Palliative Care Research
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短報
緩和ケア病棟の内服困難ながん終末期患者へのヒドロモルフォン塩酸塩持続皮下注開始時の悪心・嘔吐予防としてのブロナンセリン経皮吸収型製剤の使用経験
加藤 恭郎 德岡 泰紀
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2022 年 17 巻 4 号 p. 147-152

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Abstract

内服困難ながん終末期患者にオピオイド鎮痛薬の持続皮下注(以下,CSCI)を開始する場合,悪心・嘔吐予防にハロペリドール(以下,HPD)の混合が広く行われている.しかしHPDにはCSCI部皮膚障害の危険がある.そこで当院ではヒドロモルフォン塩酸塩(以下,HYM)CSCI時の悪心・嘔吐予防としてブロナンセリン経皮吸収型製剤(以下,BLO-P)を用いてきた.今回,オピオイド鎮痛薬使用歴がなく,他の制吐剤や抗精神病薬の併用がなく,1週間以上経過観察できた例を後方視的に検討した.BLO-P使用5例では悪心・嘔吐はなく,BLO-P貼付部,CSCI部の皮膚障害もなかった.HPD併用5例では,1例に悪心,2例にCSCI部皮膚障害がみられた.BLO-PはHYMのCSCI時の悪心・嘔吐予防として選択肢の一つになり得ると思われた.

Translated Abstract

When continuous subcutaneous injection of opioid analgesics is initiated for patients in the terminal stages of cancer who are unable to take oral medication, Haloperidol is widely used in combination to prevent nausea and vomiting. However, Haloperidol carries the risk of skin damage at the site of subcutaneous injection. Therefore, we tried to use Blonanserin patch for the prevention of nausea and vomiting during continuous subcutaneous injection of Hydromorphone hydrochloride. In the present study, we retrospectively evaluated patients who had no history of opioid analgesic use, no concomitant use of other antiemetic drugs or antipsychotics, and who were followed up for at least 1 week. In the 5 patients who used Blonanserin patch, no nausea or vomiting occurred, and there were no skin lesions at the site of Blonanserin patch application or subcutaneous injection. In 5 cases of Haloperidol with continuous subcutaneous injection, 1 patient had nausea, 2 had skin lesions at the subcutaneous puncture site. Blonanserin patch seemed to be an option for the prevention of nausea and vomiting during continuous subcutaneous injection of Hydromorphone hydrochloride in end-stage cancer patients who were hospitalized in a palliative care unit and were unable to take oral medication.

緒言

オピオイド鎮痛薬による悪心・嘔吐はおよそ40%にみられ,その治療としては抗ドパミン薬が推奨されてきた 1.オピオイド鎮痛薬の持続皮下注(以下.CSCI)が行われる場合には,悪心・嘔吐予防としてハロペリドール(以下,HPD)を混ぜてCSCIを行う方法が広く行われてきた 2,3

以前著者は,ヒドロモルフォン塩酸塩(以下,HYM)のCSCI時にHPDを混合すると刺入部の紅斑や硬結の頻度が増加すると報告した 4,5.また皮下硬結による薬液の吸収障害も報告した 6

このため天理よろづ相談所病院(以下,当院)緩和ケア病棟では,内服困難患者にオピオイド鎮痛薬をCSCIで開始する場合,制吐剤としてブロナンセリン経皮吸収型製剤(以下,BLO-P)を用いてきた.今回,その効果と副作用を検討した.

方法

当院緩和ケア病棟で,内服困難なためにオピオイド鎮痛薬を新規に持続皮下注で開始する際,悪心が生じやすいと判断した患者では制吐剤の予防投与を行ってきた.2021年7月までは主にHPDをオピオイド鎮痛薬と混ぜてCSCIを行った.しかし,HPDのCSCIにより皮下硬結を起こす症例を複数経験したため,2021年8月からはBLO-Pの使用を開始した.患者には,HPD,BLO-Pとも薬理作用からみて有用と思われるが悪心・嘔吐に対する投与は保険適用外使用であること,HPDの皮下投与も保険適用外使用であることを説明し,同意を得た.せん妄などで本人の同意取得が困難な場合は家族から同意を得た.

今回,2020年8月から2022年7月までに当院の緩和ケア病棟に入院した症例のうち,(1)HYMをCSCIで開始,(2)先行するオピオイド鎮痛薬の使用歴がない,(3)他の制吐薬,抗精神病薬の併用がない,(4)オピオイド鎮痛薬開始後1週間の経過観察が可能,の4条件を満たした例を後方視的に抽出することにした.研究実施前にオプトアウトでデータを利用した.

