Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
筋萎縮性側索硬化症患者の難治性疼痛の軽減にフェンタニル貼付剤が有効であった1例
小髙 桂子藤田 淳子佐藤 雄紀
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2021 年 16 巻 2 号 p. 179-184

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Abstract

【緒言】筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis: ALS)の患者の難治性疼痛に対し,フェンタニル貼付剤を導入し,患者の苦痛緩和に有効であった症例を経験したので報告する.【症例】75歳男性.2010年ごろより歩行困難,全身の疼痛を自覚し,2013年にALSと診断された.2019年に胃瘻造設・気管切開となり,全身痛にモルヒネ塩酸塩を1日6回使用していたが効果不十分であったため,フェンタニル貼付剤を導入することで安定した疼痛緩和が可能となった.【考察】ALSの疼痛緩和に対するモルヒネの有効性は確認されている.しかしながら投与経路・投与法の煩雑さや効果の切れ目による苦痛の自覚という問題点もあり,フェンタニル貼付剤はその欠点を改善できる可能性がある.

緒言

世界保健機関(WHO)は,緩和ケアの対象を悪性疾患(がん)のみでなく,治癒が困難なすべての進行性疾患としている.ALSは,上位・下位運動ニューロンが特異的に障害される進行性神経変性疾患であり,病状の進行に伴う患者の苦痛症状は,呼吸困難,疼痛,抑うつなどが挙げられている1).呼吸困難や難治性疼痛の緩和に,モルヒネ26)が有効であることが知られている.今回われわれは,長期間の難治性疼痛に対してのモルヒネ塩酸塩の効果が不十分な患者に,フェンタニル貼付剤を導入し,患者の苦痛緩和に有効であった症例を経験したので報告する.

症例提示

【症 例】75歳男性

【主 訴】全身性の難治性疼痛

【家族歴】特記すべきことなし

【合併症】糖尿病(発症時期不詳)

入院までの経過

2006年ごろより上肢手指の脱力や転倒,2010年ごろより徐々に歩行困難と全身の疼痛が出現した.2013年精神神経センターでの精査を経てALSと診断された.このときには,下肢筋優位の表在感覚鈍麻,振動覚低下が認められ,以前同様の痛みが持続していた.感覚障害に関しては糖尿病性末梢神経障害の関与も考えられた.受診先を変更した2014年には通院中の神経内科より,この全身痛に対してプレガバリン75 mg/日が投与され2カ月後に150 mgに増量された.またデュロキセチン20 mg/日が追加となり3カ月間投与されたが,両者とも効果なく中止となった.2016年には疼痛軽減目的で鍼灸治療が実施され,施術後数日間は疼痛改善が得られることがあった.同年,通院先が神経専門病院に変更となり,エチゾラム2 mg/日が開始された.2017 年に疼痛の原因は筋力低下と他院で指摘されたため,マッサージが試されたが疼痛の改善はなかった.このころに病院通院は終了となり,訪問診療が開始された.当時より患者は強い全身痛のために臥床できず,夜間不眠のためトリアゾラム0.125 mgの内服を要した.またエチゾラム0.5 mg/回の内服後に疼痛は軽減されないが体は楽になるとの表現があり,同薬を1日に3〜4回内服していた.さらに,神経内科専門医の助言により,クロナゼパムやアミトリプチリン(用量や投与期間の詳細は不明)が試されたが,いずれも鎮痛効果がなかった.強い全身痛による患者の苦痛はそれまで試したどの薬剤にも不応性かつ耐えがたい状況であったため,往診医はモルヒネ塩酸塩水和物液5 mg1日2回の定時投与を開始した.モルヒネの内服後は疼痛スケールNumerical Rating Scale(NRS)が8/10から2/10に大幅に軽減した.数日後から再度,モルヒネ5 mgを6回/日まで増量後にモルヒネ硫酸塩(徐放剤)20 mg/日に変更したが,強い悪心のためモルヒネは継続できなかった.2019年5月に誤嚥性肺炎で他院に入院し気管切開および胃瘻造設術を受けた.6月のHbA1cは6.1%,グリコアルブミンは23.4%で,血糖測定後に随時インスリンを使用していたが,その後,定期インスリンに切り替えを行った.この入院を契機に患者は寝たきり状態となった.退院後,痛みの増悪のため,他院に疼痛コントロール目的で入院となった.モルヒネ2.5 mg/回を胃瘻へ1日6回(計15 mg/日)定時注入を再開した.不定期に生じる嘔気に対し,メトクロプラミド5 mgあるいはプロクロルペラジン5 mgを1日に3回,夜間の不眠に対しスボレキサント15 mgを使用していた.しかしながら,モルヒネによる鎮痛効果が減弱するタイミングで痛みの訴えが強いため,同年12月,疼痛コントロール目的で当科へ紹介入院となった.

