2023 年 18 巻 4 号 p. 247-252
【目的】終末期がん患者の呼吸困難に対してオピオイドのみではコントロールが難しくミダゾラムの併用を必要とした要因を検討した.【方法】2019年4月から2021年7月に当院で呼吸困難緩和目的にオピオイド注射剤を導入したがん患者を抽出し,オピオイドのみ投与したオピオイド単独群,オピオイドにミダゾラムを併用したミダゾラム併用群に分類し後方視的に検討した.【結果】適格患者は107人で,オピオイド単独群85人(79.4%),ミダゾラム併用群22人(20.6%)であった.単変量解析では60歳未満(p=0.004)と男性(p=0.034),多変量解析では60歳未満(OR=5.34, 95%CI: 1.66–17.21; p=0.005)がミダゾラム併用と有意に関連していた.【結論】呼吸困難に対してオピオイドを使用したがん患者において60歳未満がミダゾラム併用に関連する因子であった.
Background: Factors requiring midazolam in addition to systemic opioids to control dyspnea in cancer patients have yet to be evaluated. Methods: We retrospectively analyzed data for cancer patients who received systemic opioids to relieve dyspnea from April 2019 to July 2021 in Wakayama Medical University Hospital, Japan. Patients were divided into an opioid-alone group and an opioid plus midazolam group, according to the treatment of dyspnea. Results: The total of 107 patients included 85 patients (79.4%) in the opioid alone group and 22 patients (20.6%) in the opioid plus midazolam group. Age<60 years (p=0.004) and male sex (p=0.034) was significantly associated with the addition of midazolam. Multivariate analysis found age <60 years (OR=5.34, 95%CI: 1.66–17.21; p=0.005) was associated with the addition of midazolam. Conclusion: Age <60 years is factor requiring midazolam in addition to systemic opioids to control dyspnea in cancer patients.
がん患者における呼吸困難の発生率は46%~59% 1)とされ,頻度の高い症状の一つである.また呼吸困難は終末期になるにつれて有病率が上昇し 2),中等度から重度の呼吸困難が生じる割合は死亡7日前では約30%であるのに対し死亡直前では70%を越えるまでに増加する 3).がん患者の呼吸困難に対する薬物療法に関するガイドラインでは,モルヒネをはじめとするオピオイドの全身投与が推奨されている 4).本邦における緩和ケア医師対象の全国調査では,約30%の医師が終末期がん患者の呼吸困難に対するオピオイド投与量には上限があり一定量を超えるとオピオイドが無効であると回答した 5).また重度の呼吸困難の患者においてオピオイドの漸増でも呼吸困難の緩和が困難であると考えた場合に,少量ミダゾラム持続投与を追加する,ミダゾラム以外のベンゾジアゼピンを追加する,さらにオピオイドを増量する,他のオピオイドに切り替えるという四つの選択肢に対して,約60%の医師が少量ミダゾラム持続投与を追加すると回答した 5).一方で,終末期がん患者の呼吸困難に対してオピオイドに加えてミダゾラムの併用が必要になる要因は明らかになっていない.本研究の目的は,終末期がん患者の呼吸困難に対してオピオイドのみではコントロールが難しく,ミダゾラムを併用した患者の要因を明らかにすることである.
本研究は和歌山県立医科大学附属病院(以下,当院)における単施設の後ろ向き調査である.2019年4月から2021年7月までの期間に当院でオピオイド注射剤を導入した患者のうち,非がん患者と呼吸困難以外の症状緩和を目的にオピオイド注射剤を導入した患者は除外し,呼吸困難を緩和する目的にオピオイド注射剤の持続静脈投与もしくは持続皮下投与を行ったがん患者を対象とした.呼吸困難の有無については,患者からの呼吸困難の訴えが診療録に記載されていた場合を呼吸困難ありと判断とした.痛みなどの呼吸困難以外の症状に対してすでにオピオイド注射剤が導入されていた患者は除外したが,呼吸困難と痛みが併存しオピオイド注射剤を導入した場合は適格とした.また,オピオイド注射剤の導入はがん治療医もしくは緩和ケア医師の判断で行った.適格患者のうち,オピオイド注射剤のみで呼吸困難の緩和を行った群をオピオイド単独群,オピオイド注射剤にミダゾラム持続静脈投与もしくは持続皮下投与を併用した群をミダゾラム併用群と定義して分類し,2群間の患者背景を比較した.
