Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
緩和ケアチームで疼痛コントロールを行っていた患者が新型コロナウイルス感染症に罹患し死亡した2例
山本 英一郎樋口 雅樹井上 裕次郎青山 菜美子廣橋 猛
著者情報
キーワード: COVID-19, SARS-CoV-2, オピオイド
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2021 年 16 巻 2 号 p. 191-196

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Abstract

【緒言】新型コロナウイルス感染症の第1波拡大中に, 疼痛コントロール目的に緩和ケアチームで介入していた患者が新型コロナウイルス感染症に罹患し死亡した2例を経験したので報告する. 【症例】疼痛コントロール目的にヒドロモルフォン錠を内服していた造血器腫瘍患者2例であった. 両者とも経過中に新型コロナウイルス感染症に罹患したが, 新型コロナウイルス感染症の特徴の一つとされるhappy hypoxiaと考えられる状態を認めた. 急激な全身状態の悪化を認めながらも呼吸困難感の訴えはなく, 投与経路を含めた薬剤調整を行い症状緩和に努めた. 【考察】緩和ケア診療で関与する患者が新型コロナウイルス感染症に罹患した場合, 基礎疾患を有するため急激な状態悪化を認める可能性があるとともに, 新型コロナウイルス感染症の特徴的な症状に応じたオピオイドタイトレーションが必要となる可能性がある.

緒言

現在SARS coronavirus 2(以下,SARS-CoV-2)の世界的な流行が問題となっており,とくに基礎疾患のある患者の重篤化が危惧されている.当院の特徴として血液内科の病床数が多く,平時より同科から緩和ケアチーム(以下,PCT)へ多くの症状コントロール依頼がある.本邦における新型コロナウイルス感染症の第1波と考えられる期間を含む2020年1月1日〜同年6月30日において,血液内科からPCTへの症状コントロール依頼は18例あった.このうち,SARS-CoV-2 PCR陽性患者は9例であり,この9例のうちCOVID-19の診断で死亡した症例は6例であった.筆者はこの6例のうち急激な経過を辿った2例を経験したので報告する.

症例提示

症例1(図1

70代,男性.合併症はなし.2018年4月に多発性骨髄腫(multiple myeloma: MM)と診断され当院血液内科へ通院中.2020年1月腰背部痛が出現し,主治医よりトラマドールが処方されたが疼痛コントロールに難渋したためPCT介入開始.ヒドロモルフォン(hydromorphone: HDM)徐放錠を導入し6 mg/日まで増量したところ疼痛コントロール良好であった.同年3月下旬,38℃台の発熱を認め3月X日精査目的に入院した.

SARS-CoV-2の院内感染が拡大していたため,入院当日SARS-CoV-2 PCR検体を提出.入院当日の最高体温は37.9℃,経皮的動脈血酸素飽和度(以下,SpO2)は大気下で98%であった.腰背部痛は自制内であり内服も可能であったためHDM徐放錠6 mg内服を継続した.発熱に対し適宜アセトアミノフェンを点滴投与したが連日38度台の発熱が継続した(最高体温38.8℃).PCR検査結果は未報告であったが発熱や各検査所見からSARS-CoV-2感染が疑われたため,X+1日よりナファモスタットメシル酸塩100 mg/日の投与を開始.X+2日にSpO2が90%程度になったことを契機に酸素投与を開始した.X+4日には酸素15 L/分の投与が必要で,内服も困難となったためHDM注2.4 mg/日の持続皮下投与へ変更したが,同日死亡した.経過中,呼吸促迫は認めたものの患者自身から呼吸困難感の訴えはなかった.死亡翌日,PCR陽性であることが判明した.

図1 症例1

症例2(図2

60代,男性.糖尿病で内服治療中.2012年2月にMMと診断され化学療法,放射線治療を行い,2014年6月に寛解したものの,2020年2月に全身の疼痛が出現し,MM再発の診断で,化学療法目的に2月Y日に血液内科へ入院した.入院前より両側側胸部痛と腰痛を訴えており,主治医よりフェンタニル1日貼付剤3 mg,セレコキシブ200 mg/日を処方されていたが疼痛コントロール不良であり,PCT介入依頼があった.

セレコキシブ200 mg/日は継続のままフェンタニル貼付剤をHDM徐放錠へ置換.HDM徐放錠30 mg/日まで増量し疼痛コントロールは良好であった.その後の経過は良好であったものの,Y+21日ごろより38℃台の発熱とSpO2の低下を認めたためY+22日より酸素投与を開始した.同時期より徐々に内服困難となり,Y+24日にHDM注4.8 mg/日へ置換した.SARS-CoV-2院内感染が拡大中であったためY+26日にSARS-CoV-2 PCR検体を提出.このころより四肢の不随意運動を認めたことから,HDM注を2.4 mg/日へ減量した.徐々に酸素需要は増加し,Y+27日には酸素投与15 L/分でもSpO2は80%台になった.Y+28日にPCR検査陽性が判明し,Y+31日に死亡した.経過中,呼吸促迫は認めたものの,患者本人から呼吸困難感の訴えはなかった.なお,経過中COVID-19に当時治療選択と考えられていた薬剤の投与はなかった.

図2 症例2

倫理的配慮

症例提示にあたり,個人の特定化を回避するように配慮した.

考察

PCTで症状コントロールを行うなか,COVID-19に罹患し急激な転帰を遂げた2例を報告した.悪性疾患を基礎に持ち,COVID-19罹患前から疼痛コントロール目的に強オピオイドを使用していたことが共通点として挙げられ,呼吸困難感の訴えがなかったことが臨床症状の特徴であり,これらについて考察する.

