Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
症例報告
シート化したMohsペーストの在宅医療での導入経験
餅原 弘樹 山本 泰大川村 幸子木下 寛也古賀 友之
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電子付録

2023 年 18 巻 3 号 p. 165-170

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Abstract

Mohsペースト(以下,MP)は,悪性腫瘍による皮膚自壊創の症状を緩和させる.MPの使用は患者のQOLを改善させる一方でさまざまな使用障壁が報告され,とくに在宅医療での使用報告は少ない.われわれはガーゼを支持体としてMPを厚さ約1 mmにシート化する工夫により,在宅医療でMP処置を実践している.本報ではその具体例を,訪問診療を受ける乳がん患者への使用を通して報告する.患者の主な症状は滲出液による痒み,臭気,自壊創そのものによる左上腕の動かしにくさであったが,週1回の処置を3回実施した後,いずれの症状も改善した.MPのシート化により,物性変化や正常皮膚への組織障害リスク,処置時間や人員配置といった使用障壁が下がり,MP処置を在宅医療にて開始できた.MPはシート化により,居宅でも初回導入が可能であり,既存の報告と同様に症状を抑える効果が得られる可能性が示唆された.

Translated Abstract

Mohs paste (MP) is a topical treatment that can help relieve the symptoms of self-destructive skin lesions caused by malignant tumors. Despite the potential benefits of MP in improving the quality of life of patients, its use in home-based care is limited due to various obstacles. In this study, we developed a 1-mm-thick MP gauze sheet, which allowed us to apply the MP treatment at home to a patient with breast cancer. After three weekly treatments, the patient’s main symptoms, including itchiness, odor caused by exudates, and mobility issues, showed improvement. By using MP as a sheet, we overcame the obstacles associated with its use, such as alterations in the physical properties and the risk of damage to healthy skin tissue. Additionally, we reduced the treatment duration and need for trained personnel. Our findings suggest that the MP treatment can effectively control the symptoms of patients in home-based care, consistent with prior research.

緒言

悪性腫瘍による皮膚自壊創は,滲出液・出血・臭気・疼痛といった症状や,その増大による日常生活動作(Activities of Daily Living: ADL)の制限を生じる.また,ボディイメージの悪化により患者本人のQuality of Life(QOL)を低下させる.さらに,滲出や出血の多い自壊創は自宅での頻回なガーゼ交換を必要とし,患者やその介護にかかわる家族等にも負担が生じる1

Mohsペースト(以下,MP)は自壊創の組織を固定することで上記の症状を軽減する目的で使用されるが,その処置の煩雑さにより,ほとんどは入院や外来で実施されている14.在宅医療においても自壊創を有する患者支援の機会があるが,限られた時間や人員で処置を行う必要があり,数時間を要する処置や頻回な経過観察は非現実的である.既報のアンケート調査においては,外来ならびに在宅医療でMPを導入する障壁として,MPの調製や処置・洗浄に要する時間が挙げられており,とくに居宅でMPを使用した事例報告は少ない5

われわれは,MP処置を在宅医療で簡便かつ短時間に実施する工夫とし,一般化された方法6で作成したMPを,ガーゼを支持体としてシート化(Mohs Paste Sheet: MPS)する方法を考案した( 図1).これまでに数例の使用実績を重ね,その作成方法や処置方法を整理し,プロトコール化した.本報では,その方法を乳がん患者への導入事例とともに報告する.