評価項目主要評価項目は呼吸困難に対してオピオイドを使用した患者のうちミダゾラムの併用に関連する因子とした.評価する項目は,年齢,性別,喫煙歴,原発臓器,オピオイド注射剤の導入時点における緩和ケアチーム介入の有無,呼吸困難を生じる原因となった病態,Palliative Prognosis Index(PPI),オピオイド注射剤の種類,オピオイド・ステロイド使用歴の有無,せん妄と抗精神病薬使用の有無,1日輸液量,酸素投与の有無と酸素投与経路とした.喫煙歴は終末期がん患者の呼吸困難との関連が示されており,評価項目とした 6).肺がん患者では46%と他のがん種と比較して呼吸困難の発生率が高い 7)ため原発臓器は肺と肺以外で分類した.呼吸困難を生じる原因となった病態は診療録から判断した.肺腫瘍と呼吸困難の強さが相関していた 8)ことから,肺腫瘍を含め,研究者間で話し合い,さらに胸水,肺炎,がん性リンパ管症,心不全・虚血性心疾患,腹水,その他に分類した.
副次評価項目として,オピオイド導入後から死亡までの期間のオピオイド注射剤1日最大投与量(モルヒネ注射剤等量換算),ミダゾラム併用群のオピオイド注射剤導入後からミダゾラム併用までの期間を評価した.
統計解析オピオイド単独群とミダゾラム併用群の比較については,カテゴリ変数に対してFisher正確確率検定,連続変数に対してWilcoxonの符号付順位和検定を用いた.生存期間の解析にはKaplan–Meier法を用いた.多変量解析はミダゾラム併用を従属変数としたロジスティック解析を行った.p<0.05を有意差ありとした.また,本研究は探索的な検討であり,多重性の調整は必要ないと判断した.これらはすべてJMP Pro 14ソフトウェアを使用した.
対象者は2019年4月から2021年7月に当院でオピオイド注射剤を導入した患者402人のうち,呼吸困難を緩和する目的にオピオイド注射剤を導入した患者107人であり,オピオイド注射剤導入から死亡までの期間の中央値は2日(範囲:0–29日)であった.オピオイド単独群は85人(79.4%),ミダゾラム併用群は22人(20.6%)であった.ミダゾラム併用群は全例でオピオイドを先行投与してからミダゾラムを併用していた.表1にオピオイド注射剤導入時点での患者背景を示す.年齢中央値は71歳(範囲:20–93歳),男性78人(72.9%),女性29人(27.1%),喫煙歴ありは83人(77.6%),肺がんが53人(49.5%)であった.緩和ケアチーム介入は48人(44.9%)でPPI中央値は10であった.呼吸困難の原因病態としては肺腫瘍が59人(55.1%)と最も多く,胸水48人(44.9%),肺炎36人(33.6%)が次いで多かった.ステロイドは38人(35.5%)で使用されていた.せん妄は42人(39.3%)でみられ,29人(27.1%)が抗精神病薬を使用していた.1日あたり輸液量の中央値は1000 ml(範囲0–2500 ml)であった.オピオイド注射剤の種類はモルヒネ73人(68.2%)で最も多く,ヒドロモルフォン27人(25.2%),オキシコドン7人(6.5%)であった.オピオイド使用歴ありが51人(47.7%)であった.オピオイド注射剤導入時の酸素投与ありが90人(84.1%)で,酸素投与経路は,経鼻30人(28.0%),酸素マスク40人(37.4%),高流量鼻カニュラ20人(18.7%)であった.オピオイド単独群とミダゾラム併用群の患者背景を比較したところ,年齢の中央値はそれぞれ72歳(範囲:20–93歳)と65.5歳(範囲:31–85歳)で,ミダゾラム併用群の患者で年齢が低く(p=0.006),60歳未満の患者数はオピオイド単独群8人(9.4%)とミダゾラム併用群8人(36.4%)であった(p=0.004).また性別において,男性がオピオイド単独群58人(68.2%)とミダゾラム併用群20人(90.9%)であり,ミダゾラム併用群は男性の患者が多かった(p=0.034).
表2にロジスティック回帰分析の結果を示す.単変量解析では年齢と性別がミダゾラム併用に対する有意な関連因子であったため,この二つの因子を独立変数として多変量解析を行った結果,60歳未満(OR=5.34, 95%CI: 1.66–17.21; p=0.005)が有意な因子であった.モデルの適合度の評価としてreceive operating characteristic(ROC)曲線下面積(area under thecurve: AUC)を用いた 9)ところ,AUC=0.71であり推定されたモデルは適切であった.また年齢と性別の独立変数間の相関係数を検証したところ,強い関連性はみられなかった(p=0.42).
図1にオピオイド注射剤の1日最大投与量をモルヒネ注射換算で示す.投与量の中央値は,オピオイド単独群12.5 mg/日,ミダゾラム併用群36.8 mg/日であり統計学的に有意差を認めた(p=0.006).ミダゾラム併用時点でのオピオイド注射剤の投与量中央値は29.5 mg/日(95%CI: 14.4–54.0 mg/日)であった.ミダゾラムの投与量中央値は24 mg/日(95%CI: 12.0–36.0 mg/日)であった.
