Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
症例報告
直腸テネスムスに対して神経破壊薬を用いた仙骨硬膜外ブロックが有効であった1例
松本 直久 福永 智栄門馬 和枝村田 雄哉岡部 大輔石川 慎一
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2023 年 18 巻 2 号 p. 137-141

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Abstract

直腸テネスムスとは排便がない,もしくは少量しか出ないにもかかわらず,頻繁に便意を催す不快な感覚である.抗不整脈薬や神経ブロックによる治療の報告があるが確立された治療法はない.患者は68歳の女性.子宮頸がん術後,再発腫瘤による尿管圧排のために水腎症となり,左右の腎瘻が造設されていた.腹膜播種による腸閉塞のために緊急入院後,症状緩和を主体とする方針になった.薬剤では軽快しない直腸テネスムスに対して神経ブロックを計画した.不対神経節ブロックは効果不十分,サドルフェノールブロックは施行困難であった.局所麻酔薬を用いた持続仙骨硬膜外ブロックにて効果を確認した後に,神経破壊薬を用いた仙骨硬膜外ブロックを行ったところ直腸テネスムスは消失した.ブロック後5日目に退院が可能となり,症状の再燃はなくブロック後12日目に自宅で永眠した.神経破壊薬を用いた仙骨硬膜外ブロックは直腸テネスムスに有効と考えられる.

Translated Abstract

Rectal tenesmus is a very uncomfortable symptom. Though antiarrhythmic drugs and nerve blocks have been proposed as a treatment for rectal tenesmus, none is well-established. We report a 68-year-old female who undertook surgery for uterine cervical cancer and underwent chemotherapy. She got a bilateral nephrostomy and bowel obstruction during the chemotherapy because of recurrence. She decided to stop chemotherapy and to receive palliative care. She had a symptom of rectal tenesmus, which was refractory to medications. The clinical sign was severe and uncomfortable, making her very nervous. We planned to treat the rectal tenesmus with a nerve block. A ganglion impar block was insufficient to remove the symptom, and the saddle block failed due to epidural lipomatosis. We finally succeeded in alleviating the sign with a neurolytic caudal epidural block. Relief of tenesmus made her hope to spend her final period at home. She could stay at home with her family for seven days before death without recurrence of the symptom. Though there is no report about the effectiveness of neurolytic caudal epidural block for rectal tenesmus, we consider the block appropriate for the symptom.

緒言

直腸テネスムスとは排便がない,もしくは少量しか出ないにもかかわらず,頻回に便意を催す状態である.極めて不快な感覚を伴う症状であり,不眠の原因にもなることでQuality of Life(QOL)の低下につながる.排便反射のメカニズムについては腰髄レベルの抑制系は結腸神経,仙髄レベルの促進系は骨盤神経を介して機能し,内肛門括約筋は下腹神経と結腸神経による支配を受け,横紋筋である外肛門括約筋は体性神経の陰部神経に支配されている1.直腸テネスムスは大腸炎症性疾患による炎症や腫瘍による神経浸潤によって引き起こされると考えられる.確立された治療法はないが,本邦では抗不整脈薬(リドカイン静注24,アモキサピン内服3,メキシレチン内服4)や神経ブロック(サドルフェノールブロック5,高濃度局所麻酔薬を用いた仙骨硬膜外ブロック6)の有効性に関する報告がある.今回われわれは直腸テネスムスに対して神経破壊薬を用いた仙骨硬膜外ブロックが有効であった症例を経験したため報告する.

症例提示

68歳女性.子宮頸がんに対して広汎子宮全摘,両側付属器切除,骨盤内リンパ節郭清術を施行され,脈管浸潤陽性,膣側断端陽性のために術後化学療法が導入されていた.化学療法中に子宮断端の腫瘍再発と骨盤内リンパ節・左肋骨・胸骨への転移があり,再発腫瘤による水腎症のために左右腎瘻が造設されていた.術後1年2カ月目に腹膜播種による腸閉塞のために緊急入院となった.入院時の腹部CTでは8 cm大の巨大腫瘤が仙骨前面を含む骨盤内や直腸に広く浸潤していた( 図1).また,小腸への腫瘍浸潤により腸閉塞像を呈していた.化学療法の継続が困難なため症状緩和を主体とする方針となり,入院4日目に緩和ケア内科に紹介となった.紹介時の主訴は骨転移による胸部痛と,ときおり便意を催す程度の直腸テネスムスであった.フェンタニルを使用したIntravenous Patient Controlled Analgesia(IVPCA)[ベース20 µg/hr,ボーラス20 µg,ロックアウトタイム5分,6回/hrまで]を開始したところ,胸部痛の改善は得られたがテネスムスは増悪傾向であり,30分から1時間ごとの便意のために十分な休息が得られない状態となった.

