Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
症例報告
少量のヒドロモルフォン投与中に神経毒性を呈した腎機能障害を有する2例
鷹津 英八木 佑加子大前 隆仁山口 崇
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 16 巻 3 号 p. 267-270

詳細
Abstract

本邦では腎不全患者に対してヒドロモルフォンを使用し,神経毒性を呈した報告は多くはない.この度,腎機能障害患者に対してヒドロモルフォンを開始または増量したところ,せん妄を呈した症例を2例経験した.症例1ではがん性疼痛に対してヒドロモルフォン持続注射を2.4 mg/日から3.6 mg/日に増量する過程でせん妄が出現した.減量後,せん妄は改善した.症例2では咳嗽・呼吸困難に対してヒドロモルフォン2 mg/日の内服を開始したところせん妄が出現し,中止後改善した.それぞれヒドロモルフォンによりがん性疼痛や咳嗽・呼吸困難は改善されていたが,有害事象によりヒドロモルフォンの継続が困難なため,オピオイドスイッチングを要した.腎不全患者に高用量,長期間のヒドロモルフォンを使用することで神経毒性を呈する報告はあるが,少量・短期間の投与でも神経毒性を呈することを経験した.

緒言

がん疼痛治療薬としてモルヒネは第一選択薬とされている1,2).しかし,腎機能障害合併例では活性代謝産物の蓄積に伴う有害事象の懸念があり,投与には注意を要する.ヒドロモルフォンは,モルヒネの代替薬として国際的には以前より使用されてきたが,本邦では2017年ごろから使用されるようになった薬剤で,本邦においては使用経験がまだ不足している.

ヒドロモルフォンは構造がモルヒネと類似する半合成オピオイドであり,主にμオピオイド受容体に作用する.Cytochrome P450(CYP)による代謝を受けず,肝臓で主にグルクロン酸抱合によりhydromorphone-3-glcuronide(H3G)に代謝される.ヒドロモルフォンは代謝物の活性も弱いため,遺伝的多様性や薬物相互作用,腎障害による影響を受けにくいとされている3).しかし,H3Gの神経興奮作用はmorphine-3-glucuronide(M3G)より2.5倍強く4),腎機能障害合併時には神経毒性の合併に注意が必要と考えられる.ヒドロモルフォンに関連した神経毒性発症は,高用量・長期間投与に関連するという報告があるが5),今回,腎機能障害合併患者に対するヒドロモルフォン投与に関して,少量・短期間でも神経毒性を呈した2例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.

症例提示

症例1

【患 者】82歳,女性

【現病歴】2010年3月,子宮肉種に対して単純子宮全摘・両側付属器摘出術を行った.その後,骨盤内リンパ節腫大,肺転移,肝転移を認め,2015年3月で化学療法を中止した.2018年6月に骨盤内腫瘤増大に伴う腎後性腎不全増悪のため左腎瘻を造設し,腎不全は改善.9月より疼痛が増悪し,フェンタニル貼付剤増量も効果が乏しく入院となった.

【既往歴】糖尿病,右水腎症

【薬 剤】フェンタニル貼付剤 37.5 μg/hr,オキシコドン速放性製剤 2.5 mg /回,クエチアピン 12.5 mg,ブロチゾラム 0.25 mg

【血液検査】AST 19 U/L, ALT 9 U/L, LDH 258 U/L, ALP 180 U/L, γ-GTP 15 U/L, UN 30.0 mg/dL, Cr 2.65 mg/dL, eGFR 13.9 ml/min/1.73 m2,電解質異常なし

