Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
症例報告
メサドンを用いたがん疼痛緩和治療の経過中に全身麻酔手術を行った2症例
森田 真理 坂本 理恵大城 絵理奈嘉山 郁未菊池 恵理華河原 英子筑田 理絵住友 正和木田 達也坂下 博之豊田 茂雄太田 郁子渡部 春奈斎藤 真理
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2022 年 17 巻 4 号 p. 135-139

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Abstract

【緒言】メサドンを用いたがん疼痛緩和治療の経過中に全身麻酔下で手術を行った2症例を経験した.【症例1】57歳女性.多発骨転移を伴った右進行乳がんで疼痛治療にメサドンを導入し,化学療法の経過中に右乳房切除術を行った.創部痛で臨時の鎮痛薬を用いたがメサドン休薬によるがん疼痛の増悪はみられなかった.【症例2】76歳男性.肺腺がんの痛みにメサドンを導入した.化学療法経過中に腰椎転移で下肢麻痺切迫状態になり除圧固定術を施行した.術中の痛みの増悪にケタミンを用い,麻酔覚醒後の痛みの再増悪にはフェンタニル注の持続注射で対応した.【結語】メサドンは従来の強オピオイドで緩和困難な強いがん疼痛に用いるが,本邦では内服薬のみの認可で他のオピオイドとの換算比がないため,周術期等の休薬が必要な期間の痛みの管理には注意を要する.したがって,メサドンの処方医はメサドン内服中の患者の周術期の円滑な痛みのコントロールにも積極的に貢献することが望まれる.

Translated Abstract

Introduction: We report two cases of surgery under general anesthesia during cancer pain management of patients with methadone therapy. Case 1: A 57-year-old woman was started on methadone for pain from right breast cancer with multiple bone metastases, and right mastectomy was performed during the course of chemotherapy. There was no exacerbation of cancer pain due to methadone withdrawal, although analgesics were used temporarily for wound pain. Case 2: A 76-year-old man was placed on methadone for pain from lung cancer. There was concern that lower limb paralysis would develop from a compression fracture of the lumbar spine that had occurred during the course of treatment. Therefore, decompression and fixation surgery was performed. Ketamine was used to control intraoperative pain exacerbation, and fentanyl was used by continuous injection for re-exacerbation of pain after the patient had awakened from anesthesia. Conclusion: Since methadone is available only by mouth in Japan and the equianalgesic ratio between methadone and other opioids has not been established, caution is needed for perioperative pain control while oral methadone cannot be administered. Thus, pain and palliative care specialists prescribing methadone are expected to play an active role in adequate perioperative pain control.

緒言

近年,がん治療の進歩に伴い,多発転移を合併する進行がんでも長期予後が得られるようになり,がん疼痛治療に高用量のオピオイドを使用していてもActivities of Daily Living(ADL)維持やQuality of Life(QOL)向上目的で手術治療を選択することが可能になっている.また,従来のオピオイドで制御困難な高度のがん疼痛にメサドンが用いられるようになった.しかし,メサドンは本邦では経口剤のみの認可で注射製剤は使用できない.加えてメサドンは他のオピオイドとの交差耐性が不完全で明確な換算比が存在せず,他のオピオイドへの切り替えは推奨されない.以上のことから,メサドンをがん疼痛治療に使用している患者が全身麻酔手術などで内服不能になった場合,がん疼痛治療をどのように継続するかが課題となる.今回われわれはメサドンによるがん疼痛治療中に全身麻酔手術を行った症例を経験したので報告する.

なお,2症例とも本人から本論文の執筆に関して説明のうえ同意を得ている.

症例提示

症例1

57歳女性.2016年に多発骨転移,高カルシウム血症を伴った右乳がんT2N0M1(Bone)Stage IVと診断されて化学療法と骨修飾薬を用いた治療を開始した.2018年から四肢の骨関節痛が増悪し,骨シンチで多発骨転移(図1)によるがん疼痛の診断でオキシコドン徐放製剤が導入された.痛みが改善せず,オキシコドンをフェンタニル貼付剤にスイッチし,段階的に増量した.なおも痛みが改善しないため,2018年9月に緩和ケア内科が介入した.緩和ケア内科初診時は定時薬に3日型フェンタニル貼付剤12.6 mg,アセトアミノフェン1500 mg/日,レスキューにオキシコドン速放性剤10 mg/回を使用していた.

