Palliative Care Research
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短報
がん医療・緩和ケアにおいて,医師の経験する地域差に関する調査─沖縄・東北・首都圏の比較─
内藤 明美森田 達也神谷 浩平鈴木 尚樹田上 恵太本成 登貴和高橋 秀徳中西 絵里香中島 信久
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2021 年 16 巻 3 号 p. 255-260

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Abstract

【背景】医療において文化的側面への配慮は重要である.本研究は沖縄・東北を例に首都圏と対比させ国内のがん医療・緩和ケアにおける地域差を調査した.【対象・方法】沖縄,東北,首都圏でがん医療に携わる医師を対象とした質問紙調査を行った.【結果】553名(沖縄187名,東北219名,首都圏147名)から回答を得た.地域差を比較したところ,沖縄では「最期の瞬間に家族全員が立ち会うことが大切」「治療方針について家族の年長者に相談する」「病院で亡くなると魂が戻らないため自宅で亡くなることを望む」などが有意に多く,東北では「特定の時期に入院を希望する」が有意に多かった.東北・沖縄では「がんを近所の人や親せきから隠す」「高齢患者が治療費を子・孫の生活費・教育費にあてるために治療を希望しない」が多かった.【結論】がん医療・緩和ケアのあり方には地域差があり地域での文化や風習を踏まえた医療やケアに気を配る必要がある.

緒言

医療において,文化的な側面に配慮することは重要である1).がん医療や緩和ケアにおいても,文化的な背景は個人の疾患の捉え方や意思決定の仕方,望ましい最期のあり方などに影響を及ぼしている28)

日本・台湾・韓国の比較文化学的な研究では,家族を中心とした意思決定から患者を中心とした意思決定に移り変わっている一方で,「死んだ場所に魂が残るので自宅で死亡することが大事だ」などの考えには国による差がみられることが報告された9,10).国内では,とくに沖縄における特有の地域文化がある.例えば「ユタ」と呼ばれる霊的能力を持つとされる存在に病気の相談をすることや,死にまつわる特有の風習がある11,12).これ以外の地域に関してはまとまった文献的な報告はないが,臨床上はそれぞれの地方で患者・家族の意向に首都圏との違いを経験することがある.

医師は複数の地域で診療することも多いため,首都圏で教育を受けたように診療を行っても,地方では患者・家族に受け入れられにくい可能性がある.がん医療・緩和ケアにおける地域差を明らかにすることは,複数地域で診療を行う際の理解を深め,終末期の患者とその家族が望ましい最期を達成することに役立つと思われる.

本研究の目的は,沖縄・東北を例に取り,首都圏と対比させることによって,国内におけるがん医療・緩和ケアのあり方の地域差を明らかにすることである.

対象・方法

対象

沖縄県,東北地方(青森県,秋田県,山形県,岩手県),首都圏(東京,神奈川県,埼玉県,千葉県)においてがん診療を行っている医師を対象とした.医師の適格基準は①がん専門病院以外の病院に勤務している,②所属する診療科が,内科(消化器内科,呼吸器内科,腫瘍内科・化学療法科),外科(呼吸器外科,消化器外科),泌尿器科,乳腺科(乳腺外科)のいずれかである,③研修医ではないとした.東北地方,首都圏では,他の地域からの勤務である可能性があるため非常勤医師を除外した.

地域の選択に関しては,国内のすべての地域を対象とすることは困難であったため,沖縄と沖縄以外の1地域を首都圏と対比させることとした.臨床経験上地域による違いを認識することが多く,文化的な特徴があることが示唆されている東北地方を選択した13).さらに東北地方でも宮城,福島においては首都圏と違いが少ない可能性を考え対象から除外した.

病院は,沖縄については,がん診療連携拠点病院3病院と,100床以上の内科診療を行っているすべての22病院の合計25病院を対象とした.東北については,がん診療連携拠点病院50病院のうち25病院をランダムに抽出した.首都圏については,がん診療連携拠点病院68病院のうちがん専門病院5病院を除外した63病院から,大学病院の比率が東北地方と同じになるように無作為に抽出した32病院を対象とした.

医師は,沖縄については,該当する医師全数を調査対象とした.東北,首都圏については,1病院当たりの上限を12名とし,大学病院に勤務する医師および専門(内科,外科,泌尿器科,乳腺科)の比率が沖縄と同じになるようにランダムにサンプリングした.具体的には,東北では,大学病院勤務の医師の一覧を作成し,大学病院に勤務する医師の割合が沖縄と同じになるまで抽出した.次に,大学病院以外の施設を施設の単位でランダムに抽出し,合計数が500以上で,専門科の比率が沖縄と最も近い整数になったところで抽出を終了した.首都圏では,同じように大学病院勤務の医師を一覧から抽出し,次に,大学病院以外の医師については施設単位に抽出したところ,対象病院の半数のみで500名を超えたため,対象施設のすべての医師の一覧を作成してから500名を抽出した.

方法

郵送による質問紙調査を行った.2020年9月に質問紙を送付し,1カ月後に全数に再送付を行った.

調査項目は,日本・台湾・韓国の比較文化学的な研究9,10)で用いられた質問項目をもとに,研究者で対面やメールでの討議のうえ113),国内の事情に合わせて修正を加えた.地域に特徴的ながん診療のあり方として「治療方針を決めるときに患者がまず家族の中で年長者または家長に相談する」「治療方針を決めるときに地元の宗教家(ユタ,いたこなど)の助言を受ける」「高齢患者が自分の治療費を子供や孫の生活費や教育費にあてたいという理由で,治療を希望しない」などの11項目(図1)に対して,「全くない」から「非常によくある」の5件法で質問した.

