近年,緩和医療で補完代替医療鍼灸の有用性が報告されるようになった.高度急性期病院である東海大学医学部付属病院では2021年8月から鍼灸師が緩和ケアチームでの活動を開始したため,その概要と活動内容を報告する.約1年3カ月で鍼灸への依頼は35名(男性14名,女性21名)であり,緩和ケアチームへの依頼の約10%に対応した.相談理由は身体的苦痛,とくに疼痛に対する依頼が55%と最多を占め,鍼灸師への疼痛緩和のニーズが存在する.治療方法として,温灸での治療が最も多く,鍼に対する痛いや怖いイメージの影響が推察された.また,大多数の患者が退院まで鍼灸の介入を希望していた.鍼灸師には一時的な苦痛の緩和のほか,リラクゼーションを含む精神的状態の一時的な改善のニーズの存在が示唆された.
The usefulness of acupuncture and moxibustion as complementary and alternative medicine in the field of palliative care, in recent years. Since August 2021, acupuncture and moxibustion therapy was integrated into the palliative care team at Tokai University Hospital, an advanced acute care hospital. We present an overview and activities of the acupuncture and moxibustion therapy team at our hospital. Within approximately 1 year and 3 months, 35 patients (14 men and 21 women) presented for acupuncture and moxibustion therapy, which corresponds to 10% of the number of patients treated by the palliative care team. The most common reason for consultation was requests for physical pain, especially pain (55%), indicating a need for acupuncturists to relieve pain. The most common treatment method was warm moxibustion, suggesting the influence of painful or scary images of acupuncture. The majority of patients also wanted acupuncture intervention until discharge from hospital. The presence of a need for acupuncture for temporary relief of pain as well as temporary improvement of mental state, including relaxation, was suggested.
伝統医学である鍼灸は日本のいくつかの診療ガイドライン1,2)で有用性の報告がある.緩和医療領域では,がんの補完代替医療クリニカル・エビデンス3),がんの補完代替医療ガイドブック4)の中で取り上げられており,痛み,吃逆,術後の尿閉,倦怠感,生活の質(Quality of Life: QOL)の改善,化学療法後の悪心嘔吐,白血球減少の改善,術後の腸閉塞の予防などに対する記載がみられる.
高度急性期病院である東海大学医学部付属病院(病床数:804,病床稼働率5年平均:94%)では2004年4月から緩和ケアチームが活動しており,医師(身体担当・精神担当が各1名),看護師1名,薬剤師1名,MSW1名,公認心理士1名,管理栄養士1名が連携して,患者のQOLの改善に努めている.緩和ケアチームの活動として,2021年8月から鍼灸師1名が緩和ケアチームの活動に加わった.
これまでの報告では,緩和ケアチームに参加した鍼灸師の活動報告,鍼灸治療の有効性についての報告は少ない5–11).高度急性期病院の緩和ケアチームにおける鍼灸師の活動を紹介する.
緩和ケアチームの介入が依頼された患者の中で,患者の病態に対する鍼灸治療の適応があると判断された患者に対して,緩和医療担当医から鍼灸治療の紹介を行う.鍼灸治療の紹介に際して,易感染性(好中球:1000 /µl未満),出血傾向(血小板:75×103/µl未満),発熱(38°C以上)している患者は適応から除外した.
治療について主治医の承諾を得た後,鍼灸師から患者に鍼灸治療の効果と副作用について十分な説明を行い,鍼灸治療に同意し,承諾書への記名を得た後に治療を開始した.基本的に病室で1日1回,10~15分/回の鍼灸治療を退院日までほぼ毎日行った.緩和ケアの一環として行うため,鍼灸治療にかかる費用の請求は行わない.ただし,退院後も鍼灸治療を継続される場合は,自費診療となることを事前に説明を行った.