図1 多発骨転移により骨シンチグラフィでbeautiful bone scanを呈している

痛みは全身の骨関節痛で麻痺や可動域制限はなく,安静時痛はNumerical Rating Scale(NRS)で0~2/10だったが寝返りなどの体動時にNRS 8~9/10に増悪した.乳がんの治療開始時のADLは自立していたが痛みの増悪に伴い,自宅内ではつかまり歩き,外来通院は車いす利用になった.

3日型フェンタニル貼付剤12.6 mgをオキシコドン徐放製剤120 mg/日に戻し,定時内服とレスキュー量を段階的に増量したが,眠気が増悪するものの痛みは改善せず,安静時痛も次第に増悪してNRS 6~7/10に達し,痛みによる中途覚醒で夜間も3~4回程度のレスキューが必要だった.ステロイド使用や放射線照射治療も提案したが希望しなかった.

2018年11月にオキシコドン徐放性製剤130 mg/日をStop and Goでメサドン15 mg/日に切り替え,翌週にメサドンを20 mg/日に増量したところ痛みが軽減し,レスキューの使用回数も1日で2回程度になった.さらに翌週メサドンを30 mg/日に増量した時点で安静時,体動時とも痛みが消失しレスキューが不要になり,T字杖歩行が可能になった.

外来化学療法を継続し,骨転移病変の改善と転移リンパ節の縮小が得られたが,原発巣の腫瘍サイズ増大のため2020年1月に局所制御目的で右乳房全摘術を施行した.

メサドンは手術前日の夜まで30 mg/日で定時内服し,手術当日の朝から休薬した.麻酔は急速導入で気管内挿管し,プロポフォールとレミフェンタニル,フェンタニルを用いた完全静脈麻酔で,通常のバイタルサインのほかに,Bispectral Index(BIS)で麻酔深度をモニタリングした.麻酔導入から覚醒,帰室後までトラブルなく,術当日夜に術創部痛でフェンタニルを0.006 mg/時(0.14 mg/日相当)で開始し,アセトアミノフェン1000 mgを点滴で1回用いたが,メサドン休薬に伴う全身の骨関節痛はみられなかった.手術翌日の朝からメサドンを術前と同量で再開し,フェンタニルを終了した.術後経過は良好だった.

症例2

76歳男性.2019年8月から出現した腰痛と左下肢の痺れで2020年2月に当院を紹介受診し,多発肺内転移を伴った右肺腺がん,縦隔リンパ節転移,多発骨転移,膵転移,左腸腰筋転移TXN2M1c, Stage IVBと診断された.腰痛と左下肢の痺れの原因は第3腰椎転移と左腸腰筋転移と診断され,痛みによる体動困難のため入院した.オキシコドン徐放製剤10 mg/日とレスキューとしてオキシコドン速放製剤2.5 mg/回を開始し,緩和ケアチームの介入が依頼された.痛みは右下側臥位保持でNRS 2~3/10だったが,寝返りなどの体動時に8~9/10に増悪した.痺れにプレガバリンを内服したが効果なく中止した.痛みが軽減する右下側臥位で過ごし,オピオイドを含む薬剤に対する心理的抵抗が強く,痛みを我慢していた.2020年3月から分子標的治療薬が開始された.不安を傾聴しながらオキシコドンを段階的に増量したが痛みは日ごとに増悪した.オキシコドン徐放製剤を40 mg/日に増量した時点でStop and Goでメサドン15 mg/日に切り替えた.2日目から仰臥位が可能になり,翌週20 mg/日に増量すると痛みがNRS 0~1/10に改善し,痛みによる夜間の中途覚醒や日常生活動作の制限が改善し,自宅退院して外来化学療法を第3ラインまで継続した.化学療法中も病状の進行に伴い,痛みが増悪し,メサドンを段階的に増量した.2020年4月から右大腿部痛や就寝中のこむら返り,腰痛が出現したが骨転移の新規病変は指摘されなかった.2020年7月に右下肢の脱力で歩行困難になったため再入院した.この時点でメサドンは60 mg/日,レスキューはヒドロモルフォン速放製剤を16 mg/回で使用していた.MRIで既存の第3腰椎転移部の病的骨折と脊柱管狭窄が指摘された(図2).入院後は夜間から早朝に強い痛みが出現するようになり,その時間帯のレスキューが当初は2回程度だったものが6~8回必要になった.