【入院後経過】骨盤内腫瘤増大に伴う疼痛が増強しており,フェンタニル貼付剤 37.5 μg/hr[経口モルヒネ換算; oral morphine equivalent daily dose(OMEDD) 90 mg(/日)]では疼痛緩和が困難だった.入院1日目からオキシコドン持続注6 mg/日(OMEDD 72 mg)に変更したところ疼痛は緩和されたが,眠気や注意障害が出現した.入院4日目にヒドロモルフォン持続注2.4 mg/日(OMEDD 60 mg)に変更し,注意障害は改善した.入院8日目にヒドロモルフォン持続注3.6 mg/日(OMEDD 90 mg)まで増量し疼痛は改善したが,入院10日目に軽度の意識障害が出現した.Confusion Assessment Method (CAM)の評価で陽性であり,せん妄と判断した.同日にヒドロモルフォン持続注2.4 mg/日(OMEDD 60 mg)に減量した.2日後に意識混濁は改善し,その後も維持できた.腎不全によるH3Gの蓄積を考慮してメサドン10 mg/日(OMEDD 60 mg)にオピオイドスイッチングを行い,疼痛や意識混濁の症状はなく自宅退院した.経過中,腎機能の変化はなく,退院時Cr 2.34 mg/dLだった.せん妄は被疑薬の減量のみで改善し,抗精神病薬等は投与しなかった.入院時よりブロチゾラムは継続したが,せん妄改善後,退院前に転倒リスクを考慮して中止した.

症例2

【患 者】77歳,女性

【現病歴】2014年,S状結腸がんに対してS状結腸切除術を行った.術後化学療法等を行ったが,2018年5月に肝転移増悪のため化学療法を中止.6月から咳嗽に対してヒドロモルフォン速放性製剤 1 mgを屯用で開始した.8月から倦怠感と下腿浮腫が増悪し,利尿薬が開始された.自宅療養困難のため入院した.

【既往歴】慢性腎不全:高血圧性腎硬化症

【薬 剤】アゾセミド120 mg,フロセミド 40 mg,アルダクトン 25 mg,ブロチゾラム 0.25 mg,咳嗽時:ヒドロモルフォン速放性製剤 1 mg/回(0〜1回/日)

【血液検査】AST 30 U/L, ALT 17 U/L, LDH 4028 U/L, ALP 796 U/L, γ-GTP 228 U/L, UN 92.6 mg/dL, Cr 3.27 mg/dL, eGFR 11.3 ml/min/1.73 m2,電解質異常なし

【入院後経過】利尿薬を減量したが,入院後1週間でもCr 3.25 mg/dLと腎機能は変化なく,入院1カ月前と比較してもクレアチニン値は同様だったがUN は著増していた.FEUN 31.6%でもともとの腎性腎不全に腎前性腎不全が合併していると考えられた.胸水増加に伴い,咳嗽・呼吸困難を認め,入院12日目よりヒドロモルフォン徐放性製剤 2 mg/日(OMEDD 10 mg)の定期内服を開始し,咳嗽・呼吸困難は改善した.入院14日目からつじつまの合わない言動を認めた. CAM評価で陽性であり,せん妄と判断した.入院15日目にヒドロモルフォンを中止した.抗精神病薬等は投与せずとも,被疑薬中止後2日目より意識障害は明らかに改善した.入院時よりブロチゾラムは継続したが,第15病日に内服負担を生じたため不眠時はフルニトラゼパム注頓用に変更した.その後,フルニトラゼパム注の使用でせん妄が増悪することはなかった.呼吸困難に対してはオキシコドン速放性製剤 2.5 mgの内服で対応した.全身状態の悪化に伴い内服負担が生じ,入院25日目よりフェンタニル持続注 120 μg/日(OMEDD 12 mg)を開始した.以後,呼吸困難などの苦痛の訴えはなく,入院35日目に永眠された.

考察

このたび,腎機能障害のある患者に対して少量のヒドロモルフォンを投与したところせん妄を呈した症例を2例経験した.症例1はフェンタニルからオキシコドンへのスイッチングとヒドロモルフォンの増量時にせん妄を認めた.腎機能障害患者ではオキシコドンでも有害事象を呈することがあるが,本例ではオピオイド量を減量してヒドロモルフォンにスイッチングしたところせん妄は改善した.ヒドロモルフォン増量後に再度せん妄を認めたが,減量後に意識障害は改善されたことから,Naranjo score6)は5点 (probable)となり,二度目のせん妄はヒドロモルフォンによる神経毒性の影響と考えられた.症例2は外来からヒドロモルフォン速放性製剤を0〜1回/日使用していたが,ヒドロモルフォン徐放性製剤 2 mg/日(OMEDD 10 mg)に定期内服開始・増量後2日目ごろからせん妄が出現し,中止後2日目で意識障害は改善した.その後,経口モルヒネ換算で概ね同量のフェンタニル持続注に変更した際には意識障害はなく経過した.Naranjo scoreは8点 (probable)となり,少量・短期間のヒドロモルフォンの投与ではあったが,背景に腎機能障害もあり,ヒドロモルフォンによる神経毒性と考えられた.

