2024 年 19 巻 4 号 p. 285-291
【背景】脳腫瘍患者は進行性の意識障害を伴い,自身による意思決定の時期を逸することが多い.【方法】急性期脳神経外科病棟において,脳腫瘍患者の意思決定支援に向けた多職種カンファレンスを行い,さらに脳腫瘍に特化したadvance care planning(ACP)啓発リーフレットを作成,運用した.運用前後の入院患者79名について,ACPの五つのステップの到達率やプロセスを繰り返した回数を評価した.【結果】リーフレットによる意思決定支援を行った患者は48名,行わなかった患者は31名であった.大切にしたいことの考察や意思決定代理人の選定はいずれの群も概ね達成した.ACPにおける話し合い(38.7% vs 89.6%, p<0.001)や書き留め(6.5% vs 33.3%, p=0.006)の達成率は,リーフレット導入後に有意に向上した.【結語】新たに作成した脳腫瘍特化型ACPリーフレットは,脳腫瘍患者のACPを推進し,意思決定支援に有用であった.
Background: Patients with malignant brain tumors are often accompanied by progressive loss of consciousness, aphasia, and paralysis, and often miss the time to make decisions on their own. Methods: In an acute neurosurgical unit, a multidisciplinary conference was held to support decision-making, and a brain tumor-specific advance care planning (ACP) leaflet was created and operated. The attainment rate of the five steps of ACP and the number of times the ACP process was repeated during hospitalization were evaluated for 79 inpatients before and after the introduction of the leaflet. Results: Forty-eight patients received decision-making support with the leaflet, while 31 did not. The rate of achievement of the discussion (38.7% vs 89.6%, p<0.001) and writing down (6.5% vs 33.3%, p=0.006) in ACP significantly increased after the introduction of the leaflet. Conclusion: The newly developed brain tumor-specific ACP leaflet was useful in promoting ACP for patients with brain tumors and providing decision support. In addition, a multidisciplinary ACP support framework for brain tumor patients has been established through ACP conferences.
Advance care planning(ACP)とは,人生の最終段階の医療・ケアについて,本人が家族等や医療・ケアチームと事前に繰り返し話し合うプロセスを意味する1).脳腫瘍患者は他臓器がんと比べ,より早期に本人の意思決定の力が失われていくため,2017年の欧州脳腫瘍学会のガイドラインでは,悪性脳腫瘍の一つである膠芽腫を取り上げ,ACPを“膠芽腫発症早期より考慮すること”が推奨された2,3).また,Aokiらは本邦における原発性悪性脳腫瘍患者への終末期医療の現状について,日本脳腫瘍学会員へのアンケート調査を行い,脳腫瘍患者へのACPの普及の重要性を説いた4).ACPと原発性悪性脳腫瘍に関するシステマティックレビューでは,ACPのポジティブな効果として,再入院率の低下や集中治療室の利用率の低下などが示唆された5).しかしながら,脳腫瘍患者のACPの現状として,原発性悪性脳腫瘍患者の約12~40%が,治療の希望,代理人選定,緩和ケア相談,ホスピスでの話し合い,蘇生希望に関する決定を含む終末期に向けた話し合いをしていない6,7).また,脳腫瘍患者に対して,どのように,いつACPを開始していくのか,本邦では定まっていない.
本邦におけるACPのパンフレットとして代表的なものは,平成29年度厚生労働省委託事業,人生の最終段階における医療体制整備事業として,厚生労働省ホームページに公開され,現在は同様のものが神戸大学よりダウンロード可能である8).本研究施設において脳腫瘍患者に本パンフレットを運用したものの,限られた時間の中での医療スタッフからの説明に向けてはやや冗長であり,患者,家族のACPへの理解や取組みがうまく進まなかった.高次脳機能障害や失語,麻痺などをきたしうる脳腫瘍患者とっては,より簡易かつ視認性の高いリーフレットが望ましいと考え,新たに独自に作成するに至った.2023年には,日本脳腫瘍学会より脳腫瘍患者に向けたパンフレットが3部構成で発行され9),脳腫瘍領域の医療者,患者にも幅広くACPが浸透していくことが期待される.