入院時現症

初診時,意識レベルは清明,意思疎通は電気式人工喉頭により,十分ではないが可能であった.呼吸は気管切開後で人工呼吸器(バイパップモード)を使用しており,胃瘻から経管栄養(1日3回)と投薬を行っていた.頻回に生じる悪心に対し,メトクロプラミド5 mgやプロクロルペラジン5 mgを訴えに合わせ1日に3回程度使用していた.初診時の疼痛スケールは,NRS 6.5/10で,四肢には上肢・下肢とも同程度の感覚鈍麻が存在した.患者は,数年変わらない同じ性状の痛みであり,他動時に増悪しないピリピリとした自発痛で,全身の締め付けられる痛みと表現した.高度の関節拘縮は生じておらず,四肢関節の他動運動による痛みの増悪はなかった.疼痛増強時のNRSは8〜9/10であり,モルヒネ2.5 mgの胃瘻注入後(以下,注入後)にNRS 6/10まで軽減したが同時に悪心が悪化するサイクルがみられた.またモルヒネの鎮痛効果が減弱するタイミングで強い痛みを訴えた.

入院経過(図1

モルヒネ硫酸塩の再使用の提案に対しては,過去の悪心の出現の経験から強く拒否された.悪心は,経管栄養と同時のタイミングでモルヒネ投与を行っていた影響も考えられたため,注入時間の工夫を行うこととし,朝6時からモルヒネ2.5 mgを4時間ごとの定時注入予定とし,制吐剤は訴えに合わせた頓用使用とした.過去にモルヒネ30 mg/日までの使用経験時にも過鎮静や呼吸抑制はみられなかったことから,同等用量のフェンタニル貼付剤をモルヒネ定時投与に併用しても安全性は担保できると判断した.患者にフェンタニル貼付剤をモルヒネ定時投与した場合の利益とリスクに関する十分な説明をし,同意を得た後に,フェンタニル貼付剤6.25 μg/hr(経口モルヒネ換算15 mg/日)をモルヒネの定時投与(15 mg/日)に併用する形で入院当日の18時に貼付開始とした.疼痛のみならず,意識レベルや呼吸回数を綿密に観察,評価し,図1に示すように貼付剤用量を漸増し,7日目に25 μg/hrまで増量した.フェンタニル貼付剤開始後は,オピオイド過量や悪心の増強を避けるために,モルヒネの定時注入予定時刻に疼痛強度(NRS)を訊ねて,希望時のみ注入を行う方式に変更した.NRSは常に6~8/10で推移したが,疼痛による苦痛の程度は必ずしもNRSと一致せず,NRS 8/10でも注入希望がない場合があった.フェンタニル増量にあたり,呼吸状態に変化なく,入院9日目の血液ガスデータは,pH 7.468,PCO2 37.5 mmHg,PO2 96.2 mmHg,BE 2.8 mEq/Lと良好で呼吸モードの変更は必要なかった.入院前から持続する悪心に対し,第3病日よりモサプリドを定期投与とし,悪心の訴えが強いときにクロプロルペラジンの頓用の使用を継続した.また,胃内に多量の気体の存在が確認されたためジメチコンを併用し,以前にも使用歴のある大建中湯を再開した.これにより,悪心の訴えの頻度は低下した.フェンタニル貼付剤を25 μg/hrまで増量後,NRSは8/10と変化がなかったが,モルヒネ注入回数は当初の6回/日から平均3回/日にまで減少した.患者は痛みは多少軽減し,「気分もよい」と表現した.意識レベルや呼吸状態に変化なく2週間の入院で退院予定であったが,退院間近に気管支肺炎を発症し退院が延期となったことで,気分の落ち込みと痛みの訴えがともに増強したため,ミルタザピン15 mg/日を追加した.気管支肺炎の治療経過とともに抑うつ気分の改善もみられた.退院前の痛みはNRSで8/10であったが,痛みは軽減しているとの表現がみられ,第35病日に自宅退院できた.退院後8カ月が経過した現在も,患者は穏やかに自宅療養を継続している.

