緒言:オピオイド離脱症候群では自律神経症状や精神症状が出現する.今回,がん疼痛に対してヒドロモルフォンを投与していた患者が離脱症候群と類似した精神症状を認め,徐放製剤の分割投与を行うことで症状が改善した症例を経験した.症例:60歳女性.左乳がん術後,腰椎転移再発に伴う疼痛に対してヒドロモルフォン,非オピオイド鎮痛薬,鎮痛補助薬,神経ブロックによる治療を行っていたがヒドロモルフォン徐放製剤の定期内服前に不安やいらいら,静座不能といった症状が出現するようになった.定期内服から数時間後には改善していたことからオピオイドの血中濃度低下の影響を考え,同薬剤を1日2回の分割投与に変更したところ,症状は劇的に減少した.結論:オピオイドの内服中に離脱症状に類似した精神症状を呈した場合は,血中濃度低下の影響を考え,分割投与などの調整を行うことで症状緩和が得られる可能性がある.
Introduction: Autonomic and psychiatric symptoms occur in opioid withdrawal syndrome. We report a case in which a patient treated with hydromorphone for cancer pain showed psychiatric symptoms similar to withdrawal syndrome and improved with divided administration of an extended-release tablet formulation. Case: A 60-year-old woman who underwent surgery for left breast cancer. She had been treated with hydromorphone, non-opioid analgesics, analgesic adjuvants, and nerve blocks for pain due to recurrence of lumbar metastases. However, before regular oral administration of hydromorphone extended-release, symptoms of anxiety, irritability and restlessness began to appear. Since these symptoms improved a few hours after the regular administration, we suspected the effects of opioids on blood concentration and changed the dosage to twice-daily divided doses of the same drug. As a result, symptoms decreased dramatically. Conclusion: When patients experience withdrawal-like psychiatric symptoms while taking opioids, it may be possible to alleviate these symptoms by considering the effects of decreased blood levels and adjusting the dosage of the drug, such as divided dosing.
身体依存とは,オピオイドに限らず長期間薬物に曝露されることによって生じる生理学的な適応状態である.その診断は薬物を中止した際に,薬物に特異的な離脱症候群が生じることで行われる.オピオイドの場合では自律神経症状(下痢,発汗,鼻漏,身震いなど)や精神症状(不眠,不安など)が離脱症候群として生じる.本来,身体依存はがん疼痛が存在し,オピオイドが継続投与される限りは問題になることはない1,2).
今回,がん疼痛に対してヒドロモルフォンを投与していた患者が離脱症候群と類似した精神症状を認め,オピオイドの血中濃度低下の影響を疑い,徐放製剤の分割投与を行うことで改善した症例を経験したため報告する.
症例は60歳女性.2004年に左乳がんに対して乳房部分切除術およびセンチネルリンパ節生検を施行された.術後,化学療法や内分泌療法が行われていたが徐々に両側肺の多発転移,縦隔リンパ節転移,腰椎L2に骨転移が出現した.2023年4月に腰椎転移による腰背部痛に対してオキシコドン徐放製剤10 mg/日,セレコキシブ400 mg/日,ミロガバリン5 mg/日が開始されたが改善は乏しく,緩和ケアチームに紹介となった.
