Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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活動報告
苦痛のスクリーニング導入前後の緩和ケア介入件数に関する後方視的コホート研究
伊木 れい佳齋藤 恵美子和田 伸子高田 寛仁四宮 真利子嶋田 雅俊田中 雅子吉住 智奈美阪井 宏彰片岡 裕貴
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2021 年 16 巻 1 号 p. 93-98

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Abstract

【背景と目的】国内外を通し苦痛のスクリーニングの効果を検証した研究は少ない.今回兵庫県立尼崎総合医療センターにて化学療法導入時にスクリーニングを実施し,緩和ケア介入件数が増加するかを検討した.【方法】2018年2月から2019年1月に化学療法同意書を発行された患者を対象にスクリーニングを実施した.回帰不連続デザインを用いて導入前後の緩和ケアチーム介入件数の変化を評価した.スクリーニング回収率を算出し,回収に影響した因子についてロジスティック回帰分析にて評価した.【結果】チーム介入件数の変化の推定値は3.32件/月(95%CI: −3.19〜9.82)であった.回収率は月平均35.2(±7.94)%であり,回収有に関して診療科による差がみられた.【結論】当院で導入したスクリーニングでは緩和ケア介入件数の有意な増加は得られなかった.

緒言

がん患者はその闘病生活の中で様々な苦痛を経験する.苦痛はQuality of Life(QOL)を低下させ身体機能や予後に悪影響を及ぼすとされ,早期から適切に対処することが肝要である1,2).日本では2014年に厚生労働省より「がん診療連携拠点病院等の整備に関する指針」が発表され,がん診療連携拠点病院における緩和ケアの提供体制として,すべてのがん患者に苦痛のスクリーニングを実施し適切なケアを行うことが求められるようになった3)

スクリーニングに関する報告には,実施状況や方法の比較などについて述べた記述研究が多数存在するが,実際どのような効果が得られたのかを検証した研究は少数にとどまり,有用性に一致した見解は示されていない4,5).本邦においては,がん患者のうつ病と適応障害のスクリーニング効果を前後比較で検証した論文が2編存在するが6,7),身体的苦痛を含む全人的苦痛のスクリーニング効果に関する同様の報告はない.

兵庫県立尼崎総合医療センター(以下,当院)では2018年2月から化学療法導入時および薬剤変更時に「生活のしやすさに関する質問票」8)を実施できるよう整備した.そこで今回,新たに導入した苦痛のスクリーニングにより院内の緩和ケア介入件数の増加が得られるかを,回帰不連続デザインを用いて評価することとした.

方法

研究デザイン

本研究は,苦痛のスクリーニング実施前後の緩和ケア介入件数の変化を解析した後ろ向きコホート研究である.

セッティングとスクリーニング方法

当院は兵庫県指定がん診療連携拠点病院として阪神地域のがん診療に従事する730床の中核病院である.当院では緩和ケアの充実を図るため,2010年より入院中のがん患者に対してSupport Team Assessment Schedule日本語版(STAS-J)9)を用いたスクリーニングを継続してきた.そして2018年2月より,入院外来を問わず化学療法導入時および薬剤変更時に主観的評価である「生活のしやすさに関する質問票」を簡略化したものを実施できるよう追加整備した.質問票は化学療法の同意書とともに印刷され,主治医から患者に手渡された.記入された質問票は患者から主治医に提出され,症状スコアが4点以上の項目がある場合,3点以下でも介入が必要と考えられる場合,あるいは各部署への紹介希望がある場合に,緩和ケアチーム,ソーシャルワーカー,がん看護外来,栄養士に紹介されるようシステム化した.

調査方法と分析方法

1)スクリーニング導入前後の緩和ケアチーム介入件数の変化の検証と,2)スクリーニングのアドヒアランスの関連要因の検討とに分けて提示する.いずれも統計パッケージとしてR3.5.3を使用した.また本研究は院内倫理委員会の承認を経て,ウェブページへの情報公開と拒否の機会を提供するオプトアウトにて対象者の同意を得た.

1)スクリーニング導入前後の緩和ケアチーム介入件数の変化の検証

2015年7月1日から2019年1月31日に当院に通院歴のあるがん患者を対象とした.診療録より2015年7月1日から2019年1月31日までの緩和ケアチーム介入件数を取得した.

研究期間中に化学療法同意書を発行された患者は3120例であった.非がん症例・がん登録情報のない症例・重複がん症例を除き,重複した同一症例を一例とし,最終的に2316例が解析対象となった.研究対象者について,がん登録情報より年齢,性別,がん腫,診療科,臨床病期の情報を得た.

回帰不連続デザインを用いて,スクリーニング導入前後の緩和ケアチーム介入件数の変化を評価した.回帰不連続デザインは,ある連続変数の値が特定のカットオフ値よりも高いか低いかによって,治療群になるか対照群になるかを決め,介入効果を推定する方法である.今回,連続変数を時間経過,カットオフ値をスクリーニング導入時(2018年2月),効果を緩和チーム介入件数と定義して解析を行った.

2)スクリーニングのアドヒアランスの関連要因の検討

2018年2月1日から2019年1月31日において当院通院中に化学療法同意書を発行された患者を対象に新規スクリーニングを実施した.

同期間中に回収されたスクリーニングは846件あり,重複した同一症例を一例とし,585件が解析対象となった.

月ごとのスクリーニング回収率を算出し,回収に影響した因子(年齢,性別,臨床病期,診療科)についてロジスティック回帰モデルを用いて評価した.診療科のオッズ比は血液内科をreferenceとして算出された.

