2025 年 20 巻 2 号 p. 103-109
目的:筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis: ALS)患者に対する緩和ケアの有効性は十分に検証されていない.本研究では,Integrated Palliative care Outcome Scale(IPOS)を用いて,ALS患者に対する緩和ケアの有効性を後方視的に検討した.方法:国立病院機構山形病院において,2020年11月~2022年12月に緩和ケアチームが介入し,かつIPOSスタッフ版による評価がなされたALS患者を対象に,後方視的研究を行った.結果:解析対象となった患者は11名であった.緩和ケアチームの介入前後で,IPOS合計点が24から18.9(p=0.032),気持ちの穏やかさのスコアが2から1(p=0.031)と統計学的有意に改善した.結論:緩和ケアはALS患者の苦痛軽減につながる可能性が示唆された.今後,症例数の蓄積および長期間の観察研究が必要である.
Objective: The effectiveness of palliative care for patients with amyotrophic lateral sclerosis (ALS) has not been fully validated. This study aimed to evaluate the impact of palliative care interventions on ALS patients using the Integrated Palliative care Outcome Scale (IPOS). Methods: A retrospective study was conducted on ALS patients at National Hospital Organization Yamagata National Hospital who received interventions from the palliative care team between November 2020 and December 2022 and were proxy-evaluated using IPOS. Results: Eleven patients were included in the analysis. Before and after the palliative care team intervention, the total IPOS score improved significantly from 24 to 18.9 (p=0.032), and the score for “Have you felt at peace” improved from 2 to 1 (p=0.031). Conclusion: Palliative care interventions may help alleviate suffering in ALS patients. However, further studies with larger sample sizes and long-term observational research are required to confirm these findings.
筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis: ALS)は,上位・下位運動ニューロンが進行性に変性する疾患である1).根本的な治療法はなく,本邦において,発症からの生存期間の中央値は4年と予後不良である2).ALSでは身体症状や意思疎通困難,呼吸補助療法の選択等に伴うさまざまな苦痛が生じやすく3),患者本人だけでなく家族や介護者の精神的負担も大きく,緩和ケアの介入を要する疾患であると考えられる4,5).
緩和ケアは神経変性疾患患者の身体症状および生活の質を改善させることが期待され,罹患早期からの緩和ケアの必要性が示されている6).しかしながら,ALS患者のみを対象とした緩和ケアの有効性は明らかでなく7),検討が必要である.
国立病院機構山形病院(以下,当院)は神経変性疾患進行期の患者が多く,2020年11月より神経変性疾患を主な対象とした緩和ケアチーム(palliative care team: PCT)の活動を開始した.本研究では,ALS患者におけるPCT介入による苦痛の変化を後方視的に検討した.
2020年11月~2022年12月に当院PCTが介入したALS患者を対象に,後方視的研究を行った.
当院PCTは,脳神経内科医師,緩和ケア科医師,薬剤師,看護師,リハビリテーションセラピストで構成し,週1回,チーム回診を行った.介入依頼時に,依頼内容や治療方針,患者・家族の理解・希望等に関する「緩和ケアチーム依頼シート」を提出する形式とし,シートの内容は医療者の客観的評価が中心であった.PCTの介入については,スタッフから患者へ提案し,シートの内容も含め,口頭で同意を得た.PCTからの評価・提案はカルテ上に記載し,必要な薬剤処方や指示入力は主治医が行うことを原則とした.PCT介入による苦痛の変化は,Integrated Palliative care Outcome Scale(IPOS)で評価しており,その中で病状進行に伴う意思表出能力の低下に影響されない評価指標としてIPOSスタッフ版(7日間)を選択した.PCT介入開始から1カ月以内の評価を初回評価とし,1カ月毎の評価を採集した.
評価項目患者の年齢や性別,ALSの罹患期間や進行度,PCT介入依頼内容,IPOSの変化を評価項目とした.