本施設は,脳腫瘍の初期治療を行う急性期病院であり,発症後の初期段階での意思決定支援が可能である.本研究では,脳腫瘍特化型ACPリーフレットの導入前後における,ACPの進み具合の変化を解析し,当施設での脳腫瘍患者のACPへの多職種連携による意思決定支援を紹介する.
大分大学医学部附属病院脳神経外科病棟では,2019年度より,医師,病棟・外来看護師,がん看護専門看護師,精神看護専門看護師,医療ソーシャルワーカー,作業療法士が参加し,脳腫瘍患者を対象とした多職種カンファレンス(ACPカンファレンス)を行っている.ACPカンファレンスでは,患者情報をスタッフ間で共有したうえで,ACPの進め方8)の五つのステップに準じて,1.大切にしたいことの考察,2.意思決定代理人の選定,3.情報収集,4.話し合い,5.書き留めや情報共有,の順に確認し,ステップを進めるうえでの問題点を浮き彫りにした.プロセスを繰り返した場合,患者の意思決定の変化を確認し,議論した.意識障害を呈しており,患者への直接の聴取が難しい場合は,価値観を共にする意思決定支援代理人の候補を挙げ,患者本人の価値観へアプローチした.また,退院直前後の患者については,外来や転院先への引き継ぎや,入院期間の意思決定支援の中で得た成功体験や問題点などを議論し,共有した.患者との話し合いの結果やカンファレンスの内容は,病院内電子カルテに記録した.
脳腫瘍特化型ACPリーフレットの作成にあたって,まず,厚生労働省より公表されたパンフレットに示された人生会議のステップを明記し,さらに脳腫瘍として代表的な神経膠腫における意思決定能力の予想される経過を,他臓器がんの一般的な経過と併記し,ACPへの早期の取組みが望ましいことを,視覚的にも説明,理解しやすいようにした2).医師,病棟看護師,がん看護専門看護師の間で検証を重ね,本リーフレットは,第1版を2022年7月より運用し,患者,家族に対する説明や啓発,ACPの実施に用いている( 図1).本研究は,リーフレット導入の1年前となる2021年7月から2024年3月の間にACPカンファレンスで提示された悪性脳腫瘍入院患者連続79名を解析対象とした.
上段左部分に人生会議のステップを示した.その下部分には,代表的な脳腫瘍の神経膠腫を挙げ,意思決定の力の変化をグラフ化し,他臓器がんの一般的な経過と併記した.上段右にはQ&Aおよび人生会議,脳腫瘍への理解を深めるためのQRコードを加えた.対象とする患者が,意思決定能力が低下していることを考慮し,[Q.気持ちを伝えることが難しい場合は?]を採用し,意思決定代理人がスムーズにACPの導入に移れるよう配慮した.下段では主な悪性脳腫瘍の診断名については選択式を採用した.さらなる情報提供が必要かどうか確認するため,[詳しく知らない],確定診断前から導入できるよう,[まだ決まっていない],を選択できるようにした.高次脳機能障害の患者においてもステップに準じて負担なくプロセスが進むように選択肢を明記し,繰り返すことや医療者のサポートが得られることを記した.患者や家族の理解,および医療者側からの説明,いずれにあたっても,視認性よく,可能な限り容易にできるようにした.著作権は著者らが持ち,転載許諾を得ている.
脳腫瘍特化型リーフレットの導入前後の比較には,入院中のACPの各ステップの到達率やACPのプロセスを繰り返した回数を評価項目とし,対象患者の受持ち看護師への聞き取りや診療録をたどることにより,後方視的に明らかにした.
データ分析方法統計解析はGraphPad Prism version 10を用い,Mann–Whitney U testおよびFisher’s exact testを行った.p<0.05を有意とみなした.