東洋医学理論を基にした苦痛部位への治療を患者の病態に合わせて行った.他職種と共有する電子カルテのため,治療部位(経穴)は,経穴名だけでなく解剖学的名称,例えば,足三里(下腿前面で脛骨粗面の外側部,前脛骨筋上)のように併記した.治療道具は,温熱治療として電子温灸器,鍼治療として毫鍼(ごうしん)・鍉鍼(ていしん)・円皮鍼(えんぴしん)を用いた(図1).
カナケン社製の電子温灸器CS-2000を使用した.付属の直径4 cmのセラミックスヒーターのプローブを用いて,遠赤外線波長9 µmを生体に発振することで皮膚深部まで温めることができる.5段階の温度調節(44°C, 45.5°C, 47°C, 48.8°C, 50°C)が可能で,1回に6カ所を同時に温めることができる.治療時,発熱や治療部の発赤,のぼせ症状がみられた場合は,使用を中止した.
鍼治療 ・毫鍼(ごうしん)侵襲刺入可能なステンレス製滅菌済みのディスポーザブル鍼(セイリン社製,セイリンディスポJタイプ0.1番,太さ0.14 mm,長さ40 mm)を使用した.刺鍼深度は約0.5 mmの単刺刺激とした.
・鍉鍼(ていしん)鍼体が長い円柱形かつ,鍼先が黍や粟のように丸く尖っている.皮膚に刺入せず皮膚を按圧や擦過するように用いる.今回は全長55 mmの小里式鍉鍼を使用した.
・円皮鍼(えんぴしん)身体に貼付し,継続的に刺激が可能な鍼で,侵襲型(セイリン社製,パイオネクス)と非侵襲型(セイリン社製,パイオネクスZero)のタイプがあるが,最初は非侵襲型の円皮鍼から使用した.貼付部位に掻痒感が生じた場合は抜去した.円皮鍼は平均2日で貼り替えるようにした.
評価鍼灸治療の効果判定は,病棟看護師や緩和ケアチームのカルテに記載された患者のコメントを主観的評価として用いた.
2021年8月から2022年11月の1年3カ月間に緩和ケアチームが介入した延べ321名のうち,鍼灸の依頼は35名(男性14名,女性21名),平均年齢は61.1±10.2歳であった.ほぼすべての患者が退院日まで鍼灸治療の継続を希望した.因果関係不明の発熱により鍼灸の介入を中止した例が2例あった.平均介入回数は8.7±7.2回であった(表1).
悪性腫瘍が29件で最多であった.その他は,心不全2人,筋萎縮性側索硬化症(ALS)1人,下肢閉塞性動脈硬化症1人,非骨傷性頸髄損傷1人,うっ滞性皮膚炎1人であった(表1).
依頼理由鍼灸治療への依頼理由は延べ47件あり,疼痛が26件で最多であった.内訳は,背部痛11件,上肢痛6件,下肢痛4件,頭痛・舌痛・胸部痛・全身痛・術後瘢痕痛が各1件であった.次いで悪心6件,痺れ3件・肩こり・腹部膨満感・食欲不振・呼吸困難が各2件,不眠・胃部不快感・下肢冷感・口腔内の苦みが各1件ずつであった(複数回答可).依頼理由は,原疾患に直接関係する症状,原疾患の治療に伴う症状,長期入院に関連した症状,入院以前からの症状など多様であり,特定の原疾患と鍼灸の依頼理由の関連は不明であった(表1).
治療方法温熱治療が最も多く,次いで温灸と円皮鍼の併用が多かった(表1).
評価(患者コメント)鍼灸治療に対する肯定的コメントは35人中29人から得られた.
肯定的感想(複数回答あり)として,気持ちが良かった,と主訴の症状改善以外のコメントが全体の半数以上を占めた.症状の変化は,カルテに症状の改善の記載がある場合に限定して,変化ありと評価した.6人については,初回治療後に退院,会話ができない,熱発などにより介入中止となり,治療評価が得られなかった.なお,効果を実感した患者の中に,鍼に対する恐怖感のため,温灸や刺さない鍼による治療を希望するコメントがあった(表2).