2021年8月から2022年7月までに,上記(1),(2),(3)の条件に合致して制吐薬としてBLO-Pを使用した例が9例あった.このうち2例は2日目に,2例は5日目に原疾患の悪化のために死亡した.この4例を除いた連続5例を(1),(2),(3),(4)合致例として検討した.また対照として,2020年8月から2021年7月までに,上記(1),(2),(3),(4)の条件に合致して制吐薬としてHPDをHYMと混合してCSCIを行った連続5例を検討した.

BLO-Pは20 mgを24時間ごとに交換した.交換時に皮膚障害(紅斑,掻痒,湿疹)の有無を観察した.貼付中に掻痒が出た場合には,貼付剤を除去して皮膚を観察することにした.

BLO-P使用例では,HYM 2 mgを生理食塩水9 mlと混ぜ,原則として0.1 ml/時でCSCIを開始した.増量は0.05 ml/時ずつ行った.レスキューは1時間量を最低15分あけて急速投与した.CSCI留置針は24Gのプラスチックカニューレを用いた.HPD混合例では,HYM 2 mgとHPD 5 mgと5%ブドウ糖液8 mlを混ぜ,それ以外はBLO-P例と同様の方法でCSCIを行った.

CSCI部は各勤務帯で観察し,異常の有無を記録した.CSCI部に硬結を認めた場合には刺し替えを行った.悪心・嘔吐出現時は制吐剤を投与する方針とした.すべての副作用に関するカルテ記載をCommon Terminology Criteria for Adverse Events Version 5.0(以下,CTCAE)に従って分類した.せん妄の診断はDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed.(DSM-5)に従った.

本研究は,天理よろづ相談所病院の倫理委員会の承認(No.1290)のもとに行った.

結果

HYM+BLO-Pの5例の結果を表1に示した.HYM+HPDの5例の結果を表2に示した.

表1 ヒドロモルフォン塩酸塩とブロナンセリン経皮吸収型製剤を使用した5例
表2 ヒドロモルフォン塩酸塩とハロペリドールを使用した5例

BLO-P使用例では,悪心・嘔吐出現例は1例もなかった.HYMのCSCI部の皮膚障害もなかった.掻痒による貼付剤貼り替え例もなく,貼付部の皮膚障害例もなかった.

HPD使用例では1例で3日目にGrade 1の悪心がみられ,追加の投薬なしに自然軽快した.CSCI部に1例で3日目にGrade 1の紅斑,1例で4日目にGrade 1の紅斑と硬結がみられた.

HYM投与開始後の生存期間中央値は,BLO-Pを用いた5例で10日(7–65日),HPDを用いた5例で9日(7–12日)であった.

考察

オピオイド鎮痛薬のCSCIは古くから行われており,その有用性,安全性が報告されている 7.緩和ケア病棟では,全身状態悪化に伴う嚥下機能低下や,末梢血管確保が困難などの理由でCSCIが行われる場合が多い.

オピオイド鎮痛薬開始時の悪心・嘔吐は数日から1週間ほどで耐性が生じ,消失することが多いとされている.最近のガイドラインでは原則として制吐薬の予防投与を行わず,悪心・嘔吐が出た場合のみの制吐剤投与が推奨されている 8.また,制吐薬として抗ヒスタミン薬も推奨されている.

緩和ケア病棟の患者は残された日々も短く,悪心・嘔吐が出た場合に制吐剤を投与するよりも可能な限り予防する方が望ましいと著者は考えている.一方,抗精神病薬投与には錐体外路症状,意識状態低下,血圧低下などの危険も起こりうるため,その利点と欠点のどちらを重視するかを個々の患者の状態をみて慎重に決める必要がある.

緩和ケア病棟入棟中の内服困難患者ではオピオイド鎮痛薬のCSCI開始時に予防的にHPDを混ぜることが広く行われてきた 2,3.梶山らはオキシコドンの持続皮下注にハロペリドールを混注し,悪心が18.1%から2.5%に減少したと報告している 9.以前,著者はHYMのCSCIにHPDを混合するとCSCI部の紅斑や硬結が増加することを報告した 4,5.またCSCI部硬結により薬液の吸収が障害された例も報告した 6.そこで当院緩和ケア病棟では,HPDのCSCIによる皮膚障害の回避と制吐効果を期待して,2021年8月からBLO-Pの使用を開始した.なお,検索した限りにおいては過去にオピオイド誘発性悪心・嘔吐に対してBLO-Pを使用した報告はなかった.

今回の検討ではBLO-P併用例では悪心・嘔吐はなく,CSCI部の皮膚障害もなく,貼付剤による掻痒感,皮膚障害もなかった.一方,HPD併用例では悪心が1例,CSCI部の皮膚障害が2例に認められた.