初診時の血液検査では軽度の肝機能障害,低アルブミン血症,貧血,軽度の炎症反応の上昇,複数の腫瘍マーカーの上昇を認めた(表1).疼痛は腰背部だけではなく,両側大腿部前面に痺れるような疼痛も自覚していた.神経支配領域から考慮し,同部位の疼痛に関してはL2骨転移に伴う神経障害性疼痛の可能性を疑った.Numerical Rating Scale(NRS)はいずれの部位でも9~10/10と高く,オキシコドン速放製剤2.5 mg/回の内服でNRS 10から8にやや改善を認めることから用量依存的に効果が得られることを期待し,迅速なタイトレーションのため,オキシコドン注射製剤持続皮下投与に変更した.またオキシコドン注射製剤の投与量に関してはオキシコドン徐放製剤を10 mg/日,オキシコドン速放製剤を10 mg/日使用していたことから,初期投与量を16 mg/日とした.また鎮痛補助薬としてミロガバリンも10 mg/日に増量した.しかしながらオキシコドン注射製剤持続皮下投与24 mg/日まで増量を行ったものの,疼痛はほぼ改善が認められなかった.一方で,悪心や眠気の副作用が強く,それ以上の増量が困難であったため,オキシコドン注射製剤をヒドロモルフォン注射製剤持続皮下投与2.4 mg/日にオピオイドスイッチングを行った.変更後,悪心は消失したが眠気は残存しており,患者と相談しながら投与量の調整や内服への切替えを行った.その後も疼痛は残存しており,腰背部痛に関しては筋筋膜性疼痛の関与も疑い,アセトアミノフェン2800 mg/日の併用も開始した.チーム介入から14日後,ヒドロモルフォン徐放製剤20 mg/日(1日1回 20時),セレコキシブ400 mg/日,アセトアミノフェン2800 mg/日,ミロガバリン10 mg/日を投与された状態で退院した.眠気が出やすいため,レスキューに関してはヒドロモルフォン速放製剤2 mg/回と徐放製剤に比して少量で処方した.退院時のNRSは2~8/10であった.
血液学検査 | 初診時 | 再診時 | 生化学検査 | 初診時 | 再診時 | 腫瘍マーカー | 初診時 | 再診時 |
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WBC | 3.6×103/μL | 2.9×103/μL | TP | 6.8 g/dL | 5.7 g/dL | CEA | 30.7 ng/mL | 36.6 ng/mL |
Neu | 2.3×103/μL | 2.1×103/μL | Alb | 3.7 g/dL | 3.6 g/dL | CA15-3 | 58.6 ng/mL | 69.4 ng/mL |
Lymph | 0.6×103/μL | 0.5×103/μL | A/G比 | 1.19 | 1.71 | 血清HER2タンパク | 13.2 U/mL | 11.9 U/mL |
Mono | 0.2×103/μL | 0.3×103/μL | LDH | 240 U/L | 206 U/L | NCC-ST-439 | 277 U/mL | 551 U/mL |
Eos | 0.5×103/μL | 0×103/μL | GOT | 34 U/L | 26 U/L | |||
RBC | 2.79×104/μL | 2.9×104/μL | GPT | 30 U/L | 28 U/L | |||
Hb | 9.2 g/dL | 10.3 g/dL | BUN | 12 mg/dL | 9 mg/dL | |||
Ht | 29.5% | 33.4% | Cre | 0.76 mg/dL | 0.66 mg/dL | |||
Plt | 178×103/μL | 260×103/μL | Na | 143 mEq/L | 145 mEq/L | |||
K | 4.2 mEq/L | 3.8 mEq/L | ||||||
Cl | 105 mEq/L | 108 mEq/L | ||||||
Ca | 9.3 mg/dL | 8.1 mg/dL | ||||||
CRP | 0.36 mg/dL | 0.7 mg/dL |
WBC: white blood cell, Neu: neutrophil, Lymph: lymphocyte, Mono: monocyte, Eos: eosinophil, RBC: red blood cell, Hb: hemoglobin, Ht: hematocrit, Plt: platelet, TP: total protein, Alb: albumin, A/G比:albumin/globulin ratio, LDH: lactate dehydrogenase, GOT: glutamate oxaloacetate transaminase, GPT: glutamate pyruvate transaminase, BUN: blood urea nitrogen, Cre: creatinine, CRP: c-reactive protein
退院から約2カ月後,両側下肢の神経障害性疼痛が増悪し,精査したところ腰椎L2に病的圧迫骨折を認めた.整形外科医師と検討し,椎体圧壊による神経圧迫が下肢の神経障害性疼痛増悪の原因と考えられた.眠気の副作用は耐性化を得られておらず,疼痛の性状からも薬物治療による疼痛コントロールは困難と考え,主科と検討し,他院ペインクリニック科へ神経ブロックを依頼した.その後は定期的な腰神経叢ブロックの施行により,下肢の疼痛は残存しているものの自宅での生活が可能な程度にはコントロールが得られていた.
