2025 年 20 巻 1 号 p. 37-42
目的:わが国は多死社会を迎え,臨死期のケアに関する看護基礎教育は重要である.本研究では看護学生の振り返り記述から,エンゼルメイクを取り入れたエンゼルケア演習の学習成果を明らかにする.方法:2021年6月に岩手医科大学看護学部の「成人看護学演習(終末期の看護:エンゼルケア)」を受講し,研究協力への意思が確認された87名を対象とした.学生はエンゼルケア演習で患者役・家族役・看護師役を経験した後,患者・家族へのケアについて振り返りを行っており,演習シートの記述から,エンゼルケア演習の学習成果に関連した内容を分析した.結果:看護学生に対するエンゼルケア演習の学習成果として,【エンゼルケアにおける大切なことへの気付き】【演習によるエンゼルケアの理解】【看護師としての意欲と懸念】が明らかとなった.結論:講義だけではないエンゼルメイクを取り入れた演習は,対象者の尊厳をまもる態度の習得につながる機会となる.
Purpose: Owing to the increasing mortality rate in Japan, basic nursing education on the end-of-life care is essential. This study determined the educational learning outcomes of the angel care practice that involves angel makeup based on the reflective descriptions of nursing students. Methods: About 87 students enrolled in the “Seminar in Adult Nursing Practice (Nursing at the End-of-Life: Angel Care)” course at Iwate Medical University School of Nursing in June 2021 consented to participate in the present study. After experiencing the roles of patient, family member, and nurse in the angel care practice, the participants reflected on the care they provided to the patients and their families. Their descriptions on the practice sheets were analyzed to determine the learning outcomes of the angel care practice. Results: “Awareness of the importance of angel care,” “understanding angel care through practice,” and “motivation and concerns as a nurse” were the learning outcomes of the angel care practice for nursing students. Conclusion: The practice that incorporates angel care along with lectures provides nursing students with an opportunity to learn ways to maintain their patient’s dignity.
わが国は多死社会を迎えており,2040年には1989年の2倍を超える168万人に達すると推計されている1,2).そのため,病院だけでなく地域においても看護師は看取りに立ち会う機会が増えることが予想され,臨死期のケアに関する看護基礎教育は重要となることが見込まれる.
しかし,看護基礎教育でのエンゼルケアを含む臨死期のケアについて求められる学習内容は明確にされておらず,学習の機会がない教育機関は24.8%に上っている3).臨死期のケアに関する教育は講義が中心であり,演習は5~10%の実施に止まり4),エンゼルケアについては就職後に実際の場面で学ぶ看護職が多く,新人看護師は不安を抱えている現状にある5,6).一方で,臨死期のケアに関する教育効果として,講義だけでなく演習を行うことにより,看護学生は死後のケアであるエンゼルメイクがその人らしさを描き出すものであることや,家族ケアの重要性への理解を深められることが明らかになっている7).また,臨死期にある対象者への関わりは,看護師個々の死生観が影響するといわれるが,核家族化や死亡場所の変化により,学生が死に直面する機会は激減し,看護学生の7割は看取り経験がないことが報告されている8).このため学生は死への恐れや不安を感じる傾向にあり,死への準備教育により学生自身が死への恐れや不安を軽減することが重要とされている9).
岩手医科大学看護学部2学年の学生が履修する成人看護学演習では,終末期にある患者・家族へのケアについて,実際の場面を想定した体験を通し,病とともに生きることを支えるケアを学習できるよう授業を設計している.さらに,学生自身の人生観や死生観を深めることを目的として,成人看護学演習での「喪失体験シミュレーション」10)に続いて,学生がお互いの肌に触れ,声をかける・かけられる体験をするエンゼルメイクを取り入れたエンゼルケア演習を行っている.エンゼルケア演習を体験した学生の学びから,演習の学習成果を明らかにすることにより,今後の臨死期のケアに対する教育の在り方を見出す手立てとなると考える.
本研究の目的は,エンゼルケアの演習に参加した看護学生の振り返り記述から,演習による学習成果を明らかにすることである.
2021年6月に岩手医科大学看護学部の「成人看護学演習(終末期の看護:エンゼルケア)」を受講し,成績評価が終了した2学年の学生のうち,研究協力への意思が確認された87名である.2学年6月は看護学実習初期の段階であり,実習における看取り経験はない状況である.
