Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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原著
進行がん患者への積極的治療の推奨に看護師の価値観は関与するのか:事例調査研究
青木 美和 升谷 英子畠山 明子髙尾 鮎美荒尾 晴惠
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2022 年 17 巻 1 号 p. 23-31

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Abstract

【目的】本研究の目的は,看護師の進行がん患者への積極的治療の推奨とその関連要因を明らかにすることである.【方法】A県内のがん診療連携病院2施設の看護師383名に無記名自記式質問紙調査を実施.2事例への積極的治療の推奨,推奨を決定づける看護師の価値観を尋ね,単変量および多変量解析を行った.【結果】有効回答の得られた300名(有効回答率78.3%)を分析した.治療の推奨には,患者の予後やPerformance Status(PS)を問わず患者の希望や生存期間の延長を重視する看護師の価値観が,予後1カ月の患者には副作用に伴う不利益の回避を重視する価値観が関わっていた.また,予後6カ月の事例には治療を推奨するが,予後1カ月の事例への治療の推奨は看護師の価値観の違いにより二分された.【結論】看護師の治療の推奨には看護師の価値観が関わっていた.看護師は,患者の治療目標を共有したうえで,治療の意思決定のプロセスに関わる必要性が示された.

Translated Abstract

Objectives: This study aimed to explore nurses’ treatment preferences for patients with advanced cancer and investigate the factors affecting these preferences. Methods: Self-administered questionnaires were distributed to nurses at two hospitals who had experience in cancer patient care. Nurses recorded their treatment preferences and nurses’ value considered in their preferences for two vignettes of patients with advanced cancer that differed in performance status (PS) and prognosis. Univariate and multivariate analyses were used in this study. Results: Of 383 nurses, 300 (valid response rate, 78.3%) responded. Multiple regression analyses revealed that regardless of patients’ prognosis or PS, nurses’ treatment preferences were associated with their values regarding respecting patient wishes and the low probability of prolonging survival through treatment. For case with one month survival prognoses, nurses valued avoidance of discomfort, associated with side effects through treatment. Nurses recommended treatment in case with prognoses of 6 months and PS of 1, while they responded with almost same percentages of recommendation of continuing and discontinuing treatment for those with prognoses of 1 month and PS of 3. Conclusions: Nurses’ treatment preferences were associated with nurses’ values. Nurses’ involvement in treatment decision-making processes after sharing goals for patients’ treatment is potentially beneficial.

緒言

がんの治療法やがんゲノム医療などの医療の発展により,進行がん患者の治療の選択肢は拡大している.進行がん患者は,治療に対する高い期待を持ち,期待される治療効果がわずかでも化学療法を受ける傾向があり1,2,最期の1カ月に及ぶまで治療を継続している患者も少なくない36.また,患者の希望,予後や生存期間を推定する困難さ,さらなる治療効果の不確かさなどの要因により,積極的治療の中止は困難さを伴う7ともいわれる.しかし,人生の最終段階における治療は,Intensive Care Unit(ICU)への入院リスクを高め8,9,Performance Status(PS)が保たれている場合でもQuality of Deathの低下をもたらし10,生存期間の延長効果が得られない11という報告もあり,患者への身体的な負担となり,最期の過ごし方にも影響を及ぼす.

進行がん患者の積極的治療の継続および中止に意思決定においては,患者の身体機能,治療効果などの医学的適応と,患者の希望を統合しながら,患者が納得する意思決定を支援することが重要となる.この意思決定には多職種チーム医療が推奨されており,患者を中心に据えた医療とケアを実践するために看護師の治療の意思決定への関与は不可欠である.看護師は,患者の意思決定において,医師の役割を補完しながら,患者への追加の情報提供,価値観の把握,情緒的サポートなどの役割を担っている12.加えて,看護師は,副作用のアセスメントとモニタリング13のみならず,患者のWell-beingや家族の状況についての判断を行い14,医師とは異なった視点から独自の臨床判断および医学的判断を行う.そのため,治療選択の意思決定支援において看護師の担う役割は大きい.

進行がん患者の治療選択の意思決定を支援において,看護師の信念や価値観が影響する15との報告もあるが,どのような価値観が影響しているのかを明らかにした研究はわれわれの知る限りではみられない.患者を中心とした意思決定のためには,看護師自身が自己の価値観に気づき,ありのままの患者の決定を受け入れる態度を持つことが重要である.看護師は,進行がん患者の治療継続の場面において,患者の残された時間を考慮するなかで追加治療への疑問を抱き16,治療効果の不確実性の中でジレンマを抱く17といった体験をする.それゆえ,意思決定には,治療に対する看護師の専門的価値観が関与していると予測される.また,このような看護師の専門的価値観への気づきは,患者家族の納得のいく意思決定支援を促進するとともに,看護師自身のケアにもつながる.