鍼灸治療の依頼理由には痛み等の身体症状割合が高かった.この点は,他施設からの同様の報告や代替療法ガイドラインに疼痛に関する内容の記載10–12)があることから,高度急性期病院の緩和ケアチームの鍼灸師へのニーズも同様であることがわかった.
まず,鍼灸による疼痛への効果について述べる.鍼灸師の介入前は多くの患者には非ステロイド性抗炎症薬や医療用麻薬などの鎮痛薬が投与されていた.鍼灸では西洋医学のアプローチと異なり,患者の疼痛を不通則痛(経絡の気血の流れが滞る状態),不栄即痛(経絡の気血が不足し栄養が行き渡らない状態)13)等と診断し,東洋医学の理論に基づいた治療を行う.今回の緩和ケアチームでの鍼灸師による活動では,鍼灸治療を鎮痛薬に併用することで,鍼灸治療前と比較して,約3割の患者に疼痛の改善が得られていた.
次に鍼灸治療による精神面へ効果について述べる.鍼灸師が治療に用いる経穴の中には,精神安定作用を有する経穴の存在が知られており,うつや不安症状の軽減効果の報告がある14).鍼灸治療では,東洋医学が提唱する,心と身体を分離せず,一つの有機体と認識する「心身一如」概念に基づく治療アプローチを実践している.今回の介入依頼の理由の大半が身体症状であったが,患者の多くが,「寂しい」,「時間を持て余す」等の入院に伴う孤独のつらさを訴えており,心理面へのサポートのニーズの併存が示唆された.今回,ほぼすべての介入患者が退院まで鍼灸治療の継続を希望していたが,その理由として,鍼灸師による東洋医学的アプローチにより,身体症状のみならず,心理面のサポートにもつながっていた可能性がある.
この報告の大きな限界として,まず1点目として,鍼灸治療の効果判定を主観的なカルテ記載基づくコメントのみでしか行えなかった点である.今後は,客観的指標を用いて身体的・精神的苦痛を評価し,鍼灸治療の効果を示す必要がある.2点目として,患者の病態評価に関して,酸素吸入や点滴等といった入院中の治療内容により,脈診,腹診,舌診による東洋医学的所見を得ることが難しかった.今後は,緩和ケアを必要とする多様で重篤な病態の患者に対して,東洋医学的所見を得るために顔面診や経穴診など,他の診察方法の導入を検討する.3点目は,今回のわれわれの治療内容の大半が温灸治療のみに限定された点である.他院の報告によれば,鍼治療の併用によって疼痛患者の6割弱に疼痛の軽減がみられた10).当院でも鍼治療をより多く利用することで,疼痛への治療成績の改善が期待できる.
急性期病院の緩和ケアチームにおける鍼灸師の活動を報告した.主な依頼理由は身体症状であり,鍼灸師の介入により,患者の約1割に疼痛の改善を示唆する結果が得られたとともに,鍼灸師の関わりは患者が抱える心理面のサポートのニーズにも応えている可能性が示唆された.
本報告を行うにあたり,ご指導いただいた方々に心より感謝申し上げます.
山中一星:自費診療(東海大学医学部付属病院)
髙士将典:自費診療(東海大学医学部付属病院)
野上達也:講演料(株式会社ツムラ)
新井 信:企業の職員,顧問職(有限会社新井薬局代表取締役社長),報酬(有限会社新井薬局),講演料(株式会社ツムラ)
その他:該当なし
山中は研究の構想とデータ集積,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.髙士は研究の構想とデータ集積,分析,解釈に貢献した.野上,津田,新井,徳原は研究の構想・デザイン,データの解釈に貢献した.すべての著者は原稿内容に関わる知的内容に関わる批判的な推敲に貢献,投稿原稿ならびに出版原稿の最終承認,研究の説明責任に同意した.