図1 入院経過

考察

過去には,ALSは純粋な運動ニューロン疾患との認識であったことから,ALS自体には疼痛はないとされていたが,約35年前に初めてALS患者の慢性疼痛の報告がなされた7).疼痛の頻度としては,約50数%の患者に疼痛の訴えがあり2,8),終末期になると7〜8割に達するとの報告もある9).現在までに,疼痛は罹病期間と機能低下の程度により増強し5),また,Quality of Life(QOL)の低下と高頻度のうつ病の合併に関連していることも報告されている5,10)

疼痛の原因として,筋痙攣や痙縮に伴うもの,進行期においての筋萎縮による骨や関節への圧力によるもの,不動のための皮膚の圧迫によるもの,また,他の併存疾患に関連するもの,などが挙げられている1113).疼痛の病態に関しては,自発性や誘発性症状の存在14)から神経障害性疼痛や,また,筋萎縮や組織変性に伴う侵害受容性疼痛などが考えられている.ALS患者の疼痛における神経障害性疼痛の割合は,さまざまな報告15,16)がされているが,一定の見解は示されていない.さらに,近年は,末梢からの慢性の侵害受容性ないしは神経障害性の刺激や慢性の心理的ストレス,睡眠障害による中枢性感作の概念も提唱されており,ALS患者の疼痛に関与している可能性がある17,18)

本症例の疼痛は,ALS診断前から存在しており,発症時期不明の糖尿病も合併していたことから,当初の全身痛に関しては,糖尿病性末梢神経障害の陽性症状であった可能性も否定できない.しかしながら,ALSの感覚障害は,運動障害が顕在化する前から生じる可能性も指摘されており14),診断以降継続していた疼痛は,慢性の経過の中で疼痛のメカニズムが変化してきた可能性も否定できない.さらに,検索されていないが,線維筋痛症やリウマチ性多発筋痛症,疼痛性障害など全身性疼痛疾患を併存していた可能性も考慮すべきと思われる.また,糖尿病の発症時期も不明で,ALS発症後の経過中に,血糖コントロールの状態も不明であったことから,糖尿病性の末梢神経障害の程度も確認しづらく,疼痛の病態にどの程度影響があるのかも評価が困難であった.以上のことから,本症例の疼痛に関しては,多施設での過去の経過をさかのぼりデータを収集することが困難であったため,入院時に訴えた症状や把握しうる経過からは,正確な疼痛の病態診断を行うには限界があった.

