Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
原著
救急・集中治療領域における医師の緩和ケアに対する認識と実践の障壁:ICUおよび救命救急センターの医師を対象とした自記式質問紙調査の自由記述データを用いた質的内容分析
田中 雄太 加藤 茜伊藤 香五十嵐 佑子木下 里美木澤 義之宮下 光令
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2023 年 18 巻 2 号 p. 129-136

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Abstract

【目的】緩和ケアの実践には,現場の医療者の認識や受容性などを考慮することが重要である.本研究の目的は,救急・集中治療領域の医師の緩和ケアに対する認識や緩和ケア実践の障壁を明らかにすることである.【方法】集中治療室および救命救急センターに勤務する医師を対象に緩和ケアに関する質問紙調査を実施し,自由記述データを質的に分析した.【結果】873名に質問紙を送付し,436名から回答を得た(回収率50%).そのうち,自由記述欄に回答した95名(11%)を分析対象とした.【結論】本研究の結果から,わが国における救急・集中治療領域の医師は緩和ケアを自らの役割と捉え,日常的なケアの一部と考えて実践している一方で,緩和ケア実践の難しさや不十分さを感じていることが推察された.実践の障壁として,緩和ケアチームのマンパワー不足と利用可能性,救急・集中治療領域における緩和ケアに対する認識が統一されていないことなどが存在していた.

Translated Abstract

Purpose: Palliative care implementation should take into account the perceptions and acceptability of healthcare providers. This study aimed to identify physicians’ perceptions of palliative care and barriers to palliative care practice in the critical care setting. Methods: A nationwide, self-administered questionnaire was distributed to physicians working in intensive care units, and free-text data were qualitatively analyzed. Results: The questionnaire was sent to 873 respondents, and 436 responded (50% response rate). Of these, 95 (11%) who responded to the open-ended sections were included in the analysis. Conclusion: Japanese physicians working in ICUs recognized that palliative care was their role and practiced it as part of their usual care. They felt, however, that the practice was difficult and not sufficient. Barriers to practice included the lack of human resources and availability of palliative care teams, and the lack of uniformity in the perception of palliative care in the critical care setting.

緒言

緩和ケアを提供することは,救急・集中治療領域における重症患者のケアにおいても不可欠な要素である1,2.救急・集中治療領域における緩和ケアの提供は,集中治療室(intensive care unit: ICU)滞在期間の短縮,非有益な生命維持療法の実施の減少,および患者家族の心理的苦痛の軽減と関連しており,その介入によって患者の生命予後を短縮することはないことが明らかになっている36

一方,患者の生命を救うことを第一義としている救急・集中治療領域の医療者には,緩和ケアの考え方が受け入れられにくい場合がある7,8.World Federation of Societies of Intensive and Critical Care Medicineは,ICUにおける終末期医療に関する問題は法的,倫理的,社会文化的背景による違いがあることから,各国の実態をもとに議論を進めるべきであると提言している9.また,Nelsonらは,緩和ケアが受け入れられるかどうかは,現場の医療者の認識を考慮することが重要であるとしている10.緩和ケアを実施する際の障壁として,「クリティカルケアと緩和ケアは補完的かつ並行可能なアプローチではないという誤った認識」や,「集中治療の継続に対する非現実的な期待」,「緩和ケアは死を早めるかもしれないという懸念」が挙げられている11

しかしながら,わが国では救急・集中治療領域における緩和ケアに関する研究はほとんど行われていない.われわれは,日本の救急・集中治療領域の医師に対し,緩和ケア提供の実態と認識を明らかにするために全国質問紙調査を行った12,13.これらの調査では,量的分析によって,基本的緩和ケアの認識と実践状況や専門的緩和ケアに対するニーズ等が明らかになった.そこで本研究では,この調査で得られた自由記述のデータを,質的分析手法を用いて探索的に分析することによって,救急・集中治療領域の医師の緩和ケアに対する認識を明らかにすることを目的とした.

方法

本研究は,「救急・集中治療領域における緩和ケア提供の実態と医師の認識についての質問紙調査」の二次解析である.

研究デザイン

自記式質問紙郵送調査の自由記述のデータを用いた質的帰納的研究.

調査対象

全国の医療施設から,以下の適格基準を満たす施設を対象とし,施設代表者としてICUと救命救急センター(以下,救命センター)の責任医師1名に回答を依頼した.本研究において責任医師とは,「所属部署の診療の状況を把握している管理者に相当する医師」と操作的に定義した.