研究方法演習終了時,学生には「エンゼルケアについて感じたことや考えたこと」について演習シートに記載してもらい,記述内容のデータについて内容分析を行った.具体的には,演習シートの記述から,エンゼルケア演習の学習成果に関連した内容に焦点をあてて一つの文脈ごとに一つの意味となるようコードを抽出し,意味の類似性・共通性に基づいて分類しサブカテゴリーとした.さらにサブカテゴリー間の類似性を確認し抽象度を上げカテゴリー化した.分析の信頼性を確保するため,コードの抽出,サブカテゴリーおよびカテゴリー化までの一連の過程において,研究者間で一致するまで議論した.
エンゼルメイクを取り入れたエンゼルケア演習の概要エンゼルケア演習の目標は,「患者・家族の尊厳をまもりながら,その人らしさを保つエンゼルメイクについて理解できる」「演習を通して,終末期における患者・家族へのケアについて考えることができる」とした.エンゼルケアについての講義後,動画の視聴11)とエンゼルメイクの手順の復習を事前課題とし,演習当日は患者役・家族役・看護師役すべてを学生が経験した(表1).演習内容は,がん看護専門看護師,緩和ケア認定看護師,教育者で検討した.演習は臨床で実践を行っている緩和ケア認定看護師やエンゼルケアの実践的役割を担う看護師の協力を得て行った.
学生の準備状況 | |
・喪失体験シミュレーションに参加し,自らの死生観を考えた経験がある | |
・エンゼルケアについての講義を受けている | |
講義内容 | |
エンゼルケアの定義と目的: | エンゼルケア研究会によるエンゼルケアの定義 |
死別後からではなく死別前からケアが始まること | |
家族とともに行うケア,遺族調査**の紹介 | |
死後の身体的変化: | 死後の身体的変化は不可逆的で環境影響を受けやすいこと |
直後からの経時的変化 | |
エンゼルメイクの手順: | 参考図書,動画11)の内容に沿った手順 |
・エンゼルケアに関する動画視聴,エンゼルメイクの手順の復習を事前課題として行っている | |
学習目標 | |
1. 患者・家族の尊厳をまもりながら,その人らしさを保つエンゼルメイクについて理解できる | |
2. 演習を通して,終末期における患者・家族へのケアについて考えることができる | |
タイムスケジュール | |
1. 身だしなみチェック・演習の流れの説明(10分) | |
2. 3人1グループで患者・家族・看護師役を交代しエンゼルメイクを行う各15分) | |
・患者役を行った学生はメイクを落としてから次の役を行う | |
・家族役はグループ内で設定を決める | |
・臨床の看護師と教員が担当グループの学生をサポートする | |
3. デブリーフィング(15分) | |
・エンゼルメイクで意識したことや患者役を体験して感じたことを振り返り,終末期における患者・家族へのケアについて話し合う | |
・学習目標に到達できるよう,臨床の看護師と教員は学生をサポートする | |
4. まとめ(10分) | |
・臨床の看護師と教員からの講評 |
*2022年度からは演習を2コマとして計画し,看護師がデモンストレーションを行った後に学生がケアを行うよう変更している.
**遺族によるホスピス・緩和ケアの質の評価に関する研究(J-HOPE)
学生には2学年の成績が発表された後,研究の目的と方法,参加の有無や辞退,記載内容は成績に一切関係しないこと,プライバシーの保護,結果は学会等で発表することを文書と口頭で説明した.学生の研究に参加しない権利を保障するため,参加しない場合は「研究不参加に関する書類」に記載し事務室の提出用ボックスに提出いただき,協力への意思を確認した.本研究は,岩手医科大学看護学部倫理審査委員会の承認を得て実施した(NH2022-2).
87名の学生の演習シートの記載を288の記録単位に分割し,エンゼルケア演習の教育効果に関わりのない116の記録単位を除外し,172コードを抽出した.さらに11サブカテゴリー,3カテゴリーをエンゼルケア演習の教育効果として形成した(表2).以下,文中のカテゴリーは【 】,サブカテゴリーは〈 〉で示す.