図1 Mohs Paste Sheet

症例提示

39歳女性,乳がん術後再発,多発肺転移,多発脳転移の患者.外来通院で化学療法を継続中であったが,肺転移による呼吸困難が悪化し通院困難となり,病院より緊急の依頼を受け初回往診となった.呼吸困難に対しモルヒネ塩酸塩を用いて症状緩和をした後,その他の症状を確認すると,左前胸部に生じた自壊創について相談があった.自壊創に対し本人が抱えていた悩みは,衣類に染み出すほどの浸出液とそれに暴露されることにより生じた搔痒感,一度出血すると止血しにくい脆弱な組織状態,「干物のよう」と本人が表現する悪臭であった.自壊創への直接刺激では触覚や痛覚はない状態であったが,その大きさは130 mm×100 mm×30 mm(長径×長径と直交する短径×高さ)であり,患者は視界に入る自壊創から恐怖を感じていた( 図2).さらに,左上腕の可動域制限や,更衣へ支障が生じていた.これまでは,メトロニダゾールゲル製剤を非固着性のガーゼに塗布し自壊創を覆う処置を患者自身が行っていたが,徐々に同居の母親の支援を要するようになっていた.また,患者はMPについて病院の主治医から説明を受けており,以前から処置を希望していた.

図2 MPS処置開始前

倫理的配慮

MP処置にあたり,院内の複数の医師,担当看護師,薬剤師によりその効果や意義を倫理的な配慮のうえ検討した.その結果をもとに主治医より本人へ文書(付録図1)を用いて説明し,署名による同意を得た.

方法

MPSの作成

MPSの作成にあたり,病院薬局製剤事例集6を参考にMPを作成した.1枚のMPS作成にあたり,MPを26~30 g,白色ワセリンを2~3 g,ガーゼ(140 mm×140 mm)を1枚,シリコンコーティングされたクッキングシート(300 mm×150 mm)を1枚,のし棒(ラップの芯で代用可),チャック付きポリ袋を1枚用意する.手順(付録図2)に従いシート化する.処置日までは薬品用冷蔵庫(5°C)で保管し,処置当日は保冷剤を入れた保冷バッグにて運搬した.

MPS処置

在宅医療は,週1回の訪問診療,週3回の訪問看護の体制とした.また,MPS処置日には薬剤師も診療に同席した.

MPS処置手順を付録図3に示す.疼痛や正常組織障害への対策をし,MPSを15~30分留置した後に除去する.創面に残存するMPはガーゼにて可能な限り拭い取るが,洗浄は行わずそのままガーゼ保護とするプロトコールである.

対象症例には7日ごと計3回,MPS処置を実施した.処置前の鎮痛薬は,元々使用していたモルヒネ塩酸塩内用液剤10 mg 1回1包を用いたが,全3回すべての処置において疼痛の訴えはなかった.処置後も疼痛の訴えがなかったため,プロトコール化していた処置後や眠前の鎮痛薬の使用はなかった.1回の処置に1枚弱(MP20 g相当)のMPSを使用し,残ったMPSは冷所保存し再利用した.7日後の処置において,シートの切断や処置に影響する物性変化はほとんど感じられなかった.MPSの留置時間は初回30分,2回目は20分,3回目は15分であった.

処置後,ガーゼに染み出す滲出液量は視覚的に減り,自壊創周囲の掻痒感も軽減した.処置前は,ガーゼ交換のたびに滴り落ちる程度の出血が生じていたが,処置後はほとんど生じなかった.臭気は,初回の処置後から「臭いが干物ではなくなった」との本人評価が得られ,処置を重ねるごとに自壊創を解放していてもほとんど気にならない状態となった.

2回目の処置時に,外科用ハサミで切除した組織片を観察すると,少なくとも5 mmの固定深度が得られていた.自壊創の大きさは処置前の130×100×30から,2回目の処置後は120×100×30,3回目の処置後には100×90×20,最終的に82×65×15まで縮小した( 図3).処置による経過を付録図4に示す.自壊創そのものが縮小した結果,本人より,「着替えの際に腕が動かしやすくなり快適」「視線を足先に向けた際の景色が違う」と好印象を得た.予定していた化学療法目的の通院は困難となったが,MPS処置により腫瘍組織が小さくなることに対して,本人のみならず患者の母も「他の症状が悪くなる中でこれだけが救い」との語りがあった.

