Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
放射線治療によりリンパ浮腫が改善し一時退院が可能となった肺扁平上皮がん後腹膜リンパ節転移の1例
児玉 秀治 佐貫 直子酒井 美紀子山川 智一宮本 翔子藤井 稚奈秦 いづみ北山 智美今出 雅博吉田 正道
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電子付録

2023 年 18 巻 2 号 p. 111-116

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Abstract

症例は73歳女性.肺扁平上皮がん(cT3N3M0-Stage IIIC)に対し当科治療中.2022年6月より肺がん進行に伴い後腹膜リンパ節転移による腰背部痛が増強した.疼痛以外に両下肢浮腫による体動困難もあり7月8日に緊急入院し,後腹膜リンパ節転移に対して放射線治療(30 Gy/10 fr)を行った.タペンタドール200 mg/日で疼痛管理を行っていたが入院中にフェンタニル貼付剤1200 µg/日へ変更し腰背部痛は軽減した.また浮腫の原因疾患を鑑別し,理学所見・検査所見や病歴から,後腹膜リンパ節転移に関連したリンパ浮腫と診断した.入院31日目に浮腫は改善し,ベッド周囲のADLが向上し一時退院可能となった.リンパ節転移に関連したリンパ浮腫の治療方法は確立されておらず,放射線治療の有効性が報告されている.リンパ浮腫の診断に至るまでに他の病態を鑑別し,放射線治療によりリンパ浮腫が改善した1例を報告する.

Translated Abstract

The patient was a 73-year-old woman. She had been treated for squamous cell carcinoma of the lung (cT3N3M0, Stage IIIC) at our department. The patient had low back pain due to retroperitoneal lymph node metastasis; in June 2022, this was exacerbated as lung cancer progressed. She had difficulty in body movements due to edema in both lower limbs, in addition to the pain. Consequently, she was urgently admitted on July 8 and received radiotherapy (30 Gy/10 fractions) for retroperitoneal lymph node metastasis. She was being given tapentadol at a dose of 200 mg/day for relief of her pain. However, she was switched to fentanyl patch at a dose of 1200 µg/day during her hospitalization, which resulted in relief of low back pain. The underlying disease causing the edema was investigated. Based on physical and laboratory findings and medical history, lymphedema associated with retroperitoneal lymph node metastases was diagnosed. On day 31 of hospitalization, the patient was allowed to be temporarily discharged from the hospital because the edema had improved and the activity of daily living around the bed had increased. Treatment methods for lymphedema associated with lymph node metastasis have not been established, but the efficacy of radiotherapy has been reported. We have herein reported a case of lymphedema that was improved by radiotherapy after it was differentiated from other diagnoses.

緒言

リンパ浮腫はがん治療の後遺症を主とした続発性のものが知られている.リンパ浮腫の診断には,病歴聴取や浮腫を生じる疾患の鑑別が重要である1.リンパ節郭清や放射線治療歴がない場合でも,リンパ節転移によりリンパ浮腫を生じることがある.リンパ節転移によるリンパ浮腫の治療方法は確立されていない2,3が,放射線治療の有効性が国内外で報告されている48.今回,肺扁平上皮がんの後腹膜リンパ節転移によるリンパ浮腫に対して放射線治療が有効だった1例を経験したので報告する.

症例提示

【患者】73歳,女性

【主訴】腰背部痛,両下肢浮腫

【既往歴】高血圧症,脂質異常症,薬剤性肺障害(免疫関連有害事象),腰椎圧迫骨折(L2, L4)

【嗜好歴】喫煙:1日15本を50年間,飲酒:なし

【現病歴】肺扁平上皮がん(cT3N3M0-Stage IIIC)に対し2020年1月よりカルボプラチン,アルブミン懸濁型パクリタキセル,ペムブロリズマブ併用療法を4コース施行し,ペムブロリズマブ単剤による維持療法を行っていた.2022年4月に薬剤性肺障害を発症したためステロイド治療を開始し肺がん治療は中止した.肺の原発巣は制御され,薬剤性肺障害も軽快していたが,2022年6月になり後腹膜リンパ節転移の増大に伴う腰背部痛が増強し,両下肢浮腫による体動困難も認めたため同年7月8日に緊急入院となった.

【現症】身長150 cm,体重50.8 kg(2カ月で3.7 kg増加),意識清明,体温36.1°C,呼吸数20/分,脈拍85/分,血圧144/79 mmHg,酸素飽和度98%(室内気吸入下).Palliative Prognostic Index 4.5点.左頸部リンパ節を触知.心音呼吸音異常なし.腹部はやや膨満あり軽度の上腹部痛は認めるが圧痛はなし.腰背部の正中に疼痛あり(Numerical Rating Scale: NRS 10).下腿優位の両下肢浮腫あり.また,腹壁や下肢で表在静脈の怒張は認められなかった.