図2 MRIでL3の病的骨折により脊髄の圧迫を伴う高度な脊柱管狭窄所見がみられた

予後が月単位で期待できることから2020年8月に腰椎除圧固定術を行った.メサドンは手術前日夜まで60 mg/日で内服し,レスキューは入室3時間前まで16 mg/回を継続した.麻酔は急速導入で気管内挿管し,術中はフェンタニルで維持した.BISは用いず通常のモニタリングで,脊髄付近の手術操作時に動脈圧モニターで血圧が上昇したため総量150 mgのケタミンをボーラスで2回に分けて使用した.手術終了後は円滑に覚醒し,腰痛や右大腿部痛は消失していたが,術前に訴えのなかった左胸鎖関節転移部を含む全身の痛みを訴え,フェンタニル持続注射を0.25 mg/時で開始し,痛みが軽減する0.3 mg/時まで段階的に増量した.手術翌朝からメサドンを術前と同量の60 mg/日で再開し,フェンタニルを終了した.術後のレスキューは日中の1日4回程度になり,夜間から早朝の痛みの訴えは消失した.右下肢の痺れ感は残ったが杖歩行が可能になった.術後に痛みを訴えた左胸鎖関節転移部位に20 Gyの緩和照射とデキサメタゾン4 mg/日内服を開始し,引き続き第4選択の化学療法を行ったががんが進行し,往診導入で在宅療養を選択し,2020年10月に自宅退院した.メサドン60 mg/日は往診医に処方を引き継いだ.

考察

今回われわれは,メサドンを内服してがん疼痛を制御していた患者が全身麻酔手術のため一時的に内服不能になる症例を経験した.午前開始の手術で,メサドンの内服を手術前夜まで継続し,手術当日の内服は中止し,手術翌日から内服を再開して有害事象を生じることなく鎮痛を維持できた.術後,症例1では術創部痛が出現したが全身の骨関節痛は再燃しなかった.症例2では手術治療の対象部位ではない転移部の痛みが麻酔覚醒後から出現したため,フェンタニルを持続静注で開始したが,手術治療で鎮痛が得られたことで他の転移部位の痛みが顕在化したものと推測される.症例1, 2とも手術翌日の朝から術前と同量の経口メサドンの定時内服を再開し,術後経過も良好であった.本邦においてメサドン経口投与中の手術症例の報告は少なく1,2,周術期の疼痛管理は海外の症例を参考に手探りで行っているのが現状であると推測される.また,高用量のオピオイドやメサドンを内服中の患者の手術当日の内服再開の是非についての報告は,検索した範囲では見出せなかった3.メサドン内服中の周術期管理に注意を払うべき副作用にはメサドン使用適正ガイドで既知とされているQT延長4のほかに,偶発的に生じる不整脈5や,メサドンを40 mg/日以上継続している患者で低血糖のリスクを指摘する報告6もある.われわれの症例では術前,術後も不整脈,QT延長や低血糖を含め,特記すべき有害事象はみられなかった.

オピオイドを長期に使用する患者の周術期管理では退薬症状や痛みの増悪,過量症状の発生を防ぐため可能な限り術前のオピオイドスイッチングを避け,内服の継続が困難であれば注射製剤を用いて術前と同じオピオイドを継続してがん疼痛や退薬症状の出現を防止する必要があることは周知7,8だが,一方,術前から高用量のオピオイドを長期にわたり使用している症例ではオピオイド耐性が生じている可能性の指摘9や,それに伴い覚醒時の鎮痛により多くの薬剤を必要とする報告例10もある.オピオイド耐性の原因としては中枢性感作の増強や内因性疼痛抑制作用の減弱による疼痛の遷延が推測されている3.われわれの症例では,術前後でメサドン投与量は同量としたが,術後のメサドンの投与量や,内服不能期間に使用するオピオイドの選択と投与量については,術前のオピオイドの投与歴や期間11,12,手術内容が痛みの原因除去手術であるか否かなどにより,個別に検討する必要があると考える.

結語

メサドンを用いたがん疼痛治療中に全身麻酔手術を行った症例を経験した.高用量のオピオイドを用いたがん疼痛治療中でも月単位の予後が期待でき,ADLも保たれている場合,全身麻酔の手術を選択することも特殊ではないがメサドン内服中の全身麻酔症例の本邦報告例は未だ少ない.他のオピオイドへの換算比が存在しない中でメサドンの注射製剤が使用可能になるまでの内服不能期間を,メサドンの処方医が主治医や麻酔科医,多職種と連携・協働してがん患者の周術期の円滑な疼痛管理に貢献する必要があると考えられた.

利益相反

すべての著者の申告すべき利益相反はなし

著者貢献

森田,坂下,豊田,斎藤は研究の構想,データ収集・分析・解釈・原稿の起草・知的内容にかかわる批判的な原稿の推敲に貢献した.坂本,大城,嘉山,菊池,河原,筑田,住友,木田,太田,渡部は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な遂行に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認および研究の説明責任に同意した.

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