」から「思わない」までの5段階で回答し,総得点はすべて「非常によく思う」の75点から,すべて「思わない」の15点までの範囲に分布し,総得点が低いほど,緩和ケアに関する困難感が低いことを示す.

解析方法

解析方法は,対応のあるt検定とし,研修会受講前後での変化について検討した.また,職種を医師,看護師,薬剤師,歯科医師,リハビリ職,医療ソーシャルワーカー,その他の職種に分け,それぞれの職種で別々に解析し,結果を比較した.統計処理にはJMP10 (SAS Institute Inc., Cary, NC, USA) を用い,有意水準は両側検定で5%とした.

倫理的事項

本調査は,佐久総合病院佐久医療センター臨床研究・治験審査委員会の承認を得て実施した(管理番号R201911-02).なお,本調査はデータ収集の時点で個人情報を削除するため,個人情報が含まれない調査であり,「臨床研究に関する倫理指針」に従って実施した.

結果

対象期間に11,124名の受講生が研修会を修了した.対象者の背景を表1に示す.医師が8,246名と74.1%を占め,ついで看護師1,674名(15.0%)であった.医師のうち3,177名(38.5%)を占めたのが初期臨床研修医であった.専門・認定看護師の受講はごく少数であった.

主要評価項目であるPEACE-Qのスコアは表2に示したように,研修会受講前24.1点(正答率73.0%)から研修会受講後には30.0点(正答率90.9%)に有意差をもって上昇していた.PCDSのスコアについては,研修会受講前には45.2点であったものが,研修会受講後には39.2点に有意差をもって低下していた.PCDSの領域ごとの変化については,症状緩和では11.1点が9.01点に,専門家の支援は7.94点が6.55点に,医療者間のコミュニケーションは7.98点が7.13点に,患者・家族とのコミュニケーションは10.0点が9.23点に,そして地域連携は8.19点が7.30点にと,すべての領域において有意差をもって改善が認められていた.

職種別による比較では,表3に示した通り,すべての職種においてPEACE-Qスコアは研修会受講後に有意差をもって上昇し,PCDSスコアは研修会受講後に有意差をもって低下していた.PEACE-Qスコアは,研修開始時には職種による点数の差が見られたが,研修会受講後には全職種で28点(85%)以上となっていた.

表1 対象者の背景
表2 研修前後でのPEACE-QおよびPCDSの変化
表3 職種別にみた研修会前後のPEACE-QおよびPCDSの変化

考察

本研究は,がん対策推進基本計画に基づいて全国で開催されている「がん診療等に携わる医師等に対する緩和ケア研修会」の教育効果を全国規模で測定した初めての研究である.これまでは,それぞれの施設における参加者に限定した教育効果の測定しか行うことができなかったのが,e-learningシステムを利用することで,全国データを解析することが可能となったことは非常に意義があると考える.

一方でe-learningと集合研修を組み合わせるハイブリッド型の研修になり,従来の研修会と同等の教育効果が期待できるか疑問の声があったことも事実である.旧指針で開催された研修会の前後比較研究2)ではPEACE-Qの平均値は21.7点から28.7点に上昇しており,本研究での24.1点から30.0点とほぼ同等の結果であった.同様に先行研究ではPCDSは44.4点から39.4点に減少しており,本研究の45.2点から39.2点とほぼ同等の結果であった.これらの結果から新指針における研修会においても,従来の研修会と同等の教育効果が得られていたことが示唆される.

さらに,新指針の研修会では,対象が医師以外にも拡大された.元々のPEACEプログラムは,卒後3年目の医師が習得しているべき緩和ケアの能力を習得することを目的としたレベル設定で作成されており7),対象を医師以外に拡大することで,他職種にも十分な教育効果が得られるのか不明であったが,本研究の結果からは,他職種においても研修会修了後のPEACE-Qの正答率は85%以上にまで上昇しており,医師と同等の教育効果が得られたことが示唆された.さらに,研修開始時に認められていた職種間の知識の差が,研修会修了時には解消されていた.研修会を受講することで,緩和ケアに関する基本的な知識が職種によらず一定に保たれるようになることは,多職種連携を進めていくうえで意味があると考えられる.

緩和ケアに関する困難感尺度であるPCDSの各領域毎の変化では,いずれも有意差をもって改善が認められた.しかし,症状緩和と専門家の支援の2領域ではeffect sizeが大きかったものの,医療者間のコミュニケーション,患者・家族とのコミュニケーション,地域連携の3領域とでは,effect sizeはそれほど大きくはなかった.研修会を通じて,症状緩和のための知識を得たり,講師やファシリテーターである緩和ケアの専門家との関係性が構築されることに比べ,コミュニケーションや地域連携といった要素は研修会の参加のみでは改善することが難しいためであると考えられる.

本研究の限界を述べる.まず,ポストテストならびにポストアンケートは,集合研修修了直後に行われる.研修会直後には知識が向上していることは容易に想像できるが,その効果が一時的なものなのか,知識として保持されているのかについては明らかではない.しかし,新指針になり,e-learningの受講は集合研修受講よりも前に行われる.知識面の学習はほとんどがe-learningで行われるため,集合研修受講直後の評価だったとしても,ある程度の時間が経過しており,一定量の知識が保持されているものと考えられる.次に,あくまでも受講生の自己評価での検討であるため,実際の緩和ケアの質が向上しているのかどうかについては明らかではない.これらを検証するためには,個人のレベルでは学習者自身へのインタビューや他者評価による行動変容の評価を行うことが必要である.さらにプログラム自体の効果を評価するためには,中等度以上の疼痛に対するオピオイド使用,疼痛に関する専門スタッフへの紹介といった緩和ケアのQuality Indicator8,9)を用いた定量的な評価や,遺族調査や患者調査から苦痛症状がなく過ごせている人の割合を測定したりといった評価が必要であろう.ただし,これらの指標は研修会単独の教育効果を見る指標とはならず,わが国が行っているがん対策推進事業全般における効果を測定することとなり,研修会単独の効果を測定する指標にはならないと考えられる.

結論

新指針に基づいた緩和ケア研修会においても,研修会修了後には研修開始時と比較して,緩和ケアの知識は向上し,緩和ケアに対する困難感は低下しており,旧指針と同等の効果が見込まれる.さらに看護師をはじめとした他職種に対しても,医師と同様の結果が得られており,本研修会による基本的緩和ケアに対する教育効果は職種によらず認められることが示唆された.

利益相反

すべての著者に申告すべき利益相反なし

著者貢献

山本,木澤は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析,研究データの解釈,原稿の起草に貢献;永山,上村,下山は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

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