【検査所見(表1)】血液検査では軽度の低アルブミン血症と貧血や腎機能障害を認め,ほかに好中球優位の白血球上昇やCRP上昇を認めた.尿検査で比重の上昇を認めたが,明確な潜血やタンパクおよび白血球・細菌は認められない.

表1 入院時検査所見

【画像所見】体幹部単純CTで左頸部リンパ節転移(付録図1)や傍大動脈リンパ節などの後腹膜リンパ節転移( 図1)を認める.後腹膜リンパ節転移は左尿管を巻き込み尿管拡張を認める(付録図2).腰椎L2およびL4に既知の圧迫骨折,Th11に新規の圧迫骨折を認める(付録図3).

図1 入院時CT画像

【経過(付録図4)】:後腹膜リンパ節転移による疼痛を考え入院同日より同部位への放射線照射(30 Gy/10 fr)を開始,鎮痛薬はタペンタドール200 mg/日とアセトアミノフェン1500 mg/日を使用した.腎機能障害はBUN・クレアチニン値の開大や尿比重の上昇,疼痛による体動困難に起因する食事摂取量の低下から脱水を考え1000 ml/日の補液も行った.また,画像所見からリンパ節転移転移による左尿管閉塞・腎後性腎不全および上部尿路感染症も考え,メロペネムによる抗菌薬治療も行った.入院4日目には治療によりCRPおよび腎機能も改善傾向だったが,疼痛の改善は乏しく,肺がんの進行に伴う今後の尿管閉塞進行を考慮し同日尿管ステント留置を行った.脱水は改善され補液と経口摂取の状況から水分量は確保されていたが,両下肢の浮腫は悪化傾向でありフロセミド10 mg静脈注射を5日間行った.入院6日目の時点で,約1 L/日程度だった尿量が約2 L/日まで増加したが,両下肢浮腫の改善は乏しく後腹膜リンパ節転移によるリンパ浮腫が考えられた.同日下肢静脈エコーで両下腿ヒラメ筋静脈に急性から亜急性期の血栓を指摘され,リンパドレナージは実施しなかった.リンパ浮腫に対する圧迫療法は,本人希望で実施しなかった.静脈血栓に対しエドキサバン15 mgを投与したが,尿管ステントに伴う血尿が悪化し数日で中止した.依然として腰背部痛の改善は乏しく入院7日目にタペンタドール200 mg/日からフェンタニル貼付剤600 µg/日へスイッチした.入院10日目には疼痛スケールNRS 4–6がみられるようになりやや疼痛が改善した.入院14日目,補液によりクレアチニン値は0.86 mg/dlまで回復しアルブミン値も2.6 g/dlと維持されていた.入院15日目に放射線治療( 図2)が終了した,その時点でEastern Cooperative Oncology Group Performance Status(ECOG PS)3だったが,がん性疼痛は軽減し浮腫によるPS不良のみで全身状態が良好だったことからドセタキセルによる二次治療を開始した.フェンタニル貼付剤は1200 µg/日まで増量し,腰背部痛は圧迫骨折による体動時痛が主体となった.完全な鎮痛は叶わず両下肢浮腫に苦慮したが,端座位保持が可能となりテレビ鑑賞や食事・洗面などベッド周囲のActivities of Daily Living(ADL)は向上し,ポータブルトイレ移乗等の短距離歩行も増えた.入院26日目の時点でリンパ浮腫は両大腿から下腹部まで拡大していた.同日の体幹部CTで後腹膜リンパ節転移( 図3)は最大径26 mmが24 mmに変化したStable Diseaseの効果にとどまり,明確な変化は認められなかった.一方で左頸部リンパ節転移は明確に増大(付録図5)しており,ドセタキセルの短期的な治療効果は乏しかった.ベッド周囲の活動はできるがPS 3のままであることから,Best Supportive Careの方針とした.入院31日目より両下肢浮腫が改善,入院32日目には浮腫が消失した.入院27日目に測定していた腫瘍マーカーは低下しており(CYFRA 33.0 ng/ml,SCC 10.8 ng/ml),左頸部リンパ節転移が増大した一方で後腹膜リンパ節転移は明確な増大がなかったことから,後腹膜リンパ節転移に伴うリンパ浮腫の改善は放射線治療の効果と考えられた.これによりPS回復には至らないがポータブルトイレ移乗等ベッド周囲の活動は行いやすくなった.肺がんの病勢から長期の自宅療養は難しいと考え,2日後(入院39日目,再入院1日目)に再入院を予定し入院37日目に一時退院とした.再入院時に本人および家族から,やり残したことや親族との会話が叶ったとの発言があった.肺がんに関連した病状は著明に悪化しており,腫瘍性の消耗,腎機能障害による尿毒症で衰弱が進んでおり,肺がんの臨死期として少量補液を行った.リンパ浮腫は再入院4日目には両下腿に認められる程度まで再増悪していた.