倫理的配慮本研究は,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」,「臨床研究に関する倫理指針」を遵守した内容で,大分大学医学部臨床研究倫理委員会への申請を行い,承認番号1855(研究課題名:悪性脳腫瘍患者への急性期advance care planning介入体制の確立)で承認された.
研究対象期間中の研究対象の特徴を 表1に示した.リーフレットによる意思決定支援を行った患者は48名,行わなかった患者は31名であった.いずれの群も,膠芽腫が最も多く,次いで中枢神経原発脳悪性リンパ腫が多かった.意識レベルや高次脳機能障害の点では,意識清明の患者もいる一方,意識障害や高次脳機能障害を呈し,意思決定支援が必要な対象も存在したが,リーフレット導入前後の比較群間に差はなかった.また,麻痺の有無や本施設入院治療後の転帰についても,比較群間に差はみられなかった.
リーフレットによる意思決定支援 | p値 | ||
---|---|---|---|
なし(n=31) | あり(n=48) | ||
年齢(歳) | 61.8±19.7 | 60.3±15.3 | 0.359 |
性別 | |||
女性 | 14 | 20 | 0.818 |
男性 | 17 | 28 | |
診断 | |||
膠芽腫 | 12 | 21 | 0.276 |
膠芽腫以外の神経膠腫 | 4 | 7 | |
中枢神経原発脳悪性リンパ腫 | 9 | 17 | |
脊髄腫瘍 | 1 | 2 | |
その他 | 5 | 1 | |
意識レベル(JCS) | |||
0 | 11 | 29 | 0.074 |
1 | 4 | 8 | |
2 | 10 | 7 | |
3 | 6 | 4 | |
10以上 | 0 | 0 | |
高次脳機能障害 | |||
認知・記銘力低下 | 16 | 16 | 0.067 |
失語 | 2 | 1 | |
上記両方 | 2 | 1 | |
なし | 11 | 30 | |
片麻痺 | |||
あり | 9 | 17 | 0.629 |
なし | 22 | 31 | |
転帰 | |||
自宅退院 | 14 | 26 | 0.403 |
転院 | 16 | 22 | |
死亡 | 1 | 0 | |
入院期間(日) | 69.2±34.1 | 88.6±60.2 | 0.140 |
カンファレンス回数 | |||
1回 | 26 | 35 | 0.288 |
2回以上 | 5 | 13 |
さらに,リーフレット使用の有無によるACPのステップ達成度を比較し, 表2に示した.ステップ1の大切にしたいことの考察,ステップ2における意思決定代理人の選定については,ほぼ全例が達成しており,両群に差はなかった.また,意思決定に必要な情報を収集するためのステップ3については,リーフレットによる意思決定支援を行った群では81.3%で達成できたが,行わなかった場合は64.5%に留まった(統計学的な有意差なし).話し合う段階であるステップ4については,リーフレットによる意思決定支援を行った群は89.6%で達成しており,行わなかった群(38.7%)と比較し,有意に達成率が向上した.加えて,書き留める段階であるステップ5についても,リーフレットを用いた群で有意に高い達成率を示した.リーフレットによる意思決定支援により,プロセスの繰り返しについてもスムーズに取り組むことができる傾向を示したが,有意な差とはならなかった.