図1 腹部CT矢状断:仙骨前面で腫大した骨盤内再発腫瘤を示す

リドカイン100 mg点滴静注やジアゼパム5 mg点滴静注でも症状の改善が得られず,神経ブロック治療を計画した.まずは入院9日目,10日目にそれぞれ0.5%リドカイン10 ml,0.2%ロピバカイン10 mlを用いた仙骨硬膜外ブロックを行い,テネスムス症状の一時的な消失を確認した.効果持続時間の延長を期待し,入院11日目に不対神経節ブロック(経仙尾関節アプローチ法,無水エタノール4.5 ml)を行ったが,便意を訴えない時間が2~3時間に延長するのみで不十分であった.入院14, 16日目にサドルフェノールブロックを試みたが,穿刺位置の変更や施行者の交代,エコーガイドを行っても脊髄クモ膜下腔の穿刺が困難であり断念した.腰部CT画像では硬膜外脂肪増生により硬膜脊髄クモ膜下腔が狭小化しており,穿刺困難の原因と考えられた.この間にリドカイン500 mg/日の持続静注も行ったが無効であった.従って,神経破壊薬を用いた仙骨硬膜外ブロックを計画した.入院17日目に側臥位でエコーガイド下に仙骨裂孔より穿刺し,硬膜外腔にカテーテルを8 cm留置した.0.75%ロピバカインを2 ml/hrで持続投与し,テネスムスの消失を確認した.下肢の痺れ症状が出現したため投与速度を1.6 ml/hrまで漸減することでテネスムスの消失は維持しつつ,痺れ症状の改善を得た.その他の有害事象は認めなかった.入院18日目に透視下に造影剤を用いてカテーテル先端位置とその広がりを確認した.当初は先端がS1/2レベルにあったため4 cm抜去し,S3/4レベルに調整した( 図2).また,造影剤2 mlを投与して上下1椎体を超えないことを確認した.無水エタノール2 mlを5分かけて緩徐に投与し,1 ml/hrの速度で2時間持続投与した.投与量,投与速度は山室が考案した仙骨硬膜外エタノール注入法7を参考にした.投与終了後にカテーテルを抜去し,ブロック直後,翌日ともにS3–5領域の知覚・痛覚低下が得られていることを確認した( 表1).直腸障害,下肢麻痺症状も認めなかった.

図2 S3/4レベルに先端を調整した硬膜外カテーテルを示す
表1 ブロック後のNRS スコア

テネスムスの消失により本人・家族ともに自宅退院を希望された.退院時のオピオイドはフェンタニル貼付剤0.3 mg/日とアキュフューザー®(ケタミン2.5 mg/ml,モルヒネ0.5 mg/ml,ベース0.5 ml/hr,ボーラス0.5 ml,ロックアウトタイム15分)を使用した持続皮下注射とした.ケタミン混注はエビデンスに乏しいが,N-methyl-D-asparate(NMDA)受容体を介したテネスムスの不快感への効果を期待して選択した.ブロック後5日目に自宅に退院し,ブロック後12日目に永眠された.退院後もテネスムス症状の訴えはなく,穏やかに過ごすことが可能であった.

考察

直腸テネスムスの病態としては排便反射の促進系とされる骨盤神経1への刺激亢進が関わっていると推測される.サドルフェノールブロック5と高濃度局所麻酔薬を用いた仙骨硬膜外ブロック6が有効であったとの報告があり,骨盤神経に関わるS2–4領域をブロックし,促進系を減弱させることにより直腸テネスムスの改善が期待される.サドルフェノールブロックは会陰部痛に対する治療としてガイドラインに記載されており8,強い知覚神経遮断効果が得られやすく,直腸テネスムスに対しても有効であると考えられる5.手技は比較的簡便であるが,膀胱直腸障害のリスクには十分注意する必要がある.神経破壊薬を用いた硬膜外ブロックは痛み治療において確立された治療法ではないものの,その鎮痛効果と有効性が複数報告されている7,911.神経破壊薬を用いた仙骨硬膜外ブロックでは持続投与やカテーテル位置の調整を行うため,サドルフェノールブロックに比べると手技が煩雑だが膀胱直腸障害のリスクは軽減できる9.これらの知見を踏まえて,われわれは初めて直腸テネスムスに対して神経破壊薬を用いた仙骨硬膜外ブロックを行い,有効な症状緩和が可能であった.直腸テネスムスに対する神経ブロックとして膀胱直腸障害のリスクを回避したい症例ではサドルフェノールブロックよりも神経破壊薬を用いた仙骨硬膜外ブロックが有用な可能性がある.

本症例ではトライアルブロックとして0.5%リドカイン,0.2%ロピバカインを10 mlずつ使用したが,神経破壊薬を用いた仙骨硬膜外ブロックを想定する場合には,より高濃度の局所麻酔薬でその効果と有害事象を評価するべきであった.また,骨盤神経(S2–4)の知覚遮断を目的とするため,局所麻酔薬の投与量は3–5 mlで充分であった.本症例ではS3,4領域の知覚遮断のみでもテネスムスの消失が得られており,薬液が仙髄の高位レベルまで広がる可能性を踏まえるとカテーテル先端位置はS3/4レベル以下が適切であると考える.

直腸テネスムスにおける仙骨硬膜外ブロックの手順について,本症例での反省を踏まえ,山室が考案した方法7をベースに下記を提案する.①0.75%ロピバカインを3–5 ml使用したトライアルブロックを行い,効果と有害事象を評価する.②仙尾靭帯から頭側に5 cm程度カテーテルを挿入する.③0.75%ロピバカインを2 ml/hrで持続注入し,効果を確認する.④X線にてカテーテル先端位置をS3/4レベルに調整し,造影剤2 mlの広がりを確認する.⑤無水エタノール2 mlを5分程度かけて緩徐に投与する.⑥1時間バイタルサインの変化や筋力低下,膀胱直腸障害,宿酔症状がないことを確認する.⑦無水エタノールを1 ml/hrの速度で2時間投与する.⑧翌日に硬膜外カテーテルを抜去する.

本症例では透視下にカテーテル位置の確認を行ったが,ポータブルX線撮影装置でも可能と考えられる.各施設,担当医にとって介入しやすい方法を選択し,直腸テネスムスに対する神経ブロックへの敷居が低くなることが重要である.

結論

直腸テネスムスに対して神経破壊薬を用いた仙骨硬膜外ブロックを行い,有効な症状緩和が得られた1症例を経験した.

利益相反

すべての著者の開示申告すべき利益相反なし

著者貢献

松本は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,解釈,原稿の起草に貢献した.福永,門馬,村田,岡部,石川は研究データの解釈と原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

Notes

本報告に関しては患者に書面にて同意を得た.

References
 
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