結果

スクリーニング導入前後の緩和ケアチーム介入件数の変化における不連続回帰デザインの解析対象となった患者の背景を表1に示す.60歳以上の患者が79.3%,男性が60.5%であった.化学療法を実施した診療科は,多い順に呼吸器科28.5%,消化器科28.3%,血液内科20.9%,さらに乳腺外科,泌尿器科と続いた.臨床病期はI期12.3%,II期14.9%,III期22.1%,IV期38.3%であった.

緩和ケアチーム介入件数の変化を図1に示す.実線はImbens and Kalyanaraman’s(2012)approachを用いて最適なバンド幅を求めた後,線形回帰モデルからフィットさせたものであり,点線はその信頼区間を示す.件数変化の推定値は3.32件/月(95%信頼区間:−3.19~9.82)と件数の有意な増加は得られなかった.

スクリーニング回収率は月平均35.2(±7.94)%であった.スクリーニングが回収された症例について,アドヒアランスに関連した可能性のある年齢,性別,臨床病期,診療科を説明変数としてそれぞれの調整オッズ比を算出した.その結果,年齢・性別・臨床病期による差はなかったが,呼吸器内科や消化器外科で回収率は有意に高く,診療科による差がみられた(表2).

表1 緩和ケアチーム介入件数の変化における回帰不連続デザインの対象患者背景
図1 緩和ケアチーム介入件数の変化
表2 スクリーニング回収例に関するアドヒアランス関連要因と調整オッズ比

考察

本研究は,全人的苦痛に対するスクリーニングの有効性について,導入前後の緩和ケア介入件数の変化を指標に評価した国内初の試みである.これまでthe National Comprehensive Cancer Networkをはじめとする複数の組織が,苦痛のスクリーニングを実施し患者の苦痛に早期から対応することを推奨してきた1012).しかしその有効性を検証した研究は少数にとどまる.いずれも海外からの報告であるが,患者の苦痛症状の緩和をアウトカムとした比較試験では,スクリーニングにより患者の幸福さや身体的・精神的・実務的問題が改善したとしている13,14).また本研究と同様に緩和ケア介入件数をアウトカムとした研究では,スクリーニング導入により心理社会的ケアへの紹介件数が増加したと報告している15).しかしこれらは単施設での研究で,患者背景やスクリーニング法,アウトカムも異なり,結論を一般化することは困難である.一方,日本では,苦痛のスクリーニングは実施可能性や効果の検証がなされないままがん診療連携拠点病院の要件の一つとなった.要件化から5年が経過した現在,厚生労働省は苦痛のスクリーニングに関する事例集を報告し,実施状況に関する質問紙調査や特定の施設のおけるスクリーニング導入の取り組みを紹介しているが,未だその有効性を検証した報告はない16).今回当院で本研究を行うにあたり,スクリーニングの効果として緩和ケア介入件数は増加することが期待された.しかし海外からの報告と異なり,件数の増加は確認できなかった.苦痛のスクリーニングの真の目的は,苦痛を拾い上げ,適切に対処することで患者の苦痛緩和につなげることである.スクリーニングを導入しても介入につながらなければ苦痛は緩和されず有用とはいえない17).今後各々の医療機関が,現場での実施可能性や有効性を評価し,苦痛のスクリーニングという方策に対するフィードバックならびにケアにつなげる努力を行う必要がある.

当院において緩和ケアチーム介入件数の増加が得られなかった理由はいくつか考えられる.第一に,現在スクリーニング対象が化学療法実施中のがん患者に限定されており,緩和ケア介入件数全体への影響が少なかったことが挙げられる.第二に,スクリーニング回収率が約3割と低く,十分に苦痛を拾い上げられなかった可能性がある.第三に,介入を必要とする回答が得られても適切なケアにつなげられなかった可能性がある.このうち回収率に関与した因子を検討したところ,年齢や病期といった患者背景による差はなく診療科による有意な差がみられた.各科への周知を繰り返したが回収率は改善せず,実臨床での理想的な運用に伴う困難が実感された.

本研究の限界として,まず単一施設での後方視的研究であり結果を一般化できないことが挙げられる.次に,前述のように対象者をがん患者全体としていない点が挙げられる.とくに化学療法中は医療従事者とコンタクトをとる機会が多く,苦痛を相談する場が比較的豊富にあり,スクリーニング効果が過小評価された可能性がある.第三に,質問票について高齢がん患者が多いことを踏まえ「生活のしやすさに関する質問票」を簡略化して使用したが,質問項目の内容や点数化の信頼性・妥当性には検証の必要がある.第四に,今回有効性を示すアウトカムとして緩和ケア介入件数を使用したが,本来スクリーニングの有効性は苦痛症状やQOLの改善で測るべきであり,介入件数の変化が苦痛緩和を反映しているとは限らない点が挙げられる.最後に,回帰不連続デザインの短所として,スクリーニングを導入した時期に他の措置が開始されたり対象集団そのものに変化が生じた場合,結果が影響される点が挙げられる.今回2018年2月時点で緩和ケア介入体制に大きな変化はなかったが,4月には医療従事者の入れ替わりがあり,診療体制に不慣れな新入職員が増加することで介入件数の推移に影響を受けた可能性がある.

結論

当院において新たに苦痛のスクリーニングを導入したが,緩和ケア介入件数の増加は得られなかった.その要因として,スクリーニング対象者が限定されていることや回収率の低さが挙げられた.

謝辞

本研究にご協力いただいた患者様,共同研究者の皆様に心より御礼申し上げます.

利益相反

すべての著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

伊木は研究の構想,研究データの収集・分析,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容にかかわる批判的な推敲に貢献;片岡は研究のデザイン,データの分析,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;齋藤,和田,高田,四宮,嶋田,田中,吉住,阪井は研究データの収集,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
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