Palliative Care Research
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短報
アルカリフォスファターゼ測定法の国際標準化による予後予測式Prognosis in Palliative care Study predictor(PiPS) modelsへの影響について
加藤 恭郎徳岡 泰紀松村 充子
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2021 年 16 巻 3 号 p. 241-246

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Abstract

日本臨床化学会はアルカリフォスファターゼ(ALP)の日本固有の測定法の国際標準化法への変更を決定した.予後予測式Prognosis in Palliative care Study predictor(PiPS) modelsのPiPS-Bの項目にはALPがあるが,過去の本邦の報告では国際標準化法を用いていなかった.当院緩和ケア病棟に2019年3月から2021年3月に入棟した連続239例において,入棟時にPiPS modelsによる予後予測を行った.このうちのPiPS-B 98例においてALPを国際標準化法測定値への換算値に置き換えて再計算した.98例中5例で予後予測が週単位から月単位へ変更となった.ALP測定方法の国際標準化法への変更により,PiPSの週単位の予後予測が月単位に変わる可能性が示唆された.

緒言

本邦における血液検査のなかには本邦固有の方法で計測されてきたものが数多くある.2020年1月,日本臨床化学会(Japan Society of Clinical Chemistry: JSCC)は,アルカリフォスファターゼ(alkaline phosphatase: ALP)と乳酸脱水素酵素(lactate dehydrogenase: LD)の本邦固有の測定法(以下,JSCC法)を,2020年度中に国際標準化法である国際臨床化学連合(International Federation of Clinical Chemistry and Laboratory Medicine: IFCC)の基準測定法(以下,IFCC法)に変更することを決定した1)

予後予測式Prognosis in Palliative care Study(PiPS)modelsは英国で開発された予後予測式であり,4日以内の血液検査値がないときはPiPS-Aを,4日以内の血液検査値があるときはPiPS-Bを計算する2).これにより日単位(14日未満),週単位(14〜56日),月単位(57日以上)の予後を予測する方法である.PiPS-Bの血液検査項目にはALP値が含まれているが,過去の本邦の報告では国際標準化法は用いられていなかった3).今回,ALPの国際標準化による計測値の変化がPiPS-Bの予後予測にどのように影響するかを検討した.

方法

当院緩和ケア病棟に2019年3月から2021年3月までに入棟した連続239例を対象とした.すべて悪性腫瘍の終末期患者であった.

239例全例において入棟直前または入棟時にPiPS modelsによる予後予測を行った.4日以内の血液検査値がないときはPiPS-Aを,4日以内の血液検査値があるときはPiPS-Bを計算した2).それぞれに必要な入力項目を示した(表1).血液検査値の入力に際してはそれぞれ英国の単位に換算する必要があった.

原発巣,転移部位の診断は入棟前の画像診断によった.メンタルテスト,脈拍,食欲低下,倦怠感,Eastern Cooperative Oncology Group(ECOG)のPerformance Status(PS),Global Healthの評価は入棟直前あるいは入棟時に行った.

これらの項目をUniversity College Londonのwebsiteにアクセスして入力し,14日後の生存確率と56日後の生存確率を算出した4).14日後,56日後の生存確率ともに0.5未満のときの予後は日単位(14日未満),14日後の生存確率が0.5以上,56日後の生存確率が0.5未満のときの予後は週単位(14〜56日),14日後,56日後の生存確率ともに0.5以上のときの予後は月単位(57日以上)と予測される.

われわれの症例の内訳はPiPS-Aが141例,PiPS-Bが98例であった.今回,このPiPS-B 98例において,ALP値をJSCCの提唱に基づくIFCC法への換算値(JSCC法測定値の0.35倍)を用いて再計算を行い,予後予測への影響を検討した.

統計解析はIBM® SPSS® Statistics Version 22を用いた.年齢,ALP値,14日後の生存確率,56日後の生存確率,PiPS後生存期間の比較にはMann-WhitneyのU検定を行った.性別,転移部位の比較にはχ2検定を行った.

本研究は天理よろづ相談所病院の倫理委員会の承認(No.1192)のもとに行った.

表1 PiPS-Bの入力項目と単位の比較

結果

患者の背景因子を示した(表2).年齢,男女比に有意差はなかった.PiPS-Bによる予後予測結果は,日単位が74例,週単位が19例,月単位が5例であった.ALPの再計算により予後予測結果に変更がみられたのは98例中5例で,すべて週単位から月単位へと予測が変化した(表3).これらはいずれも週単位の予測のなかでも月単位に近い症例であった.すなわち14日後の生存確率が0.5以上で56日後の生存確率が0.5よりもわずかに低く,ALP値の変更により56日後の生存確率が0.5以上となった症例であった.PiPS-B測定後の実際の予後はそれぞれ21,26,33,46,49日であり,換算前のJSCC法によって計算された週単位との予測の方が実際の予後には合致していた.