BLO-Pはわが国で開発され,2019年9月に世界に先駆けて発売された非定型抗精神病薬の貼付剤である.ドパミンD2受容体およびセロトニン5-HT2A受容体に完全拮抗薬として作用し,ヒスタミンH1受容体に対しても弱い親和性を示す 10.一方,HPDは主にドパミンD2レセプターのみに拮抗する 11.一般に悪心・嘔吐にはドパミンD2,セロトニン5-HT2,ヒスタミンH1レセプターなどが関与するとされており,HPDよりもBLO-Pの方が複数のレセプターに拮抗することで同等以上の制吐効果を示す可能性があると思われた.

BLO-Pの保険適用上の投与量は40 mgからで,ブロナンセリン内服の8 mg相当とされている 12,13.過去の報告ではBLO-P 40 mgの6週間の貼付で貼付部紅斑5.6%,掻痒5.1%,湿疹2%とあるが 14,今回の検討では投与量が少なく,貼付期間も短かったためか,このような副作用は認められなかった.

錐体外路症状については貼付剤の方が内服よりも少なかったとの報告もあり 15,16,実際に今回錐体外路症状がみられた症例はなかったが,注意は必要である.また死亡直前の終末期患者が大部分であったために評価は難しいが,BLO-P貼付を契機に急激に意識状態悪化や血圧低下を来した例もなかった.

BLO-P貼付後の血中濃度は投与4時間前後から急峻に立ち上がり,18時間前後でピークの約90%の血中濃度に達する 17.一方,HYMの単回皮下注後の血中濃度は0.26時間で最高値に達するとされており 18,BLO-Pの血中濃度上昇の遅れによるCSCI開始直後の悪心・嘔吐が危惧された.今回の検討症例では,4例においてCSCI開始と同時にBLO-Pを貼付していたが,悪心・嘔吐はみられなかった.HYMのCSCI開始と同時のBLO-P貼付開始でも悪心・嘔吐予防効果が得られる可能性が示唆された.

なお,BLO-Pは外用薬を除くアゾール系抗真菌薬などCYP3A4代謝薬との併用は禁忌とされている.BLO-Pは経口投与よりも薬物相互作用が少ない可能性が報告されているが 19,併用は行うべきではない.また,抗精神病薬の中には糖尿病症例での使用が禁忌の薬剤も多いが,BLO-Pは禁忌ではない.ただし高血糖や糖尿病には注意が必要である 9

今回はBLO-Pを悪心・嘔吐予防に使用したが,保険適用は統合失調症のみで,悪心・嘔吐の適用はない.BLO-Pを使用した5例すべてにせん妄を認めたが,せん妄にも適用がない.同様にHPDの保険適用も統合失調症と躁病であって悪心・嘔吐,せん妄には適用がない.ただし,せん妄については,社会保険診療報酬支払基金の平成23年9月26日付の審査情報提供事例に,「器質的疾患に伴うせん妄・精神運動興奮状態・易怒性に対して処方した場合,当該使用事例を審査上認める」と記載されており,HPDのせん妄に対しての使用は可能である.一方,HPD注射液は筋注・静注については保険適用ではあるが,皮下注は保険適用外である点が問題である.いずれの薬剤も使用にあたっては十分な説明と同意が必要である.

他の問題としてはBLO-P(ロナセンテープ20 mg)の薬価が258.10円で,HPD(セレネース注5 mg 0.5% 1 ml)の91.00円より高いことが挙げられる.

今回,BLO-Pが悪心・嘔吐に対して有用である可能性を報告したが,今後さらにデータが蓄積されれば,オピオイド鎮痛薬を内服で開始した例へもBLO-Pが制吐剤の選択肢となる可能性もある.悪心・嘔吐時には制吐薬の内服が困難な場合も多く,貼付剤の有用性は高いと思われた.

ただし,本研究の限界でもあるが,今回はオピオイド鎮痛薬としてはHYMのCSCIのみでの経験であり,そのほかのオピオイド鎮痛薬との組み合わせでも同等の効果,副作用なのかについては今後の検討を要する.

さらに,単施設の少数例での経験であった点も本研究の限界である.今回はオピオイドナイーブで他の抗精神病薬,制吐薬併用がなく,1週間の経過観察ができた症例に限定したために検討症例が少なくなり,統計学的な検討をするほどの症例数にはならなかった.

また,後方視的研究であったことも今回の研究の限界である.症状,副作用を見落としていた可能性,正しく評価できていなかった可能性があった.今後前向きに症例を集積しての検討が必要である.

結語

緩和病棟入院中の内服困難な終末期がん患者に対するHYMのCSCI時の悪心・嘔吐予防薬として,BLO-Pはその有用性,副作用の点で選択肢の一つになり得ると思われた.

利益相反

すべての著者の申告すべき利益相反はなし

著者貢献

加藤は研究の構想,デザイン,研究データの収集,分析,解釈,原稿の起草に貢献した.德岡は研究データの解釈,原稿の内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

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