そこで,本研究の目的は,二つの進行がん患者の事例を用い,看護師の進行がん患者への積極的治療の推奨と,積極的治療の推奨を決定づける看護師の価値観の関連を明らかにすることとした.

本研究により,進行がん患者の積極的治療の推奨に関わる看護師の価値観を明らかにすることで,看護師が実践する患者と家族への意思決定支援のありかたに示唆を得ることができる.

方法

操作的定義

看護師の価値観:Rokeach18による価値観の定義「特定の行動のあり様やある事柄の最終の状態が,その反対の状態よりも,個人的または社会的に好ましいとする持続的な信念」を参考にした.加えて,看護師は,専門職としての倫理綱領や行動規範を学ぶことで,自身の個人的価値体系のなかに専門的価値を組み込む19という特徴がある.そこで,看護師の専門的価値の視点を含め,本研究における看護師の価値観を,「看護師が積極的治療の継続または中止を検討するにあたり,文化的または専門的に好ましいと重視する事柄」と定義した.

研究対象者

A県のがん診療拠点病院2施設で勤務している看護師のうち,以下の適格基準を満たす者を対象とした.適格基準は,1)がん患者が入院している病棟またはがん患者に関わる診療科外来に所属している者,2)進行がん患者のケア経験がある者とし,除外基準は設けなかった.

調査方法

A県のがん診療拠点病院2施設の看護部長に対し,書面および口頭で研究の主旨を説明し,研究の承諾を得た.各施設の倫理審査委員会の承認後,各部署の看護師長に,研究対象候補者に対して研究説明書,調査票,返信用封筒の配布を依頼した.なお,研究対象者には,調査票への回答後,返信用封筒に封をして各部署に設置した回収BOXに提出するよう依頼した.なお,データ収集期間は,2019年12月13日~2020年2月3日であった.

調査内容

調査項目についてがん看護領域で5年以上の実務経験のある看護師5名にパイロットテストを実施し,表面妥当性の確認を行ったのち調査を行った.

1. 事例の概要

本研究は,表1に示す,進行がん患者で積極的治療を継続するか中止するかが検討されている【事例A】【事例B】の2事例を用いて調査を行った.患者のPSおよび予測される予後の2点の違いから積極的治療の推奨を検討するために,【事例A】予後6カ月およびPS 1,【事例B】予後1カ月およびPS 3とし,それ以外の項目は同一に設定した.

表1 調査に用いた事例の概要

また,事例の作成にあたっては,事例を用いて治療の推奨を明らかにした調査研究20,21,事例を用いて治療中止の阻害要因を明らかにした先行研究7を参考に,ECOG PS,化学療法をしない場合の予後の見通し,患者の年齢,患者の希望,患者の病状や予後に関する理解,今後予測されるがんに伴う苦痛症状,予測される化学療法による副作用の程度,予測される化学療法の奏効率,化学療法により期待できる生存期間の延長の9項目を設定した.加えて,がん看護を専門とする複数の研究者の話し合いをもとに,看護師が治療の方針を検討する際に重視している点として,家族の希望,主治医の治療方針の2項目を追加し,合計11の項目で事例を構成した.

2. 調査項目

1) 進行がん患者に対する積極的治療の推奨

がん診療に携わる医療者の緩和的治療の選好を明らかにした先行研究20を参考に,【事例A】【事例B】に対して「どのような治療を推奨することが望ましいと思うか」を尋ね,1(強く積極的治療の中止を推奨する)~7(強く積極的治療を推奨する)の7段階のリッカート尺度で回答を得た.

2) 進行がん患者の積極的治療の推奨を決定づける看護師の価値観

【事例A】【事例B】ごとに表1に示す11項目に対し,それぞれどの程度重視したかについて尋ね,1(全く重要でない)~7(非常に重要である)の7段階のリッカート尺度で回答を得た.

3) 看護師の基本属性

看護師の意思決定支援に関わる要因や看護師の姿勢に関わる要因を明らかにした先行研究22,23を参考に,年齢,性別,看護師経験年数,薬物療法看護の経験年数,最終学歴,がん看護に関わる専門・認定資格,勤務場所,職位,がん看護の学習経験,治療の意思決定に関わる頻度の10項目を設定した.