評価方法1カ月ごとに記録していたIPOSの結果を後方視的に解析した.評価者は,プライマリなど当該患者と接する機会が多い看護師であり,患者によってはチーム看護師が含まれていた.IPOSの具体的な評価方法については,導入開始時に,IPOS日本語版スコアリングマニュアル8)をPCTおよび各病棟において確認した.患者状態については,PCT介入時点での状態を,The Revised-ALS Functional Rating Scale(ALSFRS-R)を用いてチーム医師が評価した.
使用した評価票 IPOS緩和ケアにおける全人的な評価のための尺度であり,身体的・精神的・社会的・スピリチュアルな側面に関する苦痛の評価を含む9).各項目は0(全くない)から4(耐えられないほどの苦痛)の5段階評価であり,判断できないものは「評価不能」とする.患者による自己評価とスタッフによる代理評価のいずれも可能である.IPOS日本語版は,がん患者,非がん患者いずれにおいても信頼性・妥当性が報告されている10–12).無回答および「評価不能」を選択した回答は,欠測値として除外した.IPOS合計点は,研究利用を目的として算出・評価する場合があり,その患者の欠測値以外の項目の平均点を欠測値に代入して解析した8).
ALSFRS-RALS患者の日常活動の機能評価尺度であり,言語や嚥下,四肢の動き,呼吸状態など12項目で構成される13).各項目は0~4の5段階(いずれの項目も4が正常)でスコアリングし,その合計点(0~48点)も記録した.日本語版の信頼性については2001年に報告されている14).
統計解析PCT介入による症状の変化について,対応のあるペアを,Wilcoxonの符号付順位検定で解析した.検定統計量S=第2回IPOSスコア−初回IPOSスコアとし,p値(Prob<S)を算出,p<0.05を有意差ありとした.統計解析はJMP ver14. 2. 0,図表はGraphPad Prism ver10. 2. 3を使用した.
倫理的配慮本研究は,国立病院機構山形病院倫理審査委員会の承認を得て行われた(2022年1月20日承認,令和3年度No. 12).
対象期間にPCTが介入したALS患者は19名であり,このうちIPOSによる初回および第2回評価がなされていた11名(57.9%)が解析対象となった.患者背景を表1に示す.男性は6名,女性は5名,PCT介入時点での罹患期間は中央値27カ月,胃瘻造設後が8名,侵襲的/非侵襲的呼吸補助療法下が6名(気管切開「有」の患者のうち1名は痰吸引を容易にする目的で前医にて切開術施行)であった.完全閉じ込め症候群や認知症の患者は含まれていなかった.
患者背景(n=11) | |||
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年齢(歳) | 中央値(25–75パーセンタイル) | 70 (61–74) | |
性別 | 男性:女性(人) | 6 : 5 | |
PCT介入開始時点での罹患月数(か月) | 中央値(25–75パーセンタイル) | 27 (12–77) | |
胃瘻 | あり(人) | 8 | |
気管切開 | あり(人) | 5 | |
NIV(導入訓練含) | あり(人) | 2 | |
PCT介入依頼内容(人)*複数選択可 | 呼吸困難 | 7 | |
疼痛 | 7 | ||
身の置き所のなさ | 3 | ||
口渇 | 0 | ||
しびれ・灼熱感 | 1 | ||
むせ・痰がらみ | 5 | ||
悪心 | 1 | ||
便秘 | 1 | ||
不眠 | 3 | ||
不安 | 5 | ||
寂しさ | 2 | ||
イライラ感 | 3 | ||
思いの伝わりにくさ | 4 | ||
意思決定支援 | 3 | ||
オピオイドの使用 | 1 | ||
ALSFRS-R(点) | 項目 | 中央値 | 25–75パーセンタイル |
言語 | 1 | 0–3 | |
唾液分泌 | 2 | 1–4 | |
嚥下 | 0 | 0–0 | |
書字 | 0 | 0–1 | |
摂食(胃瘻の場合は指先の動作) | 0 | 0–0 | |
着衣など身の回りの動作 | 0 | 0–1 | |
寝床での動作 | 0 | 0–1 | |
歩行 | 0 | 0–1 | |
階段昇降 | 0 | 0–0 | |
呼吸困難 | 1 | 0–2 | |
起坐呼吸 | 4 | 3–4 | |
呼吸不全 | 1 | 0–4 | |
合計点 | 12 | 5–20 |
PCT: palliative care team, NIV: non-invasive ventilation, ALSFRS-R: The Revised-ALS Functional Rating Scale
疼痛や呼吸困難といった身体症状が最多であり,気管切開後の患者においても,痰がらみや流延に伴う呼吸困難を認めた.精神面では,不安や思いの伝わりにくさが多かった(表1).