図2 線量分布図(軸位断)
図3 入院26日目CT画像

考察

リンパ浮腫は診断に際して,病歴を注意深くきめ細かく聴取することや,浮腫を生じる疾患を鑑別することが重要である1.病期分類,重症度分類,測定,皮膚・血管や疼痛のアセスメントを行うことで適切なリンパ浮腫治療が行える1.本症例は原疾患が肺扁平上皮がんであり後腹膜リンパ節転移の郭清や放射線治療歴はなく,後腹膜リンパ節転移によるリンパ浮腫と診断した.腎機能障害を認めているが尿量は確保されており,尿所見からもむしろ腎前性腎不全と考えられる.低アルブミン血症も軽度で脱水補正後も2.6 g/dlと高度な低下はなく,また心不全を疑う所見はなく,肝機能も正常だった.ほかに下大静脈の閉塞・狭窄による浮腫の可能性も考慮したが明確な側副血行路は認めなかった.初回治療でアルブミン懸濁型パクリタキセルを用いているが最終投与から2年以上経過し,放射線治療後に浮腫が著明に改善した経過からも薬剤性も否定的と考えられた.

リンパ浮腫の治療は,弾性着衣・多層包帯法による圧迫,スキンケア,圧迫下の運動,用手的リンパドレナージ,セルフケア指導が基本である1.がん治療などに続発したリンパ浮腫に対してはこれらの複合的治療が推奨されている1が,リンパ節転移に関連した浮腫に対する標準治療は確立されていない2,3.機序としては腫瘍の直接浸潤等によるリンパ流路の障害により生じる4と考えられる.近年,リンパ節転移による浮腫の改善目的に放射線照射を行った報告例が散見されており,医学中央雑誌で検索し得た限り本邦では,前立腺がんで3例5,6,悪性軟部腫瘍で1例4,胃がんで2例7報告されている.Wangらは,腸骨リンパ節転移に対する定位放射線治療により約87%で疼痛や下肢浮腫の改善が認められ,効果的な治療選択肢であると報告している8.奏効が得られるまでの期間は,照射開始後2週間から1カ月程度とされている6.一方で,放射線治療はリンパ浮腫発症の危険因子として知られており,これは放射線により組織の線維化がリンパ管を圧排するためである1.このため,放射線治療の有益性も検討する必要がある.放射線治療によるリンパ浮腫が晩期合併症であること,放射線治療によりリンパ浮腫が改善するまでに2週間から1カ月かかることから,長期的な生存が見込みづらく,予後として少なくとも2週間以上見込まれる場合に有益性が高いと考えられる.本症例は当初,腹大動脈神経叢浸潤に対して疼痛緩和を目的に総線量30 Gyの放射線治療を実施した.疼痛に関しては,放射線照射以外にも薬物療法の調整を行い軽快した.経過中,アルブミン値やクレアチニン値と連動することなく増悪傾向で改善しなかった両下肢の浮腫が,照射開始から約1カ月の時点で著明に改善した.入院時点でのPalliative Prognostic Indexは4.5点であり1カ月程度の予後が見込まれるスコアだった.浮腫は一時的に軽快し治療は有効と考えられたが,肺がんの病勢悪化が著しく軽快していた期間は約10日間と短かった.また,本症例では後腹膜リンパ節転移に対する腫瘍縮小効果は明らかでなく,RECIST評価でStable Diseaseだった.これにもかかわらずリンパ浮腫が改善した機序として,リンパ節内の微細なリンパ洞(髄洞や中間洞)の転移閉塞が解除された可能性を考えた.西島ら7によりリンパ節が縮小していないにもかかわらずリンパ浮腫が改善した例が報告されており,このことから,リンパ節転移に関連したリンパ浮腫の改善に必ずしもリンパ節縮小が伴わないと考えられる.

本症例は肺がんであり検索し得た限りで類似の報告例はみられなかった.肺がんにおいても後腹膜リンパ節への転移はしばしば経験し,原田らの報告では肝門部・胃十二指腸・膵周囲リンパ節群や腹部大動脈周囲・腎門部・後腹膜リンパ節群でも20%以上の転移率である9.肺がんで後腹膜リンパ節の郭清などが行われることは少ないと考えられ,このような転移があり,下肢浮腫が認められた場合はリンパ浮腫を鑑別し放射線治療が選択肢になり得る.

結論

リンパ浮腫の診断においては病歴聴取やさまざまなアセスメントが重要であり,浮腫に関する鑑別を行う必要がある.また,リンパ節転移に関連したリンパ浮腫に対して放射線治療は有効な選択肢になり得,肺がんの後腹膜リンパ節転移においても有効と考えられる.

利益相反

すべての著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

児玉は研究の構想,データ収集・分析・解釈,原稿の起草・重要な知的内容に関わる批判的な原稿の推敲に貢献した.佐貫,酒井,山川,宮本,藤井,秦,北山,今出,吉田は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認および研究の説明責任に同意した.

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