カテゴリー | サブカテゴリー | コード(抜粋) | コード数 | 出現率 |
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エンゼルケアにおける大切なことへの気付き | 家族に配慮したケアへの気付き | エンゼルメイクを行う時は,家族から自分たちのケアがどのように思われているか考えながら行うことが大切だと思った | 37 | 113コード(65.7%) |
臨床では家族への声かけを忘れず,家族がどう感じているか考えながらケアを行いたい | ||||
生前と同様の患者への丁寧なケアへの気付き | ご遺体でも生前と変わらず一つひとつのケアの前には声をかけながらエンゼルメイクをすることはとても大切だと感じた | 36 | ||
返事がなくても声かけをすることは患者さんを遺体としてではなく一人の人として接することにつながるのでとても大切だと思った | ||||
その人らしさを保つケアへの気付き | エンゼルケアは本人の最期の姿を本人らしい姿にするために大切なケアであると感じた | 22 | ||
その人らしさを生かしたメイクをするためには患者さんとのコミュニケーションや普段の表情の観察を大切にしていくべきだと思った | ||||
患者と家族に配慮した丁寧なケアへの気付き | エンゼルメイクをするうえで,患者さんと家族に声をかけながらケアを行うことが重要だと感じた | 18 | ||
亡くなった患者さんと家族がどのように声をかけてケアしてもらいたいかをよく考え,心のこもったエンゼルケアを提供することが大切であると感じた | ||||
演習によるエンゼルケアの理解 | エンゼルケアの大切さの理解 | エンゼルケアはセルフケアできない患者さんに対して行うものであり,患者さんの「退院の準備」であり「帰り支度」であることがわかった | 19 | 34コード(19.8%) |
エンゼルケアは大切だと講義で習っただけでは本当の大切さがわからないので演習を行えてよかったと思った | ||||
エンゼルメイクスキルの理解 | 患者さんや家族が望むエンゼルメイクをするためにはメイクの技術も必要だと感じた | 11 | ||
亡くなると発色がなくなるので,頬よりも耳たぶやおでこにチークを入れるとよりよくなると教えていただき勉強になった | ||||
エンゼルケアは看護師自身へのケアでもあることへの気付き | エンゼルケアを通して,患者さん本人に言えなかったことを伝えたりほめたり感謝したりできるのではないかと考えた | 4 | ||
きれいになった姿を家族や周りの人に見てもらって「きれいになったね」といってもらえることでエンゼルケアをしてよかったと思えるのではないかと考えた | ||||
看護師としての意欲と懸念 | エンゼルケアを実践する意欲 | エンゼルケアを行う機会が実習で与えられても,今回の演習を思い出し思いを込めて行うことができると思った | 12 | 25コード(14.5%) |
自分がメイクするときに思っているきれいになりたいという思いを,エンゼルメイクをするときも同じように持ちながら行いたいと感じた | ||||
経験を想起し気持ちを込めたケアへの決意 | 祖母のお葬式で感じた気持ちを忘れず,一人ひとり気持ちを込めてケアを行い,その人らしい姿で見送れるよう意識したい | 4 | ||
家族にきれいで感動したと思ってもらえるようなエンゼルケアを行いたいと思った | ||||
臨床現場でエンゼルケアを行う懸念 | 現場では亡くなられた方なので涙が出て気持ちが乱れてしまいケアができなくなってしまうのではないか少し心配になった | 5 | ||
体験したことがない状態でエンゼルケアを行うことはとても怖いし,心に余裕がなくて亡くなった人や家族を気にかけられないと思う | ||||
患者の尊厳をまもりケアを行う看護師としての誇りの実感 | 患者さん自身の尊厳を守るケアまで行う看護師の仕事は誇れるものであり,自信を持って患者さん一人を大切にできるようになりたいと思った | 4 | ||
改めて看護師という仕事に憧れと誇りを持つことができるきっかけになった |
【エンゼルケアにおける大切なことへの気付き】は,〈家族に配慮したケアへの気付き〉〈生前と同様の患者への丁寧なケアへの気付き〉〈その人らしさを保つケアへの気付き〉〈患者と家族に配慮した丁寧なケアへの気付き〉のサブカテゴリーから構成され,抽出コードは全体の65.7%を占めた.
【演習によるエンゼルケアの理解】は,〈エンゼルケアの大切さの理解〉〈エンゼルメイクスキルの理解〉〈エンゼルケアは看護師自身へのケアでもあることへの気付き〉のサブカテゴリーから構成され,抽出コードは全体の19.8%を占めた.