適格基準は,①2020年2月時点で厚生労働省が定める診療加算において特定集中治療室管理料1, 2, 3, 4のいずれかの施設基準を満たしているICUを有する施設,②2020年4月時点で日本救急医学会が公表する救命センターを有する施設の2点とした.ICUと救命センターの責任医師が同一の場合は,ICUと救命センターの責任医師としてそれぞれの立場で2通とも回答するように依頼した.

データ収集方法

調査対象施設のICUと救命センターの責任医師宛てに,調査依頼状,研究内容説明文書,質問紙,返信用封筒を郵送した.回答者には匿名で回答してもらい,返信用封筒にて研究事務局へ返送するように依頼した.調査期間は,2020年8月から10月であった.

調査項目

調査項目は,緩和ケア医,集中治療医,救急医,看護師,横断研究の専門知識を持つ研究者で構成された研究チーム内で討議し質問紙を作成した.質問内容は,緩和ケアに対する必要性の認識や実践状況に関するもので,質問数は65問であった.質問紙の末尾に自由記述欄を設け,「緩和ケアに関する意見および感想を自由に記載してください」と回答を求めた.

分析方法

本研究では,救急・集中治療領域の医師の緩和ケアに対する記述を探索的に分析するため,質的帰納的アプローチを用いた.質的データを客観的,体系的に分析するためにBerelsonの内容分析の方法を参考にした14.まず,調査で得られた自由記述欄のすべての回答を意味のあるセグメントに区切り,抽出した.このとき,調査に対する感想等は除外した(例:回答所要時間が長かった).次に,抽出されたセグメントにコードを付与した.そして,コードの類似性や相違性に着目しながら,サブカテゴリーを作成した.さらにサブカテゴリーを抽象化し,カテゴリーを作成した.コードの付与およびカテゴリーの作成作業は,研究者2名で確認しながら行った.分析結果の妥当性確保のために,研究メンバーと協議し,全員のコンセンサスを得た.また,緩和ケアを専門とする大学教員にスーパービジョンを受けた.

結果

対象となった責任医師873名に質問紙を送付(ICU 579施設,救命センター294施設)し,436名から回答を得た(回収率:50%).そのうち,自由記述欄に回答した95名(11%)を分析対象とした.

対象者背景を 表1に示す.対象者の年齢は49.8±7.6歳(平均±標準偏差),医師免許取得後年数は24.4±7.8年,所属部署勤務年数13.8年±7.5年であった.緩和ケアチームを設置している施設は88施設(93%)であった.

表1 対象者背景(n=95)

分析の結果,データから171コードが抽出され,21のサブカテゴリー,10のカテゴリーに分類された( 表2).以下,カテゴリーを[ ],サブカテゴリーを《 》,コードを〈 〉で示す.

表2 救急・集中治療領域における医師の緩和ケアに対する認識と実践の障壁(カテゴリ,サブカテゴリ,コード例)