分析方法

まず進行がん患者に対する積極的治療の推奨およびその推奨を決定づける看護師の価値観について【事例A】【事例B】それぞれに記述統計を行った.次に,【事例A】【事例B】の積極的治療の推奨に関わる看護師の価値観を明らかにするため,Spearmanの順位相関係数を求めた.また,積極的治療の推奨を従属変数とした変数減少法による重回帰分析を用いた多変量解析を行った.多変量解析では,看護師経験年数および薬物療法看護の経験年数を交絡因子とした.その際,多重共線性は,相関係数およびVariance Inflation Factor(VIF)10未満として確認を行った.統計分析は,SPSS Statistics Ver. 26.0(日本IBM,東京)を使用し,両側5%を有意水準とした.

倫理的配慮

本研究は大阪大学医学部附属病院観察研究倫理審査委員会の承認を受けて実施した(承認番号:19272).対象者の説明文書には,参加は自由意思であり,不参加による不利益は被らないこと,調査票は無記名であり個人は特定されないこと,データを厳重に管理・保存し,10年間の保管期間後に完全に破棄・消去することを説明文書に記載した.また,調査票の表紙に設けた研究への参加同意欄にチェックが得られた者を本研究の対象者とした.

結果

対象者の概要

A県内のがん診療拠点病院2施設で勤務する看護師383名に調査票を配布し,303名より回答を得た(回収率79.1%).そのうち,同意欄にチェックが得られなかった3名を除外し,300名(有効回答率78.3%)を分析対象とした.対象者の概要を表2に示す.対象者の看護師としての平均経験年数は11.0±SD 9.7年であり,対象者の約8割が病棟所属であった.また,8割がスタッフナースであり,約7割の対象者が進行がん患者の治療の意思決定支援に,「毎日関わる」「たまに関わる」と回答した.

表2 対象者の概要(n=300)

進行がん患者に対する積極的治療の推奨

【事例A】に対する積極的治療の推奨の平均値は,5.0±SD 1.1であった.また,治療中止の推奨を示す1~3の回答割合は9.4%,治療の推奨を示す5~7の回答割合が72.5%であり,積極的治療を推奨する傾向にあった(図1).一方,【事例B】に対する積極的治療の推奨の平均値は,3.9±SD 1.4であった.また,1~3の回答割合は39.8%,5~7の回答は36.5%であった.

図1 進行がん患者に対する積極的治療の推奨

進行がん患者に対する積極的治療の推奨を決定づける看護師の価値観

【事例A】において看護師が重視していた項目は,7(非常に重視する)の回答割合が多いものから順に「患者の希望」60.0%,「患者の病状や予後に関する理解」43.7%,「今後予測されるがんに伴う苦痛症状」38.7%であった(図2).

図2 進行がん患者に対する積極的治療の推奨を決定づける看護師の価値観(n=300)

図中のA, Bはそれぞれ【事例A】【事例B】を示す.

一方,【事例B】において看護師が重視していた項目は,「患者の希望」45.3%,「患者の病状や予後に関する理解」「化学療法をしない場合の予後の見通し」はともに40.7%であった.

進行がん患者に対する積極的治療の推奨と看護師の価値観の関連

単変量解析および多変量解析の結果を表3に示す.単変量解析の結果,【事例A】では,「患者の希望」(ρ=0.29, p<0.001),「患者の年齢」(ρ=0.19, p=0.001),「家族の希望」(ρ=0.17, p=0.003),「主治医の治療方針」(ρ=0.14, p=0.016)を重視するほど,積極的治療を推奨していた.一方,「化学療法により期待できる生存期間の延長」(ρ=−0.19, p=0.001),「予測される化学療法の奏効率」(ρ=−0.15, p=0.012)を重視するほど,積極的治療の中止を推奨していた.

表3 積極的治療の推奨とその推奨を決定づける看護師の価値観の関連

【事例B】では,「患者の希望」(ρ=0.36, p<0.001),「家族の希望」(ρ=0.29, p<0.001),「主治医の治療方針」(ρ=0.23, p<0.001),「患者の年齢」(ρ=0.17, p=0.002)を重視するほど,積極的治療を推奨していた.一方,「化学療法により期待できる生存期間の延長」(ρ=−0.28, p<0.001),「化学療法をしない場合の予後の見通し」(ρ=−0.26, p<0.001),「患者のPS」(ρ=−0.21, p<0.001),「予測される化学療法の奏効率」(ρ=−0.13, p=0.028)を重視するほど,積極治療の中止を推奨していた.また,「看護師経験年数」,「薬物療法の経験年数」が長いほど積極的治療の中止を推奨していた(ρ=−0.19, p=0.002;ρ=−0.13, p=0.044).