2024年4月,下肢の疼痛が悪化してきたため当院緩和ケア内科に再受診した.再診時の血液検査では軽度の肝機能障害,低アルブミン血症,低カルシウム血症,白血球減少,貧血,複数の腫瘍マーカーの上昇を認めた(表1).疼痛部位に関して再評価を行ったところ,両側大腿部前面の神経障害性疼痛は以前と同様であったが新規に右大腿部外側中殿筋付近に圧痛点を認めており,筋固縮に伴う筋筋膜性疼痛の合併を疑い,ストレッチやリハビリテーションを提案した.同部位へのレスキューの鎮痛効果は乏しく,ヒドロモルフォン徐放製剤の増量は行わなかった.またヒドロモルフォン徐放製剤20 mg/日は1日1回20時に定期内服していたが,夕方頃から「足がむずむずしてじっとしていられない」,「いらいらする」といった症状を連日,自覚していた.アカシジアを疑ったが錐体外路症状を呈する薬剤は内服していなかった.それらの症状は20時のヒドロモルフォン徐放製剤の内服から3, 4時間程度で改善することからオピオイドの血中濃度低下の影響を考えた.そのため緩和ケアチーム内で検討し,同薬剤を1日2回の分割投与(1回10 mg 8時20時)に変更したところ,上記の症状が出現する頻度は1~2回/月と劇的に減少し,同様の症状が出現した場合でも抑肝散やベンゾジアゼピン系抗不安薬などの頓服で対応可能となった.疼痛に関しては分割投与に伴い,やや悪化したが1回量を12 mgに増量することにより疼痛コントロールは安定し,レスキューの使用は1日1回程度となった.眠気に関しては分割投与による変化は認めなかった.
オピオイド離脱症候群はオピオイドの急な中止や減量などによる急速な血中濃度の低下により起こることが一般的であり,本症例のように中止や減量がない経過で生じることは,われわれが調べた限りは報告がない.またDSM-5-TRの診断基準(表2)に示すように,(1)多量かつ長時間にわたっていたオピオイド使用の中止または減量,もしくは(2)オピオイド使用の期間後のオピオイド拮抗薬の投与のいずれかの存在,が診断基準に含まれることから本症例をオピオイド離脱症候群と確定診断することは出来ないと考えている3).一方,離脱症候群の症状尺度としては臨床オピオイド離脱症状尺度(Clinical Opiate Withdrawal Scale)などが知られている.この尺度では安静時脈拍,消化器症状,発汗,振戦,静座不能,あくび,瞳孔の大きさ,不安・いらいら,骨と関節の痛み,鳥肌,鼻汁と涙の11項目をスコア化し,合計点数5~12は軽度,13~24は中程度,25~36はやや重度,37~42は重度に区分分けされる4).本症例は自宅での発症であり評価は不十分だが,不安といらいら,静座不能の訴えなどから判断するとスコア5~12の軽度の離脱症状と類似した症状が存在したと考えられる.
A. 以下のいずれかが存在: | ||||||||
(1)多量かつ長時間にわたっていた(すなわち,数週間またはそれ以上)オピオイド使用の中止(または減量) | ||||||||
(2)オピオイド使用の期間後のオピオイド拮抗薬の投与 | ||||||||
B. 以下のうち三つ(またはそれ以上)が,基準Aの後,数分~数日の間に発現する. | ||||||||
(1)不快気分 | ||||||||
(2)嘔気または嘔吐 | ||||||||
(3)筋肉痛 | ||||||||
(4)流涙または鼻漏 | ||||||||
(5)瞳孔散大,起毛,または発汗 | ||||||||
(6)下痢 | ||||||||
(7)あくび | ||||||||
(8)発熱 | ||||||||
(9)不眠 | ||||||||
C. 基準Bの徴候または症状は,臨床的に意味のある苦痛,または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている. | ||||||||
D. その徴候または症状は,ほかの医学的疾患によるものではなく,ほかの物質中毒または離脱を含む他の精神疾患ではうまく説明されない. |
*DSM-5-TR: The Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision
オピオイド徐放製剤は作用持続時間が長く,12時間毎もしくは24時間ごとに投与される薬剤が多い.しかしながら徐放製剤による作用持続時間が予想より短く,有効血中濃度が維持できないことにより,定時の徐放製剤投与前に疼痛が生じる.この血中濃度の切れ目による疼痛はend of dose failure(EDF)と呼ばれており,徐放製剤の増量または投与間隔を短縮することにより薬物の有効血中濃度を維持する方法が有効とされている5).