  • 1. [緩和ケアの重要性を認識し実践している]は,《緩和ケアを救急・集中治療の一部として実践している》,《緩和ケアは救急・集中治療領域の医師の重要な役割》の二つのサブカテゴリーで構成された.《緩和ケアを救急・集中治療の一部として実践している》には〈苦痛の緩和は集中治療の一部であり,常に行っている〉等が含まれ,《緩和ケアは救急・集中治療領域の医師の重要な役割》には〈急性期の終末期ケアは救急医に任されている〉等が含まれた.
  • 2. [緩和ケア実践の不十分さと困難感]は,《緩和ケア実践の不十分さ》,《緩和ケア実践の難しさ》の二つのサブカテゴリーで構成された.《緩和ケア実践の不十分さ》には〈ICUにおける緩和ケアはまだ不十分であり,今後の課題である〉等が含まれ,《緩和ケア実践の難しさ》には〈ICUの緩和ケアは極めて難しい〉等が含まれた.
  • 3. [専門チームとの連携とコンサルテーション体制の整備]は,《多職種チームと連携した実践》,《緩和ケアや倫理コンサルテーションの体制整備と効果の検証が必要》の二つのサブカテゴリーで構成された.《多職種チームと連携した実践》には〈ICUでは多角的なアプローチが求められるので,緩和ケアチームなどの多職種のサポートが必要〉等が含まれ,《緩和ケアや倫理コンサルテーションの体制整備と効果の検証が必要》には〈コンサルテーションやケアを評価するシステムを整備することが大切〉等が含まれた.
  • 4. [緩和ケアへの期待と教育のニーズ]は,《救急・集中治療領域における緩和ケアへの期待》,《緩和ケア教育のニーズ》,《家族ケアを充実させる必要性》の三つのサブカテゴリーで構成された.《救急・集中治療領域における緩和ケアへの期待》には〈集中治療医と緩和ケア医が患者および家族をサポートすることで,医療の質が向上するのではないかという期待がある〉等が含まれた.《緩和ケア教育のニーズ》には〈わかりやすい緩和ケアの手引き書を作成して広めてほしい〉等が含まれた.《家族ケアを充実させる必要性》には〈家族の心理的サポートが必要〉等が含まれた.
  • 5. [救急・集中治療領域における緩和ケアに対する認識が統一されていない]は,《救急・集中治療領域における緩和ケアとはどのようなものかが不明確》,《救急・集中治療領域における緩和ケアに対する医療者の認識の不足》の二つのサブカテゴリーで構成された.《救急・集中治療領域における緩和ケアとはどのようなものかが不明確》には〈ICUチーム内で緩和ケアに対する考え方が多様である〉等が含まれ,《救急・集中治療領域における緩和ケアに対する医療者の認識の不足》には,〈集中治療医と主治医の緩和医療に対する認識が不足している〉等が含まれた.
  • 6. [救急・集中治療を受ける患者の終末期における臨床的特徴]は,《患者本人の意思決定能力がないことや,予後予測の難しさなどのICU患者の特徴》,《ICUの機能的役割》の二つのサブカテゴリーで構成された.《患者本人の意思決定能力がないことや,予後予測の難しさなどのICU患者の特徴》には〈回復が見込めないと断言できるケースは極めて希である〉等が含まれ,《ICUの機能的役割》には〈ICUで看取ることはほとんどない〉等が含まれた.
  • 7. [ICUチームと緩和ケアチームとの関係性]は,《ICUチームと緩和ケアチームの関わり方》,《緩和ケア専門家による介入への懐疑》の二つのサブカテゴリーで構成された.《ICUチームと緩和ケアチームの関わり方》には〈ICUチームと緩和ケアチームの双方が途中から診療チームに加わることへの抵抗感がある〉等が含まれ,《緩和ケア専門家による介入への懐疑》には〈緩和ケア医がICUでスキルを発揮できるか疑問〉等が含まれた.
  • 8. [ICUチームと主科の医師との関係性]は,《ICUチームと主科の医師とで意見の不一致がある》,《治療方針の判断は主科の医師がしているため進言できない》の二つのサブカテゴリーで構成された.《ICUチームと主科の医師とで意見の不一致がある》には〈外科系医師や急性期を主に扱う医師は,最期の最後まで治療を行う傾向がまだ強い〉等が含まれ,《治療方針の判断は主科の医師がしているため進言できない》には〈緩和ケアへの相談のタイミングは主科が決めるので,救命・集中治療の立場からあまり強くいえない〉等が含まれた.
  • 9. [緩和ケアチームのマンパワー不足と利用可能性]は,《緩和ケアチームの知識・経験・人的資源の不足》,《緩和ケアチームの稼働時間,対象としている疾患の制限》の二つのサブカテゴリーで構成された.《緩和ケアチームの知識・経験・人的資源の不足》には〈緩和ケアチームの人的資源が不足している〉等が含まれ,《緩和ケアチームの稼働時間,対象としている疾患の制限》には〈緩和ケアチームの診療は決められた日時のみであり,時間にギャップが生じる〉等が含まれた.
  • 10. [医療制度上の課題]は,《緩和ケア診療加算が算定できない》,《日本の医療制度の見直しが必要》の二つのサブカテゴリーで構成された.《緩和ケア診療加算が算定できない》には〈診療加算が取得できない〉が含まれ,《日本の医療制度の見直しが必要》には〈抜本的に日本の医療を見直さない限り,患者本人,家族,医療者にとってよい緩和ケア提供は困難である〉等が含まれた.

考察

本研究では,わが国のICUおよび救命センターの責任医師に対する質問紙調査の質的分析によって,救急・集中治療領域における緩和ケアに対する医師の認識と実践の障壁が導き出された.