リーフレットによる意思決定支援 | p値 | ||
---|---|---|---|
なし(n=31) | あり(n=48) | ||
ステップ1(大切にしたいことの考察) | |||
できた | 30 (96.8%) | 48 (100%) | 0.392 |
できなかった | 1 (3.2%) | 0 (0%) | |
ステップ2(意思決定代理人の選定) | |||
できた | 31 (100%) | 48 (100%) | >0.999 |
できなかった | 0 (0%) | 0 (0%) | |
ステップ3(情報収集) | |||
できた | 20 (64.5%) | 39 (81.3%) | 0.116 |
できなかった | 11 (35.5%) | 9 (18.7%) | |
ステップ4(話し合い) | |||
できた | 12 (38.7%) | 43 (89.6%) | <0.001 |
できなかった | 19 (61.3%) | 5 (10.4%) | |
ステップ5(書き留めや情報共有) | |||
できた | 2 (6.5%) | 16 (33.3%) | 0.006 |
できなかった | 29 (93.5%) | 32 (66.7%) | |
プロセスの繰り返し | |||
初回 | 29 (93.5%) | 38 (79.2%) | 0.112 |
2回目以上 | 2 (6.5%) | 10 (20.8%) |
本リーフレットは,視認性が高く,簡易なツールとして脳腫瘍患者のACPの導入に有用であり,さらにはACPの啓発につながった.本施設では,リーフレットの利用により,話し合いや書き留めへとさらにスムーズに進むことができ,多職種カンファレンスを通じて問題点の解決や医療者間での共有が可能となった.近年,スイスの研究グループは,フランス語圏でACPをサポートするために開発されたアプリと,入院患者に配布されるリーフレットの比較試験を行い,有効性を検証した.この中で,話し合いや事前指示書の記載率に関しては,有意にアプリが有用であったと報告した10).ACPに関する英語圏の九つのアプリのレビューにおいては,六つのアプリで意思決定代理人やACPに関する情報を共有する仕組みがなされていた11).本研究活動の結果,より多くの患者が話し合いや書き留めに至り,さらにカンファレンス記録のカルテ記載を経て,医療者への,また医療者間での情報共有は可能となった.しかし,意思決定代理人との共有に結び付いたかどうか十分に検証できていない.本邦においても,今後はより簡易に文章化,または共有に結び付きやすいツールの開発が期待される.
これらのACPを支援するツールがより強力な効果を発揮するには,医療者による積極的なカウンセリングが有効であり,患者のACPプロセスを促進する重要な要因であると指摘されている12).また,オランダの研究グループは,膠芽腫患者に対して,訓練を受けたファシリテーター(看護師)によるACP支援プログラムを提案した13,14).このプログラムは,患者や意思決定代理人により,十分に受容できると評価され,今後は予後,転帰の評価を計画している.本研究の中では,患者担当の病棟看護師を中心に,患者や家族へ寄り添う姿勢を表したうえで,リーフレットを用いてACPの重要性を説明した.また,ACPカンファレンスを通じて,進行具合や阻害要因を検討することにより,プロセスの促進に努めた.専任のファシリテーターを設置することが困難な場合,ツールやカンファレンスを通した個々の患者のフォローアップは,意思決定支援の中での重要な促進要因になるのではないかと考えている.
今後は,かかりつけ医や転院先とのACPに関する連携体制整備や,さらには,QOL評価を通じた患者報告型アウトカムの蓄積や介護者のQOL変化,全生存期間や終末期の過ごし方の変化(在宅,入院の有無)などを明らかにすることを計画している.ACPの視点で,脳腫瘍患者および家族のニーズを理解し,人生の最終段階における医療・ケアへの円滑な移行と支援の方法を探索する.
急性期脳神経外科病棟において,脳腫瘍患者への多職種による意思決定支援を実施した.新たに作成した脳腫瘍特化型ACPリーフレットは,脳腫瘍患者へのACPを進めるうえで有用であった.
本研究に協力いただいた大分大学医学部附属病院 脳腫瘍患者さんのACPサポートチーム(2階東病棟,脳神経外科外来,MSW,リハビリテーション部,その他スタッフ)の皆様に,深く感謝申し上げます.
本研究は令和2年度公益財団法人ファイザーヘルスリサーチ振興財団研究助成の支援を受けた.
すべての著者の申告すべき利益相反なし.
札場は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,解釈,原稿の起草に貢献した.佐藤,林,青柳,安倍,籾井,川﨑,麻生,松下,髙尾,柳田は研究データの収集,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.阿南,秦,井上,藤木は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.