本症例ではがん疼痛に対するオピオイドとしてヒドロモルフォン徐放製剤を1日1回投与されていたが,患者は定時内服の3~4時間前に不安やいらいらといった精神症状や静座不能を自覚していた.また定時のヒドロモルフォン徐放製剤の内服から数時間後には,その症状が改善することからオピオイドの血中濃度低下の影響を疑った.そのため血中濃度の安定化を期待して定時内服薬を1日2回12時間毎の分割投与に切り替えたところ,上記症状の出現頻度が劇的に減少した.この経過から,本症例ではヒドロモルフォン徐放製剤の作用持続時間が予想よりはるかに短く,定時内服前に血中濃度が低下することにより,オピオイド離脱症候群に類似した症状を呈していたのではないかと推察している.また江草らはオキシコドン徐放製剤におけるEDFの発現因子に関する検討を行っており,EDF発現群では骨転移,A/G比が1.10以上,非オピオイド鎮痛薬および鎮痛補助薬を併用している症例が多いことを報告している6).本症例でも同様の因子が存在していたことから投与薬剤の差異はあるもののEDFを呈しやすい患者であったことが疑われる.
他の鑑別診断としてレストレスレッグス症候群が考えられる.しかし,一般的に同症候群では実際に足を動かすことで症状が改善する傾向があるのに対し,本症例ではそのような特徴が認められなかったため,積極的には疑わなかった.さらに,再診時より直近に施行された頭部magnetic resonance imaging検査において,明らかな脳転移を含む頭蓋内病変は認められなかった.
オピオイド離脱症候群の症状発現時期は各薬剤の半減期に依存することが知られており,半減期3~5時間のオピオイドであれば最終使用から12時間後,半減期96時間のオピオイドであれば最終使用から1~3日後に発現することが報告されている7).ヒドロモルフォンの離脱症候群発現時期に関する報告は検索した限りではなかったが,空腹時に単回投与したときのヒドロモルフォン徐放製剤(2 mg錠)の半減期は8.9±2.3時間,ヒドロモルフォン徐放製剤(6 mg錠)の半減期は16.8±6.7時間であり8),いずれの薬剤でも20時間程度で離脱症候群が生じることは考えにくい.また,一般的にEDFの存在は疼痛の悪化するタイミングがほぼ一致していることから疑うが,本症例では明らかな疼痛の悪化が認められなかったことも非典型的である.しかしながら,本症例では疼痛自体が完全に消失することなく,慢性的に残存していたのもあり,EDFによる疼痛の変化を不快なものと感じ,不安やいらいらといった精神症状や静座不能として表出させていた可能性が考えられた.
EDFの対策としては前述したように徐放製剤の増量または投与間隔を短縮する方法が有効だが,本症例では増量により眠気が出やすい面もあり,投与間隔を短縮する目的で分割投与を行った.分割投与において注意が必要な点は,最大血中濃度の低下による疼痛悪化と内服回数の増加によるquality of lifeの低下である.本症例でも,分割投与直後はその影響のためか疼痛がやや悪化したものの,1回量を増量することにより疼痛に関しても安定が得られた.
本症例における考察の限界として,ヒドロモルフォンの血中濃度の測定ができていない点がある.そのため,定時の内服前に血中濃度がどの程度まで低下していたかを証明することは困難である.また,われわれが調べた限りでは,分割投与に関する報告も確認できなかった.しかしながらオピオイドの投与中に血中濃度低下によると思われる精神症状を疑い,分割投与により症状が改善した例は稀と考えるため,報告する.
オピオイドの内服中に離脱症状に類似した精神症状を呈した場合は,血中濃度低下の影響を考慮し,分割投与などの調整を行うことで症状緩和が得られる可能性がある.
すべての著者に申告すべき利益相反はない.
前倉は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,解釈,原稿の起草に貢献;相木,櫻井,吉金,田宮,八十島は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.