救急・集中治療領域の医師は,〈苦痛の緩和は集中治療の一部であり,常に行っている〉〈急性期の終末期ケアは救急医に任されている〉と考え,日常的なケアの一部として緩和ケアを実践している一方で,〈ICUの緩和ケアは極めて難しい〉と感じ,〈ICUにおける緩和ケアはまだ不十分であり,今後の課題である〉と認識していることが示された.立野らは,ICUにおける終末期ケアに対する医師・看護師の認識を調査し,6~7割の医師・看護師が患者の苦痛の評価を実施していること,ケアの質向上に必要な実践は「患者への安楽ケアの提供」,「患者の苦痛軽減のための症状管理」であることを報告している15.一方で,8割以上の医師,看護師が終末期ケアの実践に困難感を感じていた15.今回の研究は,終末期ケアに限定せずに緩和ケア提供の実態と医師の認識を調査したが,立野らの研究と同様に実践の不十分さや困難さを抱いていることが明らかになった.このことから,救急・集中治療領域における緩和ケアの必要性の認識と実践の難しさにはギャップが存在しており,障壁となる要因が介在していると考えられる.

本研究の結果から,緩和ケアの実践に関する障壁が導出された.障壁は,組織レベル,チームレベル,個人レベルの3側面に大別された.

まず,組織レベルでは,[緩和ケアチームのマンパワー不足と利用可能性],[専門チームとの連携とコンサルテーション体制の整備],[医療制度上の課題]が挙げられた.わが国における緩和ケアは,がん患者を対象として導入され,その後もがん患者を中心に発展してきた16.日本緩和医療学会は,2020年度の緩和ケアチーム新規依頼104,331件のうち,がん以外の疾患の占める割合は5.3%と報告しており17,がん以外の領域における専門的緩和ケアへのアクセスは限定的である.さらに,わが国の緩和ケアの専門家を対象にした非がん疾患の緩和ケアの実態調査によると,非がん疾患は予後予測が難しいことや診療加算が算定できないことなどから,がん患者の緩和ケアに比べて困難感を感じ,診療の経験も多くないことが示されている18.このことから,わが国ではがん以外の領域における専門的緩和ケアの実践は発展途上であり,救急・集中治療領域における緩和ケアの実践経験のある専門家の不足,コンサルテーション体制の整備が課題と考えられる.

また,救急・集中治療領域における緩和ケア自体が発展途上の分野であるため,有効な介入方法についてのエビデンスが不十分であり19,ガイドラインやプロトコルの作成が進んでいないことも障壁になっているといえる.今後,実践の蓄積とエビデンスの確立によって,診療加算が算定できない等の医療制度上の課題の解決につながると考えられる.

二つ目に,チームレベルでは,[ICUチームと緩和ケアチームとの関係性],[ICUチームと主科の医師との関係性]が挙げられた.多職種の専門家が関わる医療では,各チームの役割の明確化と相互理解が重要である.本研究では,ICUチームが《緩和ケア専門家による介入について懐疑的》であること,《救急・集中治療領域における緩和ケアとはどのようなものかが不明確》であるという意見から,「救急・集中治療領域における緩和ケア」における緩和ケアチームの在り方・役割を明確化する必要性が示唆された.また,《ICUチームと主科の医師とで意見の不一致がある》ことや,《治療方針の判断は主科の医師がしているため進言できない》ことは,治療方針決定のイニシアチブの問題と考えられる.集中治療医を中心としたチーム,主治医を中心としたチームで管理する場合も同様に,緩和ケアに対する共通の理解をもつことで,医療チーム間の治療方針に関する意見の不一致が解消されるかもしれない.