多変量解析の結果,【事例A】の積極的治療の推奨に影響する要因は,「患者の希望」(β=0.34, p<0.001)が最も大きく,次いで「主治医の治療方針」(β=0.16, p=0.010),「患者の年齢」(β=0.15, p=0.013)であった.一方,積極的治療の中止に影響する要因は,「化学療法により期待できる生存期間の延長」(β=−0.33, p<0.001)および「看護師経験年数」であった(β=−0.13, p=0.030).

【事例B】の積極的治療の推奨に影響する要因は,「患者の希望」(β=0.31, p<0.001)が最も大きく,次いで「患者の年齢」(β=0.21, p=0.001),「主治医の治療方針」(β=0.18, p=0.002)であった.一方,積極的治療の中止に影響する要因として「化学療法により期待できる生存期間の延長」(β=−0.23, p<0.001)のほかに,「患者のPS」(β=−0.18, p=0.004),「予測される化学療法による副作用の程度」(β=−0.13, p=0.041)および「看護師経験年数」であった(β=−0.12, p=0.030).

考察

本研究の主たる知見は,以下の3点である.

  • 1. 看護師は,両事例ともに,「患者の希望」,「化学療法により期待できる生存期間の延長」を最も重視していた.
  • 2. 看護師は,【事例B】において,【事例A】と共通して認めた四つの関連要因に加えて「患者のPS」,「予測される化学療法による副作用の程度」を重視していた.
  • 3. 【事例B】への積極的治療の推奨,中止の推奨はともに約4割であり,推奨が二分された.

本研究の最も重要な知見は,【事例A】【事例B】に共通して,看護師が積極的治療の推奨では「患者の希望」を,積極的治療の中止では「化学療法により期待できる生存期間の延長」を重視していたことである.とくに,「患者の希望」は,両事例の積極的治療の推奨に最も強く影響していた.これは,PSや予後を問わず,進行がん患者の積極的治療の推奨にあたり,看護師が重視する価値観であった.看護師には,患者の権利を尊重し,患者の希望に沿った意思決定を支援する役割が求められている24.看護師は,患者の希望を最も身近で把握できる存在でもあり,進行がん患者の希望に可能な限り沿おうとする価値観を基盤として看護を実践していると推察された.その一方,積極的治療の中止の推奨に「化学療法により期待できる生存期間の延長」が強く影響した理由は,生存期間の延長が期待できない事例であり,患者に治療による益がもたらされないと判断したためと推察された.看護師がQuality of Life(QOL)を維持する姿勢は,無益となる可能性のある治療を回避することにつながる25.看護師は,無益な治療を回避し患者のQOLの維持を重視したため,治療の中止を推奨したと考える.これまでに看護師の価値観が意思決定に関わることは知られていたが15,どのような価値観が関わり,意思決定支援に役立つかは明確ではなかった.本研究で明らかになった,患者の希望を尊重する価値観および無益な治療を回避することを重視する価値観は,意思決定支援において患者の希望を尊重し,QOLの維持を可能にするための重要な価値観であるといえる.

次に重要な知見は,看護師が上記の基盤となる価値観に加えて,【事例B】の積極的治療の中止の推奨において,「患者のPS」と「予測される化学療法による副作用の程度」を重視していたことである.これは,【事例B】の予後1カ月,PS 3と全身状態が低下した進行がん患者への積極的治療の中止の推奨に関与する看護師の価値観といえる.PSが患者の生存期間にも関わるため,米国臨床腫瘍学会はPS 3,4となった患者への化学療法を控えることを推奨している26.本研究の対象である看護師は,「患者のPS」が3という事例の設定を考慮し,全身状態を重視する価値観が加わったことで,積極的治療の中止を推奨した可能性がある.また,看護師は,化学療法に伴う副作用を管理する役割を担う.そのなかで,看護師は,副作用が患者の活動を妨げる場合,患者が望む生活を優先するために治療中止が必要と考え27,副作用に伴う不利益を回避する傾向にある.加えて,看護師は,患者を擁護する立場にある28,29ことも知られている.よって,【事例B】の積極的治療の中止の検討にあたっては,患者の希望の尊重や無益となる治療の回避だけでなく,身体的な脆弱性が高まった進行がん患者へのさらなる不利益を回避し,患者を擁護する価値観がより重視されていたのだと考える.看護師は,予後が短い患者に対して,患者の希望や治療の無益性のみならず,患者の身体状況や積極的治療の継続に伴う不利益について吟味したうえで治療の意思決定を支援する必要がある.