表2 患者背景と結果
表3 ALP値の変更により,PiPS-Bの予後予測が変化した5例

考察

予後予測の方法としては,本邦で開発されたPalliative Prognostic Index(PPI)5),イタリアで開発されたPalliative Prognosis(PaP)score6),英国で開発されたPiPS models2)などがある7)

PPIには血液検査の項目はないが,PaP scoreの項目には血球数があり,PiPS modelsのうちのPiPS-Bの項目には血球数に加えて各種の生化学検査値が含まれている(表1).

本邦での過去のPiPS-Bを用いた報告では,検査値の英国単位への換算は行われていたが,JSCC法のALP値を入力して計算がなされており,IFCC値への換算は行われていなかった3).今回,当院で過去に計算したPiPS-Bにおいて,その時に入力したALP値(JSCC法)に0.35倍をかけ,ALP値(IFCC法)への換算値を入力して予後予測の再計算を行った.結果として予後予測が週単位から月単位へと変化した例がみられた.しかも実際の予後と比べてみると,これらの症例はこの換算値の入力によって予後予測がはずれる方向へと移動した.英国で開発されたPiPS-BのALP値に,英国の測定法であるIFCC法への換算値を入力したにもかかわらず予後予測が外れる方向へ動いた点については,以下のように考えられた.

ALPの変動に伴うPiPS-Bの予後予測結果の動きとしては以下の2点が挙げられる.すなわち,①ALP値が低値になるほど予測される予後は長くなり,②PiPS-B14には影響せず56日後の生存確率にのみ影響,すなわち,週単位と月単位の判別のみに影響する(表1).今回の換算値は0.35倍であり,換算によりALP値は必ず減少するため,①の理由ですべての症例で予後予測は長い方へ移動する.さらに②の理由により,予後予測結果は週単位の例が週単位内にとどまるか,週単位の例が月単位へ移動するか,月単位の例が月単位内にとどまるかしかない.われわれの病棟は急性期病院の緩和ケア病棟で,予後の短い症例が大部分であり,月単位の予後の症例は少なかった.今回検討した98例のPiPS-B計算後の実際の予後も,日単位(14日未満)が47例,週単位(14〜56日)が46例であったのに対し,月単位(57日以上)であったのはわずか5例であった(表2).そのため,予後予測が週単位のなかでも月単位に近いものが,週単位から月単位へ移動することで予測がはずれる症例が多くなったと考えられた(表3).予後が月単位の症例が多い状況であれば結果は異なる可能性があり,今後の検討が必要と思われた.

今回入力した換算値については,IFCC法の値と乖離する状況も複数指摘されている.まず,JSCC法では小腸型ALPに反応性が高い点がある1).血液型B,O型の約8割で疾患と無関係に血中に小腸型ALPが出現する.JSCCが提示した換算値は小腸型ALPをほぼ含まないと仮定した場合のものであり,小腸型ALP出現症例ではJSCC法の0.35倍の値はIFCC法の値よりも高値となる.

さらに腫瘍性にALPが増加することも多いとされているが,その発現メカニズムについてはまだ謎が多いとされている8).腫瘍性ALPには胎盤型が多いという報告があり,胎盤型ALPは小腸型とは逆にIFCC法に比べてJSCC法では反応性が低いため,この場合JSCC法の0.35倍の値はIFCC法の値よりも低値となる1)

また,亜鉛の問題も指摘されている9).JSCC法試薬には亜鉛が添加されておらず,IFCC法試薬には亜鉛が添加されている.ALPは亜鉛により活性型へ変化する.したがって終末期がん患者で摂食不良などにより血清亜鉛が低値の例では,JSCC法の0.35倍の値はIFCC法の値よりも低値となる可能性がある.

今回の換算値を用いた検討では,ALP値の変更はPiPS-Bの予後予測に影響を及ぼすことが示された.今回の換算値はIFCC法のALP値と大きな差は認められないものの1),IFCC法の正確なALP値は上記のようにJSCC法のALP値からは単純に換算できない要素も多い.したがって,過去のJSCC法で計算したPiPS-Bの予後予測結果と,今後IFCC法で計算したPiPS-Bの予後予測結果を比較,あるいは両者を一群として扱うと問題を生ずる可能性があると思われた.

今回の研究の限界としては,解析集団が少数であったこと,単施設研究であることが挙げられた.また,実際のIFCC法による測定結果による検討を行っていない点にも限界があった.当院ではIFCC法測定例がまだ多くなく,今回は検討することができなかった.今後の課題といえる.

予後が限られた緩和ケア病棟の予後予測において,今回のALP値の改訂が及ぼす影響について明らかにすることができた点に本研究の意義はあったと思われた.

結語

本邦独自の方法で行われてきたALP計測法を国際標準法に変更することで,PiPS-Bにおける週単位の予後予測が月単位に変わる可能性がある.

利益相反

すべての著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

加藤は研究の構想,デザイン,研究データの収集,分析,解釈,原稿の起草に貢献;徳岡,松村は研究データの分析,解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
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