重症度ALSFRS-Rでは,中央値0点を示す項目が多く,合計点も中央値12点,25~75パーセンタイル5~20点と低く,重症度が高い患者(日常生活において全面的な介助を要する患者)が大半を占めていた(表1).
IPOS結果を表2・図1に示す.PCT介入開始から約1~2カ月間において,IPOS合計点が24から18.9(p=0.032),気持ちの穏やかさのスコアが2から1(p=0.031)と統計学的有意に改善した.疼痛の項目が統計学的有意差はないが改善傾向であり,息切れのように横ばいの項目もみられた.
項目 | 初回評価 | 第2回評価 | p値 | |
---|---|---|---|---|
Q2 | 痛み | 2 (2–3) | 2 (1–2) | 0.078 |
息切れ | 1 (0–2) | 1 (0–2) | 0.500 | |
倦怠感 | 2 (1–3) | 1 (1–2) | 0.094 | |
吐き気 | 0 (0–1) | 0 (0–0) | 0.250 | |
嘔吐 | 0 (0–0) | 0 (0–0) | 0.500 | |
食欲不振 | 0 (0–1) | 0 (0–0.25) | 0.313 (n=10) | |
便秘 | 1 (0–1) | 0 (0–1.25) | 0.500 (n=10) | |
口の痛みや渇き | 0 (0–2) | 0 (0–2) | 0.313 | |
眠気 | 1 (0–1) | 1 (0–1) | 0.500 | |
動きにくさ | 3 (1.75–3) | 2 (2–3) | 0.500 (n=10) | |
Q3 | 患者の不安や心配 | 2 (2–2) | 2 (1–2) | 0.188 |
Q4 | 患者家族・友人の不安や心配 | 2 (1–4) | 2 (1–3) | 0.219 (n=10) |
Q5 | 気分の落ち込み | 2 (2–2) | 2 (1–2) | 0.172 |
Q6 | 気持ちの穏やかさ | 2 (1–3) | 1 (1–2) | 0.031 (n=10) |
Q7 | 家族・友人との気持ちの共有 | 1 (1–2) | 1 (0.75–2.25) | 0.500 (n=9) |
Q8 | 病気・治療についての十分な説明 | 1 (0–2.25) | 1 (0–1) | 0.250 (n=10) |
Q9 | 気がかりへの対応 | 1 (1–2) | 1 (1–1) | 0.250 (n=10) |
IPOS合計点 | 24 (17.3–29) | 18.9 (16–22) | 0.032 |
ALS: amyotrophic lateral sclerosis, PCT: palliative care team, IPOS: Integrated Palliative care Outcome Scale
ALS: amyotrophic lateral sclerosis, PCT: palliative care team, IPOS: Integrated Palliative care Outcome Scale
PCT介入はALS患者のIPOS合計点と気持ちの穏やかさの項目を改善し,身体症状項目における疼痛で改善傾向を認め,ALS患者に対するPCT介入は,苦痛軽減につながる可能性が示唆された.ただし,今回は探索的にPCT介入開始から約1–2カ月間の変化を評価しており,長期的な変化は判断できなかった.