図3 MPS処置開始21日目

考察

田口らの報告5によると,MP使用の障壁として,硬さやべたつき等の物性変化による調製時や塗布時の取り扱いの困難さ,周囲組織障害回避のための保護の必要性,調製者や処置スタッフの確保の困難さ等が挙げられている.在宅医療における自壊創へのMP処置は,外来や入院による導入後の報告があるが7,居宅で導入開始した文献的報告事例はない.われわれはMPをシート化する工夫により既報の障壁を下げ,居宅にてMP処置を導入した.

MP処置の障壁を下げたMPSの利点とし以下の3点が挙げられる.まず,MPは使用直前に,自壊創の状況に応じた粘度調整を要する場合が多いが,事前のシート化により居宅での粘度調整は不要である.また,MPSの柔らかな物性により,複雑な自壊創の形状であっても創面に沿って貼付しやすい.冷所保存していたMPSは,作成後7日が経過していても取り扱いに影響する硬化等の物性変化はほとんどなく,われわれの使用環境下において7日間は使用可能だと推察された.こうした点から,MP特有の物性変化による取り扱いの困難さを回避しやすくなると考える.

次に,本事例では処置前の周囲組織障害対策はワセリンとラップによる保護にて十分であった.MPは体温や滲出液に反応し溶け出すと,正常皮膚との接触による組織障害リスクが高まる.MPSはシートの大きさで自壊創に応じた使用量を決定できるため,MPの過剰な使用や流出が少なく済み,周囲組織の保護も患家で十分対応可能であった.ただし,本事例の自壊創は正常皮膚との境界が目視にて判別しやすく,保護が容易であった点に配慮しなければならない.自壊創と正常皮膚が複雑に入り組むような病態においては,より慎重な保護が求められる.また,MPSはMPが浸透したガーゼが使用直前まで保護されているため,処置に関わる者が不用意にMPに触れる機会が低下する.これは,処置中に手袋に付着したMPが正常皮膚に触れることによる組織障害リスク低下にも寄与すると考えられる.

最後に,MPSは限られた処置時間や頻度にもかかわらず種々の症状を緩和させる組織固定が可能であった.本事例では,MPSを週1回,1回15~30分程度の留置時間で使用し,除去後に残存するMPを完全に除去するための洗浄は行わなかった.未洗浄により自壊創に残存したMPは,その後も緩やかな組織固定進行に寄与すると推察された.MPSは厚さ約1 mmであるが,MPは厚さ1 mmでの塗布により48時間で約5 mm, 72時間で約10 mmの固定深度が得られるとの報告がある8.本法ではMPSの留置時間は短いものの,7日後には5 mm程度の固定が得られ,外科用ハサミを用いて容易に切除可能であった.この結果より,本法は処置に要する時間管理や人員調整が行いやすいと考えられる.本事例では,MPの留置後に洗浄をしないことによる疼痛や正常皮膚への組織障害を起こすことはなかった.しかしながら,単施設の1例報告であり安全性が担保されるものではない.処置前や処置中に疼痛の有無に加え,こうした副作用への支持療法を含めたプロトコールを構築する必要がある.

以上により,MPSによる自壊創処置は,居宅でのMPの使用障壁を下げる可能性がある.また,MPSは居宅での初回導入が可能であり,MP処置の導入や継続困難を理由とした在宅医療の中断や終了回避にも寄与すると考えられる.在宅医療での自壊創処置は,患者やその家族の語りからも,そのQOL向上に寄与すると示唆された.

MPSは,MPを作成または入手できることが前提の方法であり,この点において在宅医療におけるMP使用の障壁が残ることは否めない.今後も使用経験を重ね,製剤の安定性や有効性について検証が必要である.

結論

シート化したMPにより,在宅医療においてもMP処置を導入・実施できる可能性がある.

謝辞

Mohsペーストの作成やシート化にあたり助言をいただいた,東京理科大学薬学部医療デザイン学研究室の花輪剛久先生に感謝申し上げます.

利益相反

すべての著者の申告すべき利益相反なし

著書貢献

餅原は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,研究データの解釈,原稿の起草に貢献した.山本は研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.川村,木下,古賀は研究の構想およびデザイン,研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

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