図2ではミダゾラム併用群22人におけるオピオイド注射剤を導入してから死亡までの経過を示す.オピオイド注射剤の導入からミダゾラム併用までの期間の中央値は2.5日(95%CI: 1.8–7.9日),ミダゾラム併用から死亡までの期間の中央値は2日(95%CI: 1.5–4.5日)であった.
呼吸困難に対してオピオイド注射剤を使用した終末期がん患者のうちミダゾラムを併用した患者は20.6%であり,単変量解析では60歳未満と男性,多変量解析では60歳未満がミダゾラム併用に有意に関連していた.がん患者の若年者と高齢者の症状の違いにおける調査では,60歳未満の患者では不安の発生割合が57.8%であり,60歳以上の32%と比べて高いことが報告されている 10).がん患者において呼吸困難の強度と不安は相関しており 8),がん患者の呼吸困難に対する治療薬としてベンゾジアゼピンが重度の不安やうつ病を伴う場合に有効であると日本の緩和ケア医師が考えている 11).これらの既報から年齢が低下するほど不安により呼吸困難の強度が増すことが推測され,60歳未満がミダゾラム併用に関連する因子となった可能性がある.その他の要因として肺がん,呼吸困難を生じる原因となった病態,およびオピオイドの種類の比較を行ったが,ミダゾラム併用との関連はみられなかった.本研究の結果から,60歳未満の若年の終末期がん患者において,呼吸困難に対してオピオイド注射剤を導入する際に,患者・家族にあらかじめミダゾラムの併用が必要になる可能性について十分な情報提供をしておくことが必要かもしれない.
また,オピオイド単独群のオピオイド注射剤の1日最大投与量は12.5 mg/日であったのに対して,ミダゾラム併用群は約3倍の36.8 mg/日まで増量していた.ミダゾラム併用時点のオピオイド注射剤の投与量が29.5 mg/日であった.がん患者の呼吸困難に対するオピオイド注射剤の投与量に関して,本邦における緩和ケア医師対象の全国調査では,上限が30 mg/日であると考えていることが報告されている 5).本研究において,ミダゾラム併用時点でのオピオイド注射剤の投与量とほぼ同等であり,われわれの施設でも30 mg/日程度で呼吸困難に対するオピオイドが無効であると判断しミダゾラムを併用したことが推測された.またオピオイド注射剤導入からミダゾラム併用までの期間の中央値は2.5日であった.呼吸困難を有するがん患者に対してオピオイドにミダゾラムを併用するかどうかの判断がオピオイド注射剤導入後2~3日程度で行われていたと推測された.
本研究の限界について述べる.第一に単施設での調査であることが挙げられる.また当院は大学病院であり,緩和ケア医師だけでなくがん治療医による診療も含まれるため,緩和ケア病棟など専門的緩和ケアを提供する施設とは結果が異なる可能性がある.第二に本研究は後ろ向き調査であるため,呼吸困難の強度と治療効果が測定できていないことである.さらに,ミダゾラム併用の目的がせん妄などの苦痛症状の緩和や持続的鎮静など呼吸困難の緩和以外の目的で併用された可能性があるが,診療録からは明確に判断できなかった.終末期においてミダゾラムなどの鎮静薬は難治的症状の緩和や鎮静を目的に使用することは多いが,導入基準は一定ではない.また死亡直前期になるにつれてミダゾラムの投与量は増加するため 12),臨床現場でもミダゾラムの投与の目的が症状緩和か持続的鎮静かどうかの区別をすることが難しい場合も多い.本邦における緩和ケア医師対象の全国調査で,がん患者の呼吸困難に対するミダゾラム投与量は10 mg/日程度であることが報告されている 5)が,本研究ではミダゾラム投与量が24 mg/日と多く,持続的鎮静を目的とした使用であった可能性が高い.今後,多施設共同前向き観察研究を進める際は,ミダゾラム併用時の呼吸困難の強度や投与目的を評価する必要がある.
呼吸困難を有する終末期がん患者でオピオイド投与のみではコントロールが難しくミダゾラムを併用した患者は20.6%であり,多変量解析において60歳未満がミダゾラム併用に関連する因子であった.若年患者ではオピオイド単独での呼吸困難のマネジメントが十分ではなく,ミダゾラムの併用が必要になる可能性があり,患者・家族にあらかじめ情報提供をしておく必要があるかもしれない.本研究は後ろ向き研究であり,今後は多施設共同前向き観察研究によって,さらに検討を重ねる必要がある.
森 雅紀:講演料(第一三共株式会社)
その他:該当なし
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