【看護師としての意欲と懸念】は,〈エンゼルケアを実践する意欲〉〈経験を想起し気持ちを込めたケアへの決意〉〈臨床現場でエンゼルケアを行う懸念〉〈患者の尊厳をまもりケアを行う看護師としての誇りの実感〉のサブカテゴリーから構成され,抽出コードは全体の14.5%を占めた.
本研究では,エンゼルメイクを取り入れたエンゼルケア演習に参加した学生の記述から,演習による教育効果として,【エンゼルケアにおける大切なことへの気付き】【演習によるエンゼルケアの理解】【看護師としての意欲と懸念】が明らかとなった.
【エンゼルケアにおける大切なことへの気付き】は,〈家族に配慮したケアへの気付き〉〈生前と同様の患者への丁寧なケアへの気付き〉に対するものが多かった.これは,モデル人形の使用や紙上の事例検討という方法ではなく,演習を通してお互いの肌に触れ合い,声をかける・かけられる体験をしたことで,実際の患者と家族がどのような気持ちでこの場にいるのかを想像し,看護師として声をかけながらエンゼルケアを行うこと,ご遺体ではなく生前と同じように最期まで大切な人としてケアを行うことが,患者の尊厳をまもるケアであるという気付きにつながったと考える.また,学生は実際の場面を想定したエンゼルメイクを通して,その人らしさを保つケアのためには対象者について知らなければケアが難しいことを実感し,普段から患者に関心を持ってコミュニケーションを図ることや,その人らしさを引き出すために家族に確認しながらケアを行う大切さに気付くことができたと推察される.ご遺体へのケアに対する遺族の満足度は容姿や様相を保つこと,生前と同じような配慮や扱いを受けられたと感じることと関連しており12–14),ケアの対象である家族が望むケアについて,学生は演習を通して学ぶことができていた.また,講義だけでなく演習により実際の経験をしたことで,学生は〈エンゼルケアの大切さ〉や〈エンゼルメイクスキルの理解〉といった【演習によるエンゼルケアの理解】だけでなく,【エンゼルケアにおける大切なことへの気付き】についての学びが得らえたと考える.
【看護師としての意欲と懸念】では,学生が演習を通して将来看護師となった自分を想像して実際にエンゼルケアを行う意欲と懸念を抱いていた.今回の演習では,模擬患者・家族・看護師としての経験だけでなく,エンゼルメイクの手順やエンゼルケアの講義,臨床の看護師による看取りの経験をふまえた指導を融合させ,実践に即したケアについて学生が学習できるよう設計した.これらの要因から,学生はリアリティを実感し15),看護師としてケアを行う自分を具体的に考えることができたことで,死にゆく患者・家族へのケアの難しさについて身をもって感じたと推察される.さらに学生は,お互いにケアを行い振り返りながら,エンゼルケアを行うことへの意欲を抱き,看護師のケアによって患者の尊厳をまもることができると実感していた.これらのことから,講義だけではないエンゼルメイクを取り入れた演習は,最期まで対象者の尊厳をまもる態度の習得につながる機会になったと考える.
一方で,演習では臨床でエンゼルケアを行うことに懸念を抱く学生や,身内を看取った経験を想起した学生がいた.多死社会で看護師となる学生を育成する看護基礎教育において,理論的にも実践的にも準備することで死にゆく患者へのケアの意味を理解することにつながる可能性はあるが16,17),エンゼルケアの演習を行う場合は,学生の心理に十分な配慮が必要である.また,看護師として亡くなる人に関わり続けることが避けられない現代において,看護基礎教育においては学生が死生観に向き合うことができる授業の構築が必要である.
本研究は,1施設の学生を対象としており,学生の特性が結果に反映されている可能性が考えられるため一般化するには限界がある.またエンゼルケア演習の学びについて自由記載の内容を分析したものであり,演習前の学生の認識を確認していないため,演習前後での教育効果に対する検証が必要である.
本研究では,看護学生に対するエンゼルケア演習の学習成果として,【エンゼルケアにおける大切なことへの気付き】【演習によるエンゼルケアの理解】【看護師としての意欲と懸念】が明らかとなった.講義だけではないエンゼルメイクを取り入れた演習は,対象者の尊厳をまもる態度の習得につながる機会となる.
すべての著者の申告すべき利益相反なし
伊藤は研究の構想および研究データの収集,分析,解釈,原稿の起草に貢献した.三浦,佐藤,照井は研究の構想および研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲,菅野,井上,中村は研究データの解釈および原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認および研究の説明責任に同意した.