本邦のがん疼痛の薬物療法に関するガイドラインでは,モルヒネの代謝産物であるM3GおよびM6Gは腎排泄であり,腎機能障害患者にモルヒネを使用するとこれらの蓄積による有害事象が懸念されるため,腎機能障害患者に対するモルヒネ使用に関して注意喚起されている.重度の腎機能障害患者に対してはフェンタニル,ブプレノルフィンの投与を推奨し,ヒドロモルフォン,オキシコドンについては注意して投与することを条件として推奨している1).そのような背景からしばしば腎機能障害患者に対してモルヒネよりもヒドロモルフォンのほうが選好されて用いられていることが報告されている7,8).実際,本邦でヒドロモルフォンが採用された当初は,腎機能障害患者や終末期の腎機能低下時に正常者と比較した特別な配慮が必要ないとされることもあった9)

しかしながら,Kullgrenらの研究10)では,ヒドロモルフォンによって神経症状が誘発されることをhydromorphone induced neuroexcitation(HINE)と定義し,HINE発症群ではヒドロモルフォン投与量が大量(OMEDD 1032 mg vs 422 mg)で,血清クレアチニン値が高い(3.2 mg/dL vs 1.4 mg/dL)症例であることが報告された.また,Leeらのシステマティックレビュー11)では腎機能障害を有する患者においてはモルヒネおよびヒドロモルフォンとも神経障害と関連する可能性が示唆された.質の低い研究での評価だったが,モルヒネおよびヒドロモルフォンを軽度から中等度の腎機能障害がある患者に高用量・長期間にわたって使用する場合には,神経毒性の評価を十分に行うよう推奨された.

一方で,少量・短期間の投与でも振戦や興奮が出現した症例報告も認める12).今回われわれが報告した2例も,投与量は経口モルヒネ換算で10〜90 mg/日,投与期間も3~7日間と,過去の研究と比較すると少量・短期間投与でせん妄を発症した.したがって,腎機能障害を合併した患者に対してヒドロモルフォンを投与する際には,たとえ少量であっても投与早期からせん妄などの神経毒性を発症するリスクを考慮することが望ましいと考える.

本症例ではせん妄をきたす可能性がある他の状況について可能な限り検討・除外を行ったが,せん妄は様々な要因で呈するため,ヒドロモルフォン単一の問題かどうか定かではないことがこれらの症例についての制約である.また,2症例ともヒドロモルフォンを減量・中止後,髄液中のH3Gが低下し,せん妄が改善された可能性があるが,本症例では髄液中のH3Gを測定できていない.

今後は,腎機能障害合併患者においてせん妄を含む神経毒性の発症頻度に関して包括的調査をする臨床現場における前向きレジストリ研究を行うことが望ましい.これらの研究により,より安全なヒドロモルフォンの使用法の提案につながる可能性がある.

結論

中等度から高度の腎機能障害がある終末期がん患者に対してヒドロモルフォンを使用し,せん妄などの神経毒性が生じた症例を経験した.ヒドロモルフォンはモルヒネと比較して腎機能障害時でも神経毒性が少ないとされているが,とくに重度の腎機能障害を認める場合は,少量であったとしても投与については慎重に検討すべきであると考えられた.

謝辞

本論文作成にあたり,ご協力いただいた甲南医療センター緩和ケア病棟の看護師,医師および病院管理者の皆様に心より感謝申し上げます.

利益相反

すべての著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

鷹津は研究の構想・デザイン,研究データの収集・分析,解釈,原稿の起草に貢献;八木,大前は研究データの収集・分析,原稿の起草に貢献;山口は研究の構想およびデザイン,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2021日本緩和医療学会
feedback
Top