加えて,【事例A】の積極的治療を推奨する傾向とは異なり,【事例B】への積極的治療の推奨と中止の推奨が二分されたという結果は,本研究において特筆すべき点である.前述の通り,【事例B】には,「患者のPS」「予測される化学療法による副作用の程度」など患者の不利益を回避する価値観を重視する場合,積極的治療の中止を推奨する傾向があった.一方,「患者の希望」や直接的な治療実施の決定を下す「主治医の治療方針」や60歳という「患者の年齢」を重視するほど,積極的治療を推奨する傾向も示された.そのため,このような重視する価値の違いが,積極的治療の推奨を二分したのだと推察された.看護師の価値観は,主観的で個人的なものではなく,規範や慣行によって形成されるものであり,看護師の気づきや反応の基盤となる30.本研究の対象者は,看護経験年数が長いほど積極的治療の中止を推奨する傾向があった.とくに【事例B】は予後1カ月であったため,看護師は患者の希望を重視しつつも,過去の終末期や緩和ケアの経験により形成された価値観により積極的治療の中止を判断していた可能性がある.しかし,看護師の価値観の違いにより積極的治療の推奨が二分される状況は,患者の治療やケアの目標の統一を困難にする可能性がある.看護師は,互いの価値観を共有し,ケアの目標を統一したうえで,意思決定を支援する必要がある.

看護への示唆

進行がん患者の積極的治療の推奨を検討する基盤として,患者の希望を尊重し,無益な治療を回避することを重視する価値観が関わっていた.看護師は,進行がん患者の治療の意思決定支援を行う際,自身の持つ価値観を認識する必要がある.とくに,看護師のこれらの価値観は,病状や治療に関わる患者の治療や療養生活への希望の確認や,治療に関する説明や情報提供を行う際に発揮することが期待される.また,予後1カ月,PS 3の患者に対する,患者の不利益の回避を重視する価値観は,治療の継続に伴う利益と不利益を正しく伝えることで,患者の納得のいく決定を支えることにつながるだろう.しかし,これらの予後が差し迫った患者への積極的治療の推奨は,看護師が所属する施設や病棟の規範や慣行に基づく価値観の違いによって異なる推奨を持つ可能性がある.この状況は,患者の治療目標を統一しづらく,看護師のジレンマを生みだす一因ともなる.そのため,看護師は,医療チーム内で同じ目標を持てるよう,チームカンファレンスによって,互いの価値観を認め,患者の治療目標を共有する必要があることが示された.

研究の限界と今後の課題

本研究の限界として,同一県内のがん診療拠点病院2施設を対象とした点が挙げられる.病院の役割機能や地域特性によって結果に偏りが生じた可能性がある.加えて,各施設で参加協力に同意の得られた外来診療科や病棟を抽出したため,がん診療に携わるすべての診療科,病棟を抽出できておらず,選択的バイアスが生じた可能性がある.今後は,異なる役割機能を有する施設や他都道府県の施設の看護師を対象として,結果の一般化を図る必要がある.

次に,積極的治療の推奨およびその推奨に関わる看護師の価値観を測定できる既存の尺度はなく,独自で作成した調査票の妥当性および信頼性には課題がある.先行研究および研究者間での議論をもとに調査項目を設定したものの,評価方法はさらに検討が必要である.また,事例の設定が異なる場合や,疾患特有の積極的治療の推奨やその推奨を決定づける看護師の価値観を見出すことができていない.今後は異なる事例設定や疾患別の積極的治療の推奨やその関連要因を検討することで,臨床に即した実践への示唆を得る必要がある.

結論

本研究の結果より,積極的治療の推奨には看護師の価値観が関わっていた.看護師は,進行がん患者の積極的治療の推奨において,「患者の希望」,「化学療法により期待できる生存期間の延長」を最も重視していた.また,予後1カ月,PS 3の患者において,「患者のPS」,「予測される化学療法による副作用の程度」といった,患者へのさらなる不利益を回避することを重視する価値観が関わっていた.また,これらの看護師の価値観の違いが,予後1カ月,PS 3の患者への積極的治療の推奨を二分していることも明らかとなった.看護師は,看護師は自身の価値観を認識し,互いの価値観の違いを認めつつ,共有することで患者のケア目標の統一を行う必要があることが示唆された.

謝辞

本研究にご協力を賜りました対象者の皆様および研究施設の看護部長様,病棟および外来の関係者の皆様に御礼申し上げます.

研究資金

本研究は,2018年度公益財団法人大阪対がん協会がん研究助成奨励金を得て実施した.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

青木は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析・解釈,原稿の起草に貢献した.升谷は研究データの分析・解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.畠山,高尾は研究データの収集,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.荒尾は研究の構想およびデザイン,研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
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