オピオイドの選択と使用

2例ともSARS-CoV-2感染の前から疼痛コントロール目的にHDM徐放錠を使用していた.血液内科からの紹介患者の場合,原疾患の治療に伴い抗真菌薬が併用される場合が多く,当院のPCTでは薬物相互作用が少ないHDMを選択することが多い.これまでの報告でCOVID-19患者の苦痛症状,とくに呼吸困難感に対してはモルヒネをはじめHDMを含む強オピオイドの使用が推奨されており,また,COVID-19患者のオピオイドによる鎮痛にもHDMが選択肢の一つとして挙げられている1,2).今回報告した2例では,いずれもCOVID-19と診断される以前の疼痛コントロールが良好であったことも考慮し,HDMの継続使用を選択した.

HDM錠から同注射剤への置換は5分の1量が基本であるが,症例1ではHDM徐放錠6 mg/日に対し,HDM注2.4 mg/日へ置換した.基本に従えばHDM注1.2 mg/日への置換が適当と考えられたが,急速な臨床症状の増悪から内服困難と判断されHDM速放錠の内服ができないなかで呼吸促迫への早急な対応が求められたこと,また投与するHDM注の希釈の関係からHDM注2.4 mg/日での持続皮下投与を開始した.具体的には,HDM注を1.0 mg/mlに希釈し0.05 ml/時間で投与すると1.2 mg/日となるが,上記の理由で0.10 ml/時間(2.4 mg/日)での投与とした.これまでの報告からも,COVID-19で重篤な呼吸困難感を認める患者はそれまで投与されていたオピオイドよりもより多くの投与量が必要となる可能性についても言及されている.HDM錠から注射剤への変更が過量となる可能性については主治医とも十分な検討を行ったうえで投与量を決定し,結果として増量したことにより呼吸促迫の緩和へ寄与したと考えられる.

一方,症例2ではHDM徐放錠30 mgをHDM注4.8 mg/日へと基本の置換量からやや減量して投与した.これはHDM徐放錠30 mg/日を内服している時点で軽度の日中の眠気を訴えていたことが理由である.経過中,上肢の不随意運動を認めたためHDM注2.4 mg/日まで減量したが,呼吸促迫時に適宜レスキュー投与にて対応できたことは,早急に投与経路の変更を行ったことが要因である可能性がある.

COVID-19患者をはじめ感染症患者の対応においては接触予防策が重要である.患者との接触回数を減らすという点,また患者の内服負担を減らすという点からも,内服が可能な患者には24時間ごとの内服薬であるHDM徐放錠の使用は有用であると考える.接触回数を減らすことが医療資源消費の削減のみならず,対応にあたる医療スタッフの心理的負担の軽減にもつながると考える.

呼吸困難感

これまでの報告でCOVID-19の症状の特徴として呼吸困難感を認めない患者がいることが挙げられており,これはhappy hypoxiaと呼ばれる3).今回報告した2例においても,経過とともに酸素需要が急激に増加し呼吸促迫を認めたものの,いずれも呼吸困難感の訴えがなかったことから, happy hypoxiaの状態であった可能性が考えられる.また先行研究においてCOVID-19患者の呼吸困難感の有症率についての報告4,5)がある.これらの報告では悪性腫瘍を合併している患者も含まれるが,原疾患の症状コントロール目的にもともとオピオイドが使用されていたかについては言及されていない.今回筆者が経験した症例数が少ないため有症率の比較は困難であるが,今回の2例において呼吸困難感の訴えがなかったことは,happy hypoxiaの病態に加えCOVID-19診断前から強オピオイドを使用していたことも,呼吸困難感の抑制に寄与した可能性が考えられる.

なお,今回報告した2例はいずれも造血器腫瘍患者であったが,基礎疾患とhappy hypoxiaの関係については今後の研究課題と考える.

SARS-CoV-2第1波拡大中における緩和ケアの実践

SARS-CoV-2第1波拡大中という未曾有の事態においてさまざまな混乱を招くなか,われわれは欧米からの指針を参考とし,院内向けに「COVID-19患者における呼吸困難感の緩和」のフローチャートを作成した(図3).当科の緊急入院患者がCOVID-19と診断されるケースもあり,専用病棟における一定の無症状期間の観察を経たのち,緩和ケア病棟へ転床し入院を継続する症例も経験する.緩和ケア病棟ではせん妄対策や拘束感への配慮から持続的な生体モニターを装着しない場合や,限られた予後のために侵襲的な検査を希望されない場合もあり,客観的評価が困難な場合もある.終末期がん患者では入院前から強オピオイドを使用している患者も多いが,COVID-19を併発した患者の場合happy hypoxiaの状態も考慮されるため,呼吸困難感の訴えがない場合でも呼吸回数や酸素投与量の増加などを指標とし,投与経路を含めたオピオイド調整に努めることが重要であると考えられる.

図3 COVID-19 患者における呼吸困難感の緩和

結語

強オピオイドの使用を必要とする悪性疾患を基礎に持つ患者がCOVID-19に罹患した場合,呼吸困難感の有無にとらわれず強オピオイドの用量調整や投与経路の変更を行うことが,苦痛緩和に寄与する可能性がある.

利益相反

すべての著者に申請すべき利益相反なし

著者貢献

樋口,井上,青山は研究の構想およびデザイン,原稿の起草に貢献;山本,廣橋は研究の構想およびデザイン,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
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