IPOSの気持ちの穏やかさは,スピリチュアルペインに関する項目であり,代理評価がより困難であった.本研究でのALS患者においては,「運動機能の低下に伴う自律性の喪失」,「長期入院による家族との物理的・心理的距離の増加」,「意思表出能力の低下により家族やスタッフと十分な意思疎通が図れないことでの孤独感」,「病状進行により死をさらに身近なことと感じること」等が,スピリチュアルペインの要因として観察された.がん患者における報告ではあるが,スピリチュアルなニーズは,言葉だけでなく態度や行動で表現される場合や,身体・精神症状に現れる場合があるとされている15).PCTの介入により,患者と家族やスタッフとの関係性の強化を図り,新たな投薬やケアを行う際は,その意図や目標を患者と共有し,自身のこととして選択・決定していく機会を重視することで,スピリチュアルペインの軽減を目指した.本研究においては,日々のケアやリハビリテーション・意思疎通に取り組む姿勢,表情,身体・精神症状の変化を総合的に評価し,スピリチュアルペインの変化と判断した.
IPOSの合計点の改善については,気持ちの穏やかさを除いて統計学的有意に変化した項目はないが,改善傾向あるいは横ばいの項目が多く,全体として合計点の改善に至ったと考えられた.
IPOSの身体症状項目では,統計学的有意に変化したものはなかったが,疼痛が改善傾向にあった.疼痛は,PCT介入依頼理由として最多であり,病状進行に伴う四肢の運動困難や痙縮,長期臥床による筋筋膜性疼痛,関節拘縮などが原因と考えられた.ALS患者の疼痛出現率は19.4~92.0%とばらつきがある16–18).侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛ともに原因となり,オピオイドを含む鎮痛薬や抗痙攣薬,抗うつ薬等の薬物療法や理学療法が有効と報告されている19,20).当院では既報と同系統の薬剤を選択し,リハビリテーションやポジショニングの調整など多方面からのアプローチを行った結果,疼痛は改善傾向であったと考えられた.
また,呼吸困難は,疼痛と同様に介入依頼理由として最多であったが,IPOS息切れのスコア中央値は1点と低値であった.介入依頼理由における呼吸困難は,息切れ,流涎や痰による息苦しさ,呼吸不安感などさまざまな症状を含んでいたが,IPOSの項目は息切れであることから,呼吸困難の中でも息切れのみを評価したものと考えられた.そのため,介入依頼における呼吸困難のうち一部のみを評価したこととなり,結果として息切れのスコアは低く出たものと考えられた.ALSにおける呼吸困難は,病状や呼吸補助療法の有無等により原因は多岐に渡るため,IPOSではALS患者における呼吸困難を十分に評価できていない可能性があり,詳細な評価項目を設ける,あるいは自由記載として詳細な症状を記録するといった工夫が必要と考えられた.
本研究は単施設で行われた小規模な短期間の観察研究であり,今後,症例数の蓄積および長期間の観察研究が必要である.また,本研究では,評価者を固定せず,当該患者との関わりがある者や複数名での評価を可能としたことで,より適切な評価が行われるよう努めたが,医療者による代理評価のため,介入後の評価について確証バイアスが生じた可能性がある.IPOSは,がん患者を対象とした研究では,患者自己評価とスタッフ評価の一致率は許容範囲~良好とする報告9)や,心理社会面は不十分な可能性が指摘されており21),非がん患者を対象とした研究においても一致率の低さが報告されている12).これまでのPCT活動の経験から,個々の患者に合わせ意思疎通の方法は工夫でき,IPOS自己評価が可能な患者は多いと想定される.今後は自己評価・スタッフ評価を並行して行い,緩和ケアの有効性および自己評価とスタッフ評価の一致率も検討する必要があると考えられる.
ALS患者に対する緩和ケアは,患者の苦痛軽減につながる可能性が示唆された.今後は,より多数のALS患者において,自己評価およびスタッフ評価を並行し,長期的な推移も含め,緩和ケアの有効性を検討する必要があると考えられた.
緩和ケアチームの活動および本研究にご協力頂いた患者様,国立病院機構山形病院スタッフの皆様に,感謝申し上げます.
なし
なし
邨野および田上は,研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;神谷は,研究データの収集,データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;小山,井上,山川は,研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.