医師の背景として,年齢,性別,医師免許取得後の臨床経験年数,専門領域,勤務医療機関,年間診療するがん患者数・死亡するがん患者数を尋ねた.

図1 がん・緩和ケアに関する医師の経験の地域差

数字は「時々ある」「よくある」「非常によくある」と回答した数(%) : P<0.05 **: P<0.01

解析

医師の背景について記述統計を求めた.次に,各質問項目について「時々ある」「よくある」「非常によくある」と回答した医師の割合を東北,首都圏,沖縄ごとに算出した.各回答の地域ごとの頻度を,カイ二乗検定で比較した.

有意水準は0.05とし,探索研究のため多重検定の補正は行わなかった.解析はIBM SPSS Statistics ver. 26(日本IBM,東京)を用いた.

結果

対象となった施設の全医師数は合計2694名(沖縄517名,東北787名,首都圏1390名)であった.このうち合計1523名(沖縄517名,東北506名,首都圏500名)が調査票の発送対象として抽出された.宛先不明で返送されたものが42件(沖縄27件,東北5件,首都圏10件)あった.合計553名(沖縄187名,東北219名,首都圏147名)から回答を得た.回収率は東北43%,首都圏29%,沖縄36%であった.

回答者の背景を表1に示す.

がん医療・緩和ケアで医師が経験する患者家族の言動について,地域による違いを図1に示した.沖縄では東北・首都圏と比較して「最期の瞬間に家族全員が立ち会うことが大切」「治療方針についてまず家族の年長者,家長に相談する」「病院で亡くなると魂が戻ってこれないため,自宅で亡くなることを望む」「治療方針について宗教家の助言を受ける」「亡くなりそうになると自宅に帰って死亡確認をする」が有意に多かった.東北では,首都圏・沖縄と比較して,「特定の時期に入院させてほしいと希望される」が有意に多かった.一方,東北・沖縄では首都圏に比較して「(病気を周囲に知られたくないので)がんであることを近所の人や親せきから隠す」「高齢患者が,治療費を子・孫の生活費や教育費にあてたいので治療を希望しない」が多かった.

表1 医師背景

考察

本研究によって,国内のがん医療・緩和ケアにおいて,医師が経験する患者家族の言動に地域差があることが示唆された.

まず,沖縄では東北・首都圏と比較して,治療方針について家族の年長者と相談すること,臨終時に家族全員が立ち会うことが大事であるとする頻度が高かった.このような家族や年長者を中心とする考え方は,日本と比較して台湾で多くみられ,儒教の影響を強く受けていると考えられている9).日本社会も明治以降の教育で儒教精神が一般化していたと考えられる.戦後,個人主義的な思想が広まり,都市部を中心に日本の家族観が変化したが,地方では家族中心の文化が残っていることが,終末期のあり方の地域差に影響しているものと考えられる.また「『病院で亡くなると魂が戻ってこれないため』自宅で亡くなることを望む」「亡くなりそうになると自宅に帰って死亡確認をする」ことは,台湾において自宅以外の場所で死亡すると亡くなった人の魂が自宅に戻れなくなり,先祖代々との合流ができなくなるという考えがあるため,危篤状態になると自宅に連れ帰り,自宅で死亡確認をするという風習(留一口氣)と類似している14).台湾と沖縄は地理的に近く文化的に類似点が多いといわれ,望ましい看取りの形も類似した文化的背景があるのかもしれない.沖縄以外の出身者が沖縄で診療を行う際に,危篤状態の患者を自宅に連れ帰りたいという申し出があったときには,このような文化的背景を考慮に入れることが必要である.

次に,「がんであることを周囲から隠す」「高齢患者が治療費を子・孫の生活費や教育費にあてるために治療を希望しない」は沖縄・東北で多かった.がん患者の中には,がんに対する差別を気にして病気を周囲の人に隠していることがある15,16).国内の調査では,年齢,所得,Performance Status(PS)などががんに関連した差別を感じる要因として挙げられているが,地域については検討されていない17).首都圏と比較して沖縄・東北では差別を感じることが多い可能性がある.また,がん治療や緩和ケアにおいて,経済的負担が生活に影響していることが報告されており18,19),治療費の負担のために高齢患者が治療を希望しないこともあり得る.沖縄・東北においては,「治療を希望しない」高齢者が治療費を子や孫のための費用にあてたいと考える場合があることを考慮する必要性が示唆される.

東北地方においては特定の時期に入院を希望されることが多い.これは豪雪地帯の冬の時期に入院を希望する高齢者が多い,いわゆる「越冬入院」と呼ばれる現象と一致している20).患者が入院を希望する背景の地域ならではの要因にも配慮が必要である.

この研究の限界として,まず,回収率が高くないため,すべての臨床医の経験を反映しているわけではない.次に,質問は医師の経験を尋ねたものであり,患者家族の言動を直接測定したものではない.第三に,用いた質問紙は研究者間の討議により決定したものであり,信頼性や妥当性が検証されていない.最後に,東北・沖縄・首都圏の3地域以外の地域差についてはわからない.

結論

日本国内においても,がん医療・緩和ケアのあり方には地域差がある.地域での文化や風習を踏まえた医療やケアに気を配る必要がある.

研究資金

本調査に要する費用は,公益財団法人 日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団 2020年度ホスピス・緩和ケアの多施設共同研究事業から拠出された.

利益相反

すべての著者の申請すべき利益相反事項はない

著者貢献

内藤は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,解釈,原稿の起草に貢献;森田は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,解釈,および原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;神谷,鈴木,田上,本成,高橋,中西,中島は研究の構想およびデザイン,研究データの収集および原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2021日本緩和医療学会
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