ALS患者の疼痛対策としては,初期のころの筋痙攣に対しては抗けいれん薬や筋弛緩薬を使用し,拘縮や不動・圧迫などが生じる時期には非ステロイド系鎮痛薬やアセトアミノフェンの使用,鍼治療などが考慮される.また,神経障害性疼痛の要素を考慮したプレガバリンやデュロキセチンなどの使用が行われている.さらに,ALSに合併しやすい抑うつ状態による疼痛閾値の低下に対する抗うつ薬なども考慮される.しかし,これら薬剤によっても症状緩和が十分でない場合,オピオイド鎮痛薬の使用が検討され,その有効性が報告されている2,19)

従来より,高度の疼痛に使用されてきたモルヒネ塩酸塩は効果持続が数時間と短時間のため,投与経路によっては頻回投与の煩雑さや,効果の切れ目による患者の苦痛が生じる場合もある20).この場合には,徐放性剤であるモルヒネ硫酸塩への変更も有用とされるが,本症例ではモルヒネ硫酸塩で悪心のコントロールがつかず継続不能であった.また,わが国ではモルヒネ硫酸塩は本症例のような非がん性疼痛に保険適応外という別の問題も存在する.オピオイド鎮痛薬には,受容体の異なる薬剤が数種存在するが,今回の増量にあたり,純粋なμ受容体作動薬であるモルヒネが疼痛に有効であったことから,同様にμ受容体作動薬で非がん性疼痛に保険適応があるフェンタニル製剤を選択した.フェンタニル貼付剤は,2010年より難治性慢性疼痛に使用が認められているが,ALS患者の疼痛緩和に対して導入した症例はまだ報告がない.1日貼り換えフェンタニル貼付剤は,貼付開始より3日目で血中濃度が平衡に達し,以降貼付時間を守れば安定した効果が得られる21,22)ため,効果は持続的でモルヒネで生じるいわゆる「効果の切れ目」がなく,さらに貼付剤という簡便さも患者にとっては有用性が高い.しかしながらフェンタニルはモルヒネと比べ,治療域と呼吸抑制の副作用の安全域が狭く23),また経皮吸収過程やクリアランスの個人差が指摘されている24)

本症例では,入院前に使用していたオピオイド量から換算し初回貼付量を決定した.増量経過中に効果の切れ目を感じにくくなり,呼吸抑制の重篤な副作用が生じておらず,かつ患者のNRS表現では変化がないものの,満足度が高まった時点である入院前の4倍量まで増量したところで維持量とした.フェンタニル貼付剤の開始にあたっては,とくに呼吸機能の低下したALS患者には,開始や増量にあたり,呼吸状態のモニタリングが必要となることから,可能な限り入院での慎重な経過観察を行うべきである25)

また,先に挙げたように,ALS患者は抑うつ状態を合併している患者も多く,疼痛の修飾因子,さらには中枢性感作の要因となっている.ALS患者のうつ病有病率は軽度29%および重度6%であり,疾患の期間や進行度と相関していなかったという報告もある26).本症例も入院前より長期の罹病のため抑うつ傾向があり,入院中の気管支肺炎により抑うつ症状が増悪すると同時に,痛みの訴えが強くなった.本症例のフェンタニル貼付剤の効果においても,追加した抗うつ薬により疼痛閾値が上昇した結果,相乗効果となった可能性も考慮すべきと思われる.さらに,入院前からの不定期の悪心に対する対策の反省点としては,悪心の原因がオピオイド鎮痛薬,糖尿病性の自律神経障害,呑気などの影響も考えられるが,少なくともオピオイド鎮痛薬を増量するにあたり,当初より定期的投与を行えば,悪心症状の増悪を多少なりとも軽減できた可能性も考えられた.

ALS患者の疼痛は,その原因が診断されていない併存疾患を含め多因子にわたる可能性があるため,病態にあった鎮痛薬の選択は,非常に慎重に行われるべきである.フェンタニル貼付剤は,オピオイド鎮痛薬での疼痛緩和が必要な患者のオピオイド鎮痛薬の血中濃度を安定させることで,身体的・心理的苦痛を緩和できる一方法として有用である可能性が示唆された.

結論

モルヒネ塩酸塩の定時投与では満足な疼痛緩和が得られないALS患者の難治性疼痛に対して,フェンタニル貼付剤を慎重な監視体制で導入し,苦痛軽減が得られた1例を報告した.

利益相反

すべての著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

小髙は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析・解釈,原稿の起草に貢献;藤田,佐藤は研究データの解釈,原稿の内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
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