米国では,ICUにおける緩和ケアを推進するIPAL-ICU Project(Improving Palliative care in the ICU)が取り組まれ,各チームの役割を示した緩和ケアの実践モデルが提案されている11.その中で,ICUチームが緩和ケアの原則を理解し日常的に緩和ケアを行う「統合モデル」と,ICU外の緩和ケアチーム等に相談する「コンサルテーションモデル」が示されている.この二つのモデルを混合した「混合モデル」が欧米で最も一般的であり,ICUチームが基本的緩和ケアを行い,複雑な事例や専門的な介入が必要な場合に緩和ケアチームに相談する20.「混合モデル」はICU入室時から基本的緩和ケア介入を開始し,緩和ケアチームと連携することによってICU退室後のケアの引き継ぎもスムーズになるという利点がある.さらに,緩和ケアチームが関わることでICU内の緩和ケアの意識が高まり,実践の向上につながることも期待される.「統合モデル」の実践はICUチームの資質に依存するため,スタッフの業務負担と実践能力向上のためのトレーニングが必要になる.一方で,「コンサルテーションモデル」は,救急・集中治療の文化とニーズを理解したうえでサポートできる緩和ケアチームが不可欠であるものの,そのような緩和ケアチームは少なく,ICU患者全例に対応するのは困難である.したがって,各施設のニーズとリソースに応じた実践モデルを検討することが重要である.

ICUチームと緩和ケアチームが協働の機会を持ち,“顔の見える関係”を構築することは,各チームの役割と文化の相互理解につながる21.緩和ケアチームが救急・集中治療領域で活動成果を積み重ね,ICUチームとの成功体験を共有することで,さらなる実践や連携の促進につながるかもしれない.

三つ目に,個人レベルでは,救急・集中治療領域の医師は[緩和ケア実践の不十分さと困難感]を感じ,[緩和ケアへの期待と教育のニーズ]を持っていることが示された.米国では,医師のコミュニケーションスキルを含む緩和ケアに関するトレーニングの不足が,緩和ケア提供の障壁として挙げられ8,さまざまな教育ツールが利用可能になっている2,22.わが国においても,重症患者に対するコミュニケーショントレーニングであるVital-TALK日本版や23,症状の評価とマネジメントを中心とした緩和ケアのための医師の継続教育プログラム(Palliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education: PEACE)の取り組みがなされている24.加えて,具体的な行動例を示した実践の手引きの作成や,ケアの質を評価する指標の開発が必要かもしれない.今後,これらの取り組みが救急・集中治療領域に広く普及し,緩和ケアが強化されることが望まれる.

本研究の限界として,2点挙げられる.

まず,本研究で使用した質的データは質問紙調査で得られた自由記述を用いており,理論的飽和を目指して収集したものではない点である.そのため,理論構築に結びつく概念の抽出にはならない.

二つ目は,サンプリングバイアスの問題である.今回,施設の管理責任者となる医師に回答を依頼したため,年齢や医師経験年数が高い集団になっている.また,緩和ケアに肯定的もしくは否定的な考えを持っている医師が多く回答した可能性が考えられる.したがって,この結果を一般化することには限界がある.今後,幅広い年代やさまざまな職種を対象とした調査を実施し,救急・集中治療領域の緩和ケアに対する認識を多角的に分析していく必要がある.

結論

わが国における救急・集中治療領域の医師は,緩和ケアを自らの役割と捉え,日常的なケアの一部と考えて実践している一方で,緩和ケア実践の難しさや不十分さを感じていた.緩和ケア実践の障壁として,緩和ケアチームのマンパワー不足と利用可能性,専門家チームの関係性,救急・集中治療領域における緩和ケアに対する認識が統一されていないことなどが存在していた.今後,“顔の見える関係”を構築し,ICUチーム,主科チーム,緩和ケアチームの役割の相互理解と信頼関係の形成によって,連携の促進と救急・集中治療領域における緩和ケアの実践につながるかもしれない.

謝辞

本研究の実施にあたり,質問紙調査にご協力いただきました施設および医師の皆様に感謝申し上げます.

研究資金

本研究は,財団法人日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団の研究事業として,研究費の援助を受けて実施した.

倫理的配慮

本研究は,東北大学大学院医学系研究科倫理審査委員会(承認番号:2020-1-231),および神戸大学大学院医学研究科等医学倫理委員会(承認番号:B200018)の承認を得た後に実施した.

利益相反

木澤義之:講演料等50万円以上(中外製薬株式会社,第一三共株式会社)

その他:該当なし

著者貢献

田中は研究の構想およびデザイン,研究データの解釈,収集,分析および解釈,原稿の起草,批判的推敲に貢献した.宮下は研究の構想およびデザイン,データの解釈,原稿の起草,批判的推敲に貢献した.加藤はデータの収集,分析および解釈,批判的推敲に貢献した.伊藤,五十嵐,木下,木澤はデータの解釈,批判的推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2023 日本緩和医療学会
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